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243:【VERITA】穢れなき涙は美しい

前回までの「DYRA」----------

ついに、集落の男たちはDYRAへ欲望を剥き出しにした。この振る舞いにRAAZは情け容赦なく殺処分する。だが、それは彼女のためではない。今は亡き、愛した女性が傷つけられるのが耐えられなかったからだ──。


 完全に燃え落ちきっていない集落で燻る炎の中は、屍の山、灰、そして瓦礫であふれかえっており、まさにそれは地獄そのものだった。

 かつて柵があったその場所で、崖がある方に背を向け、DYRAは拳を地面に叩きつけたまま膝を落とし、俯いた下唇を噛み、声を押し殺して嗚咽した。

 真珠か、ダイヤモンドを思わせる美しい滴が頬を伝い、落とした膝にこぼれ、破れかけたガータータイツの上にポツリ、ポツリと落ちる。

(蔑まれ、忌み嫌われ、石を投げられるのは構わない。だが……私の過去が、そんな薄汚いものだったというのか)

 肝心な過去の記憶がほとんどないことを差し引いても、身に覚えのない売女呼ばわりを受け入れることは到底できない。まして、自分を抱き嬲れば国家が繁栄するなど、悪質な冗談以外の何者でもない。どういう発想をすればそんな考えが出てくるのか。最初にそんなことを考えた奴と会えるものなら会って叩き殺したい。そんな気分だ。悔しい。とにかく悔しい。DYRAは落ち着きを取り戻したくても、思うように感情が静まってくれない。

(まさに、RAAZの言った通りなのか)

「思い出したくもないのに無理に掘り返す必要などない」

 だが、そうも言っていられない。言葉を浴びせかけられたのだから。



「久し振りに自分の本当の名前を聞いた感想はどうだった? トロイア」


「脱げばわかることだ。アソコに蝶の焼印が」



(私の身体にそんなものは、ない)

 破られたスカートのスリットを見ながら、DYRAは苦々しい表情をした。

(真実を知るべきなのか。知る必要もないのか……)

 ここでふと、RAAZのことが浮かぶ。

(真実と言えば……。RAAZも、真実にたどり着けていなかったな)

 死んだ女はマイヨが殺したと信じていた。だが、違うという。マイヨは真犯人まわりを含め、証拠を握っている上、それを踏まえてRAAZに対し、「自分ではない」と言っている。ある程度ではあるものの、無実を証明できたのだろう。ハーラン排除という利害関係の一致も相まって、それなりに前向きな関係を築けている。

(真実を突き止めるべきなのか。知らない方が良いのか)

 言われたことがすべて真実なら、そのことに自分自身が耐えられるのか。

 このときふと、もうひとりの言葉が頭を掠めた。



「どこぞの死んだ女の身代わりほどの価値すら与えられたことのないキミが、そんなことを言うんだ?」



 ハーランが言っていた言葉だ。あのときは、自分のことを何か知っているような口振りで思わせぶりに言ってきたことが気に入らなかった。しかし、今この状況で考えてみると──。

 この集落の人間たちはトレゼゲ島の末裔だと言った。彼らはピッポに再興への希望を託していた。そのピッポは最近までハーランと繋がっていた。自分のことを自分以上に知っているみたいな一連の言い草を、唾棄に値するデタラメと片付けて良いのか。

 もう、涙は落ちてこない。その代わり、また、ピシッ、と心で何かが音を立てた気がする。

 事情を知らない人間が見ればもはや芝居じみた溜息ではないかと思わせるほどの音を立てて、DYRAは息を吐いた。あれこれ考えているとき、周囲の言葉にできない臭いに耐えきれず、息を止めていたからだ。

 突然、肩や背中にふわりと何かが掛けられた。肌に、人肌で温まった、上等な山羊の毛織りならではの感触が伝わってくる。

「あ……」

「そんなところで、いつまでひとりで泣いている?」

 RAAZがDYRAの前に腰を落とした。

「安心しろ。世界がすべて敵になっても、私はキミのそばにいる」

「……死んだ女の思い出を、大切にしろ。私に、そんな気遣いはいらない」

「そんなことができるか。キミは覚えていなくても、私はずっとそばにいたぞ? まぁ、ときには気づかれにくい場所でもあったが」

 RAAZの腕がDYRAの背中に回る。そのとき、身体が強ばった。

「大丈夫。大丈夫だ。キミが嫌がることはしない」

 DYRAの額がRAAZの胸元に当たった。

「RAAZ。本当のことを教えろ。私は本当にあいつらが言ってい……」

「冗談だろう?」

 DYRAは、質問を最後まで口にすることができなかった。


改訂の上、再掲

243:【en-ROUTE】穢れなき涙は美しい 2022/09/26 20:00

243:【VERITA】穢れなき涙は美しい 2023/02/08 15:28


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