227:【STRADA】アントネッラ、たったひとりの戦い
前回までの「DYRA」----------
キエーザに錬金協会の内情を詳しく見るように命じたRAAZ。これで必要な「下準備」は概ね完了だ。ここでRAAZはマイヨへ思い出したように、ピルロで見てきたもののことについて問うた。マイヨは言いにくそうに切り出す。
「……アントネッラ様……アントネッラ様!」
何かを叩く音と、小さな、だが聞き覚えある声とが耳に飛び込んできた。
「……え?」
アントネッラは、狭い部屋のベッドで目を覚ました。
(荷馬車で移動中、いつの間にか寝ちゃっていたってこと?)
部屋は1人用の狭い空間で、天井近くの高い位置に細く横長の窓がある。換気用のものだろう。窓には隙間なく雨戸が填められているからか、光が差し込んでこない。おかげで地下室か、夜なのかもわからない。置かれた家財はベッドと机、丸い、背もたれがない椅子だけ。
「パルミーロ?」
声が聞こえたのであたりを見回したが、パルミーロの姿はなかった。アントネッラは意識して耳を澄ます。やがて、トントン、トントン、と扉でもノックするように叩く音が窓際寄りの壁から聞こえた。
「あっ」
もしかしたら、パルミーロは壁の向こう側にいるのではないか。アントネッラは身体を起こすと、音が聞こえてくる壁に身体を寄せ、同じように叩き返した。
「聞こえる?」
壁に顔をほぼくっつけて、扉の外や廊下まで聞こえない程度に声を出す。
「──聞こえます」
壁に耳をつければそれなりに聞こえる。アントネッラは安堵した。
「ここ、どこだかわかる?」
「──いえ。見回りが通り掛かったときに聞いても、全然答えてくれなくて」
少なくともここがピルロから近いのか、そうでないのか。それだけでもわからないものか。アントネッラは聞き出す方法がないか考える。
そこで壁の向こうから金属的な音が聞こえてきた。パルミーロの部屋の扉が外から開かれた音だろう。もしかしたら、話せる人間が来たのかも知れない。次は自分のところにも来るのではないか。誰が来るかを見ようと、アントネッラは壁際から離れ、扉の正面に立つ。
「──マイヨ……いや、誰だ!?」
パルミーロの声にアントネッラは「えっ」と反応するが、ほぼ同時にこの部屋の扉が解錠される音が聞こえてくる。金属的な音に続き、ガチャリ、という音がした。
扉が開くと、いくつかの人影が見えた。
「えっ……」
アントネッラは開いた扉の向こうに立っている人間を睨み付けた。
「誰……?」
立っているのは小柄な少年だった。はちみつ色のくせ毛な髪とエメラルドのような瞳が印象的で、育ちも良さそうで、利発そうだ。だが、アントネッラは警戒心を解かなかった。自分を事実上の拉致同然で連れてきた人間に開く心などない。
「こんにちは。ぼく、クリストって言います。よろしくお願いします」
クリストはニッコリと笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げた。
「怖い思いをさせてごめんなさい。でも、無事に連れ出すにはこんな方法しかなくて」
「何ですって?」
「でも、ご一緒に来て下さったので、街の皆さんに不利益になるようなことはしません」
「だったらまずはパルミーロを放しなさいよ」
アントネッラが噛みつかんばかりに告げたときだった。
「──お嬢さん。そろそろ慣れないお芝居はもう良いんじゃないかなぁ?」
扉の近く、物陰から聞こえてきた楽しそうな声に、アントネッラはハッとした。
「髭面……!」
「──『髭面』はひどいなぁ」
クリストの斜め後ろにあった人影が姿を現した。背が高い、アッシュグレーの髭面と赤い模様入りのガラス玉のような瞳。あの、街に災いをもたらそうとした、忌わしい男じゃないか。アントネッラは一層身構える。
「自分の名前はハーランだよ。ハーラン・ハディット。せっかくだし、この機会に覚えてもらえると有り難い」
「はぁ? だいたい、お芝居とか何ワケわからないこと言っているのよ!?」
「──え? もしかして、全部真に受けていたとか? それはないよね?」
ハーランが言った言葉の意味を皆目理解できない。アントネッラは苛立った。
「──全部真に受けてくれていたなら、それはそれで俺としてはとても面白いけどね。ただ、今日はせっかく来てくれたキミに悪い話はしないつもりだよ?」
「何ですって? どういうことよ!?」
「──単刀直入に言わせてもらうよ。そろそろネズミの親玉と、別れてくれないかなぁ?」
「ネズミの親玉? 何の話よ?」
「──ピルロでキミの前で英雄ゴッコをしたニワカ王子様のことだよ?」
アントネッラはここで、ハーランが言ったのがマイヨのことだと気づいた。
「──あの男は優しそうな顔をしているけど、命の恩人だって涼しい顔して平気で殺すようなとんでもない悪党なんだよ?」
ハーランはそれだけ言うと、どこかへと歩いていった。足音が少しずつ遠くなっていく。
「どうぞこちらへ。落ち着いてお話できる場所をご用意いたしましたので」
続いて、クリストがアントネッラに部屋から出るように促した。
アントネッラは部屋を出るとき、隣の部屋の扉を見た。開いているが、廊下に誰も立っていない。
(パルミーロがさっき、『マイヨ』って一瞬言った。ってことは……)
反射的に、マイヨの言葉を思い出す。
「アントネッラ。良く聞いて。俺の家系って、ごく少数を除いて皆顔、そっくりなんだよ。ただ、色々事情があって」
「俺と同じ姿をした奴を絶対に近づけちゃダメだ」
(まさか!)
ハーランがマイヨそっくりの人物を連れてきているのか。アントネッラは嫌な予感を抱いた。パルミーロに見分け方を教えていなかった。クリストについていく間、何事も起こらないようにと祈るしかできなかった。
「こちらです」
廊下はすぐそこが角で、クリストは立ち止まると、手で案内した。L字型に通路が続いていた。曲がった廊下は少し長かった。しばらく歩くと、後ろからついてくるクリストが「突き当たりを右に」と告げた。言われた通りにアントネッラは歩く。右折してすぐ扉がひとつあった。左右に取っ手がある大扉だった。
クリストが大扉の取っ手を掴み、開いた。
「お入り下さい。ぼくはお茶を用意します。ごゆっくり」
扉を閉めたときのガチャリ、という音に重なるように廊下の向こうから銃声がしたが、アントネッラはそれが銃声だとは気づかなかった。
改訂の上、再掲
227:【MORTE】条件提示、そして 2022/03/25 16:59
227:【STRADA】アントネッラ、たったひとりの戦い 2023/02/08 14:49