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234:【VERITA】食事中にも事態は進む

前回までの「DYRA」----------

RAAZやマイヨと別れ、ネスタ山を下山したDYRAとタヌ。東の果てへと向かうべくひたすら移動を続けた。夜まで掛かったが、ようやくルガーニ村までたどり着いた。


「いえいえ。お客さん、こんなにたくさんは……!」

「釣りはいらない。貸切にしてくれたからな。それに、こちらも頼みたいことがある」

 頼みたいこと、に店主は含むものを感じると、「左様で」と言いながら、カウンターの向こうへと戻った。

「実は食後、もうちょっと移動したいんだ。馬を2頭、用意してはくれないか」

 この後、タヌに出された食事は、根菜が添えられた子羊肉の香草焼き、ひまわりの種が入ったロールパン、それにコンソメスープだった。DYRAに出されたのは子羊肉の代わりに焼いた茄子とマッシュルームのトマトソース添え。ただし、高級食堂ではないので、どちらもワンプレートで出ている。

「まずは、食べてからだ」

 DYRAの言葉を聞いたタヌは、笑顔で頷くと美味しそうに食べ始めた。DYRAも少しずつ口をつける。



「食べなきゃ」



 DYRAの脳裏を、サルヴァトーレ(RAAZ)の言葉が掠めた。

(そう、だな)

 ここから先、何が起こるかわからない。ハーランと戦う準備をするRAAZやマイヨを、自分のフォローミスで煩わせる事態を起こしてはいけない。当然、タヌにも心配を掛けてもいけない。DYRAは出された食事を彼女なりながらも美味しそうに食べた。

 2人が食事を終えると、店主がDYRAへコーヒーを、タヌへ一口サイズのブリオッシュとココアを振る舞った。

「聞いて、いいか?」

 食べ終わった皿を片付ける店主にDYRAが声を掛ける。

「何でしょう?」

「この子が地図をもらったあと、私たち以外で外から来た来訪者はいたか?」

「さぁねぇ。郵便馬車は何だかんだで毎日来ますし。それ以外だとそうですねぇ、何日か前に明け方、村の外で揉めている若い兄ちゃんがいたくらいですかねぇ」

 DYRAとタヌは、最後の分については、自分たちのことだと察した。

「他には、まったくいなかったか?」

「あ、いや」

 店主が言いよどむ。DYRAは軽く睨んだ。

「いるんだな?」

「いや、それは……」

「では質問を変える」

 店主がホッとした顔をする。

「この子を捜している風の奴は来なかったか?」

 DYRAは、店主の顔が引き攣ったのを見逃さなかった。席を立つとすぐさま店主に詰め寄り、右手の甲を覆うように掴み上げる。小指の根元関節に親指を置いて、捻るように。もう少し捻れば筋をひどく痛め、料理人としてしばらく振る舞えない怪我をするかも知れない。

「いや、いっ……いたたた。お客さんちょっと!」

「痛いか? だが、この子はこの痛みどころではないほど困っているんだ。この子を助けると思って、話してくれないか?」

 DYRAの様子に、タヌは間に入って止めることができなかった。彼女の本気を感じ取ったからだ。

「た、た、確かに髭面の男が来て、誰か来たかと聞いてきた! それで、子どもが来たとは言った。で、『どこへ行ったか』って聞いてきたから、『きっとペッレとかフランチェスコ』とは答えたが、それだけだってば」

「いつくらいの話だ?」

 DYRAはなおも捻り上げる手を緩めない。

「正確にはもう。ただ、それでも10日か、それくらい経ったんじゃないか」

 店主が告げたところでDYRAは手を放した。

「ここに私たちが来たことも、聞かれたことも、何も言わない方が良い」

 DYRAはそれだけ言うと、何事もなかったように着席し、タヌがブリオッシュを食べ終えるのを待ちつつ、考える。

 店主の話で行けば、ハーランの動きが早い。DYRAとタヌが再会する3日ほど前にはすでにこちらまで来ていたというのだ。RAAZがここに来て神経質な雰囲気になり始めた理由を理解する。恐らく、デシリオでああも堂々と遭遇した時点で、ハーラン側は段取りをもうほとんど済ませているのではないか。ひょっとして、すでに自分たちがこれから行こうとしている村の東側へも行ったのではないか。DYRAはあれやこれやと考えるが、下手の考え休むに似たりだ。杞憂の可能性だってまだ残っている。考えるのを止めた。

「あ、あの……」

 先ほど、DYRAに捻り上げられそうになった店長がタヌへ声を掛けた。

「はい」

 あと一口だけとなったブリオッシュを口に運ぶのを止め、タヌが返事をした。DYRAも顔を上げて店長を見る。

「あの、お客様は都会から来た御方と思いますが、もし、これのことで何か知っていることがあれば……」

 言いながら、店主が手にした2枚の紙を広げ、テーブルにそっと置いた。

「この紙は? いつ、どこで手に入れた?」

「これなんですが、今朝早く、錬金協会の人間と名乗る人たちが早馬で現れ、村で配っていたのです。私たちはこの、紙に幽霊が取り憑いたものが恐ろしくて」

「両方とも?」

 DYRAが2枚目を見る。

「今、見ていただいている方は昼頃、いや、昼過ぎくらいにやはり早馬で……」

「同じように?」

「ええ。はい。ですが、何を言っているか内容がさっぱりで」

「……書いてある内容は『文明の遺産』の発掘への協力要請か? だが、随分漠然とした内容だな」

「そうなんです。あと、引っ掛かるのが、下に書いてある名前です」

 DYRAはちらりと目をやった。

「いつもですと、錬金協会の回覧は鍵の印がついた印が押されて、副会長様のお名前がございます」

「副会長?」

「ええ。確か、イスラ様、だったかな」

 イスラと聞いてDYRAは、RAAZがマイヨをそう呼んでいることを思い出す。

「ですが、こちらは鍵の印もなく、見たこともない署名がふたつ。持ってきたのは協会の人間と名乗っていたとはいえ、そもそも本当かどうかさえ……」

 ここまで聞いたDYRAは、署名欄を見ると怪訝な表情をした。連名形式だが、片方は判読困難だ。もう片方だけ、辛うじて読める。


  L.A.Renzi


「お前たちは、誰のことか想像もつかないのか?」

「ええ」

 宿の主が呟いたときだった。

「レンツィ?」

 タヌだった。

「お前はわかるのか?」

「ピルロの、アントネッラさんがそんな名前だったよね。確か……」

 タヌは、マイヨと共に訪れたピルロでの騒ぎを思い出す。確か、アントネッラを陥れようとした行政官アレッポが彼女のフルネームを言っていたはずだ。

「アントネッラ、何とかレンツィって」

 聞いた店主は、合点がいったとでも言いたげな表情をした。

「ああそうだった。そうだそうだ! ピルロの大公家の方がレンツィさんだったね! いやぁ、ありがとう。ようやくわかったよ。うんうん」

 そう言って、笑顔でDYRAとタヌへ丁寧に会釈し、カウンターの向こうへと戻った。

 このとき、DYRAは店長の独り言を聞き逃さなかった。


「……そうかぁ。ついに錬金協会とピルロも和解するのかぁ。アニェッリはどうするんだろうなぁ」


 店長が思い出したように外へ出る支度をした。

「馬の件ね、聞いてくるよ。確か、貸馬組合と伝手がある牧場が何頭か持っているはずだ」

 その言葉を聞くとタヌは席を立ち、「お願いします」と言いながら、頭をぺこりと下げた。


改訂の上、再掲

234:【LAFINE】毒々しい真実 2022/06/20 20:00

234:【VERITA】食事中にも事態は進む 2023/02/08 15:10



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