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249:【OPERA】タヌ、「すべての始まりの地」に降り立つ

前回までの「DYRA」----------

 マイヨが持ってきた情報の詳細を聞くためにペッレの宿屋で合流することになった。だが、ペッレの様子が何だかおかしい。宿屋の帳場にいたあの老婆だけは変わっていないのに……


 DYRAの姿にタヌは驚いた。長い髪をハーフアップにしており、雰囲気が違う。服装も、いつもの白いフリルのブラウスにサファイアブルーのペンシルスカートではない。黒とサファイアブルーの、アシンメトリーなデザインのワンピースで、右側だけラップスカートがついているため、丈の長さが異なっている。さらに、袖の長さも左右で異なっており、右腕側はノースリーブ同然。そのため、普段から使っているアームカバーを兼ねた手袋を填めている。左腕側は長袖のため、手袋は短かった。

「以前のことがあるからね」

 サルヴァトーレがそう言って、この街の人たちが1か月ほどまえの出来事でDYRAを警戒している可能性を指摘した。

(マイヨさんの言うとおりだった)

「さて……」

 サルヴァトーレが言い掛けたところでマイヨが手で顔を寄せるように合図する。小声で話したいのだろうと気づいたタヌは身を近づける。その間、DYRAは部屋の窓にあったレースカーテンを広げ、外から部屋の様子を見えにくくした。

「……RAAZ。ここは完全に敵地だ。マロッタの火災騒ぎから2晩でこれだ。動きが速い。正直、ここで話したくはない」

「……わかっている。そのために(・・・・)ここへ呼んだ」

 話すためにここに集まったのに、話したくない? 一体何を言っているのか。タヌはふたりの会話の真意がまったく見えない。

「……タヌ君」

「は、はい」

 マイヨがタヌへ、すぐに指で静粛を促す。

「……悪いけど、DYRAと奧へ下がって」

 マイヨが小声で指示すると、サルヴァトーレが意味するところを理解したのか、忍び足で扉の方へ近づき、扉の脇の壁に耳をそばだてる。何かに気づいたのか、一計を案じた。

 拳を作ると、芝居がかった仕草で息を吐きかける。間髪入れずに扉脇の壁をその拳で殴った。

「──わっ!」

 突然、廊下側から声とガチャンといった音が聞こえた。サルヴァトーレはすぐに扉を開いた。

「あ……っちゃー」

 扉のそばの廊下に、若い男性従業員が倒れていた。周囲には4つのティーカップやソーサー、それにティーポットが割れて散乱しており紅茶が床を塗らしている。マイヨも廊下の様子を見るべくサルヴァトーレの傍らに立った。

「自分へお茶を入れて持ってきてくれるのは、ノンナ(おばあさん)の楽しみなんだよ? この宿屋で働いていて、知らなかったの?」

 サルヴァトーレがいかにも作った感じの笑顔で問う。

「足音も聞こえなかったのにそこに倒れているのはどういうことかな?」

「た、たた、大変失礼いたしましたっ」

(ああ、お察し(・・・)ってヤツか)

 男性従業員が立ち上がって破片を片付け始めたのを見ながら、マイヨは小さく頷いた。

「連れが休むから、しばらく邪魔しないでね」

 サルヴァトーレがそう言って扉を閉めると、施錠した。

「ふぅ」

 マイヨが苦笑しながら改めて部屋を見回す。続き間にベッドが2台ずつ、計4台ある。テーブルにはティーセット一式とコーヒーポット、それに焼き菓子を盛った皿が置かれていた。さらにテーブルの端に両手拳ほどの大きさの革袋がふたつ。大きさから中身は大量の金貨か、それに準ずるものだろう。

「続き間なんだ、ここ」

「ああ。ここだけ、4人宿泊が前提の部屋だからな」

「家族とかグループ向けってことか」

「そういうこと。自分が使う部屋はいつもここ。あと、ノンナ(おばあさん)は言葉ではなく、空気感ですべて理解しているから大丈夫」

 ここでサルヴァトーレとマイヨは雑談を一段落すると、タヌの顔を見て気持ちを仕切り直す。

「で、さっきの続き。ここで話したくない、ってアレの続きね」

 マイヨが視線をタヌからDYRA、そしてサルヴァトーレへと移しつつ、小声で話す。

「俺としては、今みたいなことが絶対に起こらなくて、戦利品を出せるところで話したいんだ」

「わかっているつもりだ」

 サルヴァトーレの口調がRAAZのそれへと変わっていることをDYRAとタヌはすぐに気づいた。

「正直、アンタに思うところや言いたいことは色々ある。けど、もう状況がこうなってしまった以上、まわりくどいことは一切できなくなった」

「こうなって、の部分をわかるように説明しろ」

 サルヴァトーレ(RAAZ)が軽いながらも有無を言わせぬ口調で問い詰める。マイヨは両手を胸元で広げ、さらに話す。

「とてもじゃないが、機密保持の観点からこんなところじゃ話せない」

「マロッタの方が良かったか?」

「それじゃここと同じだ。もう、俺たちにとっては世界全部が敵なんだ」

 マイヨが言いたいことを理解したサルヴァトーレ(RAAZ)は、数秒ばかり考える仕草をする。その間、DYRAは窓の方へ行き、部屋を覗いている人間がいないか確認しながらレースカーテンを閉めた。

「アンタにもう一度聞く」

「何だ?」

「まだ、俺を疑っているか?」

 何について言っているのか、サルヴァトーレ(RAAZ)はすぐに理解した。

「正直疑っている。だが、お前にできない(・・・・・・・)状況証拠を出された。それと……お前は、動機がない」

「それだけ信じてくれれば今は充分だ。一番怖いのは、これから話すことでいきなりアンタがブチギレて俺をバラバラにすることだからな」

「なら、俺も今少し、アンタを信じる」

「何をしたいんだ?」

「これから話すことは、情報戦って観点から、誰にも聞かれたくない。聞かれるリスク自体が嫌なんだ」

「リスク自体、か。なるほど」

「そしてもうひとつ。これから先、タヌ君はお父さんを捜すなら、そもそもお父さんが何に取り憑かれたのかを知るべきときが来たんじゃないかな? だけどタヌ君に出入りの経路を見られたくない」

 マイヨが話をする場所がどこかわかったのか、DYRAはハッとする。

「まさかお前……」

「DYRAが思っている通りかはわからないけど」

 言ってからマイヨがタヌの方へ近寄った。

「タヌ君。ここから先、何があっても、辛い現実を見ても、それでもお父さんを絶対に捜し出す、その気持ちは変わらない?」

 真摯な口調で問うマイヨに対し、タヌはすぐさま頷いた。

「わかった。じゃ、腕、出して」

「え?」

 突然の指示に、タヌは少しだけ驚いた。それでも、朝の馬よろしく元気になる薬かな、などと思いながら言われるままに腕を出した。マイヨが出された腕の肘下に筒の先端を軽く押し当てる。プシュッという空気が抜けるような音が聞こえたが、痛みはない。

「歩き通したタヌ君にはまだ先があるんだ。元気にならないと、ね」

 マイヨが笑顔で言ったとき、タヌの視界はぐにゃりと歪んでいき、同時に意識も遠のいた。


「何をしたんだ!?」

 タヌが膝から崩れてマイヨの方へ倒れ込むと、DYRAは鋭い声で問うた。

「体力回復には眠ってもらうのが一番だからね。だって徹夜で歩き通して、とんでもない朝を迎えて、その後も馬に乗ってここまで来たんだ。体力旺盛でもそろそろ限界だよ」

 指摘されたDYRAはそうだったと思い出す。

 マイヨはぐったりしたタヌをシーツにくるんだまま抱えて、「じゃ、B50で合流だな」とだけ告げるや、その身の周囲に黒い花びらを舞い上げ、部屋から姿を消した。

「マ……」

 驚くDYRAの手首を軽く掴むと、サルヴァトーレ(RAAZ)が首を横に振った。

「行くぞ?」

「どういうことだ?」

 何故わざわざここで合流してから、再合流の場所を決め直したのか。海辺の集落から一気に目当ての場所ではダメだったのか。DYRAは疑問が浮かぶがそれを上手く言葉にできない。だが、サルヴァトーレ(RAAZ)は考えていることくらいお見通しとばかりに言葉を添える。

「あの集落からではハーランに人工衛星からトレースされる可能性があった。ISLAはそれを嫌がったんだ」

「良くわからないが、屋根があって見つからないところなら、それこそもっと近い、タヌの家でも良かったんじゃ?」

「あそこはすべての関係者が一番警戒するところだろうが」

 言われて見ればその通りだ。DYRAは小さく頷く。

「こっちとしては話すなら、少しでも信用がおけるところにしたかった」

「ここなら良かったのか」

「当初はな。ノンナは何も知らない。かつ詮索もしない。その上でこっちの空気を的確に読めるからな。だが、ここがハーランに割れているとなれば、最悪の一語だ。行くぞ?」

 黒い花びらが部屋から完全に消えたのを確認すると、サルヴァトーレ(RAAZ)はDYRAを横抱きし、赤い花びらを舞わせながら姿を消した。


 ──宿屋で取った部屋には、誰もいなくなった。




「ここは……」

 本来の銀髪銀眼に姿を戻していたRAAZと共に降り立った場所にDYRAは見覚えがあった。人が6人程度なら立てそうな鉄らしき板でできた床の上。見方によっては階段の踊り場にも見える。しかし、上にも下にも階段はない。代わりに見えるのは螺旋階段を思わせるような並び方をして浮かぶ、いくつもある巨大な砲金色をした太い輪のようなもの。

「覚えていたのか? 忘れてくれていたかと思ったんだがな」

「良くも悪くも、印象があったからな」

 DYRAは小さく頷いた。

「では、呼ぶぞ」

 RAAZが膝を落とし、鉄の床を拳でテンポ良く叩いた。一頻り叩くと、立ち上がって、DYRAの手をそっと握った。

 そのとき、一瞬だけ、周囲の景色が真っ暗になった気がした。DYRAは驚き、思わず声を上げた。床に穴が開いて墜落するような感覚、それに加えて上下逆さに立っているような錯覚に襲われたからだ。

「やぁ」

 周囲が見えるようになると、階段の踊り場にマイヨがいた。RAAZも何事もなさそうだ。ほんの少し前までいた場所と違い、上へ行かれる鉄板式の階段がちゃんとある。上を見上げて壁を見回すと、上の方に「B50」の文字も見える。DYRAは自分がどこにいるかすぐにわかった。マイヨの部屋があったところだ、と。

「ドクターはこの1枚の扉の鍵すら、あっちとこっちでバラバラに設定するほど誰も信用せず、用心していたんだ」

 DYRAやRAAZは入れるが、マイヨが向こうへ入れない。一方、RAAZはこちらへ入れない。そのからくりのことだった。

 DYRAはマイヨが何を言っているのかわからないものの、取り敢えず聞くだけ聞いた。

「RAAZ。ここに呼んだ俺が言うのも何だけど、そう、その……おかえり」

 マイヨの言葉にRAAZは敢えて何も答えない。

「じゃ、上に。タヌ君は寝かせてある」

「大丈夫なのか?」

 階段を上りながら出てきたタヌの話題に、DYRAはやや前のめり気味に問うた。

「筋肉疲労の回復を早めるために回復剤も併せて投与してあるから、2時間くらい寝ればだいぶ良くなるよ。とはいえ、もう3、4時間は目を覚まさないと思うけど」

 DYRAは聞きながらそっと懐中時計を見る。2時をちょうど過ぎた頃だ。

「それにしても、何もかも予定が狂った」

 ここでRAAZが渋い顔で話題を変えた。

「アンタの甘さがすべてだと言えばそれまでだが、現実問題、ハーランが生きていたなんて夢にも思わなかったワケだし、そこは仕方ない」

「クソッ」

「当時のアンタからの報復が想像を絶するアレだったけど、ハーランは核爆攻撃に耐えうる要人保護シェルターの底にコールドスリープで匿われていたとはな。こっちも想定外だった」

「そのシェルターも死刑囚収容所を偽装していた、と」

 RAAZが毒づく。

 上がったところでマイヨが階段の踊り場にある扉を開いた。

「良いよ」

 DYRAはマイヨに言われるまま、扉を潜った。ここも見覚えある。違いがあるとすれば、前回来たときはロウソクより小さな灯りがポツポツと光っている程度だったが、今回は通路全体が昼間のように明るく、全体が良く見えることだ。

「じゃ、そこの部屋で話そうか。タヌ君は隣の部屋で寝ている」

 マイヨが通り掛かった壁のところにあった扉を開く。そこはDYRAが以前入った場所とは違う。通路を良く見ると、壁伝いに等間隔に同じ見た目の扉がいくつかある。

「どうぞ」

 中へ入ろうとしたとき、DYRAはRAAZが通路の奥をじっと見つめていることに気づいた。


249:【OPERA】タヌ、「すべての始まりの地」に降り立つ 2023/03/06 20:00

249:【OPERA】タヌ、「すべての始まりの地」に降り立つ 2023/07/27 12:58

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