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025:【en-route】道中は三つ編み男と一緒に

前回までの「DYRA」----------

DYRAとタヌはペッレから次の街へと移動を始めるが、RAAZの監視下で行動するのを内心嫌がったDYRAは、行き先を変更することを思い立つと、何と、乗合馬車を途中のハブ駅で下車した。待合所を見ると、ひとり、先客の姿があった。

 タヌは待合所にいる人物を、さりげなく、だがじっと見た。黒い上着を着た、青とも金色とも言えない不思議な色の髪が印象的な人物だった。髪は腰近くまで長さがあり、長い髪は一箇所だけ、左耳の下あたりから三つ編みを緩めに結っている。年齢は二〇~三〇前後くらい。髪の長さから恐らく女性だろう。タヌはこの人物を見ながら、全体的に都会の住人のような洗練された雰囲気を感じ取った。

「DYRA」

 タヌが待合所の人物を見ていることにDYRAは気づいたが、特に気にも留めない。

「あ……」

 そのとき、タヌは待合所にいる人物から自分たちへの視線を感じた。自分たち、というよりDYRAを見ている、と言うべきか。タヌは柔和な視線で見つめてくるこの人物へ思い切って声を掛けてみようかと考える。

 ちょうどそのとき、遠くの方から蹄の音が聞こえてきた。音がだんだん近づいてくる。タヌは音が聞こえる方へ視線を移す。乗合馬車が視界に入った。

 やってきた馬車が待合所の近く、DYRAが立っている場所のほぼすぐ横に停まった。

「フランチェスコ、西門行きだよ」

 御者の声が待合所にいる長髪の人物にも聞こえたのか、立ち上がり、出てきた。DYRAを見ながら乗合馬車に乗り込むと、運賃をアウレウス金貨で御者に払う。

「お釣りはいらないよ」

(ええっ! 男の人だったの!)

 低めの声を聞くなり、タヌは声にこそ出さなかったが、目を丸くして驚いた。タヌの様子を見ていたDYRAは、彼が件の人物を見た目から女性だと思っていたのでは、と想像した。

 男が乗った後、続いてDYRAが乗り、二人分の運賃を払った。最後にタヌが乗り込むと、乗合馬車は出発した。

 乗客はDYRAとタヌ、そして長髪の男。三人だけだった。

 走り出した馬車が少しずつ、速度を上げる。まるで、僅かにカーネリアン色の輝きが残っていた空がどんどんとアメジスト色一色へと変わりゆく速さに少しでも抗うかのようだった。馬車内の揺れも比例するように大きくなる。

(無理もない、か)

 DYRAは多少揺れることなど気にもせず、時折外の風景に目をやった。仮に自分が御者でも、少しでも早く目的地へ到着したいと急ぐだろう。夜が更ければ路上で夜襲を掛ける山賊や強盗団まがいの輩と遭遇しない保証はどこにもない。それでも、相手が人間ならまだマシだ。万が一、アオオオカミに遭遇しようものならひとたまりもない。

「うわっ。結構、揺れるね」

 DYRAとは対象的に、タヌは先ほど乗った馬車とは似ても似つかぬ荒っぽい御し方に戸惑った。まさか、乗合馬車がこんなに揺れるものだとは。

「そうだね。ビックリだ」

「えっ」

 声の主はもう一人の客、不思議な髪の色をした長髪の三つ編み男だった。待合所で見かけたときから彼と話してみたかったタヌは、彼の方から声を掛けてくれたことを内心、喜んだ。

「え、ええ。ボク、慣れてなくて」

「馬車とか、あまり乗らないのかな?」

「ボク、馬車に乗ること自体、今日が初めてで」

 タヌの返事を聞いた男は、今度はDYRAの方を見た。

「お姉さんは、大丈夫?」

 声を掛けられたDYRAは、男にちらりと視線をやるが、それ以上の反応をしなかった。タヌは、彼女の無視にも等しい反応を意外だと思う。大人ではない自分が言うのもおかしな話だが、顔立ちも整っていて綺麗だし、軽薄そうな雰囲気もない。髪が長いことを除けばサルヴァトーレと比べても決して見劣りしない。なのに、どうしてそんなににべもないのか。もしかして、DYRAは元々人見知りが激しいのだろうか。それとも、人と仲良くすることが苦手なのだろうか。タヌはいつの間にかあれこれ想像を始めた。

「あれ。聞こえていなかった、かな」

 男がタヌを見ながら、胸のあたりの高さで両手のひらを上に向けて、少し戯けた表情でお手上げの仕草をした。タヌは彼の表情や振る舞いを見ながら、きっとこの人もサルヴァトーレと同様に良い人に違いないと思う。

「君とお姉さんは、フランチェスコへ?」

「お兄さんも、フランチェスコへ行くんですか?」

 タヌは、DYRAではなく自分が答えて良いかわからず、質問で返す。

「うん。今日はそうだね。あっちこっち見ながら都の方へ行こうかなって。その途中なんだ」

「あの、都って、遠いんですか?」

 タヌの頭に浮かんだのは、西にある都、アニェッリだった。名前だけしか聞いたことのない場所だ。ペッレで出会ったサルヴァトーレもそこで服飾仕立師として非常に有名だと聞いた。故郷のレアリ村から一体どれほどの距離があるのか。DYRAと出会うまで村から出たことがなかったタヌにはまったく想像できなかった。

「そうだね。聞いた話だけど、フランチェスコからでも馬を乗り継いで結構かかるって話だ。中でも、川を渡ってからが長い道のりだって」

 タヌは、先ほど馬車に乗っているとき、脇を駆け抜けていった早馬を思い出す。ああいう馬を何頭も乗り継いででも時間が掛かるというなら相当遠いのだろうかと考えた。

 タヌと男が話す間、DYRAは一言も発さなかった。時折、二人をちらりと見るだけだ。

 そんなDYRAの様子に、タヌはこの男がどうこうではなく、もしかしたら疲れているとか体調が思わしくないのでは、と心配する。

(あの男……)

 だが、タヌの心配とは裏腹に、DYRAは目に見える反応こそ薄いが、乗り合わせたこの男へそれなり程度に興味はあった。

(どこかで見たことがある? いや、それとも)

 根拠はない。だが、何となく知っている気がする。それでも、知っているかとか、誰なのかと面と向かって聞かれたら、自信を持って答えることはできない。ただ、記憶のどこかで僅かに何かが引っ掛かる。思い出せるような、思い出せないような。もどかしい思いに、DYRAは少しだけ苛立った。

 どれくらいの時間が経っただろうか。馬車の揺れが収まり、落ち着いて座っていられるようになった頃だった。

「もうすぐフランチェスコの北西だよ」

 御者の案内が聞こえると、タヌは怪訝な顔をする。

「北西側? ボクたち、東側から来たんじゃないの?」

 タヌの誰に言ったわけでもなさそうな言葉に、長髪の男がクスリと笑ってから答える。

「ファビオはフランチェスコとピルロの間だ。ペッレから真っ直ぐ来たわけじゃない。この馬車は街の外を回るんだよ」

 男の言葉に、タヌは鞄から地図を取り出して見る。すると、男が横から覗き込んで指差した。

「このあたりがさっきのファビオ。で、こんな感じに通ったんだ」

「ありがとうございます」

 丁寧な説明に、タヌは小さく頭を下げて謝意を示した。

 それからもうしばらく走ったところで、馬車が停まった。

「じゃ。俺は夜の散歩がてら、ここで下りるから。楽しかったよ」

「ボクも楽しかったです」

「また、縁があるといいね。……ある気がするけどね」

 男は名残惜しそうに言い残すと、ゆっくりと席を立ち上がり、馬車から下りた。タヌは男の後ろ姿を見送った。男が下りた側はちょうど街灯が照らされており、迎えとおぼしき二人の男女の姿が見える。男は黒いジャケットを羽織った金髪の若者で、女はスリットの入ったロングスカートを履いた美女だ。

 タヌの目を引いたのは、女の顔かたちだった。バイオレット色の長い髪を肩のあたりから前に下ろしており、艶やかな感じだ。

(あの人……)

 レアリ村に住んでいた女性と比べたら、とても垢抜けた感じだ。だが、どこかで見たことがある人物と似ている。そんなことを思ったときだった。タヌの視線に気づいた女が馬車の方を軽く睨むように見る。

「え……あっ」

 タヌと女は、まともに目が合った。じろじろ見て、感じが悪かったかも知れないとタヌは反省すると、深々と頭を下げた。

 ちょうどこのタイミングで馬車が動き出した。タヌが顔を上げたときはもう、馬車を下りた男や件の美女を含む三人の姿は夜の闇に紛れ、見えなかった。

「DYRA」

 二人だけになったところで、タヌはDYRAへ声を掛けた。

「一言も話さなかったけど、具合でも悪かったの?」

 タヌの質問に、DYRAは首を小さく横に振った。

「別に」

「あの人、感じいい人だったよね」

「そうか」

 DYRAは無難な答えを言うに留めた。

「何か、気になることとかあったの?」

「あの男のことでは、特にない」

 DYRAには先ほどの男を気にする余裕がないほど、何か別の懸念があるのだろうか。詮索をしない約束だったが、タヌは彼女が何を考えているのか気になった。

「え、じゃあ」

 何を考えていたの、という言葉がタヌの喉のところまで出掛かったときだった。

「タヌ。そう言えばお前、確か『両親を捜す』と言っていたな」

「え、あ」

 唐突にDYRAが話題を変えてきたことに、タヌは少し戸惑い気味の声を上げた。しかし、両親のことを聞いてきた以上、他愛もない話を続けている場合ではない。タヌは頷いた。

「うん」

「ペッレでサルヴァトーレはああも簡単に言ってくれたが、考えてみると、私はお前の両親について詳しい話を何も聞いていなかった」

 言われて見れば、DYRAの言う通りだ。タヌはピアツァでほんの少し触れた以外、両親についてちゃんとした情報を話していなかったなと思い出す。

「あ、そ、そうだね、そうい……」

 タヌが言いかけた言葉は続かなかった。

「終点だ。フランチェスコの西門だよ」

 馬車が目的地に着いたことを御者が告げた。

 二人は馬車を下りた。


改訂の上、再掲

025:【en-route】道中は三つ編み男と一緒に2024/07/23 23:06

025:【en-route】道中は三つ編み男と一緒に2023/01/05 15:38

025:【en-route】小さな出会い(2)2018/09/09 13:38

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