245:【今からでも間に合う!】両親を捜す旅の、ここまでの流れ
ご新規様もこの機会に『今からでも読める、1~244話まで、一気に振り返りつつ……』な最新話です!
もちろん、「そういえば直近まで、どんな感じだっけ?」なご愛読者様も、物語のここまでの内容整理を兼ねて是非!
22年10月~23年1月まで、4か月の間休載しておりました、ゴシックSF「DYRA」、連載再開!
大都市マロッタを出た4頭立ての馬車はかなりの速さで一路、西の都アニェッリへ向かっていた。客室には向かい合わせでふたりの男女が座っていた。進行方向側には金髪がところどころに混じった美女と、反対側には躑躅色の瞳と青磁色のツーブロック短髪の長身男。西の都アニェッリの大公アンジェリカと、雇われ用心棒キリアンだ。
「キリアン。今、どこらへんを走っているの?」
「今はまだ、川下っていますね。もうちょっとすると、メレト近くの中州にたどり着きます。大公サン。ようやく半分ってトコですね」
アンジェリカは、向かい側に座るキリアンが見ている地図を覗き込んだ。
「ふぅん」
彼らは、北側にあるネスタ山の麓にある大都市からアニェッリへと向かっている。道順はシンプルだ。マロッタの東側に出て南へと流れる川沿いに下り、河口付近にある中州が見えてきたら海に沿って西へ続く街道を進む。だが、地図に描かれているものとは違い、実際の海沿いの道は長い。普通の馬車の速さでは1日では下り切れない。道の駅ごとに馬を交換し、先を急いだ。
「大公サン。多分、中州のあたりで今日は休むことになるでしょう」
「中州? っていうと、メレトあたりかしら?」
メレトは河口付近、川向こうにある高級別荘街だ。金持ちにしか住めないとまで言われており、丘の上か下かで、社会的な序列すらハッキリ見えるとまで言われている。
キリアンは地図から顔を上げると、振り返り、小窓越しに御者へ声を掛ける。御者は被りで頭も覆える長い外套を身にまとい、背が低いことくらいしかわからない。
「あと、どんくらいで着くもんか?」
「そうですね。陽が落ちる前には着くかと」
御者席の女から返事を聞くと、キリアンは懐中時計を懐から取り出した。
時間は四時だった。時計の下半分にある昼夜表記も夜に傾きつつある。
「大公サン。もうすぐ着きます」
「なら良いんだけど。正直、疲れたし」
アンジェリカはそう言って、鋭い視線で小窓の向こう側に見える御者を睨んだ。
「キリアン。あの御者。アンタどう思う?」
問うた瞬間、キリアンは自分の人差し指を口元にやり、静粛を要求した。
「あの飯屋で見ていたときから引っ掛かっているですわ。あの女。タダモンじゃない気がするんで」
キリアンは時折、小窓の方へ振り返り、御者の背中に鋭い視線をぶつけた。
アンジェリカとキリアンが乗る馬車の御者は、背中に視線を感じながらも、気にする素振りを見せることなく馬を走らせ続けた。
御者はロゼッタだ。表向きはマロッタの天才服飾仕立師サルヴァトーレの小間使い兼連絡係。正体はこの世界のインフラを支える組織・錬金協会の会長RAAZの密偵。今回、サルヴァトーレより、アンジェリカをアニェッリへ送り届けるよう命じられている。
(タヌさんたちは、大丈夫だろうか?)
ロゼッタは道中ずっと、タヌたちの身を案じつつ、出会ってからのことを思い出す──。
思い返せば、《村が焼き討ちに遭って帰る場所を失った》タヌなる少年と初めて出会ったのは商業都市フランチェスコだった。あのときは主から、「絶対に目を離さないこと」、「必要ならばサポートすること」などを命じられた。いざタヌを見つけると、傍らに美女がいるではないか。ラ・モルテと蔑まれる存在、DYRAだ。主は彼女を「大切な客」と言っていた。立場があるので、決して踏み込むことはないが、あれは断じて単なる「客」ではない。そんな関係ではない。主にとって大切な存在だ。自分がまだ少女で、主と知り合って間もなかった頃、少しの間ではあるものの、街外れの小さな館で彼女を看病したことがある。あの頃と見た目が少しも変わっていない。
それにしても。
DYRAが少年の「両親捜し」に協力、行動を共にしている。どういう行きがかりでそうなったかはわからないが、そのことで主が気が気でないという。
事実、ことあるごとに主が仮初めの姿をして出張っている。
だが、主の命には従うのみだ。
突然、DYRAが姿を消したと激しく動揺するタヌと彼女を探す手伝いもした。
フランチェスコから脱出し、メレトへ逃げることに成功したタヌを見つけ出し、主の元へも連れて行った。
タヌが母親を見つけたとき、悲劇が起きた。
母親こそ村を焼くことを命じた張本人で、父親の研究成果を奪い取るスパイだったのだ。しかも彼女を裏で操る男のために、我が子を手に掛けようとしたではないか。あのときはさすがに座して見届けるなどできなかった。
タヌは未だ見つけられぬ父親を捜し出そうと、次に、DYRAと共に、新興都市ピルロへやってきた。自分も主に命じられ、あの街へ様子を見に行った。深い闇を抱えている街だった。錬金協会を出し抜き、DYRAを金儲けの道具にしてやろうとした施政者に対し、主は怒りを爆発。報復として街を焼き払った。
だが、ことはそう単純ではなかった。
主にとってもっとも因縁深い存在が現れたという。何でも、それは1000年どころではない、気が遠くなるような遺恨ある関係だというではないか。
ハーランと名乗ったその男は、現れるやタヌを攫い、主を追い詰め、DYRAの左足を奪ったと言っても過言ではない。双方に遺恨が増えたという。
ロゼッタは、タヌがこれまで大変な思いをしながら両親を捜してきたことに思いを寄せた。DYRAや、ときには主の手を借りつつも、難易度があまりにも高い両親捜しを決して諦めることなく食い下がる。感服の一言だ。
(タヌさん。どうかご無事で)
両親を見つけたところで、タヌのもとにこれまでの日常が戻るわけではない。母親と再会したときの状況からもそれは明白だ。さらに言えば、その後の話の流れ的にも、「希望がない」ことが傍目にもわかる。
タヌへ思惑ありげに手を差し伸べる男がいた。
マイヨだ。タヌの母親を裏で操っていた男と同じ外見を持ちながらも、自らはそれとは無関係を主張し、この男なりのけじめをつけた上で、関係を築いている。だが、主はこの男を「妻の仇」と言っている。一方でマイヨは潔白を主張する。真実がどこにあるのかはまだわからない。それでも、ハーランが共通の敵だったことから、ふたりは手を組んでいる。タヌがDYRAと行動を共にしているように。
食堂で聞いた話では、タヌは父親にあと一歩のところまで迫ったという。DYRAと主が追い詰め、接触を図った。しかし、わかり合えることはなかった。それどころか、主やDYRAへ害を及ぼすことが明白になる始末。しかも、タヌの父親はハーランからも姿をくらます必要があり、そのためにアニェッリの大公の力を借りているという。
(タヌさんの父親が逃げ回るのに、後ろのふたりが手を貸している。そして、あのふたりは)
根拠はない。直感しかない。敢えて言えば相手が「政治家」だからだろうか。それとも、今も背中越しに向こうの警戒心が伝わってくるからだろうか。彼らが主との約束を守るとは思えない。ロゼッタは心に浮かび上がる嫌な予感を拭えぬまま、馬に鞭を打った。
今、主は恐らく、タヌやDYRAを追っているだろう。あのマイヨもだ。
(それにしても、錬金協会も乗っ取られた今、主はどう動くつもりでいるのだろう)
ロゼッタは、錬金協会がハーランによって乗っ取られたことを知った顛末も思い出しながら、これからのことを考える。
マロッタで、食堂の店長とも話したが、まず、主の手の者だとバレてはいけない。立場上、バレたら最後で、逃げることも身を隠すこともできなくなってしまうからだ。
(ふたりをさっさと都を送り届けないと)
今、アニェッリの大公はハーランの手でニセモノが立てられており、本物を無事に送り届けなければならない。ロゼッタは気持ちを一層引き締める。
これから何が起こるのか。
(それでも、会長についていくだけだ)