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225:【STRADA】その男、キエーザ

前回までの「DYRA」----------

RAAZサルヴァトーレとアンジェリカは交渉を成立させた。根本的な利害が異なるため、ややもすると脆い同意ではあるものの、それでも、RAAZは最低限のラインだけで良いと割り切った。

 足音が遠くなっていったのを聞いたところで、サルヴァトーレは店長を呼び、大きな衝立を用意させた。

 扉とテーブル席の間に部屋の視界をほぼ遮ることができる衝立を設置したことで、不意に扉が開いても、部屋の中をいきなり誰かに見られる心配はない。

「ISLA。ジャカを呼んできてくれ」

「この部屋で話して大丈夫なの?」

「ああ。衝立を用意したのは、そのためだからな」

「わかった」

 マイヨは、部屋の隅まで行って衝立を回り込み、部屋を出た。

 階段を利用する足音が二度、聞こえた。一度目は1人、二度目は2人とわかる。

 ノックの後に「じゃ、入るよ」というマイヨの声と共に扉が開き、衝立越しに二人の気配が現れた。

「失礼します」

 マイヨと共に入ってきたのは、黒い外套を身にまとい、頭部を顔が見えないように隠した人物だった。

「連れて入って良いのかな?」

 マイヨが一緒に来た人物を衝立の向こうへ案内する。そのときだった。

「かっ、会長……!」

 大きなテーブルの上座にどっかりと腰を下ろす銀髪と銀眼の男を見るや、顔を隠した人物が驚きを露わに小声で呟いた。

「こ、こちらへいらして……。まずはご無事で」

 サルヴァトーレ、イコール、RAAZであることを隠したかったからか。マイヨは衝立を立てた理由に納得した。

「一連の騒ぎ、その男から聞いた。そのときお前がこの男に『ここへ来い』と言ったとも」

「は、はい」

「お前のことだ。思うところがあったんだろう。そこは気にしていない。ついでに言っておくと、そいつは色々と知りすぎた顔(・・・・・・)でな。古い腐れ縁だ」

「さ、左様でございましたか」

「取っていいぞ? 全部(・・)。この部屋なら協会のヤツらも来ないからな」

 マイヨは、RAAZのこの言葉に、彼が錬金協会を束ねていたときから組織に忠誠を誓うような人間を爪の垢ほども信じていなかったのだと思う。本当に信じているのは、ロゼッタやこの店の店長、そして、この人物のように、彼個人へ忠誠を誓う人間だけなのだ、と。

 外套を外すと、冴えない風貌の30代中盤くらいか、見方によっては40代そこそこに見える男の顔が現れた。

「ジャカ……」

 マイヨが呟いた。

「会長、では、失礼いたします」

 ジャカは続ける。

「お見苦しいところをお見せしますが、お許しを」

 そう言ってから次の振る舞いに、マイヨは納得したとも、信じられないとも、どちらとも取れそうな表情で見つめた。外套を脱ぐや、自分の顔を隠しながらゴシゴシとこするとも引っ張るとも取れる仕草をしているのだ。

 いったいどれくらい時間が経っただろう。

「すまない」

 ジャカが外套を畳んで顔を上げた。その顔を見たマイヨは困惑の表情を浮かべた。そこにいるのは少し前に顔を見せた、冴えない風貌の男ではなかった。土気色を思わせる病人のような顔色の肌、目鼻立ちがハッキリした顔立ちと、アレキサンドライトを彷彿とさせる緑とも紫とも取れるような瞳、そしてほぼ変わらぬ色合いな髪をアップでまとめた、ぱっと見で男か女かわからない人物だ。

(美形とかそういう類じゃない。むしろ、性別がない?)

「エルネスト・ジャカ。故あっての名がキエーザだ」

 声は先ほどよりさらにワントーン上がっており、性別は一層わからない。それでも、マイヨはこれまでの流れを振り返りつつ、すべて納得した。

「素性を隠していたのか」

 この外見で、冴えない中年男性だろうと誰だろうと分け隔てなく接し、人に代わって公衆の面前で見栄も外聞も捨てて堂々と謝罪できるなら、ウケないわけがない。ついでに言うなら、職場で浮いていても不思議ではない。

「ああ。キエーザって名前は、キエーザ港から取ったってことにしてくれ」

「ご出身があっち?」

「いや、トレゼゲ島だ」

「せっかく素顔を見せてくれたから、俺も教えた方が良いか。俺を見破って昨日、勝負をかけてきたわけだし」

「お?」

 ジャカが興味深そうにマイヨを見る。

「俺はマイヨ・アレーシ。君が色々お察し(・・・)の通りかもね、ってことは言える」

 互いの自己紹介に一区切りついたところで、RAAZが口を挟む。

「社会的な姿がジャカ。錬金協会にある業務監査部の下っ端だ。もう一つの姿がマニュエル・キエーザ。都勤めだが、その実は『いない』と噂が立つと面倒だからそいつが非常勤ってことにするためのお荷物部署だ」

「危機管理担当って、要はアンタにとってのセグレザ(秘密部隊)ってことか?」

「ああ。協会内部で私の目と耳、手と足の役」

「あれ、じゃ、ご一緒にいた皆さんは?」

 マイヨがジャカを見ながら質問する。

「表向きの同僚。要はサクラ役だ。実態はおれのパシリ。現場で仕事をする人間の懐に入れば、噂話や陰口を通して見えぬものも見える。火のない所に煙は立たぬ。その端緒、とかな」

「それでな、お前には色々頼みたい」

「はい、会長。やはり協会まわりで?」

「ああ。特にふたつ。乗っ取った勢力の内情確認と、首謀者に踊らされた奴らの最終目標だ」

 ジャカはRAAZが意図することに勘付くと、黙って頷いた。

「詳細は、聞け」

 RAAZは首を少しだけ動かしてマイヨを指す。

「マイヨ。聞かせてくれ」

「騒ぎの中心にいるのはディミトリなんかじゃない。副会長でもない」

 マイヨはジャカへ、昨夜から一連の流れを話した。もちろん、DYRAが目撃し彼女が話した情報なども共有する。

「……だいたいわかった。つまり、あのクソ野郎(ディミトリ)は案山子ってことか」

「クソ野郎ときたもんだ」

 笑いながら話しているうち、情報共有などを完了した。マイヨはついでとばかりに、アントネッラのこともそっと言い添えた。

「だいたいの情報共有と連絡方法について概ね決まった」

「そうか。それではジャカ。頼んだ。お前の連絡役にもなるからな」

「ご命令のためです。場合によっては会長へのご無礼もお許しを」

「お前の仕事ぶりに文句を言うつもりはない。証拠に、お前の同胞にこれ以上の罰を与えてはいないだろう?」

「はい」

「では、行け」

「それでは」

 ジャカ、もとい、キエーザは風のように去った。


改訂の上、再掲

225:【MORTE】気まずい報告 2022/03/07 20:00

225:【STRADA】その男、キエーザ 2023/02/08 14:42



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