203:【?????】クーデター後も世の中は変わらない
前回までの「DYRA」----------
夜、マロッタは大荒れになった。錬金協会の建物が火事騒ぎになるかと思いきや、突然、六つ目の獣たちが街へと雪崩れ込む。DYRAたちと共に、タヌは必死で逃げた。そんな地獄が終わってみると、世界が一夜にして一変した。
ハーランによる『錬金協会乗っ取り完了宣言』が流れたその朝──。
死屍累々となり、血生臭さが広がるマロッタの中心街を、黒い外套を頭からすっぽり被ったふたり組が歩いていた。彼らは途中から、中心街にある建物の裏側へ回り込む。火事で焼け落ちた建物らしき瓦礫の山を、足場に注意しながら進むと、足早に奥まった一角へと向かった。無事な建物のひとつにある扉の前までたどり着くと、ひとりが軽く扉を叩いた。
「おはようございます」
扉の脇には《アセンシオ》と書かれた小さなプレートが貼られていた。ほどなく扉が開く。
「あら!」
中から姿を見せたのは金髪の中年男だった。《アセンシオ》の店長だ。
「ロゼッタさんじゃないですか。それにエルモ君も」
店長は人目を避けるように現れたふたりに驚きを露わにした。だが、夜中に起こった騒ぎを考えれば、無事で良かったとしか言いようがない。店長はすぐにふたりを中へ入れた。
「おふたりとも、まずは本当に無事で良かった。エルモ君も本当に。昨日はもう大変だったのよ。ナザリオ君も泊まり込みだし」
「そうだったんですね。母さんへ心配掛けずに済んだのは良かったけど」
外套を脱ぐと、ロゼッタとエルモ母子は互いを見て安堵し、揃って店長へ頭を下げた。
「それより実は……。昨日サルヴァトーレさんたちと来た女性のお客様で、騒ぎのせいで帰しそびれちゃった人がいるの。地下のワインセラーの奥にある空き部屋で休んでもらっているから。来て早々悪いんだけど、エルモ君、朝食を持って行ってあげてくれる? ああ、その人ね、都のえらい人だから、気をつけてね」
「はい。わかりました」
エルモは、すぐ脇にある着替え所でエプロンを填めた。そして髪の毛をまとめてからキャスケット帽を被ると、早速厨房へと向かった。
「お姐さん」
エルモの姿がなくなると、店長が小声で呼ぶ。ロゼッタが近づき、耳打ちを始める。
「朝から申し訳ありません。エルモを『ここで匿ってもらえ』って」
「エルモ君を? ああ、あの御方からですか。他には?」
もちろん、サルヴァトーレのことだ。
「『大公を絶対に錬金協会の人間から守れ』と。あと、『店長室にある机の下にずっと前、置き手紙を置いたから、店長はそれを読んで従え』とも」
ロゼッタの言葉を聞いて、店長は「わかりました」と答えた。
「で、お姐さんは?」
「サルヴァトーレ様のお屋敷……」
ロゼッタが言い出すと、店長は理解したのか、大きく頭を振った。
「それだったら、ウチの取引先の酒屋に様子を見に行かせます。きな臭い噂が流れているし」
「わかりました。……きな臭い噂って?」
「明け方ね、静まりかえった後、無事だった人から嫌な噂を聞いたんですよ」
「どんな?」
「我々はもう、ガセってわかっていることですけどね」
店長が念を押してからロゼッタへひそひそと耳打ちする。
「……え?」
聞いた内容に、ロゼッタは驚きつつもどこか冷静なままだった。
「……と、そういうわけです。あの御方はそう簡単にやられません。噂の後半は嘘です。ですが、錬金協会が乗っ取られたって箇所、あちこちの街や村、どう出るか」
ロゼッタと店長は互いの顔を見て、頷いた。
「あの御方は聡明かつ賢明です。協会ではなく、自分やお姐さんのような、何の関係もない人間で繋がり作って、そっちをむしろ信じていますからね」
「むしろ、この数年は街の情報源を信じています」
「今は非常事態です。ペッレの宿屋や、海沿いの連中も情報集めに走っているでしょう。けど、アニェッリはどっちつかずですし、ピルロに至ってはアレでしょ? おまけにフランチェスコにツテがないのがねぇ」
「ピルロは恐らく、あの三つ編み男が動くだろう」
「あぁ。昨日一緒にいらっしゃいましたよ。お揃いだった方なら、多分あの人だ」
ふたりは話を終えると、もう一度、互いを見る。
「お姐さん。まずは何より、自分たちは、あの御方の敵に正体含め、バレないことが大事です。お役に立つためにも」
「店長は普段通りを装って、エルモを頼みます」
「任されました」
店長は離れると、背筋を伸ばし直し、明るい声を出す。
「じゃ、すみません! 開店準備しますんで」
「手伝いますよ」
ふたりは厨房脇を通って客席側へ移動すると、そこから店の出入り口を開けた。空気の入れ換えをしつつ、店の外の掃除を始めた。あれだけの騒動だったというのに、もう窓ガラスもドアガラスも直っており、何事もなかったようだ。
中心街の半分は風上側だったこともあり、火災の被害は比較的少なかった。そしてアオオオカミに食い散らかされた死体などもほとんどない。
「被害は北西側に集中ってところですかねぇ。東側が無事ってことで、商業地区と交易ルートの大半は大丈夫って感じですけど」
道路にバケツで何度も水を流し、ある程度綺麗にしたところで、テラス用のテーブルや椅子を準備する店長が、被害状況を想像した。実際、風下側になった北西から西側に掛けて、まだ細い煙が立ち上っている。
(サルヴァトーレさんのところは確か、あっちだから)
店長が北東側を見たときだった。
少年が紙の束を持って走ってきた。中年男もロゼッタも少年の様子を見る。時折止まっては、道行く人に紙を渡していた。
「瓦版配りですかね?」
時代が時代なら新聞配りだ。だが、見える限り、金銭のやりとりはない。少年はやがて店長とロゼッタの前まで来ると、「はい」とだけ言って、紙を2枚渡し、走り去った。
改訂の上、再掲
203:【?????】新しい支配者 2021/08/23 20:00
203:【?????】クーデター後も世の中は変わらない 2023/02/08 13:46
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台風騒ぎの週も終わり、また暑い日々が戻ってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
203話、店長とロゼッタ、これからどうする回になりました。
そしてRAAZとマイヨは反撃のアイデア出し開始です!
次回の更新ですが──。
8月31日(月)、20時予定です! あとは「DYRA 9」進行次第で。
日程、詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆