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021:【PELLE】招かれざる者、黙って去るのみ

前回までの「DYRA」----------

DYRAとタヌはサルヴァトーレがペッレのバールで昼食を楽しんでいると、突然、6頭のアオオオカミが現れた。混乱し、逃げ惑う人々。DYRAは街の人を助けようと6頭を退ける。だが、人々は感謝をするではなく、「死神だ」と怯え、蔑む瞳で彼女を見るだけだった。

 ペッレの街は少しずつではあるものの、人心も含め、平穏を取り戻し始めた。DYRA、タヌ、サルヴァトーレは、三人で街の北門をくぐって外へ出た。バールなどで色々と話をしたくとも、街全体の雰囲気がもはやそれを許さない。

 タヌは申し訳ないという思いで押し潰されそうだった。そもそもDYRAと合流したとき、食事をしてから街を出ようなどと彼女へ提案したことも原因の一端だ。ここまでの移動を思い返せば、最低限の用事を済ませ、すぐに立ち去るべきだった。

(すぐに街を出れば、DYRAはこんな思いをしないで済んだのに)

 しかし、街をすぐに出なかったからこそサルヴァトーレと出会えた。何より、街を守ったDYRAへ恐怖と軽蔑の目を向けた人々から彼女を救ったのはまぎれもなくサルヴァトーレだ。タヌは複雑な気持ちだった。

「キミたちは、これからどうするの?」

「えっ、それは……」

 サルヴァトーレの問いかけに、タヌはハッとする。自身が置かれた状況故か、そんな決定権が自分にあるなどと考えたこともなかった。事実、何から何までDYRAに助けられっぱなしだ。そんな自分が主体的に何かをしたい、などと言って良いのだろうか。

 答えに窮するタヌの前で、サルヴァトーレは身体を屈めて視線の高さを合わせる。

「本当は、どうしたい?」

「ボクは」

 今しがた、自身の弱さや無力さを思い知らされた。そんな自分が何をしたい、などと口にしてもよいのだろうか。タヌは少しの間、言葉を探して視線を空に彷徨わせる。やがて、うつむき加減に視線を落とすと、小さな声で切り出す。

「父さんと、母さんを、捜したい……。でも……」

 口で言うのは簡単だ。それができればもうとっくにやっている。

「でも?」

「どうやって捜せばいいのかボクにはわからない。手掛かりとかそういうの、全然ないし」

 気弱な口調のタヌに、サルヴァトーレは彼の顔を覗き込んだ。

「手掛かり、本当に『何もない』と言い切れる?」

 ここで、二人の聞き役に徹していたDYRAがおもむろに切り出す。

「タヌ。お前に伏せていたことがある」

 タヌは何だろうと言いたげにDYRAを見た。

「村の外れでお前と再会したときのことを覚えているか?」

 質問に、タヌが黙って頷く。

「焼け残ったものがないか私が村を見に行ったとき、興味を引くことがあった」

 それは是非自分も聞きたいとばかりに、サルヴァトーレも屈めていた身体を伸ばして彼女に注目する。

「あれだけ徹底的に焼き討ちされた村で、略奪がほとんどなかった。宝石や銃、換金可能なものがそこかしこに残されていた。だが、焼かれなかったお前の家。あそこだけは、書斎の棚から何かを持ち出した形跡があった。大きめの本一冊程度で、恐らく本、もしくは箱か何かだ」

 DYRAは、可能であればここで話すことを避けたかった。しかし、気落ちしているタヌを前に話さずにもいられなかった。

「私がお前のいた、村の外れの小屋へ入ったとき、テーブルに箱が一つ置いてあった。襲撃を免れたに過ぎぬ小屋には不似合いな」

 意味するところがわかったのか、サルヴァトーレはにっこり笑う。

「大切なものかな? 親御さんの」

 タヌは、DYRAの観察眼と洞察力に驚きを露わにしつつ、シャツの内側に手を突っ込む。首から提げていたものを取り出して、見せた。

「これが今、DYRAが言った、父さんの書斎から持ってきた箱の中身」

 二人は覗き込むようにタヌの手の中にあるものを見る。それぞれ決して表にこそ出さないものの、内心、驚く。

(これは?)

(ほぉ……)

「箱の中には、この鍵と、『Verita』って書いてあるメモだけがあった」

「タヌ君。お父様が大切にしていたものなら、キミにとっても大切なものだ。袋を縛る紐で持っているなんて粗末な扱いは良くない」

(これが、手掛かり?)

 決して、粗末にしたつもりなどなかった。ただ、あのときはとっさに干し肉の入った袋の紐を使うことしか思い浮かばなかった。しかし、タヌはそれを言葉にしなかった。

 サルヴァトーレがここで、自らのうなじのあたりに両手をやった。服に隠れて見えなかったが、彼は填めていた革紐のチョーカーを外した。それからペンダントヘッドを外すと革紐の部分だけをタヌに差し出す。革紐はある程度の太さがある上、しっかりした金の留め金とアジャスターもちゃんとついている。

「あげる。お父様の大切なものを絶対になくしてはいけない。まして、他人に盗られるなんて決してあってはならない。そして、どこで誰が見ているかもわからないから、みだりに人に見せるのも、止めた方がいい」

 気遣いの言葉の裏に警告を仄めかしていることをDYRAはすぐに理解した。

「ありがとう、ございます」

 タヌはそれを受け取り、ペンダントを今までの紐から革紐につけかえて首から提げると、シャツの内側に入れた。

「立派な、手掛かりじゃないか」

 サルヴァトーレがタヌの仕草を見ながら告げる。

「『お父様は錬金協会と何か関係がある』という手掛かりが。ああ、そうだ。弟のクリストが色々面倒見てもらっている人が持っているものと似ている気もするね」

 タヌはハッとした。

「そうだ。あの子! クリスト」

 クリストに協力を求めることはできないか。そんな思いがタヌの中でわき上がる。

「あの子もしかして、偉い人のこと知っていたりするのかな?」

「クリストが面倒見てもらっているのは……ちょっと気難しい、色々ある人だ」

 サルヴァトーレがどうしたものかと言いたげな口調で呟いた。聞いていたDYRAは内心、お前が一番面倒くさい奴だろうと言いたくなったが、互いのことをタヌに明かさない約束の手前、何も言わなかった。

「どんな人なんですか?」

 タヌの質問に対し、サルヴァトーレは言葉を選ぶようにゆっくり切り出す。

「さすがに、その、どのくらい偉いかとかは自分も知らない。けどあそこも色々あるみたいでね。チョロッと聞いた話じゃ、会長さんともう一人の偉い人がちょっと緊張していて、派閥か何か知らないけど、クリストも色々と気を遣っているみたいでね」

 それはRAAZとイスラなる副会長なのか。DYRAが聞こうとするが、一瞬早くタヌが口を開いたことで、自制した。

「あの」

「ん?」

「ボク、根本的なことを知らないんです。あの、錬金協会の会長とかその、偉い人って、どんな人なんですか? 父さんに繋がるかも知れないなら……サルヴァトーレさんの知っている範囲でいいです。教えて下さい」

 真剣な面持ちで訴えるタヌの姿を前に、サルヴァトーレは空を仰ぎ見てから、今まで以上に言葉を選ぶ。

「うーん。会長さんは一〇〇〇年以上、会長さんらしい。自分に言わせれば、錬金協会の神秘性をアレする、話半分だとは思うけどね」

 一〇〇〇年以上、という言葉を聞いたとき、タヌは反射的に口にする。

「それってもしかして、DYRAが追っている……不死身の錬金術師、だっけ?」

 不死身の錬金術師と言われれば、浮かぶ存在はただ一人だ。

「さぁな」

「え? そうなの?」

 ぼそりと突き放すように告げるDYRAと、言葉とは裏腹に、目をきらきらさせるサルヴァトーレはあまりにも対照的だ。

「会長さんが不死身の錬金術師かはさておき、問題はもう一人の偉い人、副会長だ。クリストの話じゃ一〇〇歳とか言っていたっけ。一生懸命若作りだか若返るだか何だか知らないけどやっているって」

 若作りという言葉にタヌは一瞬、言葉を失った。真面目な話をしているはずなのに、どこか失笑を覚える一言だったからだ。

「詳しいことは正直、あまり知らない。ただ言えることは、自分はその人、苦手。昔、そいつのお取り巻きが、都での自分の新作お披露目会を潰しにきたこともあったくらいだし」

 タヌはここまでで、会長も副会長もまず、年の数があり得ないと思う。まさか、会長というのは──? タヌは思ったことをおそるおそる口にする。

「あの、会長の名前とかって、わからないんですか?」

 聞き役に徹するDYRAは内心、まずい質問かも知れないと警戒を強める。サルヴァトーレの動き次第では……と思ったが、杞憂だった。

「ああ、えーっと、何だっけ? クリストから聞いたような。ええっと、マッシミリアーノ・フェデラーズ・シルヴィオ・ハビエル・ダ・シウヴァ・……うーん、とにかく長すぎて自分には覚えられなかった。協会でも『会長』で終わっちゃうくらい」

 サルヴァトーレの言葉に、タヌはもう一つ、思い出す。ペッレにあった錬金協会で見かけた、扉の脇に掲げられたプレートだ。『一〇〇〇年以上の歴史を持つ』と書いてあった。その文言と照らし合わせると、会長は初代のままで、二代目以降がいないのでは、と。それなら名前が覚えられなかろうが、誰も困らないのかも知れない。タヌは何となく納得した。

「話を戻していいかな?」

 サルヴァトーレが問う。

「あ、ああ、はいっ」

 タヌの返事を聞いて、サルヴァトーレが改めて、笑顔のまま尋ねる。

「で、キミたちはこれからどうするの?」

 質問に、タヌは一度うつむいてから、今度は天を仰ぎ見、そしてDYRAを見る。

「ボクは、父さんと母さんを捜したい」

 そう言ったタヌはもう、それまでの弱気で受け身な姿ではなかった。

「父さんは錬金協会と何か関係がある人だったかも知れない。なら、母さんがいなくなった理由も錬金協会に関係ある可能性がゼロとは言えない。この線から当たりたい。DYRAが捜しているのはRAAZって不死身の錬金術師だって。錬金術絡みってことで、方向は一緒。だからDYRA、一緒についていっていい? もちろん、今まで通り『勝手にしろ』でも構わない」

 答えの言葉を模索している様子のDYRAをまっすぐじっと見つめるタヌ。

「シニョーラ」

 サルヴァトーレが声を掛ける。

「自分も貴女の強さを見た。貴女にも事情があり、思うところがあるだろう。けれど、タヌ君と今少し、行動を共にして欲しいと伏して願い出る」

 聞いているDYRAにすれば、過ぎた猿芝居に怒りすら覚える。だが、タヌを守るためにも、ぐっと堪える。

 二人の男の視線がDYRAに注がれた。彼女はじろじろ見られるのが耐えられないのか、二人に背を向けると、少しの間だけ、空に目をやった。

 短い時間ながら、沈黙が流れる。

 やがて。

「『守ってやる』とは言えない。だが、状況が『勝手にしろ』と言うことを許さない」

 その言葉に、タヌから笑みがこぼれる。サルヴァトーレも安堵の表情で彼を見た。

「ただし、次に行くのはピルロだ。フランチェスコではない」

 タヌは内心、錬金協会の本部がある西の都への最短ルートを希望していたこともあり、DYRAが言った行き先について意見したいと思う。けれど、今はそんなことは些細な問題だ。まずは何より、彼女と行動を共にしていいと言われたことが一番重要だ。

「うん。わかった」

「そうだ。タヌ君」

 サルヴァトーレは、言いながらタヌに持たせていた白い四角い鞄を自分が持つ。

「シニョーラの服は、ピルロでお渡しすることにしよう。それと」

 言いながら、アウレウス金貨を何枚か彼に渡した。

「ちゃんとした旅支度をキミもした方がいい。靴と鞄を何とかしなきゃ」

 タヌは、サルヴァトーレの言葉は暗に自分を外したいのだと察した。

「わ、わかりました」

「あの時計が四時になるまでここで待っているから」

 サルヴァトーレが指し示したのは、門のところにある時計だった。今は三時一〇分。

 タヌが街へ入っていくのを見送り、後ろ姿が見えなくなる。同時に、二人を包む空気が一瞬にして硬いものに変わった。そこにいるのはもはやサルヴァトーレではない。

「どういうつもりだ」

 DYRAが構えようとするが、右手を前に出した瞬間、男は彼女の手を掴んで引き寄せた。背中にも手を回しており、何も知らない人間が見れば、男が少々強引に女を抱き寄せているようにしか見えない。

「厄介なものを持っているガキだ。……あれを誰にも渡すなよ、絶対に」

 耳元での男の呟きは、藪から棒に核心を突いたものだった。

「何が起こる?」

 話の内容の性質上、DYRAは男の振る舞いに虫酸が走るものの、我慢した。

「私とキミの、『特別かつ濃密な関係』に決定的な邪魔者が入る。ハッキリ言うが、文字通り、本当の邪魔者だ。私たち両方にとって」

 言いながら、DYRAの頭を撫で始めた。

「キミは私だけのものだ。笑顔や涙はもちろん、恨みや憎しみすらも含めて、すべて」

 彼女の額にそっとキスをしてから続ける。

「キミを失うくらいなら、もう一度、いや、何度だって世界に絶望を与えてやる」

 話を聞いているのをいいことに、好き勝手愛撫してくる男の振る舞いに、DYRAはこめかみを震わせながら耐えた。

 それにしても、「恋人を失うくらいなら世界が滅びた方がいい」などという呪詛の言葉はどこにでもある陳腐なものだ。しかし、しれっと言い放った男の言葉は似ているようで一つ、決定的な違いがあった。

「また……お前は」

 霞がかった状態ながら、一瞬だけ記憶が蘇っていた。

「死を、運ぶつもりなのか」

 男の空恐ろしさを機敏に感じ取ったDYRAの口調は僅かに震えた。

 この男を何としても殺さなければならない。そう信じ続けて彼を追い続けていたような気がする。思い出せずにいる『殺さなければならない理由』は、もしかしたらこれではないのか。その一方で、もう一つ別の考えも浮かぶ。「違う」と。そんな理由なら、世界の総意で人々が彼を排除に掛かるはずではないか。DYRAの中で、自覚こそないものの、欠落した記憶の欠片探しが始まる。

「どうした?」

 男は、自身の腕の中にいるDYRAに異変が起こり始めていることに気づいていた。

 DYRAの身体のあちこちに、痛みと疼きが走り出していた。ネスタ山で起こったのと同じ現象だ。前回と違うのは、不愉快な感覚が辛うじて我慢できる程度に収まっていることだ。

「べ、別に」

 男はDYRAの返事を聞きながら、自身の感覚でまったく異なるものをしっかりと捉えていた。彼女に何が何でもその記憶をたどらせまいとする「何か」の正体だ。

(まだキミは、それに縛られているか。緩慢な死より、絶望に抱かれたい、か? 違うだろ?)

 男は一瞬だけ、嫌なものを思い出したことに不快感を抱く。

(愚民の分際で過ぎたものを望む、か。ならば望むままに与えてやる。穢らわしい手でDYRAに触れた報いだ)

 また、DYRAが彼女自身に襲いかかる不快感に耐えていることも男はわかった。

「言っておくがDYRA、あのガキにその、無駄にそそる表情を見せるなよ?」

 言い終わるなり、男は彼女の右耳の耳輪沿いに唇を這わせる。最後に、耳たぶを軽く噛んでから耳飾りのダイヤモンドの部分にもキスをした。

「痛‼」

「歯を立てたつもりはないけどなぁ」

 男はからかい半分、嘲り半分に告げると、DYRAを抱きしめていた腕を解いた。

「ピルロで会おう。ガキにはテキトーに言い訳しておいてくれ」

 言うだけ言ってから、男はDYRAに背を向けて歩き出した。ある程度二人の距離が離れたところで、赤い花びらをその身の周囲に舞い上げ、姿を消した。

 DYRAの全身から痛みと疼きの不快感は消えていた。代わって、男の舌の感触と耳たぶを噛まれたときの不快感が残った。


改訂の上、再掲

021:【PELLE】招かれざる者、黙って去るのみ2024/07/23 22:36

021:【PELLE】招かれざる者、黙って去るのみ2023/01/04 21:59

021:【PELLE】蔑まれる死神(3)2018/09/09 13:29

CHAPTER 18-c タヌの選択肢2017/02/09 23:00

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