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200:【MAROTTA】変わる、空気の匂い

前回までの「DYRA」----------

マイヨがフランチェスコへ向かったところで、DYRAとタヌはサルヴァトーレと共にマロッタの食堂へ馬車で移動。だが、道中、錬金協会の建物が大きな音と共に火事が起こったことを知る。

「サルヴァトーレさん」

 食堂アセンシオの2階にある個室で、まだ戻ってこないDYRAとマイヨを心配したタヌがサルヴァトーレを呼んだ。

「大丈夫だよ。三つ編みのお兄さんはめっぽう強いし」

 頭ではわかっているが、それでも何となく落ち着かない。テーブルの上には発泡水と、つまみ代わりのフルーツ盛り合わせだけ。DYRAやマイヨと合流するまで食事をしない。ふたりでどちらからともなく、そう決めてのことだ。

「それに、シニョーラは万が一があったら困るから、遠回りして戻ってくるだろうし」

「そ、そうですよね」

 本当に大丈夫だろうか。タヌが気持ち弱い声で返事をしたときだった。

 個室の外から足音が聞こえてくる。タヌは、何度かここへ来たとき、こんな風に誰かが歩いてくる足音をこうまでハッキリ聞いたことがあっただろうかと思い返す。サルヴァトーレもそれまでの柔和な表情から一転、警戒感を露わにする。

「何だろう? どうしたんだろう」

 タヌは扉の方をじっと見つめる。

「タヌ君。いざというときは、すぐにテーブルの下へ隠れて」

「は、はい」

 それしか返す言葉が浮かばなかった。どうか、DYRAかマイヨであってほしい。できればケガをしているとかそんなことがないように。タヌは祈るような気持ちだった。

 扉を叩く音が聞こえた。

「──サルヴァトーレさん。お知り合いのお客様、いらしてます。前にタヌさんとご一緒だった……」

 この店ですっかり聞き慣れた店長の声だ。タヌは誰が来たのか想像がつくと、扉を開こうと席を立った。そのときだった。

「タヌ君」

 サルヴァトーレが首を横に振って、制した。タヌは彼の警戒心の強さに驚きつつ、言われた通りに座る。

「良いよ」

 サルヴァトーレの声に応えるように、ゆっくりと扉が開く。

「サルヴァトーレさん。あの、何か大変な様子なんですけど」

 扉を開けた店長がそう言って、後ろに立っている人物を中へ入れた。マイヨと、彼に抱きかかえられた、黒い外套に身を包んだ人物だった。タヌは反射的に、DYRAが別行動を取ったときの服装を思い出した。

「DYRA! 大丈夫っ!?」

 思わずタヌは声を上げた。だが、マイヨがすぐさま首を横に振る。

「ああ、タヌ君。違う違う」

 マイヨが後ろ手で扉を閉めながら挨拶のひとつもせず、単刀直入に切り出す。

「サルヴァトーレさんさぁ。彼女に服を用意できない? この人、下着以外全部剥がれちゃっていたんだ。大きさはDYRAとそう変わらないよ」

「ん? 代金をお兄さんが払ってくれるなら」

 サルヴァトーレが言ったときだった。

「サ、サルヴァトーレ……?」

 マイヨに抱きかかえられた女だった。

「アニェッリのカンボン通りに店を持っている? あの?」

「あれ? 自分のことを、それも店の住所まで知っている?」

「ちょっ……。当然でしょ。言いたくないけど、次のドレスまだ?」

 苦しそうながらもハッキリ話す女の声に、サルヴァトーレがハッとした。

「え? って、アンジェリカさん?」

 その言葉に、タヌとマイヨは顔を見合わせてから、サルヴァトーレを見る。

「え? 何? ガールフレンドだったの?」

「サルヴァトーレさんの、お知り合いですか?」

 首を横に振ってから席を立つと、サルヴァトーレが持ってきた白い四角い鞄を開く。

「ご冗談を。彼女はアニェッリ、つまり西の都の大公サマだよ」

「えっ!?」

 声を上げたのはタヌだった。サルヴァトーレは鞄から服を出しながら、構わず続ける。

「平たく言えば、一番偉い人だよ。服を何着か注文いただいたことがあるんだ」

 服を出したところで、サルヴァトーレがマイヨを見る。

「大公さんが本物か確かめるから、席に。で、外套のアタマだけ外して」

「それじゃ、椅子に」

 そう言って、マイヨが抱きかかえていた女性を着席させると、被りだけ外す。目隠しや猿ぐつわをされた、金髪混じりの長い黒髪を持った人物だ。

「失礼」

 サルヴァトーレが言いながら、後ろに回ってゆっくりと目隠しを外す。

「マイヨさん、タヌ君。着替えるまで部屋を出てくれる?」

 女性の着替えなど見るものではない。サルヴァトーレの言ったことは極めて妥当だ。それに彼は洋服屋だ。同席は許されるだろう。タヌはマイヨと共に、部屋を出た。

 廊下で待つ時間は短かった。通りかかった給仕からタヌが何本かおしぼりを受け取ったとき、扉が開く。サルヴァトーレが顔を出すと、手招きした。

 マイヨと共に部屋へ戻ったタヌは、赤い膝丈まである七分袖のジャージードレスを着て座っている女性を見て驚いた。

(うわぁ。綺麗な人)

 そんなことを思いながら、おしぼりをサルヴァトーレに手渡した。

「化粧類が揃っていないのは申し訳ないですが、大公、いったんお顔を」

「ブサイクな顔を見せちゃっているけど、言っちゃダメよ。アンタたちも」

 女が苦笑交じりにそう言うと、おしぼり(・・・・)を受け取り、顔をささっと拭いた。

 顔を拭き終えた女は、だいぶ落ち着きを取り戻したのか、しっかりとした顔つきでマイヨを見た。

「助けてくれてありがとう。改めて、アニェッリ大公を務めています、アンジェリカ・リマ。錬金協会の最高顧問で後見役、って肩書きもあるけど、これはどうでも良いわ……」

「自分はマイヨ・アレーシ」

「ちょっ! って! そうよ! アンタよ!」

「え?」

 突然、まくし立てるように早口で話し始めたアンジェリカと名乗った女性に、マイヨは反射的に嫌な予感を抱く。

「アンタとそっくりな無駄に髪の長い男がいきなり私のことをぶん殴ったのよ!」

「ああ、えっと? 俺じゃないですよ?」

「わかっているわよ! 全然雰囲気違うもの!」

「タヌ君」

 マイヨとアンジェリカが話している間、サルヴァトーレが声を掛ける。

「悪いけど、『大公様の分のお飲み物と軽食を』って伝えに行ってくれる?」

「わかりました」

 タヌは、自分を外したいのだろうと察知すると、「失礼します」と言ってから、部屋を出た。


 タヌがいなくなったところで、サルヴァトーレとマイヨは互いの顔を見合わせてからアンジェリカを見た。

「アンジェリカさん。このお兄さんは会長さんの古いお友だち(・・・・・・)だから、何を話しても大丈夫ですよ。もし、話したことで面倒になりそうだったら自分が全部責任を取ります」

 サルヴァトーレはそう言って、アンジェリカを安心させる。

「アンタが面倒ごとの責任を持ってくれるのはわかったわ。けど、彼、マイヨ? 助けてくれたことは感謝しているけど、何者なの? どうしてあそこがわかったの?」

 落ち着きを取り戻したのか、アンジェリカが気持ちゆっくり話す。

「ここからは、俺が話を進めて良いかな?」

 マイヨがサルヴァトーレに問う。だが、返事はわかっているとばかりに、そのまま続ける。

「大公サン。俺の仕事とかは後で教える。実は、大公サンを助けるにあたってはタヌ君、さっきいたあの男の子と、今ちょっと出かけている、あの子の連れが教えてくれたんだ」

「あんな子が!? どうして、どうやって!?」

「あの子は故あって、連れと一緒にお父さんを捜している。たまたまフランチェスコの行政事務所を通りかかったときに居合わせていたんだ。異変に気づいてサルヴァトーレさんへ伝えてくれたんだ。ま、それがあって俺が動いた」

「それだけでそんな都合良く?」

「あの子のお父さんは、『文明の遺産』絡みで錬金協会と色々あってね」

「ちょっと!」

 アンジェリカが何か気づいたように厳しい表情をしてみせる。

「サルヴァトーレ。まさかと思うけど、あの子のお父さんって、ピッポ・クラウディージョじゃないでしょうね!?」

「大当たり」

「何っ……!!」

 マイヨの言葉にアンジェリカが絶句した。サルヴァトーレは彼女の反応に特に驚かない。

「ちょっと。ホントに、あの上から目線のエラッそうな会長と今日のことで面倒が起こったら、サルヴァトーレ、アンタに全部押しつけるわよ?」

 後のことは責任持たない、とでも言いたげな表情でサルヴァトーレを見るアンジェリカ。

「だから、今日、ここでのことは自分が必ず」

 サルヴァトーレはこのとき、マイヨがクスッと笑ったのを見逃さなかった。

(RAAZの正体ってタヌ君とあの密偵サンだけが知っていて、あとはあくまでお客さんだからお友だちって設定か)

「じゃ、タヌ君、呼ぼっか」

 言うなり、サルヴァトーレは扉の方へ行くと、ゆっくりと開いた。廊下を見ると、ちょうどタヌとコック帽を被った若い男が一緒に歩いてくるのが見えた。コック帽の男が持っている大きな銀の盆に軽食や水、発泡酒の入ったグラスが載っている。

「ナザリオ君。ありがとう。あとは自分が」

「わかりました。お食事、すぐご用意できるよう、準備だけ済ませてお待ちしています。そう言えば4人って、聞いていましたけど」

「うん。4人分で良いよ」

 サルヴァトーレへ銀の盆を渡したコック帽の男ナザリオが小さく頭を下げ、厨房がある方へ戻るべく階段の方へと早足で去っていく。その様子を見届けてから、サルヴァトーレが中へ戻る。最後に部屋へ入ったタヌが扉を閉めた。

「アンジェリカさん。軽食ですけど、どうぞ」

 サルヴァトーレが言いながら、鶏肉と大麦のトマトスープと葉の野菜中心のサラダ、ライ麦パン。それに葡萄酒のグラスがのった銀の盆を彼女の前に置いた。

「ありがとう」

 アンジェリカが次にタヌを見る。

「話を聞いたわ。あなたが見つけてくれて、サルヴァトーレに知らせてくれたって。お父さんのことも今、マイヨから聞いた。大変だったでしょうね」

「ああ、いえ」

 言いながら、タヌが改めて着席すると、アンジェリカが話を始める。

「私に起こった事実だけを言うなら、一昨日の夜、錬金協会の副会長から『話がしたい』と手紙が届いたの」

 すぐさまマイヨが小さく手を上げた。

「それはどうやって届いたのかな? 郵便として? それとも、誰かが手渡し?」

「私が直接受け取ったわけじゃないからわからないけど、例の黒い外套姿の奴から手渡しだったって」

「中には『話がしたい』以外、何が書いてあった?」

「それだけ。『ふたりだけで話をしたいから、明日フランチェスコへ来てほしい。人目があるので、行政事務所にて』って。本当に、それだけ」

 マイヨは『手渡しで呼出状を渡された』事実以外、何も情報は得られないと理解すると、話を進める。

「で、出向いたら事件に巻き込まれた、と。出かける前までに、周囲におかしな様子とか変わったことは? 御者や小間使いの様子とか」

「特になかったわ」

「着いてからは?」

「行政事務所に着いて、入口で小柄な子が出迎えてくれた。職員じゃないわね。あの子。中に入ったらアンタに似た髪の長い男がいて、そこから先はもう真っ暗」

「小柄な子って、男? 女? 見た目は?」

 アンジェリカが考え込む表情をしてから発泡酒を一気に飲んだ。

「……男の子だったと思う。その子とあんまり年は変わらない」

「見た目は?」

 何となく思い当たる節があっても、自分の口からそれを言ってはいけない。情報を聞き出す鉄則だ。マイヨは何事もなかったように尋ねた。

「なんて言うの、薄い髪の色だった。緑色の目で」

「うーん。もうちょっと具体的に。ほら、緑色は森の緑から、黄色みたいなのまであるから」

「髪はそう、パイを焼いたときみたいな薄い色。はちみつ色みたいな。目はそうね、ベリル石?」

「アクアマリン? エメラルド?」

 サルヴァトーレが口を挟む。

「そう! エメラルド!」

 アンジェリカが気持ち大きめの声を上げ、頷いた。

()、か」

 マイヨが一瞬だけ、わかった、と言いたげな表情をした。タヌはそれを見て、まさかと思う。

「それで、いつくらいに気がついた?」

「……気がついたら真っ暗。口に布の感触があったから、目も口も縛られているってわかったわ。肌に風が刺さりまくって、服を脱がされていたこともわかった。ついでに手足まで。嫌になっちゃう」

「なるほどね。じゃ、何も見てない、聞いてない?」

「見えないもの。人の声は聞こえた気がするけど、何を話しているとかはわからなかった」

「他には?」

 マイヨの問いに、ここでアンジェリカが言いにくそうな表情をする。タヌはその様子に自分がいない方が良いのかな、などと考えた。だが、言葉にはならなかった。

「言いにくいこともあるだろうけど、事実だけを、感情を入れないで言ってほしい。俺は貴女個人や、貴女が治める街に興味はない。じゃ、何のため、って言うなら、貴女をひどい目に遭わせた奴に用がある、だね」

 マイヨが事務的に言い切ると、次にタヌを見る。

「タヌ君、サルヴァトーレさんも、一瞬だけ外してくれる? 扉は開けっぱなしで良いから」

 タヌとサルヴァトーレはマイヨの意図を何となく察するとすぐに扉を開いて廊下を出た。少しの間だが、サルヴァトーレは廊下を見つめ、タヌだけが心配そうに部屋の方を見る。アンジェリカが耳打ちでマイヨに何かを伝えているようだ。

「もう良いよ」

 聞き終わるやマイヨが呼ぶ。ふたりは部屋の扉を閉めてから席へと戻った。

「サルヴァトーレさん」

 マイヨの表情が少し前とは比べものにならないほど硬い。タヌはアンジェリカから何を聞いたのだろうと気になった。

「拙いよこれ。今、わかっている事実と、そこから導き出せる合理的な推論を言うなら、彼女はフランチェスコに呼び出されて拉致された。服を剥がされた理由は恐らく、背格好の似た奴がすり替わる(・・・・・)ためだ」

「ええっ!」

 タヌは耳を疑った。

「靴を奪わなかったのは、サイズが合わないか、背丈の問題だ」

 サルヴァトーレは頷いた。

「アンジェリカさんは背が高いのに踵の高い靴だから、それで立つと、お兄さんとあまり変わらなくなる、か」

そういうこと(・・・・・・)

 何が起こっているのか理解し始めたタヌの中で疑問が湧き上がった。だが、それを言葉にすることはなかった。

「──お客様、そちらはご予約様の」

 扉の向こう、廊下の方から声が聞こえた。かなり大きい声だ。タヌ、RAAZ、マイヨ、アンジェリカが扉の方を見たときだった。

「申し訳ございませんっ!」

 突然、扉が開くと同時に、ナザリオが深々と頭を下げた。だが、4人が見たのは隣に立っている人物──DYRA──だ。

「ナザリオ君。彼女は自分の連れだよ」

 サルヴァトーレが優しく告げた。ナザリオがハッとして、DYRAへ丁寧に頭を下げた。

「タヌ、サルヴァトーレ、マイヨ。まずいことになっているぞ」

 挨拶抜きで部屋へと入ったDYRAの一声。マイヨの表情が僅かに、タヌの表情が一気に硬くなった。


改訂の上、再掲

200:【?????】選択を迫られるふたり 2021/07/26 20:00

200:【MAROTTA】変わる、空気の匂い 2023/02/07 23:39






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 東京はついにオリンピック中央突破作戦決行中。幻の開幕式プランの方が面白かったとか色々発覚し、盛り上がる人と醒める人の差も大きくなっていく分断な世の中ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!


 聞いて下さい!

 200話ですよ! 第200話!

 ついに、到達しました。

 200話なので、長いですね。

 そして。

 RAAZとマイヨ、そしてDYRAとタヌ。どんな選択をするのでしょう。


 次回の更新ですが──。


 8月2日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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