020:【PELLE】人助けをしても、所詮、死神は死神
前回までの「DYRA」----------
DYRAとタヌはサルヴァトーレと共に昼食を、となり宿屋を出た。すると、外には錬金協会の黒ずくめ姿をした賊が待ち伏せしていた。だが、サルヴァトーレは圧倒的な強さで3人をねじ伏せた。だが、本当の事件は、その後に起こる──。
「一、二、……五、いや、六頭か」
DYRAは面倒くさそうに外套を脱ぐと、タヌに預けた。
「片付ける、か」
タヌは小さく頷いた。彼女の強さを知っているからこそ、余計なことを言わない。しかし。
「タヌ君」
サルヴァトーレが声を掛ける。おもむろにパンツのポケットから金属製の、手の中に収まる程度の小ぶりなメダルらしきものを取り出すと、タヌに手渡した。
「え? これは?」
「錬金協会御謹製の、アオオオカミ除けの護符。あげる。鞄と彼女の外套持って、店の中に避難していて」
タヌは、金色のメダルに描かれた絵柄に見覚えがあった。幼い頃、レアリ村の村長が持っていた紙の護符と同じ意匠のものだ。果たしてこんなもので本当に獣が近寄ってこないのか。効果の程に懐疑的な目を向ける。
「あ、はい……って、あれ? サルヴァトーレさんは⁉」
「お姉様のお手伝い」
サルヴァトーレはそう言って、シャツの裾に隠れて見えにくかった、ベルトにくくりつけているポーチから裁ち鋏を取り出す。タヌは予想もしなかったものを武器として取り出したサルヴァトーレに驚くが、今はそこへツッコミを入れる余裕がなかった。
「サルヴァトーレさん! ちょっ、無理ですって!」
相手は人間ではない。人間を捕食する獰猛極まりない生き物なのだ。
「キミは早く逃げて」
タヌにもわかるくらいに、血の匂いが漂い始めていた。ほどなく、建物ならどこでもいいとばかりに逃げ惑う人々がバールにも押し寄せてくる。タヌはいつしかそんな人波に押し流される形で店内に入ってしまった。
「で、この街の愚民共を助けるのか?」
二人だけになった店外で、本性を露わにした男がDYRAに問うた。
「ふん。お前はサルヴァトーレのままでいろ」
「じゃ、お手並み拝見」
男はニヤニヤと笑みを浮かべ、テラス席で一人、腰を下ろし最後の一切れとなったパニーニを食べながらDYRAを見つめる。まるで、最前列の席で演劇鑑賞か、格闘技の大会を観戦しているようだ。
DYRAがゆっくりとバールから北門の見える位置に移動する。
すでに門の内側にある花壇のあたりで番兵数名が捕食され、骨が剥き出しの、見るも無残な骸となった後だった。花壇の花もすでに血まみれだ。アオオオカミの一頭が逃げ切れなかった若い男を食い始めようと組み伏せている。彼は恐怖のあまり悲鳴を上げ、泣き出していた。
DYRAはおもむろに右手を伸ばし、左手は下ろしたままで両手のひらを広げる。青い花びらが猛烈な勢いで無数に舞い上がると、右手に蛇腹剣、左手に細身の長剣が顕現した。
二頭のアオオオカミが若い男の身体に噛みつこうとしたまさにその瞬間、DYRAは一頭の脇腹に長剣を突き刺し、もう一頭の首に蛇腹剣を巻きつけて斬り捨てた。
若い男の体中にアオオオカミの鮮血がバケツの水の如く降り注ぐ。あわや喰い殺されそうになった男は、その血の匂いに咳き込んだ。そして、命が助かったことを理解すると、這うように慌ててその場を逃げ出した。
DYRAは突き刺さった剣を素早く抜く。そのとき、残った四頭のうち一頭が異変に気づき、彼女へ飛びかかった。しかし、正確に動きが見えるとばかりに身を僅かに屈めると、長剣でそのまま喉元から刺し貫いた。
残りの三頭が番兵の捕食を止め、DYRAをちらりと見る。だが、DYRAは気にも留めず、アオオオカミを斬った蛇腹剣の刃が青い花びらに包まれて霧散させた。骸と化した一頭が彼女の足下にドサッという音と共に崩れ落ちる。続いて同時に三頭目を仕留めた細身の剣も同じように霧散させると、今度はすぐに二本の剣を再度、顕現させる。
四頭目と五頭目に対し、DYRAはまとめて蛇腹剣を振り下ろす。背中や脇腹に痛打を与えると、左手の剣で次々と仕留めた。最後の一頭が咆哮を上げると、DYRAは迷わずその口の中に長剣を突っ込むように刺し、仕留めた。
DYRAは傷一つ、いや、返り血の一滴すら浴びることなく、六頭のアオオオカミを仕留め、骸へと変えた。
突然、背後から何度か手を叩く音が聞こえた。DYRAは眉を顰めた。
「お見事」
サルヴァトーレの姿をした男が笑顔で言った。
そのときだった。DYRAと男はそれぞれ、その場の異変に気づいた。先ほどまで恐怖で逃げ惑っていたはずの人々が再び集まり始め、DYRAを遠巻きに取り囲んでいる。テラス席から逃げもしなかった男とDYRAの間にもいつしか人の壁ができていた。
「おい」
誰かが口火を切った。
「あ、青い花びらだ……」
しわがれた男の声だった。
「死神が、ラ・モルテがこの街に来たぞっ‼」
別の誰かの叫び声が響くと、DYRAを取り囲む群衆がいっせいにどよめく。それはさざ波のように、だが一気に広がる。
「し、し、死神ぃ‼」
先ほどDYRAに助けられた、アオオオカミの鮮血をかぶった男が半狂乱気味に声を上げた。そこへさらに、それすら打ち消す声が人垣の比較的外側にいる女性たちから響く。
「きゃああああ!」
「お、お花が‼」
女性たちの悲鳴で、人々は反射的に門に沿って作られた花壇や、視界の範囲内にある草木を見回す。
「え! 並木が全部……‼」
「こっちの花壇もだ!!」
街を守る壁の内側に作られた花壇や、中心街へと続いて植えられた街路樹がほぼすべて枯れ落ちている。どれもほんの数分前まで小さな花を咲かせ、葉や実がついていたものばかりだ。土も砂同然に変わり果てていた。
DYRAを取り囲む群衆が冷たい視線、恐怖の眼差しを彼女へと向ける。
「ちょっ! ここも隣町みたいになっちゃうのかしら」
「いや、山のところの村だ、ありゃ」
「追い出さないと」
「相手は死神だぞ」
「死神って、あんなに綺麗なのね……」
「綺麗だから死神なのよ、きっと」
恐怖の感情を乗せた言葉があちこちから聞こえた。話している当人たちはひそひそと話しているつもりでも、その声は集まる人々の耳にあまねく届く。彼ら彼女らの話し声は、人々に取り囲まれたDYRAはもちろんのこと、ようやく店の外に出たタヌの耳にまで達した。
(DYRAに助けてもらったのに何で!? この街の人たちは!)
何と身勝手で日和見で、自分さえ良ければそれでいいと考える人ばかりなのだろう。タヌは人々の様子を群衆の中で見つめるうち、いても立ってもいられなくなった。誤解を解きたい。いや、解かなければならない。DYRAをそんな目で見るのを止めて欲しい。タヌは人波をかき分けて彼女の方へ行こうとした。が、人が多すぎて、近づくこともできなかった。
一方、自分を追い詰めにかかる重苦しい雰囲気の中にいてもなお、DYRAは微塵も臆さなかった。しかし、その瞳はほんの僅かではあるものの、彼ら彼女らを哀れむ輝きを放っていた。
場の緊張感が頂点に達するのではないかと思われた、まさにそのときだった。
「何と惨めでさもしく、恥知らず極まる振る舞いか」
突然、澄んだ男の声が響き渡る。
群衆のどよめきやひそひそ声が一瞬にして静まった。声の主が群衆の間を割って入る。誰からともなく、声の主のために道を作る。背の高い男がゆっくりと、群衆がそれまで冷たい視線をぶつけていた先へと近づく。
「彼女に助けられた『事実』はどうあっても動かない」
群衆の間を抜けて、男が輪の中心にいるDYRAのもとへたどり着いた。
(サルヴァトーレさん!)
群衆の中で、声の主が誰かわかったタヌは目を仰天した。別人のように鋭い声に、まさか彼だとは夢にも思わなかった。
「嫌味か?」
DYRAは目の前に立った男に対し、当人同士以外では聞き取れない小声で問うた。
「あのガキの手前があるだろう? ここは任せろ。私が引き受ける」
同じように小声で答えると、男の表情はサルヴァトーレのそれに変わる。
「命の恩人たる貴女にあろうことか、恐怖と蔑みの視線を注いだ弱く憐れな者たちに代わって、『町を救ってくれて、ありがとう』と言う。そして、彼らの貴女への無礼な振る舞い、どうか許していただきたい。自らの身の程を知ることすらもできぬ、無知蒙昧の輩故」
サルヴァトーレは群衆に聞こえよがしに告げると、DYRAの前で片膝をつき、頭を垂れた。
芝居がかった振る舞いに、群衆は呆気に取られる。
人の輪の中心で起きていることがようやく見えたタヌは、息を呑んだ。サルヴァトーレなりのDYRAを守ろうとする振る舞いを前に、改めて、自分自身の弱さをこれでもかというほど突きつけられた。
群衆はしばしの間、無言で二人を見つめた。
そして、そんな群衆に混じって、鋭い視線で彼らを注視する人物がいた。
(六頭を瞬殺する強さがあっても、市井の人々の悪意には勝てない、か。自分自身に後ろめたさがあるからかねぇ。キミが死んだ女の身代わりほどの価値すら与えられていない証左だな)
男は群衆の中からすっと姿を消した。
しかし、男に興味を示す者はもちろん、その存在に気づいた者すらいなかった。
改訂の上、再掲
020:【PELLE】人助けをしても、所詮、死神は死神2024/07/23 22:35
020:【PELLE】人助けをしても、所詮、死神は死神2023/01/04 21:45
020:【PELLE】蔑まれる死神(2)2018/09/09 13:26
CHAPTER 18-b 襲撃と猿芝居と2018/03/07 01:00