240:【VERITA】真実は、地獄絵図
前回までの「DYRA」----------
謎の集落に足を踏み入れたDYRAとタヌ。集落の人間たちは、DYRAを見るや「トロイア(売女)」と罵る。ラ・モルテ(死神)だけでも不愉快なのに、女性としての尊厳を最大否定する罵倒まで。DYRAが一体彼らに何をした?
「トロイアが錬金協会の会長を名乗る馬の骨とヤッた対価だからなぁ」
突然、地に頭をつけていた人々たちのさらに背後から声がした。タヌは奧にいた人物が姿を見せるや、声にならない声を上げる。
「──!」
ウーゴやその後ろの人々も一斉に振り返る。
DYRAは剣の切っ先を僅かに動かした。ウーゴから、その人物の方へ。現れたのはタヌと同じ色の髪と瞳を持った、すすけた服装の男だった。もう、夜でも暗がりでもないので、服装もハッキリとわかる。前留めでカーキ色の長袖服。留めまわりには刺繍がほどこされている。それに黒っぽいストレートの長ズボン。
「ピッポ……!」
DYRAが呟いたときだった。
「父さん……!?」
タヌは現れた人物の顔を見ると、駆け出しそうになる。が、DYRAの背中から伝わる殺気にも似たものを前に、動けなかった。
本当に、柵の向こう側に、父親がいる。だが、タヌは喜びよりも戸惑いでいっぱいだった。
「ピッポ様! あの女です!」
「助けて下さい!」
人々が口々にピッポへ救いを求める様子を見ながら、タヌはどうしてこんなことになっのだと思う。が、それを言葉にはできない。殺気、異様な雰囲気、それらが醸し出す空気が言葉を喉のところで抑え込む。
「トロイアがエラっそうな口をきく」
ピッポがDYRAへきっぱりと言い切った。
「さっさと服を脱いで、黙って足を開いて仕事をすれば良いものを!」
「と……父さんっ!!」
圧力よろしく襲いかかる空気を打ち破らんと、タヌの叫びが響き渡った。
「父さん?」
「何だ?」
「ピッポ様の何だあれは?」
人々の声がさざ波のように広がり、タヌの叫びを消していく。
DYRAと柵、ウーゴ、そして後ろの人々を挟んで、タヌとピッポが互いを見る。
「誰だ? 俺に息子はいない。ソフィアは外に男をこさえていたしな」
ピッポは何事もなかったようにさらっと、だが、淀みない口調で告げた。
「えっ……」
息子である自分を前に、何を言っているのだ。そこにいるのは父親のそら似な他人なのか。だが、母親の名前に間違いない。だとしたら一体これはどういうことだ。タヌは混乱する。
「久し振りに自分の本当の名前を聞いた感想はどうだった? トロイア」
「そんな名前に覚えがないから、何も言いようがない」
「自分のことを覚えていないってことか? 売女のお決まりのセリフだな」
「私にはそれを信じる理由がない。仮にも大昔のこと、お前が直接見たわけでもあるまい」
DYRAが無表情のまま告げると、ピッポが口角を上げてウーゴのもとへ近づき、彼の隣に立った。
「ウーゴは、どういうわけか、死ねない身体なんだよ」
ピッポはDYRAの反応を見ながら、いや、楽しみながら言葉を続ける。
「お前とヤッたあの男の手で、死ねない身体にさせられたんだ。ラ・モルテ伝説が嘘でもトンデモでもないことの、生き証人として」
「煽っているつもりなら無駄だ。お前の話ではまるで、私がRAAZをどうにかしたような言い方だが、そもそも前提が逆だ」
DYRAは素っ気なく切り返した。
「自分自身のことを覚えていないってか? 過去を消したつもりだろうがそうはいかない。何も知らないと思ったら、大間違いだ」
「本当に、何の話をしているんだ?」
何を言われているのかさっぱりわからない。これ以上聞きたくもないし、興味もない。DYRAはそんな気持ちをまとめて言葉に込めた。
「お前がトロイアだった証拠は、あるさ。脱げばわかることだ。アソコに蝶の焼印が……」
言い掛けた言葉は続かなかった。しかも、それまでの笑顔から一転、恐ろしいほど表情を引き攣らせているではないか。タヌはピッポに、いや、柵の向こうのすべての人間に異変が起こったことを察知した。同時に、タヌの前にふわりと、赤い花びらが舞った。
「本当に性根の腐りきったヤツらだ。全部聞かせてもらったよ」
DYRAとタヌの背後から、聞き覚えある声が聞こえた。タヌはすぐさま振り返った。
「RAAZさん!」
RAAZはルビー色に輝く諸刃の大剣を手にDYRAの横に立った。そして、ピッポへ向けた蛇腹剣を握る手に自らの手を添え、そっと彼女の手を下ろすと、代わって自身の大剣を柵の向こうへ向けた。
「久し振りだなウーゴ」
「あっ……!」
ウーゴが恐怖で唇を、そして膝をわなわなと震わせながらRAAZを見る。後ろにいる人々は一体誰が現れ、何が起こったのかと言いたげに戸惑い気味だ。
「あれだけの目に遭ってまだ懲りずに……。せっかくだ。お前に選ばせてやる。この集落を死体の山に変えるか、そこの人間のクズを引き渡した上で、私の可愛いDYRAへ詫びるか」
「私たちへ希望を約束した人を、トレゼゲの民は渡さない!」
ウーゴからの即答を聞くや否や、RAAZはすぐさま大剣を振るった。柵までの距離が剣の長さの倍以上ある。刃が何にも触れていない。だが、柵がバッサリ斬られ、崩れ落ちた。
「では決裂だ。さぁどうする? 柵は破ったぞ? 私の可愛いDYRAを襲うか? あ?」
挑発するように尋ねたときだった。
「……RAAZ。私が、やる」
DYRAの言葉に、RAAZは一瞬、耳を疑った。
「……いつかお前は言った。『これ以上、愚民に情を移すな』と。タヌ以外へ『気遣い無用』と」
「ああ、言った気がする」
ふたりのやりとりを聞いたタヌは、ハッとした。
「DYRA!」
彼女が父親を殺すのか。確かにひどいことを言った。それでも、それだけは止めてほしい。タヌは心の底から思う。だが、そんな考えはRAAZに見透かされていた。
「ガキ。今、DYRAを止めるか? もしそれをやれば、彼女の尊厳を対価にお前の親父を助けろと言ったことになるぞ?」
最後のくだりでタヌはハッとした。その通りだ。DYRAは普通の女性なら到底耐えられない言葉の数々を浴びせかけられ。きっと、自分がここにいたからこそいきなり斬りつけたりせず、剣を持つ手を震わせながら暴発しないよう、耐え忍んだのではないか。それなのに、自分が父親を庇ったら、それこそDYRAの人間性や女性性を全否定する、後ろから撃つ振る舞いそのものだ。
「RAAZさん!」
タヌが覚悟を決めたときだった。
「ぇ……うわ!」
突然、タヌの身体が後ろへ強く引かれた。
DYRAが蛇腹剣を構える。その刃は周囲に青い花びらを舞い上がらせて、倒れることなく残った柵に、鞭のように絡みついていた。
(あれ?)
タヌはそれが目に飛び込んだ瞬間、顔色を変えた。
(土が、砂みたいに……? 柵のあたりまで土が!?)
DYRAたちがいるあたりの土の色が違う。今までこんなことがあっただろうか。初めて出会って間もなかった頃、6頭のアオオオカミを相手にしたときに花壇や木々がしおれたことはあった。だが、こんなことは初めてだ。土の色がみるみるうちに変わっているではないか。
DYRAが蛇腹剣を持った手を力強く引く。蛇腹剣に沿うように無数の青い花びらがふわりと舞い上がったときだった。
「何だ!!」
「火が点いたぞ!!」
柵の向こうにいる人々が恐怖と怨嗟の声を上げる。
「なっ!」
目の前の柵が燃え出し、倒れた。先に倒れた柵へと燃え移る。これにはウーゴたちも狼狽える。一方、傍らのピッポは急速に広がる炎を見ながらクスクスと笑うだけだった。
「やれやれ」
ピッポが言うや、ウーゴが彼の手を引いて走り出した。逃げ出すふたりをDYRAやタヌたちは見逃さない。
改訂の上、再掲
240:【LAFINE】真実は、地獄絵図 2022/08/29 20:00
240:【VERITA】真実は、地獄絵図 2023/02/08 15:20