239:【VERITA】死神どころか売春婦と罵られて
前回までの「DYRA」----------
タヌの父親ピッポを追うDYRAとタヌは、地下通路を抜け、海沿いにある、ひなびた集落に出た。ここは一体どこなのか。本当にここへ逃げたのか。DYRAとタヌは集落へ足を踏み入れる。
「き、きっ! きんいろの女だ!」
「ちょ、長老を呼べ! 急げっ!」
柵の向こう側が一気に慌ただしい雰囲気になった。話をしていないふたりが集落の方を振り返って何やら大きく振りかぶる仕草をした。DYRAとタヌは一体何事かと思いつつ、彼らの様子を見た。
「確かめろ!」
「言い伝えの女かも知れないぞー!」
柵の向こうがバタバタし始め、家々から次々と女性や子どもも現れると、皆一斉に、柵越しでDYRAとタヌを好奇の目で見る。
「えっ」
突然の出来事に、一体何が起こったのか呑めないタヌは困惑した。DYRAは聞こえてくる言葉から自分に原因があると察したものの、具体的な理由がわからない。
やがて、柵の向こうから杖を手に歩く男がしっかりとした足取りで現れた。
「あれが、長老、か」
長老と呼ばれた男が柵の前に立って、DYRAをじっと見る。最初の3人は数歩下がった。
「……私は、ウーゴ。ウーゴ・ジネディーヌ」
声こそしわがれ気味だが、身体は長老と呼ばれるには若い。見た目だけなら50代かそこらで、足取りを見ても、杖などいらなさそうだ。
「お前は、金色のジリッツァ、デア・アディーレか?」
初めて聞く言葉に、タヌは率直に疑問をぶつける。DYRAは対称的に、ウーゴと名乗った男へ不愉快そうな表情を露わにする。
「大昔、私たちの島にいた、祈り聞き届ける者のことです」
「この数日、トロイアだジリッツァだ、何ワケのわからないことを」
DYRAは厳しい瞳でウーゴを睨む。
「デア・アディーレ。質問を変えましょう。……DYRA、ですね?」
「アディーレが誰かは知らない。DYRAは私だ」
DYRAの口調に、タヌは彼女が心の中で怒りや苛立ち、軽蔑にも似たものを溜め込んでいるのだと察した。
だが、次の彼らの行動をふたりは想像することもできなかった。
「えっ!」
ウーゴ以外の、柵の向こうにいるすべての人々が、集まってくる。それこそ老若男女問わず、だ。彼らはタヌなど視界に入っていないとばかりに声を張り上げる。
「俺たちが一体何をした!?」
「ただ、たまたま子孫だったってだけで、どうしてこんな目に遭わないといけないんだ!」
「ヤリマンとやって願いが叶うなら普通、ヤるのが当たり前だろ!」
「自由を与えろ! アンタとヤレば、自由になれるんだろ!?」
「売女の分際で、どうしてあたしたちの運命をこんな風にするのよ!」
「トロイアならトロイアらしく、日陰でオトコに身体売ってりゃ良いのよ!」
「汚らしい女が、何百年も私たちの人生をメチャクチャにするなんて!」
口々に飛び出す罵声と怒号が津波となってDYRAへと押し寄せる。タヌは彼らが一体何を言っているのかさっぱりわからない。わかることはただひとつ。DYRAを誰かと間違えているのではないか。これだけだ。
DYRAは何も言い返さず、冷たい瞳で柵の向こうを見つめた。その表情をちらりと見たタヌは、激しく動揺し、背筋が寒くなる。出会ってまだ日が浅かったとき、彼女が冷たい視線で誰かを、何かを見ることは時折あった。そうでないときでも、相手のあまりにも非道な振る舞いに対する憐れみにも似た感情のようなものだった。だが、今は違う。未だかつて、彼女がこんな目で他人を見たことがあっただろうか。今の彼女は、視線だけで人を殺せるかも知れない。
(まるで……)
タヌは、サルヴァトーレ、いや、RAAZがこんな視線で他人を見つめる様子を思い出した。まるで、今ここにいるDYRAはRAAZではないのか。考えようによっては、いつだったか見たRAAZのそれより恐ろしいかも知れない。DYRAは無表情のままだ。
罵声怒号飛び交う空間に、重苦しい空気が流れる。その間、DYRAは柵の向こうを、ウーゴもDYRAを見つめる。タヌは恐怖で息苦しくなり、心を押し潰されそうだった。
「やめろぉっ!」
叫びにも似た声で制したのはウーゴだった。
「そんなまやかしを先祖が信じたから、我々はここに追いやられたんだ!」
強い口調で言い切り、杖で地面を突くと、一瞬前まで広がっていた怒号が嘘のように静まりかえった。
「タヌ」
沈黙を破ったのは素っ気ないDYRAの声だった。タヌはびくりとした。
「う、あ、うん!!」
「3歩、下がれ。そして下がったらそこに線を引け。私が良いと言うまで、そこから動くな」
有無を言わせぬDYRAからの指示に、タヌは黙って従った。それしかできなかった。
「話して、よろしいか?」
柵の向こうからウーゴがDYRAへ声を掛けた。
「いい加減にしろ」
DYRAは自身の右手の周囲に青い花びらを舞わせると、直列状の蛇腹剣を顕現させると、先端をウーゴに向けた。このとき、罵倒激しかった人々の間から、どよめきがわいた。
「私をDYRAと知るや、信じられない内容の罵倒を投げつけた。お前たちは一体、何なんだ。人を見るなり、私を何だと言う?」
DYRAを後ろから見つめるタヌはこのとき、彼女の剣を握る手がほんの僅かに震えていることに気づいた。
(すごい怒っている。でも、そうだよね。だって……)
人格全否定とも取れる侮辱だから当然だ。あれだけ言って問題なく許してもらえるとでも思っていたなら、集落の人たちは皆、DYRAを相当ナメている。彼らはRAAZがここにいないことに感謝すべきではないのか。もしこの場にいたら、もう、この集落には誰ひとり存在していないのではないか。タヌは集落の人々の怖いもの知らずぶりに唖然とした。
「バカにする? まさか。皆、怯えているだけです」
「怯えて、あんな破廉恥な言葉を言えるのか?」
少なくともDYRAには、彼らが怯えているようには見えなかった。それどころか、怨嗟と侮辱めいた理不尽な挑発をかましているようにしか見えない。
「……あなたは私を、そして私たちの祖先を、世界を、何もかも痛め付けて、何も思わない、と?」
ウーゴの言葉に、DYRAは微塵も動じない。
「そもそも私がお前たちに何をした? 何もしていないぞ」
「いえ。彼らこそ事実を言っただけだ。あなたに何も非礼を働いたりなどしていない」
こいつは一体何を言っているんだ。DYRAは苛立った。人への侮辱を「事実の指摘」と言い切る神経は人として疑わしいの一語だ。
「こちらとしては、その子がいるから言いにくいだろう、その気持ちは斟酌します。ですが、事実を認めた上で、彼らを自由にしてほしいだけのことだ」
「私がお前たちに何かをしたわけじゃない。こんな木の柵、さっさとたたき壊して出れば良い。私に伺うまでもない」
「無理だ! 外へ出るには森を抜けなければならない! そして、試みた同胞は皆、6つ目の狼に食い殺されて死んだ。1人残らず!」
「別に私がお前たちへ『そこに住め』と言った覚えもない。事情は知らんが、自分たちの人生の選択でのツケをこちらへ持ってくるな」
DYRAは言い切った。ウーゴは不快感を露わにする。
「島をズタズタにして、良くもそこまでっ!」
それまで冷静に話していたウーゴが一変した瞬間をタヌは見た。同時に柵の向こう、かなり奥の方で別の誰かが覗き見していることにも気づいた。だが、DYRAに伝えるタイミングを取れない。
「島が沈む原因を作っておいて! 私がこんな身体で1000年以上も無理矢理生かされているのも! 全部、あなたのせいだというのに!」
自分やRAAZと違うのだ。死ねないなんて言い分は明らかにおかしい。DYRAがそんな風に思ったときだった。
改訂の上、再掲
239:【LAFINE】迷い込んだ集落で 2022/08/22 20:00
239:【VERITA】死神どころか売春婦と罵られて 2023/02/08 15:19