229:【STRADA】世界の見方が変わるとき
前回までの「DYRA」----------
アントネッラを連れ出したのはやはりハーランだった。「マイヨと別れろ」と切り出されても、アントネッラは怯まない。だが、話の流れはある人物の登場で完全に変わってしまう。
「お、お兄様……」
こうは言ったが、本当に信じて良いのか。アントネッラは動揺する気持ちを必死になって抑えて考えようとするが、できなかった。
「アントネッラ……僕がいない間、本当に辛い思いをさせたよね。本当にごめん。ごめんよ」
今、目の前に双子の兄ルカレッリがいる。身体が引き締まったためか痩せて見えるが、生まれたときから一緒にいたからこそわかる空気感のようなものは間違いなく一番身近にいたもののそれだ。
しかし、それでもなお、アントネッラは信じきれない。ハーランがいたのだ。マイヨと同じ姿の人間がいるかも知れない。どうやってこの状況で信じろと言うのだ。せめて、ここに愛犬ビアンコがいてくれればと思う。犬の振る舞いを見れば、目の前にいる人物が本物の兄かすぐにわかるのに。
(ニセモノ前提の態度を取ったら、振る舞いに出ちゃうから……)
アントネッラは覚悟を決めた。いったん、信じよう、と。
「街の人たちにも心配を掛けた。もちろん、僕が『許してくれ』って言って、皆が『はいそうですか』って言えないかも知れない。何より、君は今『ニセモノだったらどうしよう』って思っているんじゃないかな。僕が君なら、同じことを考えるもの」
ニセモノと疑っていることまで見透かされている。それでも、アントネッラは決して気を緩めなかった。
「まずは、『何が起こったか』から順番に話すのが良いよね?」
アントネッラは黙って頷いた。
「じゃあ」
言いながら、ルカレッリがティーカップが使われていない席に着席する。アントネッラも追うように席に戻った。
ルカレッリがティーポットへ自分の紅茶を注いでから、話を始めた。
「周年祭のちょっと前、来客が立て続けに来たときのこと、覚えている? そのあと、植物園の裏部屋で言い争ったことも。君が『どうして断ったのか』って怒って、貴重な本まで投げつけてきたよね」
「良く……覚えているわ」
来客の話を盗み聞きしたアントネッラは、ピルロの未来を巡って隠し部屋で口論になったことを思い出す。そして、目の前にいる人物が本物のルカレッリで間違いないと確信し始めた。ふたりしか知らないはずのことを話したからだ。
「ごめん。あのとき僕は、君に全部嘘を言った。君を巻き込みたくなかったから、すべてを嘘で塗り固めた」
「えっ」
アントネッラは空気の流れが変わる音を聞いた気がした。
「ケンカをした直前、三つ編みの男と話していたとき。君は物陰からこっそり聞いていて」
「ええ」
「実はあの後、三つ編みが帰ってからもう1人、客が来たんだよ」
「髭面?」
アントネッラの言葉に、ルカレッリは苦笑した。
「あの人の名前はハディットさん、だよ」
まさか、そんな呼び方をするとは。アントネッラは困惑した。
「知っているわ。あの髭面はアレッポと一緒に街を乗っ取ろうとして……!」
「落ち着いて、アントネッラ。あの人は僕の命の恩人だ。そして、街の恩人でもあるんだよ。君にも色んなことがあったと思う。でも、まずは僕の話を聞いて」
命の恩人、街の恩人。何を言っているのだ。アントネッラはすぐに反論しようとしたが、できなかった。ルカレッリが、正面から目を見て言ったからだ。
「私の話を聞いてほしい」
「君の話もちゃんと聞く」
「多分、今の話の流れだと、相容れないかも」
「相容れなくても、お互いまずは聞くだけは聞く、この姿勢で、どう?」
「わかったわ」
アントネッラは頷いた。
「三つ編みの男と話したときは、アレッポがいた。でも、ハディットさんが来たとき、その場にいたのは僕だけだった。そして言ったよ。『アレッポは必ず裏切る』って」
「えっ!」
アレッポと組んでいたのではなかったか。アントネッラは早く続きを、と目で訴える。
改訂の上、再掲
229:【LAFINE】動き出せ 2022/05/09 20:00
229:【STRADA】世界の見方が変わるとき 2023/02/08 14:55