208:【STRADA】ピルロは「悪魔の要求」をどうする?
前回までの「DYRA」----------
ピルロ復興の条件として「マイヨを引き渡せ」があった。アントネッラは「ここにもういない」とスルーした。そして錬金協会の使者は彼女へ謎のメッセージカードを渡す。彼女が態度を必ず一変させると含みも添えて。
「なぁ、何が書いてあったんだ?」
「そうね。俺を『引き渡さないと、この街を灰にする。引き渡して、今後言うことを聞けば、復興どころか、繁栄を約束する』だな」
マイヨはそう言って、もらった紙の1枚を返した。それは最初に男たちが住民たちに渡した方の紙だった。
「こっちは控えで俺が持っておく」
「頼む」
ジャンニの答えを聞きながらマイヨは紙を折りたたんでから先ほどの封筒に入れた。
「なぁマイヨ」
「ん?」
「これ! この絵なんだけど」
ジャンニが驚いたとも怯えているとも不思議とも、どうにでも解釈できそうな表情で尋ねた。住民たちもその声でどよめき、怪訝とも何とも言い表せぬ声を出す。マイヨは彼らが言いたいことが何か、すぐに理解した。
それは、ジャンニたちが最初に受け取った方の紙に刷られたものだった。
「まるで、絵ってより、その場所をそっくり切り取ったみたいじゃないか」
初めて見る写真に、マイヨ以外の誰もが困惑を露わにした。大人たちの間に割って入って覗き見た子どもたちも「すっげぇ!」、「何だこれ!」など口々に驚きの声を上げる。マイヨは今頃気づいたのかと一瞬、呆れそうになるが、それは違うと思い直した。恐らく、この紙を受け取った直後は通告内容のことでいっぱいいっぱいでそれどころではなかったのだろう、と。
「ああ、それは写真だよ?」
「何だそりゃ?」
その場にいる誰もがマイヨと写真が印刷された紙とへ視線を行ったり来たりさせる。
「レンズを通して見る向こう側を、銀や塩素の化学反応で感熱紙に記録できるものだ。君たちの文明でももうすぐ手にすることができる。で、こいつはそれをさらに印刷したものだ」
マイヨは、住民たちが理解できていないことを彼らの表情から理解した。
「大丈夫。写真の技術は君たちももうすぐ手にできる。印刷の技術も時間を追って技術を上げていけば身につくよ」
「魂が抜かれるとか、あるのか?」
「紙に閉じ込められたみたいだ」
住民たちの質問に、マイヨはそこから説明しなければいけないのかと思う。しかし、長々と説明するのは後回しだ。今は写真のことより、先に確認や伝達すべき事項があるのだ。
「写真の詳細は後だ。で、アンタたちはこれからどうするつもりだ?」
ジャンニが苦々しい表情で少しだけ俯いた。
「来るなりいきなり銃をチラつかせながら『錬金協会の体制が変わった』って言ってきた。しかも、『条件を呑まなければ援助を止める』ってな……」
「アンタたちがまず気にしないといけないのは、相手がどうとかじゃない」
ピルロの住民たちが気にするべきは、自分たち自身と、焼き討ちや山崩れに遭ってもなお離れずにいるこの街、そして彼らが信じて慕うアントネッラのことであるべきだ。他のことを考える余力は生活再建の目処が立つまで到底ないだろうし、あってはならない。
「この紙に書いてあったこと、どうしてこんなことになったのか。皆、わかっていないだろうから、簡単にだけど、わかるように話すよ」
そう告げてから、マイヨはゆっくり、ハッキリした声で伝える。ジャンニはもちろん、住民たちも老若男女問わず耳を傾けた。
「錬金協会の体制が変わったのは事実だ。正確には、昨夜遅く、クーデターが起こった。会長がいない隙を狙って副会長を襲撃、マロッタの中心街にある協会の建物も火事になった。おまけに深夜近くに6つ目のオオカミさんが街を襲って中心街あたりが混乱。俺たちさえ脱出が精一杯だった」
大人たちが一斉にどよめく。ジャンニも何か言いたそうな顔をする。が、マイヨは一瞥してから話を続ける。
「6つ目のオオカミさんが現れたことは別問題だから今は飛ばす。錬金協会の件、『何故マロッタなんだ』、『西の都じゃないのか』、そう言いたいんだろうね? 理由は単純だ。マロッタの錬金協会に、都の大公が居合わせたからだ」
言うまでもなく、錬金協会の建物に居合わせた大公はニセモノだ。だが、今ここでそれを言う必要はない。多すぎる情報は聞き手に混乱を招き、最悪、デマ拡散へ繋がりかねない。加えて、錬金協会関係者の耳に入ればどんな報復がこの街へなされるかわからない。マイヨは情報を取捨選択し、指示を出す。
「まず、君たちはアントネッラたちが戻ってくるまで、軽率な振る舞いをしちゃダメだ。みだりに逆らったり暴れたりするなんて、もっての外。むしろ、今この間に、少しでも街の生活基盤を建て直すことに専念しないと」
「でもそうなると……」
住民たちがマイヨをじっと見た。ある者は心配そうに、またある者は不安そうに。ジャンニもそれを口にしたくないと視線で訴える。だが、マイヨは感情を交えず、事務的に続ける。
「一連の錬金協会の騒ぎ、糸を引いているのがこの街を乗っ取ろうとした行政官サンを焚きつけたのと同じヤツなんだよ」
行政官サン、と言われた街の人々は皆一様に、アレッポを思い出す。もちろん、マイヨがアントネッラを助けた瞬間もだ。
「……髭面、か」
ジャンニの呟きに、マイヨは頷いてからさらに続ける。
「ああ。だからこそ、あっちが最終的に何をしたいのかわからない時点で変な動きを見せちゃダメだ。仕返しとして、お年寄りや女性、子どもたちから順番に危害を加える、なんてことになったら大変だからね」
その通りだ。住民たちが次々に頷いた。後ろの方にいて聞こえにくかった者へ、マイヨの近くで聞いていた人々が順番に伝えていき、周知させる。マイヨはその様子を見ながら、騒乱や混乱の心配はないだろうと安心する。
「良く聞いて。明日になって、俺の身柄を要求するように言われたり、俺を『売る』ように言われたときも、絶対に逆らっちゃダメだ」
「それって、ピルロに『恩知らずになれ』ってことか!?」
ジャンニが気持ち声を張り上げた。そんなことができるか。住民たちも爆発しそうだ。それでもマイヨは表情を変えない。
「もう一度言うよ? 君たちはまず、自分たちの生活と、そのために必要な街の生活基盤を立て直すこと。これが一番優先。いいね?」
街の恩人の言葉だ。住民たちは言うことを聞くしかなかった。
「で、でも、『知らない』とかしらばっくれるのは良いわよね?」
住民たちの輪のどこかから、嗄れた老婆の声が聞こえた。
「気持ちだけで、充分だ」
マイヨはそう言ってからジャンニをもう一度見た。
「今後のことがある。いくつか確認しておきたい。市庁舎があった方を見て回って良いか? もちろん、復旧作業や、皆の生活を邪魔することはない」
「もちろんだとも」
「ありがとう。じゃ早速。ああ、俺への気遣いはいらない。ひとりで動けるから大丈夫」
マイヨはそう言うと、「それじゃ」とだけ言って、住民たちの輪をかき分けながら、市庁舎の建物がある方へと歩き始めた。その場にいる誰もがマイヨの後ろ姿を見送った。
改訂の上、再掲
208:【MORTE】『トリプレッテ』への道 Ⅱ 2021/10/04 20:00
208:【STRADA】ピルロは「悪魔の要求」をどうする? 2023/02/08 13:57
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気がつくと、10月で、1年の残りがあと90日を切っています。夜がすっかり涼しくなりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
208話。ピルロを舞台に『トリプレッテ』をめぐる攻防の準備をする目処がついたようです。一方で、ディミトリがマロッタでしんどい思いをしています。彼はどうやら野心家と言っても、優しすぎるんでしょうかね。
多くの謎を抱えた物語は、いよいよ佳境! そして終章が始まる道が見え始めます!
次回の更新ですが──。
10月11日(月)、20時予定です!
日程、詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆