247:【OPERA】「意図せぬ事態」はすぐそこまで
前回までの「DYRA」----------
タヌの父親を匿った集落はRAAZの手で焼き討ちされ、住民は残らず手に掛けられた。「DYRAの尊厳を対価にお前の親父を助けない」と言い切られたタヌは無力さをかみしめつつも、覚悟を決める。そこへマイヨが現れ、何が起こったのかと問うた。
「あのとき私がトレゼゲにいたのは、あそこが再建されつつあると聞いたから見にいった、それが理由だ」
RAAZが静かに切り出すと、タヌは一言も聞き漏らすまいと、黙って聞き入る。
「アンタ、その前はどこにいたんだ?」
「その質問へ答える必要はない」
「そういうことか」
いきなり突っ込んだ質問をしたマイヨも、その辺を理解したと言わんばかりな顔でRAAZを見て、頷いた。
「ここで『トリプレッテ』か。アンタの根城はやっぱりあそこってことか。まぁ、それは別の話題か。それで?」
「あそこは再建途上とは言え、『文明の遺産』をちょいちょい見つけては使っていた。大箱はそんなになかったがな」
「錬金協会がアレしているここらへんとまさに同じってこと?」
「差があるとすれば、測量技術をもうちょっと使いこなしていたくらいだ。ただ、その一方でおかしなことになっていた」
「おかしなこと?」
「ああ。政治がいわゆる宗教。独裁者サマの神権政治ってヤツだった」
「一番ヤバいヤツだ。専制君主でそれは最悪の組み合わせだな。いつか革命で殺されるパターンだ」
「ところがそれがないんだ」
「え?」
「娯楽が徹底していたのと、豪華なまやかしの仕掛けがあったからな。まぁ、その辺はお前が聞きたい質問の本質じゃないだろ」
RAAZはいったん話を切ってから、仕切り直しをするように話を進める。
「私がDYRAと出会ったのは、トレゼゲだ。詳しい話は敢えてしない。質問も一切許さない」
詳細を明かさない、かつ、質問禁止。このふたつで、タヌは何となく、集落で聞かされたDYRAへの罵倒と関係があるのかもと思う。本人がいる前であんなひどい話題をもう一度するなど、人としてどうかしている。RAAZの判断は正しい。
「事実だけを言うなら、DYRAはあそこで全力を放ち、結果、島は死んだ」
「死んだ?」
「突然すぎて、島の連中は驚愕したろうよ。何の前フリもなく、島が干からびたんだ。生態系がある日、一瞬で崩れたら何が起こる?」
「何がって、さっきまであった飯が突然なくなるってことだろ? まず草食動物が餌をなくす。痩せた草食動物で肉食動物は腹を満たせなくなる……」
マイヨの言葉を聞きながら、タヌはDYRAの力でとんでもなく恐ろしいことが起こったのだと理解した。
「木造の船も強度が落ちた。それでも島を脱出しようとする奴らがしこたまいた」
「アンタまさか」
「当然だろ?」
「どうしてそこまで? って本当なら言いたいけど、それは後だ。で、そのウーゴってヤツはどうして?」
「生き延びて、この地にたどり着いたからだ」
「生き延びてって、別に他にもいただろ? どうしてひとりだけ?」
マイヨが、再び質問を投げる。
「あの瞬間を見た上で、恥知らずにも生き延びたからだ」
「あの瞬間? つまり、DYRAが」
「そういうことだ」
RAAZは頷いた。
マイヨは聞いた情報を自分の中でまとめると、言葉にする。
「つまり、DYRAを見たウーゴは、『恐怖の生き証人』ってことか」
「ああ。お前があのピルロの小娘を殺処分しなかったのと一緒だ」
「違うね。全然違う。俺が彼女を殺さなかったのは、あの街をハーランに押さえさせないためだ。『文明の遺産』にこれ以上前のめりされて、面倒になるのは勘弁だったからな」
「心を掴んで書き換えた、と?」
「その言い方止めてくれよ。それに、あのときはたまたま、彼女がもともとそこそこ賢かったから上手くいった。もしあそこでガタガタ言ったなら、アンタの言葉で言う、殺処分するつもりだった」
マイヨの意外な言葉に、タヌは目を見開いた。まさか、アントネッラを殺すつもりもあったなんて、と。
「それで、本題」
マイヨが話を戻そうと仕切り直した。
「ウーゴをケミカロイドにしたのは私だ。その上で、あの集落を囲んでいたのは柵じゃない。崖とアオオオカミの巣窟と化した森だ。それで外に出られないようにした」
「待て。アンタは天然の収容所を作ったってことか!?」
「そうなるな」
「つまり、『恐怖の生き証人』で生き残った人々を子孫に至るまで心を縛り、それをも破ろうとするなら森か崖で死ぬ。そういう仕掛けか」
RAAZが頷くと、さらに続ける。
「ラ・モルテが世界をぶっ潰せることが『事実』であることの証人。そして、DYRAに手を出した報いの証人、か」
「そうだ」
「ついでに。キエーザはどうして外にいて、アンタのために動く?」
「あれは、DYRAが目を覚まして少し経った頃、だから20年くらい昔の話か。崖から降りて逃げたヤツの中に赤子がいてな。海に落ちたが生き延びて、船に拾われたらその船が難破。だが、それでも助かった。助けたのがよりによって、ペッレにいる知り合いのダンナでな。彼女の手前、こっちも手を下せなかった」
「知り合い? 彼女?」
「ああ。顔見知りの女だ。DYRAがまだ目を覚ましていなかった頃、何も知らずに何度か見舞いに来てくれた、善意の塊みたいな女だ」
「事情を知っているのか?」
「いや。何も。だからなおさら、やりにくかった。最近彼女を見たが、年相応に物忘れしてくれていて、助かった」
ペッレにいる女の知り合い。20年くらい昔の話。年相応の物忘れ。タヌはひとりの人物が浮かぶ。
(宿屋のおばあさんだ!)
「ちょっと待て」
マイヨが流れを変える。
「キエーザは、ここの存在を知っているのか?」
「私が積極的に知らせた覚えはないぞ?」
「ピッポがここを知っていたんだ。調べることを調べりゃわかるんじゃないのか? アンタが『同胞を皆殺しにした』と知ったらどう思うだろうな?」
ピッポの名前を聞くや、タヌはハッとした。マイヨはさらに続ける。
「アンタ、とんだ悪手になるかもな? 虐殺が表沙汰になってみろ。ハーランだろうが、あの大公サンだろうが、プロパガンダに使うぞ?」
「証拠を消すしかない、か」
「もう遅い。既にピッポって『証人』に逃げられたんだ」
「ぁ!」
思わぬタヌが声を上げた。そのときだった。
「……ぁ」
それまで、動く様子もなかったDYRAが、ゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。RAAZがすぐに気づくと、彼女の身体を支える。
「タヌの、ピッポを……。ここから逃げてどこへ行かれる?」
声が少しかすれており、憔悴した感もまだ残っているが、比較的しっかりした口調で問うDYRA。タヌはその様子に、複雑な心境になった。
「何を言っている? まずは身体を温めてから着替えろ。それからだ」
RAAZがそう言ったときだった。
「待てよ。俺はアンタに、今、とてつもなくまずい状況になったことを伝えたくてわざわざDYRAをトレースしてここまで飛んだ。時間が惜しい」
「DYRAがボロボロのままで話をこれ以上続ける、と?」
「悪いけどね。DYRAだって、これを知ってから動くのと、知らないで動くでは、何もかもが違いすぎることになるからね」
「今すぐ言えるところだけ簡単に教えろ。詳細は後だ」
RAAZの言葉にマイヨは呆れたとも困ったとも取れる表情をしてから、少し考えるような仕草をした後、切り出す。
「……『全員、敵だ』。誰も彼も、全部、敵。そしてこれらは全部、史上最悪の茶番だ、とでも言えば良いのか? そして、最後は潰し合いでハーランは高笑いだ」
全員、敵。この言葉にRAAZはもちろん、タヌも、そしてDYRAもマイヨを見る。
「どういう意味だ? ISLA」
「え? 俺は『今すぐ言えるところだけ簡単に』言ったよ?」
睨み付けるRAAZを、マイヨは意にも介さない。
「それからタヌ君。お父さんが次に行くなら、恐らくアニェッリだ」
「アニェッリ? 都?」
「そう。お父さんの後ろ楯だよ?」
「あっ!」
タヌはマロッタでアンジェリカと話したことを思い出す。
「RAAZ。俺はタヌ君と移動する。アンタはDYRAを。何時間必要だ?」
「ボ、ボクは大丈夫です!」
疲れたなんて言っていられない。今度という今度こそ、父親に追いつかなければ。マイヨの質問に割って入るようにタヌが声を上げた。
「風呂くらい入っておけ。せっかくできた時間だ」
RAAZがそう言って、空をチラリと見た。マイヨも懐中時計で時間を確認する。
「ISLA。どこまで行かれる?」
「今からなら昼前に頑張ればペッレとか言うところかな」
「マイヨさん! 森の入口に、そう言えば馬を……!」
タヌが思い出したように話す。
「一晩休ませてあるから、餌さえあればってことか」
「はい」
「わかった。じゃ、急ごう」
「では、昼過ぎにペッレだな。場所はガキに聞け」
タヌとマイヨが方針を確認したところで、RAAZはそう告げた。そして、DYRAに肩を貸す形で彼女を抱くと、周囲に赤い花びらを舞い上がらせ、姿を消した。