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201:【MAROTTA】綺麗事は誰も救えない

前回までの「DYRA」----------

タヌとサルヴァトーレがマロッタの食堂へ着いたところで、マイヨが女性を連れて戻ってくる。フランチェスコでDYRAとタヌが目撃したのは西の都アニェッリの大公アンジェリカの誘拐場面だったのだ!

 DYRAはアンジェリカの顔をちらりと見たが、この場に見慣れぬ顔がいようが構わないとばかりに、言葉を口にする。

「ハーランが、いた」

 この一言が、ただでさえ硬い部屋の空気を一層硬く、冷たくした。タヌは空気を察知したのか、背中に寒いものを感じる。

「タヌ君、サルヴァトーレさん。席を、少し離れてくれる?」

 マイヨが言いながら、大きなテーブルを指差した。8人、いや、その気になれば10人は利用できる。タヌは何となく理解したのか、アンジェリカへ一番奥、上座側の席へ変わるようお願いする。その間、サルヴァトーレが彼女の食事などを持って一緒に移動した。

 部屋の手前側はDYRAとマイヨだけになった。タヌは、DYRAの声も聞こえるしここなら大丈夫だと思う。

「DYRA。ハーランを間違いなく確認できたの? 多分、じゃダメだよ? 落ち着いて思い出して」

「誰の顔も見ていない。だが、人影と、会話と、もうひとつ、目元の光を確認している」

「目元の光?」

「ああ。炎の明かりの照り返しで、時折顔のこのあたりが光った」

 言いながらDYRAは鼻から目元の高さを示す。

「声は?」

「あの声だった」

 ハーランだろうと予想がつくが、断定には早い。確定にあたりもう少し情報が欲しい。マイヨがそう言いたげなのをDYRAはすぐに理解した。

「何人いた? ハーランらしき人物も含めて」

「声でわかったのは、ハーラン、若い男女、それに子どものような少年と、しわがれた男」

「5人、か。名前を呼んだとか、誰だとわかりそうな話はあった?」

 DYRAは思い出しながら、話す。

「若い男女は、口論をしていた」

「続けて。俺が質問したいときは、手を上げるから、それまでは話を止めなくて良いよ」

「若い男が動揺した口振りで詰め寄って、女はそれをあざ笑ったようだった」

 DYRAは一度、天井を仰ぎ見る。

「……確か女は、『こいつが死ねば』同情される、みたいに言って。ああ、そうだ! 女は若い男へ、『文明の遺産』の支配者になれる、とか言っていた」

 マイヨが確定だな、とでも言いたげにサルヴァトーレをちらりと見る。

「他には? 続けて」

「ここで、しわがれた男の声が聞こえた」

「何て言ったか、聞こえた?」

「デミ、何だったかな?」

 DYRAが言ったときだった。

「DYRA! それ、ディミトリ(・・・・・)、じゃ?」

 タヌは助け船を出したつもりだった。同時にマイヨがタヌを軽く睨む。

「タヌ君。今はシニョーラへ先入観や『きっとそれだ』的な要素を入れちゃだめなんだよ」

 サルヴァトーレがタヌへ軽く注意した。

「えっ……あ、ごめんなさい」

「厳しいのねぇ」

 アンジェリカが言ったときだった。

「女の声! お前、その声だった」

 突然のDYRAの一言に、マイヨが苦虫を噛み潰したような表情で窓際に目をやる。タヌは信じられないと言いたげにアンジェリカを見る。

「ちょっ! どういうことよ!?」

「そういうことか。確定だ」

 マイヨがDYRAから離れ、アンジェリカの方へ近寄る。代わって、サルヴァトーレがDYRAのいる方へと移動する。

「大公サン。要は貴女を襲って、偽物を仕立て上げた。そういうことです」

「何のために!?」

「それは、彼女が言った言葉の通りですよ」

「はぁ?」

 タヌは聞きながら、マイヨの説明にアンジェリカの理解が追いついていないと察した。

「シニョーラ。他に覚えていることは? しわがれた男の声、ってくだりのあと」

「恐らくハーランの声だろう。黙ってろ、みたいなことを言っていた気がする。その後、子どもらしき声が一瞬だけ聞こえて……」

 DYRAはここでいったん言葉を切り、口をつけた形跡のないグラスから発泡水を飲んで続ける。

「若い男と、その男が止めろ、みたいなことを言って、ハーランが勝ち誇ったように何かを言った。で、この後、見つかったら拙いので、戻った」

「待ってよ」

 呟くような声でアンジェリカが言う。表情は恐ろしく硬く、顔色も気持ち青ざめている。

「私になりすまして、錬金協会でそれなりな地位の人間に何かをして、『文明の遺産』を……」

「ご明察」

「大変良くできました」

「大方そうだろう」

 サルヴァトーレ、マイヨ、DYRAが答えた。男ふたりは拍手までしている。

 アンジェリカは絶句した。

「大公サン。ま、何となく揃ってきたので、俺自身のことも含めて、今何が起こっているかとか色々と話しますから」

 DYRAが立ち上がって鋭い視線をマイヨへ送る。彼女の視線はアンジェリカのそれとは比べものにならない。サルヴァトーレも同様だった。

(うわあっ。すごい、皆、怖い)

 タヌは、視線だけで人を殺せそうな雰囲気のサルヴァトーレに、今はもう見た目以外は完全にRAAZのそれなのだろう、などと思った。殺気だった雰囲気に呑まれまいと、発泡水を流し込むように飲んだ。マイヨがそんなタヌを見て、全員分の飲み物の追加を頼んでくるように言った。

 タヌが部屋を出てからほどなく、ナザリオがワインと発泡水が入った瓶と予備のグラスを持ってきた。部屋が再び5人だけになると、マイヨが改めて口を開いた。

「大公サン。お立場上、RAAZをある程度知っている、で良いのかな?」

「父様、お祖父様からだいたいの事情をかいつまんでは。何と何を、とはここであまり大きな声では」

「わかった。でも、今日ここで俺が話すことは、RAAZから聞いているであろうこと以上に、永久の沈黙を保って欲しい。守れないなら騒ぎが終わったあと、俺が直接貴女を始末する」

「……わかりました」

 大公らしい、重い口調での返事だった。

「改めて。俺はマイヨ・アレーシ。わかりやすく言えば、RAAZと同じ立場の人間、と思ってくれて良い。当然、貴女たちが『文明の遺産』と呼ぶものとの関わりも、お察し(・・・)ってね」

 マイヨはアンジェリカの反応を見ながら続ける。

「今、俺が出張っているのは、『文明の遺産』を悪用しようとしている奴を排除するためだ。貴女もわかっていると思うけど、『文明の遺産』は考えナシに触れて弄んで良いものじゃない」

「ピルロが騒ぎになったけど、その件はどうなの? アンタとして」

 アンジェリカからの遠回しな反論だった。

「あの街の騒ぎはだいたい解決した。あそこは行政官サンが死んだ。悪用を目論んだ奴と組んで街を乗っ取ろうとしたから、俺が始末した」

 誰のことを言ったかわかったアンジェリカが目を見開いた。

「あそこは双子の小娘が……」

 言いかけた言葉は続かない。

「行政官サンに脅されていた彼女が、街を救うために奔走したんだ」

 マイヨとて何が起こったか真相を知っている。アントネッラはあのとき、本当の意味で街を守るために戦った。街の人々も彼女が必要だった。だから彼女を許した。だが、アンジェリカがそれを知る必要はない。

「そのことは些末なことだ。ピルロの件で貴女が知っておくべきことは、黒幕が初めて現れたことくらいかな」

「黒幕?」

「そう。黒幕。彼女がさっき言った、ハーランだ」

「誰?」

「ハーラン・ハディット。俺たちの文明でも札付きの問題児」

「ちょっと待ってよ! そんな奴、知らないわよ」

「当たり前だ。俺たちだって、アイツが生きているって知ったのは最近だ」

「待ちなさいよ! つい最近『生きている』って知って、それでいきなり私を襲って錬金協会まで行くって、どうしてそうなるのよ!?」

 詰め寄るように質問するアンジェリカに、マイヨはタヌの方を見た。その様子を見たDYRAがすぐにタヌの側へ行く。

「錬金協会の元・関係者が色んな情報を20年以上、提供していたからだよ」

 マイヨが言うと、アンジェリカがタヌを見る。

「ピッポ……!」

 タヌは話を聞きながら、改めて父親がとんでもないことに関わっているのだと痛感する。だが、耳を背けるわけには行かないと、こらえた。

「あの男はどこ消えたのよ!?」

 怒りを滲ませた声で誰にとなく尋ねたアンジェリカに、タヌは顔色を紙のように白くした。

「息子でしょ? 何か手掛かりくらいないわけ!?」

「止めろ。憤る気持ちはわからないではないが、大人げない」

 DYRAがアンジェリカの視線にタヌを晒すまいと、庇うように立った。

「大人げないですって? 冗談じゃないわ! この世界で暮らす人たちのためとは言っても、どれだけのカネ、いえ、血税を突っ込んだと思っているのよ」

「投入したのはお前の判断だ。タヌが決めたことじゃない」

「あの会長にしても、そのマイヨにしても、この世界の人間じゃないからさらっと言えるんでしょうよ。こっちはそうは行かないの。ピッポを助けるため、どれだけのカネを使ったと思っているのよ」

「どうしてそこまでした? 錬金協会とタヌの父親の間であった何かは、お前にも不都合だったのか?」

 アンジェリカが今にもまくし立てそうになるのを必死にこらえているのをDYRAはお見通しだった。その分、より醒めた口調で話す。

「はぁ? 大物の『文明の遺産』があるって聞いて、錬金協会の内輪もめに巻き込まれちゃたまらないから、懸命に支援していたのよ、こっちは。それで、逃げるって言うから、隠れ場所も用心棒も用意して、ね」

 そのときだった。

「そうなの? へぇ。それであの家(・・・)とか、何でも屋(・・・・)さんとか、逃走手段も大充実だった、と」

 マイヨが笑みを浮かべながら告げた。

「いや。タヌ君のお父さんが姿を消したとき、足取りを完全に消せていたのが不思議だなぁって、思っていたんだよねぇ」

 芝居がかった口調でアンジェリカに告げると、マイヨは彼女の脇に立った。このときマイヨは、視線をアンジェリカへ向けたままで、彼女の前に置かれた銀の盆の位置を変えた。

「何だ。やっぱりそういうことか」

 マイヨは、デシリオで話していたことは大筋で当たりだったのか、などと思い返した。だが、答え合わせができたからそれはそれで良しと割り切る。

「な、何よ?」

「俺はひとつハッキリ決めていることがある」

「えっ」

「……思い上がった勘違いをしたアンタらに、『文明の遺産』をこれ以上おもちゃのように触れさせるわけにはいかない、って……!」

 マイヨが言いかけたときだった。


改訂の上、再掲

201:【?????】綺麗事は誰も救えない 2021/08/02 20:00

201:【MAROTTA】綺麗事は誰も救えない 2023/02/07 23:42






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 オリンピックの最中に新型コロナウィルス感染者の大爆発。人々はもう「ええじゃないか」状態突入とすごい夏休みな様相ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!


 201話になりました。

 これから何が起こるのか、どうか楽しみにしてほしいなと思います。


 次回の更新ですが──。


 年末発行の「DYRA 9」準備に入るため、次週はお休みです!

 8月半ばから再開予定ですが、日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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