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002:【LEARI】『鍵』だけもって、冒険に踏み出す

前回までの「DYRA」----------

タヌを助けた美女「DYRA」は、謎の手紙に導かれて村へ来たという。だが、「なぜ」そうしたのかはわからない。 一方、帰る場所を失ってしまったタヌは、DYRAと共に村を出る決意を固める。しかし、DYRAからの条件は厳しいものだった。

 瓦礫の山に変わり果てた村の惨状は悪夢でも何でもない現実だ。タヌは少しずつ自分の中で受け止める。今置かれている環境に自分の心が追いついてきたことで、ようやくそれまで気が回らなかったことを考える余裕が出始めた。

(そんなことって……。でも、どうして……?)

 家の陰に隠れていた黒衣の男は、油の臭いがきつかった。悪意を持って村へ火を放ったことは明白だ。だが、どんなに考えても、村がこんな目に遭う理由も、何故か自分の家だけ焼かれなかった理由も、何一つ思い浮かばない。

 少なくとも今、タヌにわかることは二つ。まずは、DYRAと名乗ったあの美女が現れなければ、焼け出されるなり、アオオオカミに喰い殺されるなりで間違いなく死んでいた。そしてもう一つは、もはやこの村で生活できなくなったことだ。

 ふと、空を見上げたタヌは考えるのを止めた。もうすぐ空にアメジスト色の幕が下りる。踵を返して部屋へ戻った。肩掛け鞄を見つけると、取り敢えずの着替えと数枚の銀貨や銅貨が入った薄い財布を無造作に突っ込む。それから、父親が使っていた書斎の奥に置かれた本一冊程度の大きさの角丸形の箱も鞄に入れて持ち出すと、戸締まりを済ませてから家を出た。

 その後は焼けた場所を避けるように移動しながら、村の西端にある丸太小屋へと向かった。村の出入口周囲にある木々がその存在を隠していたことが幸いし、タヌの家同様、災厄を免れていた。寝ずの番を担当する者が利用することもあり、小屋にはベッドもランタンも揃っている。さらに、村の外へ出て西へと向かう街道もすぐそばだ。道を挟んだ向こうにある山側には森が広がっている。

 タヌは小屋へ駆け込むとすぐに施錠を済ませた。死臭も、焼け焦げた匂いもない場所に着いたことで緊張の糸が切れたのか、そのまま奥にある簡素なベッドに倒れ込んだ。

 タヌは、泥のように眠った。


 空模様がいよいよ濃いアメジスト色へと変わりゆく時間、街道を挟んだ森の方から人影がじっと丸太小屋を見ていた。

(アレは逃げた、か。が、手紙は渡った……)

 人影の一つはそのまま、森の中へ溶け込むように消えた。

 それを丸太小屋の脇にある井戸の陰から見つめる人物もいた。

(彼女、もうちょっと見たかったけどな。時間切れか。それにしても、な……)

 その人影もまた、最初の一人を追うようにその場から姿を消した。空が暗くなる中、黒い花びらがふわりと舞い、風に乗って飛んでいった。

 謎の人影が二つとも消えたところで、瓦礫の山に変わり果てた村の一角からさらに別の人物が一歩踏み出し、煤にまみれた枯れ草を踏む。

(……毒蜘蛛が、出てきたか)

 最後の人影もその場から消えた。人影があった場所には、代わりに赤い花びらが数枚、落ちた。

 村が焼かれてから今このときまでの顛末を見ていた人物が何人もいたことに、タヌはまったく気づかなかった──。


「う……」

 窓から入ってくる光が朝を告げた。

 倒れたままの体勢で寝ていたタヌは目を覚ますと、ゆっくり身を起こした。身体が恐ろしく重い。昨日の出来事が全部悪い夢ならばと一縷の望みを抱き、そっと窓の外を見た。見えたのは、廃墟同然となった村の風景だった。やはり、まぎれもない現実だ。

 タヌは改めて、どうして村がこんなことになったのかを考えようとしたが、できなかった。胃が考えるのを邪魔するように派手に鳴ったからだ。しかし、何かを食べたいという気分には到底なれない。それでも、外の空気、山の綺麗な空気を吸いたい気持ちがわき上がると、タヌは小屋の扉をそっと開き、人の気配がないのを確かめてから外へと一歩、踏み出した。

「動くな」

 タヌは、いきなり耳に飛び込んできた女の低い声にハッとした。慌てて声がした方を見る。扉の位置からちょうど死角に、黒い外套に身を包み、白い四角い鞄と、小さな袋包みと水筒とをひとまとめにして持っている人物が立っていた。

「えっと……」

 まさかの再会にタヌは一瞬、ドキッとした。

「DYRA」

 昨日助けてくれた、あの美女だ。

(まだ、いたんだ)

 彼女は、タヌの家を訪ねるようにと書かれた手紙を受け取り、村へやってきた。しかし、訪れたは良いが、家にも入らず、そのまま立ち去った。両親の知り合いであんな美女がいるなど聞いたこともない。結局、彼女が何のために来たのかわからずじまいだ。それにしても、あの後、夜の間はどこで寝泊まりし、何をしていたのか。何より、どうして自分がここにいると知っているのか。次々とタヌの中で疑問がわき上がる。けれども、疑問を言葉にすることはできなかった。

「わっ」

 DYRAが素早くタヌの首根っこを掴むと、小屋へ押し込んだ。アオオオカミを一瞬でやっつけるほど強い女性だ。抵抗するなど無駄にも等しい。

 タヌを強引に小屋に入れると、DYRAも共に中へ入る。彼女は後ろ手で扉を閉めると、持っていた袋包みと水筒を、突きつけるように差し出した。

「えっ……」

 タヌは一瞬、目を丸くした。おそるおそる袋包みを開くと、干し肉が顔を出す。食欲はなかったが、胃は先ほどから鳴り続いている。食べたくなくとも、今は食べるべきなのかも知れない。そう考えると、「ありがとうございます」と言って早速かぶりついた。

 まるで何日も飲まず食わずだったかのように、タヌはとにかく一心不乱に食べた。激しい空腹が少しずつ満たされていく。

「あの後、何事もなかったか?」

 DYRAの問いかけに、タヌは食べるのをいったん止めた。

「う、うん。でも、どうして、えっと、DYRAがここに?」

「質問をしているのは私だ」

 一蹴されたタヌは、何から答えたら良いのか考えてから口を開く。

「夜は何もなかったと思う。寝ちゃっていたからわからないけど。でも、目を覚ますような物音とかを聞いた覚えはないし」

 そう答えたものの、昨日に限っては果たして物音がしても起きただろうか。タヌは自分の答えに自信を持てなかった。

「村が襲われたことについて、何か理由になりそうなことを知っているか?」

 DYRAの質問に、タヌはすぐさま首を横に振った。

「ううん」

「村を襲った連中が言った言葉を聞いたりしたか?」

 質問に、タヌは記憶の糸をたどる。恐ろしい光景を極力思い出さないよう、耳で聞いた声を探すことだけに意識を集中した。

「ハッキリとは聞こえなかったけど」

「言ってみろ」

「『御館様のお相手に手を出した』とか、それっぽい言葉が聞こえたような」

 DYRAは小さく首をかしげた。それは出会って以来、タヌが初めて見た彼女の反応らしい反応とも言えた。

「何か、知っているの?」

「どちらとも言えない」

 タヌは、DYRAがRAAZなる人物を捜しており、黒い外套姿の男にも問い詰めていたことを思い出す。あのとき、男は「錬金協会の最高幹部でもほとんど知らない」と叫んでいた。御館様がそのRAAZなのだろうか。でも、知る限り、村と錬金協会は疎遠だ。もし、錬金協会の人間が来たなら村中で話題になったはずだ。

「邪魔をした」

 DYRAは聞くことは聞いたからもう良いとばかり、さっさと小屋から出て行った。

 再び小屋で一人になったタヌは、DYRAに興味を持ち始めた。記憶を辿ってあれこれ考えるうち、彼女についていこうかと思いつく。もはやこの村で生活を送ることはできないのだから。けれども、生まれてこの方、一度も村の外へ出たことがないタヌには行くあてがない。こんな状態でついていくなどと言って、許してもらえるだろうか。

(どうしよう)

 溜息をついたときだった。タヌは、家から持ち出してテーブルに置いた鞄に目を留めた。すぐに鞄を開き、箱を取り出す。それは父親の書斎の奥に大事そうにしまってあったもの。だからこそ、家に置いておくことはできないと持ち出したものだ。実はまだ中身を確かめていない。テーブルに置いて箱の蓋を開く。絹の布でぐるぐる巻きに包まれたものが出てきたので、タヌはそれも解いた。

「え? 何? これ」

 出てきたのは、金属と透き通った透明の硬い材質とでできた鍵が一本。それにメモが一枚。鍵の長さは手のひらいっぱいほどあり、普通の鍵より大きい。金属の部分は真鍮よりも美しく、透明な部分もガラスと違って神秘的な輝きを放っている。少なくとも、家や倉庫の鍵とは明らかに違う。錠前のあるなしに関係なく、ひと目で『鍵そのもの』に価値があるに違いないとわかる。タヌは次にメモを見た。


   Verita


 他には何も書いていなかった。

Verita(真実)?」

 鍵とメモが何を意味しているのかはわからない。それでも、父親が大切に保管していたからにはとても大事なものだ、くらいは想像がついた。タヌはこの鍵を落としたり紛失しないよう、肌身離さず持つにはどうしたら良いかと思案する。

(そうだ)

 タヌは、干し肉が入っていた袋包みの留め紐に目を向けた。鍵の持ち手側に開いている穴に紐を二重に通してから自分の首に巻くと、簡単に解けないように固く結んだ。

 鍵をシャツの下に入れようとしたところでタヌはハッとした。昨日からこの服のままではないか。煤けている上、汗や獣の血の臭いがついているに違いない。タヌは慌てて着ていた服を全部脱ぐと、持ってきた服に着替えた。その後、改めて首から提げた鍵をシャツの内側に隠した。

「ホント、これから、どうしよう」

 もう、この村にいるのは時間の無駄でしかない。

 タヌは小屋を出ると、DYRAの姿を探し始めた。

 その頃。

 DYRAはタヌを小屋に残して立ち去った後、廃墟と化した村を見て回った。死体を見ても驚くでもなく、家の焼け跡に足を踏み入れると、焼け残ったものを確かめる。

(徹底した焼き討ち。どういう目的で?)

 少なくともカネや宝石目当ての泥棒や山賊の類ではない。目にした死体には指輪や金歯などがそのまま残っており、金目のものを奪われた形跡がまったくない。加えて、焼け跡の家にも銃を始め、換金可能なものがかなり転がっている。

 一軒を残し、かくも情け容赦ない仕打ち。推測できる動機がないわけではない。

(あの、タヌとかいう少年、それか家族への見せしめか?)

 一見合理的な考えだが、果たしてそうだろうか。タヌの家には、彼以外誰もいない様子だった。おまけにどうしてこんなことになったのか想像もできない様子だった。

(確か)

 ここで、DYRAはタヌから聞いた言葉を思い出す。『御館様のお相手に手を出した』だ。もしこれが目的そのものだったとしても、そんなバカげた理由でかくも苛烈な仕打ちをするだろうか。もし本気なら、その御館様とやらはもはや異常者だ。そんなことをあれこれ考えながら村のあちこちを見て回る。そして最後にたどり着いたのは、火災と襲撃を共に免れたタヌの家だった。ガチャガチャと強引に扉の取っ手を揺らすと、あっさり鍵が解けた。扉を開けて中へ入ったDYRAは、書斎の本棚に目を留めた。棚全体が埃を被っている。なのに一箇所だけ四角く、まったく埃のついていない箇所があるではないか。

 DYRAは本棚の前に立ってしばらくその部分を見つめると、見るものはすべて見たとばかりにタヌの家を出た。

 そして、村はずれにある丸太小屋の近くから村の外へ出ようとしたときだった。


「DYRA」

 タヌの声だった。

「一緒についていっていい? ボクもう帰るところないし。村はもう、こんな状態だし」

「勝手にしろ」

 タヌはよほどの無理難題を吹っ掛けられない限り、DYRAから出される条件を呑むつもりでいた。彼女は冷たい口調だったが、まだ互いを知らない。それに何より女性だ。警戒されるのも当然だ。それでも、ついていって良いなら、この先、何とか生きて行けそうだと思う。だが、それは甘い考えだった。

「ただし、歩く速さが違っても知らん。命の保証もしない」

 ついていくと決めた以上、タヌは覚悟を決めるしかなかった。

「そしてあと二つ」

 少し間を置いてからDYRAは告げる。

「一緒にいる間、私のことを詮索するな。そして、私の最終目的地へは一緒に来るな」

 DYRAはRAAZを捜している。つまり、RAAZのいる場所に来るなという意味だろう。

「わかった。約束する」

 タヌは返事をしたところでハッとした。青い花びらのことを始め、聞きたいことについて事実上、質問を禁じられたのだ。しかし、もう遅い。

 DYRAは言うだけ言うと、麦畑の方に向かう細い畦道ではなく、西の街道への道を歩き出した。タヌも慌てて追いかける。

「村の外に出るのは初めてなんだ」

 歩きながらタヌが切り出す。

「村の外ってどんな感じなんだろう」

「自分の目で確かめればいい」

 初めて話したときと同様、無表情で素っ気ない答えだった。それでもタヌは、無視されなくて良かったとホッとした。

 DYRAの歩く速さに、タヌは少しだけ驚いた。村の男たちの誰よりも速い。気がつくと、村から歩いてきた道よりずっと幅の広い、街道を歩いている。

 二人は道中、大きな森を両脇に見ながら、夕方まで歩き通した。進むにつれ、少しずつだが人や辻馬車が通るのが目につく。

 やがて、カーネリアン色の空が少しずつ暗くなり始めた頃、二人はある町の入口にたどり着いた。

「今夜はこの町に泊まる」

 DYRAが告げた。

 町の入口付近には『Pjaca』と書かれた小さな看板が掛けられていた。

「ピアツァ?」

「町の名前だ」

 二人は看板の脇を通り過ぎて町へ入った。


改訂の上、再掲

002:【LEARI】『鍵』だけもって、冒険に踏み出す2023/07/23 22:13

002:【LEARI】『鍵』だけもって、冒険に踏み出す2023/01/03 23:33

002:【LEARI】ボクはDYRAと一緒に旅に出る。『鍵』だけもって2020/11/20 11:22

002:【LEARI】救世主は、死神だった!?(2)2018/09/09 10:48

CHAPTER 04 知らない世界へ2016/12/15 23:00

CHAPTER 03 灰となった日常2016/12/12 23:40

CHAPTER 02 DYRAと名乗った女2016/12/09 00:00

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