241:【VERITA】剥き出しの本性
前回までの「DYRA」----------
DYRAへの信じがたい激しい侮辱と罵倒。そこへピッポも現れ、指摘はすべて「事実」であることを告げる。さらにRAAZも現れ、彼女への冒涜を許さない。
「あっ! 父さんがっ!!」
「RAAZ!」
DYRAだった。
「キミはあのクズだけを追え。ガキ、死にたくなければそこを動くな」
RAAZがDYRAへ指示しながら燃える柵へと近寄った。続いて、手を伸ばせば届きそうなところで、倒れずにまだしぶとく残った柵の根元を思いっきり蹴飛ばす。火が燃える音か、蹴ったそれかわからない、バチンという音が聞こえるや、柵が集落側へと倒れた。柵の向こうの人々が悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。RAAZは集落へと足を踏み入れるや、目についた逃げ惑う人々へ情け容赦なく斬りかかった。
「っ……」
まさか、そんな。タヌは引き攣った声を漏らした。目を覆い、耳を塞ぎたくなる気持ちを堪える。できることなら見たくない、おぞましい光景だった。だが、その原因に父親が絡んでいるのだ。その現実からは逃げられない。もしかしたら、RAAZが自分が逃げることを許す気がないからこそ、こんな恐ろしいものを見せつけているのではないか。
(父さんは……!)
タヌはあたりを右に左にと見回して、DYRAと父親の姿を探した。大混乱に陥った集落から自分だけ助かろうと早々に逃げたとでもいうのか。そうしてまで『文明の遺産』を手にすることが大事なのか。
RAAZが目についた人々を片っ端から袈裟斬りにしていく。女の悲鳴や赤子の泣き声が聞こえようとも、知ったことではなかった。
DYRAもRAAZ同様、阿鼻叫喚に少しも意識を向けなかった。彼らに気を取られ、情を移した隙にタヌに何かあれば、今までの旅や信じて決めた行動のすべてが無駄になるからだ。彼女はその身の周囲に青い花びらを舞わせ、蛇腹剣を手に行く手を阻むものへ剣を振るった。土だった場所は彼女が歩くたび乾いていく。それ故、木造の家などを倒せば、摩擦熱で火が点き、さらに燃え上がる。延焼に加え、さらに何軒かの家を斬りつけて火が点ったことで、集落全体が炎に包まれた。それでも、今はただ、成すべきことを果たさんと、剣を振るった。
「ピッポッ! どこだっ!」
DYRAが声を上げた。燃えていない方を見回すと、視界にピッポとウーゴの後ろ姿が飛び込む。何かを背負い、崖と海がある方へ走っているではないか。
追い掛けようとしたときだった。すぐ脇の、火災を免れた納屋らしき建物から、若い男ふたりが泣き喚く子どもと共に姿を見せ、DYRAの行く手を阻む。
「これ以上、近づくな!」
「動いたらこのガキ、こ、殺すぞっ!」
男の1人が高ぶった声を張り上げ、手近にいる幼子の腕を掴み、細い首に刃物を突きつけた。
子どもを人質に取る卑劣な振る舞いを前にしてもなお、DYRAは無視し、聞き苦しい声がした方へ黙れとばかりに蛇腹剣を振るう。柄を握る手に何かが絡んだ感触を得るや、剣を目一杯引くと、何事もなかったように崖の方へと進んだ。
ほどなくして、DYRAの背中全体に少しばかりの熱さが伝わった。先ほどの納屋が炎に包まれた合図だった。
DYRAは自分とピッポたちとの間を阻むものがなくなったとわかるや、走り出した。
崖の方へと走るピッポたちに追いつくのに時間は掛からなかった。
「この期に及んで、まだ逃げるか?」
その先は断崖絶壁。DYRAは2人の男を追い詰めると、真っ直ぐ剣を構え、切っ先を向けた。それに応えるように、ウーゴが身構える。
「トロイアの分際で、何故主人に逆らう!?」
一体いつ、こんなヤツが自分の人生を支配したのだ。聞くだけで虫唾が走る。それでもタヌの父親捜しの手前、どんな侮辱にも耐えた。だが──。
「何度言わせれば……!」
もう限界かも知れない。DYRAは少しずつ、我慢できない自分を自覚した。
「どうして我らへの永遠の繁栄を反故にした!?」
何を言っているのかわからない輩と話すことなど何もない。DYRAは蛇腹剣の柄を両手で握りしめ、刃を直列化して地面に突き刺す。
「お前に、用はない」
すると、剣の柄を握るその手の周囲から、青い花びらが無数に舞い上がる。さらに、肘のあたりや剣の柄、そして刃にまでも蔓が伸びていき、青い花が咲き乱れる。
DYRAとその周囲の光景を目にした瞬間──。
「やっ……や、やめっ……!」
恐怖で腰を抜かしたのか、ウーゴが尻から地面に崩れた。同時に彼の後ろ、崖の側にいたピッポの姿がDYRAの視界にハッキリと入った。
「や、や、やめろおおおおおおおおおおおお!」
ウーゴの叫びが響き渡ったとき、DYRAが剣を突き立てた場所から崖の方に向かって、地面が乾き、砂のようになってヒビが入り始めた。
ピッポは歪んだ笑みを浮かべてその様子を見るや、その場から姿を消した。直後、砂に変わった場所の一部が脆くなったからか、崖の先端が大きな音を立てて崩れた。
「まだ滅ぼすのかあああああああああああああ!」
ほんの数十秒ばかりの時間が流れた。青い花びらの嵐は収まり、ウーゴがあの日見た花はもうどこにも見えない。
崖があった場所の一部はすでに崩落、乾いた地面も砂漠の如く、ヒビ割れていた。しゃがみ込んでいたウーゴは、自身の背中や仙骨のあたりに風を感じると、ガタガタと震えた。もう、後ろがないことに気づいた。
「止めてくれ……もう、や、止めてくれっ……!」
瞳に絶望を宿し、哀願の言葉を喚く。DYRAは、その姿を見ながら何度か肩で息をした後、蛇腹剣を霧散させた。
「……どうして、どうして逆らった? トレゼゲをどうして、滅ぼ……っ!」
「お前!」
DYRAはウーゴの言葉を遮り、睨み付けた。金色の瞳に怒りの光が宿る。
「どうしてあの男を庇った!? お前たちは何をしたいっ!? それに……どうして私をそこまで!?」
DYRAはウーゴの言葉など聞く価値もないとばかりに言い放ち、一歩一歩近づく。
「ふ……復興を願って、な、何が悪い!? 裏切った売女の分際で」
この状況でもまだそんな言葉が言えるのか。ひょっとしたら、その傲慢かつ身勝手極まりない考えがこの連中の滅びへ繋がったのではないか。DYRAは呆れ果てた。
「まるで、私が身体を売るのを止めたから滅びたような言い草だな?」
「ああそうだっ! 今、この場所だって、そうだろうがっ! お前が男に富と繁栄の源を与えていたから島は繁栄していたんだぞっ! それをどうしてっ!?」
ウーゴの最初の指摘で、DYRAはハッとした。ピッポの姿がない。タヌと再会できるまさにその瞬間に逃げられたのか。痛恨のミスだ。表情や仕草にこそ出さぬものの、地団駄を踏んだ。
「あの人は、私たちの文明を復興させると約束してくれたんだ!」
言いながら、ウーゴがおそるおそる、足場の安全を確認するように立ち上がる。悔しさに心を焼かれていたDYRAは音の塊としか捉えることができなかった。
「どうして! どうして繁栄の都を滅ぼした!? 何故ラ・モルテになった!? どうし──」
1歩、1歩と歩きながら、ウーゴが呪詛の言葉を吐く。
「何が不満だった!? お前がトロイアになる、それがお前の役だったろうがっ!」
「いい加減にしろと言っている!」
DYRAはウーゴの言葉をバッサリと切り捨てた。
「お前の役目は、男に力と快楽を与えることだったはずなのに……!」
改訂の上、再掲
241:【LAFINE】「本性」と「覚醒」 2022/09/12 20:00
241:【VERITA】剥き出しの本性 2023/02/08 15:22