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024:【en-route】出会いは駅馬車の停留場

前回までの「DYRA」----------

DYRAとタヌはサルヴァトーレと別れ、二人でペッレから次の街へと移動を始めた。

一方、RAAZはDYRAとタヌの動向を気に掛け、自らの密偵に追跡させた。そして、ピアノを弾きながら遙かな昔のことを思い出した。

 空の色がカーネリアン色からアメジスト色へ変わりつつある中、DYRAとタヌを乗せた乗合馬車は一路、北西へと走っていた。馬車の行く先は工業都市ピルロ。乗客は二人だけだった。

 タヌは時折、外の景色をちらりと覗き見る。二度ばかり、早馬がかなりのスピードで乗合馬車を追い越していく光景が見えた他は、ただただ道の向こうに森や山の麓が見えるばかりだ。このとき、タヌは道がある程度の高さから照らされて明るいことに気づき、興味を示す。

「DYRA。あの蛍火みたいなのは何?」

 それは、道に沿って一定の距離ごとに設置されている、人間二人分ほどの高さの柱だった。

「街灯だ。ランタンを大きくしたものをぶら下げて照らしている。ペッレにもあっただろう?」

 DYRAからの説明を聞いて、タヌは改めて街灯を珍しそうに見つめる。確かにペッレでも見かけた気がする。ただ、滞在中に色々なことがあり、そこまで気を回す余裕がなかった

 何にでも興味を示すタヌをDYRAは変わった奴だとでも言いたげに見つめた。そして、ここまでの道のりを振り返りつつ、気になっていることを考え始める。

(それにしても、一体、何がどうなっているんだ?)

 自分のやるべきことは「不死身の錬金術師RAAZを見つけること」。そして漠然とではあるが、それは「殺すため」だと信じていた。しかし、今となっては大きな疑念しかない。そもそも、何故それをやろうとしているのか。

 それ以前に、DYRAは肝心なことを何一つ思い出せなかった。三〇日ほど前に意識を取り戻したが、それ以前のことがほとんどわからない。覚えているのはせいぜい、一〇〇年前にRAAZと直接剣を交えたことくらいだ。そのRAAZ本人と二日前の深夜、ピアツァの外れの森で一〇〇年ぶりに邂逅した。そのときの彼は刃を向ける素振りすら見せなかった。それどころか、「愚民共がキミにとんだ粗相をしたようで大変な失礼をした」と襲撃騒ぎを謝罪してきた。謝ってくれなどと一言も言った覚えはないのに。

(あれは、狙われている奴の振る舞いなんかじゃない)

 あのとき、DYRAはRAAZを追いかけようとしたが、できなかった。直前に三発の銃弾を喰らった際、身体の自己治癒機能が思うように働かず、激痛で意識を失ったからだ。気がついたときにはすでに朝だった。銃弾は摘出され、身体は完全に回復していた。気を失っていた間にRAAZに助けられたとわかったとき、悔しさで全身を焼かれそうだった。

(私はあの男を追っているのに)

 昨晩ペッレに着いたとき、酒場で得た情報をもとに、街の北に広がる、『死んだ土地』と呼ばれる場所へ出向いた。少しでも自分の記憶に繋がる手掛かりを求めてのことだ。行ってはみたものの、結局、何も思い出せずじまいだった。おまけに記憶を呼び覚まそうとした際、意識を失う有り様だ。このときも倒れた自身の前にRAAZが現れた。右耳に大粒で細長い楕円型をしたダイヤモンドの耳飾りを填めていき、ご丁寧に毛布代わりの外套まで掛けていった。

 一度ならず二度までも助けられた。これは一体どういうなのか。

 後を追っているはずの相手からの一連の振る舞いに戸惑い、理解がまったく追い付かない。

 さらにDYRAを驚かせたのは、『死んだ土地』からペッレの街へ戻ったとき、RAAZがサルヴァトーレなる仮初めの姿で自分やタヌの前に堂々と姿を現したことだ。


 「キミが何も覚えていない状態で対峙して、何が面白い? それに、こちらにも思うところがある。飛び入りで手を貸す方がよっぽど楽しく過ごせそうだからな」


 RAAZは確かにそう言った。彼と再会するまで、自分の記憶がないことに特に不都合はなかった。指摘されたことで初めて、困ったことだとDYRAは認識したほどだ。

(あの男の言いなりになる必要があるのか?)

 このままピルロへ行くのは、RAAZの手の中で踊らされているだけではないのか。

(いや、だが……)

 だいたい、こうして今、この道中にいること自体、果たして自分の意思だと言えるのか。DYRA自身、お世辞にもそうだと思えない。理由はもちろん、それまで何度か受け取っている奇妙なメッセージカードだ。

 最初のカードを受け取ったのは、三〇日と少し前だった。DYRAはレアリ村からも見えるネスタ山の、山の向こう側にある廃墟同然の村で意識を取り戻した。そのとき、傍らにあった白い四角い鞄と共にカードはあった。ただ、どういうわけか見た目の異なるカードが二通。

 一通は花のエンボスを施されており、着替えや必要な資金などと共に鞄の中に入っていた。もう一通はシンプルながら手触りだけで極めて上質な紙だとわかるもので、鞄の上に置かれていた。描かれている内容は奇しくもまったく同じ。

 このとき、DYRAはメッセージに従って山を下り、レアリ村へと向かった。次に受け取ったのは、タヌと共に向かったピアツァの宿屋でだ。このときも鞄と共に渡された。カードはエンボスのものだけだった。さらにこの後、ルガーニ村を通りかかった郵便馬車の御者から当面の資金と共に、またしてもエンボスのものを渡された。ここまでは、最初の一通目を除き、上質な紙のものはない。DYRAは、差出人不明のカードに従い、書かれた名前の場所を目指して移動した。

 状況が大きく動いたのは、ペッレに着いたときだ。

 ここでカードそのものに不審を抱かざるを得ない状況が発生した。RAAZがサルヴァトーレの姿で現れたとき、二通、渡したのだ。しかも、二通の内容が異なる上、そのうち一通、エンボスのそれは読まれたら都合が悪いとばかりに酸か何かで真っ黒にされているではないか。

(これは、何を意味しているんだ?)

 DYRAは改めて考える。少なくとも現時点で、二通のカードそのものがもたらす情報がある。片方、ペッレで渡されたカードは、RAAZ本人、もしくは、彼に極めて近い筋が差出人である可能性だ。いや、サルヴァトーレの姿であっても本人がそこにいるのだから、本人と断じても良い。まずはこれだけでも何もないよりはるかに有り難い情報だ。

(だとすると)

 もう一通、エンボスのカードは誰からのものなのか。こちらのカードはRAAZが潰したものも含めれば四度届いた。だが、差出人はもちろん、預けてきた人間すら見たことがない。

 想像の域を出ないが、少なくとも二つのカードの差出人は関係が良くないのではないか。それにしても奇妙なことがある。何故、RAAZにとって都合が悪い存在によって用意された方のカードをわざわざこれ見よがしに潰した上でご丁寧に自分へ渡してきたのか。

(まさかとは思うが)

 RAAZは「もう一方の差出人」の存在について正体を含めて情報を持っている、もしくは知っているのではないか。そして、彼ないし彼らへ何らかの意思表示をする目的を兼ねていたのではないか。

(だとすれば……)

 このままでいる限り、どこへ行こうが自分やタヌは監視されたままだ。DYRAはここまでで姿を見せぬ監視者を突き止める糸口がなかったか、記憶をたどる。

(ああ、そうだ。RAAZが……)

 確か、錬金協会がタヌを殺しに来ると言っていた。これは立派な手掛かりだ。さらにRAAZが自身と錬金協会の思惑が必ずしも一致していないとも仄めかした。わざわざ表に姿を見せたのは親切心からではない。RAAZから敵意ある何者かに対する警告パフォーマンスだったと考えれば合点がいく。

 だとすれば。

 このままピルロへ行くのはRAAZの思い通りに動いているだけではないのか。何より、自分が追っている相手の思惑通りに動いて良いのか。DYRAはペッレで、「フランチェスコへは行かない」とタヌに告げた。もっとも、メッセージカードや服を渡す約束を通して干渉しようとするRAAZを出し抜く方便としての側面も多少はあった。

 DYRAは考える。

 ピルロへ向かうべきか。向かわざるべきか。

 そのときだった。

「次は、ファビオ。最後の乗り換え場所だ。そこからはピルロまで止まらないよ」

 耳に飛び込んできたのは、御者の案内だった。DYRAとタヌが下車しないとわかっていても、決まり事だから言ったと口振りからありありとにじみ出ている。

 DYRAは決断する。

「タヌ」

 ぼんやりと外の景色を見ていたタヌは、DYRAの方へ振り向いた。

「何?」

「下りるぞ」

「え?」

 タヌにとって青天の霹靂だった。

「え? DYRA。でも下りちゃったらピルロへは」

 言いかけた言葉が最後まで続かなかった。DYRAの口調や目線に、有無を言わせぬ強い力を感じたからだ。

「う、うん」

 タヌが頷くと、DYRAは御者に、「気が変わった。下りる」と告げた。

「え!」

 御者が素っ頓狂な声を上げた。

「安心しろ。こっちの都合だ。カネを返せなんて言わない」

 DYRAの言葉に、御者は一転、安心したように「へ、へい」と返事をした。

 ファビオと呼ばれた乗合馬車の停車場に到着すると、二人は馬車を下りた。

 無人の停留場でしばし客待ちをした後、馬車がゆっくりと北西へと走り出す。二人は馬車の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

「でも、どうして急に?」

 馬車が完全に見えなくなったところで、タヌが問う。しかし、DYRAは何も答えなかった。

 彼女が無言を貫いたので、タヌは答えをもらうことを諦め、乗合馬車の停車場を見回した。片隅に街灯が二つと、待合所らしき木造小屋がある。小屋と言っても、屋根と三方の壁と三重になったガラス製の開き戸があるだけの簡素な作りだ。中には壁に掛けてあるランタンと、休憩用の長椅子が見える。雨風を凌いで待つだけなら十分な作りだ。

「あれ?」

 先ほど馬車から下りるときは気がつかなかったが、小屋の中に人影があるではないか。タヌは小屋の方へゆっくり近寄って、そっと中の様子を見る。一人、長椅子に座っているのがガラス越しに見えた。

(良かった。もうすぐ夜だし、馬車が来なかったら野宿かと思ったけど、人がいるってことは、まだ馬車が来るってことだろうし)

 タヌは安堵の息をついた。


改訂の上、再掲

024:【en-route】出会いは駅馬車の停留場2024/07/23 23:05

024:【en-route】出会いは駅馬車の停留場2023/01/05 15:01

024:【en-route】小さな出会い(1)2018/09/09 13:36


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