198:【NOTE】救出のため地下水路へ!
前回までの「DYRA」----------
サルヴァトーレ邸でマイヨからの報告を聞いていると、タヌが家から持ち出した「安物の耳飾り」の話となる。どうやらその正体を知っているのはマイヨのようだ。
マロッタのサルヴァトーレ邸で話すうち、時間は流れて、アクアマリン色の空にシトリン色が混じり始めていた。
「……なるほどね。フランチェスコでタヌ君たちはそんな出来事に遭遇したのか」
「はい。床に血の跡があったのもDYRAが見つけたし」
「多分、倒れて引きずって、すぐにケガした箇所を持ち上げたのだろう。床の跡はすぐになくなっていた」
DYRAとタヌはマイヨが一言も聞き漏らすまいと真摯に耳を傾ける様子を見ながら、ひとしきり、見たものを含め、顛末を話した。
「けど、タイミングもあるし、相手も相手だ。嫌な予感がするな」
ロゼッタを向かわせることができなかったのは、悔しい。RAAZは内心、めぐり合わせの悪さに舌打ちした。しかし、こればかりはどうすることもできないので、意識して気持ちを切り替える。
「RAAZ。厄介なのはもしかしたら大物かも知れないってことだろ?」
「なあ。もう一度見に行く必要があるなら、私が行くが?」
DYRAもまた、気がかりだと言いたげに提案した。
「いや。俺が行った方が良いかもね」
マイヨだった。
「移動の時間を極限まで縮めたい」
聞きながら、タヌは確かにその通りだと思う。マロッタで一緒に行動したときも、マイヨはパパッと判断し、次どうするかをすぐ提案、行動に移していた。そういった意味でも安心だ。
「RAAZ。もうひとつ。次はどこで落ち合う? それと、関係大ありだったときはどうする?」
「夜はまあ、いつもの飯屋だ。店長に頼んで深夜までいさせてもらう」
「わかった。じゃ、ちょっと見てくるよ。ここが見つかると面倒なんだろ?」
「ああ。そうしてくれ」
そのときだった。
「マイヨさん!」
タヌは言い忘れたことを思い出し、立ち上がった。DYRAとRAAZもタヌを見る。タヌは鞄から何かを取り出すとマイヨへ手渡す。それは足の小指程ある長さで円柱形のものだった。
「タヌ君。どこで拾った?」
マイヨは見た途端、顔色を変えた。
「その、それ、行政事務所の裏にある井戸の前に落ちていて、何か手掛かりかなって」
「RAAZ。すぐ動かないと間に合わない! ハーランだ!」
「ガキ。何を渡した?」
「え? 何って……井戸の前で拾ったものですけど」
「拾った?」
DYRAは見落としていただけに、意外だと言いたげにタヌを見た。
「タヌ君。良くこれを見つけてくれた。動かぬ証拠に近いもんだ」
マイヨがタヌから渡されたものをRAAZへ見えるように見せた。
「電子タバコのカートリッジ……!」
この文明で絶対に落ちているはずがないものだ。
「RAAZ。ちょっと急ぐ」
「ああ」
タヌは、部屋を出ていったマイヨとそれを見送るRAAZの後ろ姿をじっと見た。RAAZもまた、「ガキ。とんでもないものを拾っていたな」と言って、衝立の向こう側へと消えた。
マロッタからフランチェスコへ移動したマイヨは、頭部を隠せる黒い外套に身を包み、錬金協会の関係者風の格好で街の中心部の一角、人目につかないところに姿を現した。
(『行政事務所』だっけか。急ごう)
マイヨは自然に溶け込むように表通りへ出ると、人混みをすり抜け、走った。
ひとりで行動するなら身が軽い。マイヨは早足でスタスタと歩くと、さらに裏道なども活用して近道を移動し、ほどなく行政事務所前に着いた。空はすでにアメジスト色の輝きが広がって夜のとばりが間もなく下りそうだ。
見ると、閉ざされた門は格子の間から手を突っ込めばすぐに解錠できそうだ。マイヨは周囲を見て、誰も自分を見ている気配がないのを確かめてから、そっと門を開いて敷地へと入った。
(不用心だなぁ)
アプローチを駆け抜け、事務所の建物の大扉の取っ手に触れる。鍵が掛かっていない。マイヨは耳を澄ませ、中から何も聞こえてこないのを確かめてからそっと扉を開いて中へ入った。
(窓はなし、か)
中は真っ暗だった。マイヨは受付台の奥、足下に予備ランタンが転がっているのを見つけると、持っている使い捨てライターで手早く火を点けた。
(あー。あれ、か)
明かりに照らされた室内を見るや、マイヨはすぐに話で聞いた血の跡らしき箇所を見つけた。事前に聞いていたので隠し扉の位置もわかっている。
(流れた血の量はもともと多くない。拭いた形跡もない)
マイヨはひとつの結論を導き出す。
(殴って意識を奪って運んだ、ってところか)
次にマイヨは慣れた手つきで隠し扉を開けた。
(隠し扉って、やっぱり緊急時の脱出用か何かか)
庭へ出ると、この建物に入ってから僅かな時間にも関わらず、すでに陽が落ちていた。
(タヌ君のおかげで、『ハーランが井戸を使った』で間違いないって仮説ができたけど、何がどうなっているんだか)
隠し扉を閉め、裏庭らしきところをざっと見回したマイヨは、井戸を発見して、駆け寄った。井戸の底へと繋がる梯子を見つけると、早足で下りた。
(ま、誰もいないから、いっか)
井戸の底へ到達すると、あたりを見回す。数日前の地震騒ぎのせいか、地下通路の壁に灯りはない。手持ちのランタンだけが頼りだ。
(確かここって……!)
自分の生体端末が使っていた場所ではないか。
(そう言えば、アジトみたいに使っていた場所があったな)
マイヨは記憶の突合を済ませると、走り出した。地下通路は迷路のように入り組んでいるものの迷うことはない。職業柄、仕事に必要な情報なら一度でも目に、耳にしたものを忘れない自信がある。それに何より、自分はもちろん、データ同期で情報を取り出してあれば、生体端末からの情報でも同じことだ。
奧へ進むにつれ、水が流れる音が聞こえてくる。目的地が近いとわかったマイヨは、早歩きに切り替えた。
(これ、か)
水路の端を歩いたところで、数段の階段の上に扉がある小部屋があった。マイヨは扉の脇に立ち、意識を集中して耳を澄ます。扉の向こうに人の気配を感じない。
マイヨはそっと取っ手をひねって、扉をゆっくりと開いた。
「えっ」
扉の向こうが見えると、マイヨは思わず声を上げた。
両手両足を縛られた上、目隠しをされ、猿ぐつわを噛まされた、金髪混じりの長い黒髪を持った、小麦色の肌が美しい女性が倒れていた。しかも、下着姿でヒール靴だけのあられもない格好。見る場所が場所ならストリップ小屋か、売春宿かと誤解しそうな状態だ。しかし、マイヨの目を引いたのはそこではなかった。彼女の、頭部についた傷と、そこから頬のあたりに流れた血の跡。
自分以外に誰かがいることに気づいたのか、女が僅かに顔を上げた。マイヨは駆け寄ると、女性の両手両足の縄を解いた。すぐに自分の着てきた外套を着せてから、目隠しと猿ぐつわも外す。目鼻立ちがハッキリした若い女の顔が露わになる。
「大丈夫? 何があったの?」
女の、ガーネット色の瞳がだんだんしっかりとした輝きを取り戻す。
「た、たすけ……て……」
マイヨは、彼女こそDYRAとタヌが言った、行政事務所で事件に巻き込まれた人物だと確信した。そして、ここを利用した時点でハーランが絡んでいるに違いない。彼女から話を聞きたいが、まずは脱出だ。マイヨはすぐに動こうと決めた。
「さ、ここを出よう。歩けるかな?」
マイヨは言いながら、女性の足を見た。足首のあたりに黒い痣のような跡がある。
「ああ……捻挫かな。抱きかかえるけど、良いかな?」
「え、え、ええ」
だが、走って動けないとなると、見つかるリスクが一気に上がってしまう。それでも、自分の外見ならハーラン以外ならいくらでも誤魔化せるかも知れない。マイヨは一計を案じた。
「君にこんな仕打ちをした連中の仲間のフリして逃げるから、悪いけど、目隠しと猿ぐつわ、もう一度、良いかな。俺が『大丈夫』って言うまで、声を出さないで」
言い終わるより早く、マイヨは女へ目隠しなどを填め直した。もっとも、猿轡だけはすぐ外せる程度に、。そして顔がすっぽり隠れるように被りを深くする。
(時間がない! 一気にマロッタへ行くしかない。服は……『サルヴァトーレさん』にお願いするか)
マイヨは女を抱きかかえると、周囲に黒い花びらを舞わせ、花びらの嵐の中に姿を消した。
改訂の上、再掲
198:【?????】そして世界は、敵になる 2021/07/12 20:00
198:【NOTE】救出のため地下水路へ! 2023/02/07 23:33
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オリンピックが始まるそうですが、やっぱり緊急事態宣言でお約束展開な飲食店いじめ。もう、政権も非生産的かつ、造反が増えることが見込まれそうな抑圧策ではなく、もうちょっと考えようよとか思う今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
終盤に入る合図で今回はおしまいです。
それにしても、9巻はものすごい圧縮が掛かります。恐らく、今までにないキツキツな詰め方になることが明白です。だって、今日の分までが9巻予定なんですが、20万文字を余裕で超えています。これを最大12万文字へ圧縮しますので。
次回の更新ですが──。
7月19日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆