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246:【OPERA】この瞬間から、旅は父親「捜し」のためではなくなる?

前回までの「DYRA」----------

 大都市マロッタから西の都アニェッリへ、大公アンジェリカとボディーガード役のキリアンを送り届けるロゼッタ。馬車を走らせながら、タヌと出会って以来の道中これまでを振り返る。一方、アンジェリカとキリアンは別の思惑を持って、馬車の客室からロゼッタの後ろ姿を見つめる。


 空がすっかり明るくなった頃、東の果てにある集落は炎で完全に焼き尽くされた。煙が晴れていくと、そこに残ったのは、チャコール色の地獄絵図のような光景だった。

 集落の果て、切り立った崖の一部がすでに崩落しており、悲しげな表情でタヌが立っている。少し離れた崖のそばには、憔悴しきって腰を落としたDYRAと、赤い外套を彼女に着せ、隣で身体を支えるRAAZがいた。3人から離れた場所には、焼け焦げて、原型すら留めていない死体がひとつ。

「大丈夫か?」

 RAAZが問うと、DYRAは小さく頷いた。

「また、逃げられた……」

 DYRAの言葉はタヌにも聞こえた。

「DYRA……ごめん……」

 タヌは謝るのが精一杯だった。DYRAは自分の意思で最後まで父親捜しに付き合うと言ってくれた。なのに、起こったことはどうだ。父親とグルだったここの集落の人たちに罵倒され、長老格の男(ウーゴ)から性的暴行を受けるところだった。服は引き裂かれ無残な状態だ。なのに、それでもおぞましい死体を見せないように、服のことなど微塵も気にせず、その身を楯にした。

「ガキ」

 RAAZが呼んだ。

「は、はい!」

「DYRAに、ここで起こった出来事を思い出させるなよ?」

「えっ……あ、はい!」

 RAAZの鋭い口調に気圧されたが、すぐさまタヌはメレトでの出来事を思い出し、ハッとした。

(DYRAは、そっか。記憶が……)

 以前、出会って間もなかった頃、DYRAが攫われる事件が起こった。あのとき無事に再会できたものの、彼女は事件当時の記憶がないと言った。あのときと同じ事が起こるかも知れないのか。

(もしかして)

 あれだけの強さを持っていても、やはり女の人なのだ。タヌはほんの少しだけ安堵した。少なくとも、DYRAは世間が蔑むようなラ・モルテ(死神)ではない。当然、バケモノの類でもない。

「……クソが」

 突然、何の脈絡もなくRAAZが毒づいた。

 タヌは、RAAZが自分の父親のことで苛立っているに違いないと思う。状況的に、どう考えてもそうだ。DYRAを襲おうとした卑劣な輩たちと自分の父親が一緒にいた。集落の人たちが言うには、ここの人たちの祖先が住んでいた島が沈んだのはDYRAのせい。しかも、DYRAが身体を差し出すことが島の繁栄に繋がっていたとも。どこをどう聞いても無茶苦茶な言い分だ。そしてそれが正しいと信じ、流布する父親。RAAZが我が身すら焼くほどの怒りを抱くのは当然だ。

 けれども、RAAZの怒りの理由は微妙に違った。

(奥さんが……って)

 あのとき、DYRAを襲った男をメッタ刺しにして焼き殺したのは、奥さんへ手を出したことが許せないからだった。

(ま、まさか……)

 DYRAとそっくりだというRAAZの奥さんは、単に殺されたのではなく、それはもう言葉にできない、筆舌に尽くしがたいひどい(・・・)殺され方だったのではないか。さもなくば、RAAZの圧倒的な力を以てしても守り切れぬ何か(・・)が起こったか、だ。

 タヌは想像する。もしレアリ村で暮らしていた頃の自分が、目の前で母親をメッタ刺しされるなどの事件が起こってしまったら、と。

(そんなことされたら、きっと助けられなかったことを悔やむだろうし、殺した人を許さない。でも……)

 怒りと悲しみでいっぱいになるだろう。その一方で、あの頃の自分であれば、自分の無力さから泣き寝入りする可能性も考えられる。

(RAAZさんは……)

 DYRAと同じような再生能力を持ち、恐らく彼女よりも強い。それに頭も良くて行動力もある。それなのに。そんなRAAZにもどうすることもできなかったことがあるのか。

(ボクが思っているような人とは、違う?)

 タヌは上手く言葉にはできないながらも、RAAZが彼なりに苦しんでいるのでは? と考えた。

「RAAZさん」

 どうして呼んだのかはわからない。だが、もう遅い。

「ガキ。……いや、タヌ」

 DYRAを支えたまま、振り返ることもなくRAAZは続ける。

「わかっていると思うが、もう一度、言う」

「はい」

「お前の親父、いや、あのクズを許す気などさらさらない。この冒涜は血と命で(あがな)わせる」

 口調こそ静かだが、かつてないほどの怒りがタヌへと伝わる。RAAZの、念ともオーラとも何とも言えぬ何か(・・)がタヌを容赦なく圧迫する。

「DYRAの尊厳を対価にあのクズを助ける気など、私にはさらさらないからな? 覚えておけ」

 父親が最悪極まりないことをしてくれたのだ。RAAZの怒りは至極当然だ。タヌに反論の余地はない。

「ボクがRAAZさんなら、同じことを言うし、やると思います」

 大切なものを傷つける振る舞いは許さない。その通りだ。そして、DYRAを守るために必要なら自分が嫌われ役になることも厭わない。そこまでRAAZの振る舞いは一貫している。その彼がここまで怒りを露わにし、事実上、父親を殺すと、一切の命乞いを許さないと言い切った。

「本当に、良いんだな? お前の目の前で殺すかも知れないぞ?」

 RAAZの言葉にタヌは少しだけ俯くと、小さく頷いた。

「あ、あの……父さんは、どこへ?」

 タヌは絞り出すような声で、おそるおそる問う。RAAZが海を指差した。ゆっくりと崩れた崖の方へと近寄り、海を見る。一艘の小舟が沖合に浮かんでいる。一体どうやって助かったのかはわからないが、まんまと逃げおおせたのだ。

(父さんは、DYRAにひどいことをしただけじゃない。この集落の人も、見捨てたんだよね?)

 見た限り、この集落の人々は父親を慕い、頼っているようだった。だが、DYRAへの有り得ない罵倒をきっかけにRAAZの手で文字通り皆殺しにされた。なのに、父親だけは逃げおおせた。

(どうして……)

 自分を王様か何かのように特別な存在と見せておきながら、いざというときに助けるわけでもなく、真っ先に逃げるとは。

(それに、ボクには今の父さんが何をしたいのか全然わからない)

 RAAZやマイヨからある程度の情報として父親がやろうとしていることを聞いている。でも、どうしても腑に落ちない。『文明の遺産』を全部使える状態にしたいだけとは思えない。その先、どうしたいか。それが見えない。

 少なくとも、タヌは父親がやろうとしていることが皆の役に立つことだとは思えない。

(あれ?)

 タヌはここで、心中の変化に気づいた。普通に考えて、親が殺されるかも知れない状況なのに、それを見ているだけなんて子どもとしてどうなのか。その気持ち(・・・・・)に気づくと、タヌは一瞬だけ、戸惑った。

(でも)

 父親の一連の振る舞いを目の当たりにした。「息子などいない」と、自分を見て言い切った。

 あそこまでやられてしまったら──。

 ここから先、RAAZが父親を殺すなら、それを止めることなどできない。人並み程度には殺さないでほしいと思うものの、それを行動に移そうという気持ちになれない。

(ボクは、人間として最低なのかな)

 命の恩人を罵倒する父親に、父親が殺されるかも知れないのに何も反論せず、罪悪感ひとつ抱かない自分。普通に考えたら絶対におかしい。なのに、おかしいと思えない自分がいる。

 タヌは少しだけ顔を上げ、DYRAの後ろ姿を見た。赤い外套を羽織った彼女は微動だにすることない。

(DYRA、ゴメン。ボク……)

 タヌがDYRAへ心の中で詫びようとしたときだった。

 風に乗って、周囲に黒い花びらが舞った。

「あっ!」

 我に返ったタヌは黒い花びらを見て驚くと、風上の方へ視線を移す。崖沿い、少し離れた場所に白い詰め襟上着に身を包んだ男が現れた。

「マイヨさん?」

 近寄ってくるマイヨを見て、タヌは様子が違うことに気づいた。彼の周囲から黒い花びらが舞い上がり続けている。RAAZもマイヨの方を見ている。

「まずいことが起こっている。……って、何が起こった? いや、まさかアンタ、ハーランを仕留めたのか?」

 怪訝な表情でマイヨが問う。傍らで聞いているタヌは、突然ここでハーランの名前が出たことに少し戸惑った。

「そんなわけ、ないだろう?」

 DYRAの肩を抱きながら、RAAZは吐き捨てるように告げた。

「だって、ケミカロイド特有のあの、オゾン臭とも薬臭いとも何とも言えない臭いがあるじゃないか? ハーランだろって」

「残念だが、違うな」

「何? まさかとは思うけど、ケミカロイドがハーラン以外にいたってことか? 生き残りが野に放たれていたとでも言うのか?」

 マイヨが信じられないと言いたげな目でRAAZを見る。赤い外套を着たDYRAの様子がおかしいことにもすぐ気づく。

「あれ? って、何があった?」

「ウーゴが……」

「ウーゴ? 誰だ?」

「ああ。お前の言うケミカロイドがこともあろうに欲まみれの穢らわしい手でミレディアを(・・・・)襲った。だから殺処分した」

 RAAZの言葉を聞いたタヌは、ハッとした。だが、言葉を紡ぐ前に話が進んでいく。

「殺処分? どういうことだ?」

「『DYRAに手を出すな』。その生き証人だ」

「生き証人?」

 聞けば聞くほど話がわからない。マイヨは「順番に話してくれ」と告げた。

「この集落は、むかし、トレゼゲ島で生きていた奴らの子孫の集まりだ」

「トレゼゲ? ってジャカ、いや、キエーザもそうだったな」

「ああ。アイツだけは故あって、私があるところへ預けて助けた」

「ってことは、キエーザ以外はこの集落にいたってことか?」

「ああ。あれは1300年以上も前の話だ」

 RAAZはおもむろに、話を始めた。


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