196:【NOTE】あのとき、何が起こった? 前編
前回までの「DYRA」----------
DYRAとタヌがサルヴァトーレ(RAAZ)と合流した頃、マイヨはハーランのアジトから脱出したロゼッタと共にピルロへ立ち寄っていた。突然の登場に驚くアントネッラだが、ピルロの人たちは温かく彼らを迎えた。
宿屋を出て、食堂の前に来たDYRAとタヌは、サルヴァトーレから、店先に停まっていた2台の馬車のうち、1台に乗るように指示された。
「どこ行くんだろう」
DYRAとタヌは馬車に乗ると、御者が「出発です」と言った。
「えっ」
馬車は早速、ゆっくりと移動を始めた。
一方、サルヴァトーレは店へ入ると、店長と会計台の前で話す。
「サルヴァトーレさん。ほんの少し前、お客さんが来ましたよ。前にタヌさんと来た、あの不思議な感じした、三つ編みのお兄さん。しかも、何故かエルモ君のお母さんも一緒に。何でも『山で迷子だったからここまで送った』って言えばわかるって」
「エルモ君の?」
この店で何日かおきに来て働いている、パンやピザを焼く青年のことだった。サルヴァトーレは誰のことを指しているかわかると、ニッコリ笑って頷いた。
「今、もういるの?」
「ええ。エルモ君のお母さん、奧の仕切りがある席で待ってもらっています。三つ編みさんは『まだ仕事』って、すぐ帰っちゃいましたけど」
「わかったよ」
店長が一礼して厨房の方へ姿を消すと、サルヴァトーレはおもむろに奧の席へと行った。6人用の半個室席に、黒い外套に身を包んだロゼッタが座っていた。サルヴァトーレに気づいて立ち上がろうとするが、気遣い無用とばかりに、手で制した。
「ロゼッタ。無事で良かった。デシリオで色々あってな。方針変更で呼び戻した」
「驚きました。まさか、あの男が『迎え』とは」
「キミに万が一があっては困る」
「お気遣い、ありがとうございます」
「しばらく働きづめにさせてしまったからな。3日ほどゆっくり休んでおけ」
「ありがとうございます。会長」
「休みが明けたら次だ」
「はい」
「息子は店長に守らせる。巻き込まれでもしたらたまったもんじゃないからな」
ロゼッタが息子のために仕事をしていることをサルヴァトーレは誰よりも知っている。だからこそ気遣う。仕事に集中できるようにするためのケアは必須だ。
「痛み入ります」
「次の仕事で必要な装備類は3日後の朝、いつもの場所に置いておく」
「はい」
サルヴァトーレは言うべきことを言うと、「それじゃ」と言って、半個室を後にした。
「店長。エルモ君のお母さんに、外の馬車を使わせてあげて。ちょっとお疲れみたいだしね」
「かしこまりました」
そう言って、サルヴァトーレは《アセンシオ》を後にした。厨房の奧にある裏口からそっと抜けだして。
路地裏にまで風が届いたとき、赤い花びらが数枚、ふわりと舞い上がった。
馬車で移動したDYRAとタヌは、マロッタの外れに案内された。そこには別の馬車が待っており、御者から乗り換えを指示された。ふたりはそれに従い、さらに移動した。
「あっ……」
タヌは、到着した場所を見て、表情を明るくした。
「知っているのか?」
「うん。ここ、サルヴァトーレさんのお屋敷だよ」
DYRAは聞いて、納得した。話の続きをここでやろうということか、と。
「来た来た」
馬車で移動したのはDYRAとタヌだけだったのに、屋敷の正面玄関扉の前にマイヨが立っているではないか! いつの間に来訪していたのか。タヌは内心、驚いたが、嬉しかった。
「マイヨさん! え! いつの間に!」
「やぁ、おはようタヌ君。地震とか、大丈夫だった? RAAZも待っている」
言いながら、マイヨはふたりが乗ってきた馬車から食事などが入っている箱を取り出した。
「行こっか」
3人は、サルヴァトーレの屋敷の中へと入った。
「大豪邸、だな」
DYRAは初めて足を踏み入れるサルヴァトーレ邸に、廊下を歩きながら床や壁、インテリアなどをじろじろと見ては、驚いた。
「確か、作業部屋って言っていたな」
「ここですよね。マイヨさん、開けますね」
タヌは見覚えある部屋の扉を開いた。広いながらも、トルソーや布地などが雑然と散らかった作業部屋へ3人は足を踏み入れた。
衝立で仕切られた一角にある応接スペースまでたどり着くと、持ってきた箱から4人で食べるには気持ち多めの軽食や乾き物の菓子、それに発泡水と柑橘ジュースが入った瓶とグラスを次々と出した。タヌが空になった箱を部屋の片隅に置いたときだった。
「ここなら、気兼ねがいらないな」
衝立の向こう側から、絹と上等な山羊の毛織から作られた淡い色の襯衣に焦茶色の細身なパンツに着替えを済ませた銀髪と銀眼の男が姿を現した。
「RAAZさん……」
「『サルヴァトーレ』を知っていても徹底して沈黙を保つ。その姿勢、確かに見届けた。生き残るためには良い姿勢だ。気に入った」
RAAZがそう言って、壁に背を預けて立つ。DYRAとタヌは知らないが、そこは隠し扉がある箇所だった。
タヌは、一昨日の夜のやりとりに居合わせたことで、先ほどサルヴァトーレの姿でRAAZとして話していたのはやはり自分を試していたのだと思い返した。同時に、あそこで下手な対応をしなくて良かったとホッとした。
「ああー。そうね。ここなら多少声を出してもバレないな」
マイヨが頷いた。
「着替えて出直すのも兼ねて、明け方に一度、戻った。それで、尾行やらトレース回避で、ぐるぐる回ってからここに来た」
おどけた口調で言って、マイヨは場を和ませた。黒い外套に身を包んでいたときは、例のステルス素材のボディスーツ姿を隠していたが、今はいつもの白い立ち襟の上着姿だ。
「ん?」
マイヨがDYRAを見る。彼女の表情が心なしか硬い。
「どうしたの?」
「どうしたの?」
タヌとマイヨが図らずも同時に尋ねた。
「いや、別に。気にするな」
素っ気ないDYRAに、タヌは、さっき話していたときや移動中に、何かまずいことをしたり、言ったりしただろうか、などと考える。
「あっそ」
マイヨがさらっと返事をするとRAAZを見ながら話を始めた。
「じゃ、本題入ろうか。それでハーランのヤサを見てきた報告だけどさ」
「どうだった?」
マイヨは両手のひらを胸の高さに上げ、一瞬だけおどけた表情をした。
「色々やられたよ」
「どういうことだ?」
「あそここそが、政府の奴らが軍、というより俺たちやドクターを監視するための、監視小屋みたいなもんだった」
「どういうことだ」
驚きとも戸惑いとも取れるような表情で尋ねるRAAZへ、マイヨが頷いてからさらに言葉を続ける。
「収監された奴らが脱走することを想定した内側だけの監視システムじゃなかったんだ。周辺への監視機能が廃墟に紛れて一部ながらも生きていた。で、そいつのすべてが軍の施設があった方向、今で言えばネスタ山方面を監視する感じだった。それで」
「昔、3つあったと噂があったな? とは言っても、あれは情報部の奴らが中心になって探して潰し回ったと聞いていたが」
RAAZとマイヨの話を聞いているDYRAとタヌは、何を言っているのかわからない。そのため、耳だけ傾けつつ、グラスに飲み物を入れたり、軽食類を綺麗に並べたりした。
「当時潰せたのはふたつだった。で、3つ目がまさかのあそこだった。それだけじゃ、もとい、それどころじゃない」
「それどころじゃない?」
RAAZのオウム返しに、マイヨは忌々しい顔をする。
「ああ。最悪な報告がある」
マイヨがここでタヌを、RAAZはDYRAを見た。
「タヌ君。前に俺とマロッタで錬金協会の建物へ行ったときにあのご老人から聞いたこと、覚えている?」
タヌはマイヨに言われ、錬金協会の建物で、老人から聞いた言葉を思い出す。
「えっ……」
「ネスタ山のずっと向こうの方だ」
「タヌ君は、ここから先、ちょっと意識しながら聞いてほしい」
マイヨはそう言って、RAAZへ報告を続ける。
「ハーランはあの収監所で政府に匿われていたんだ。俺はタヌ君と一緒にマロッタで錬金協会の副会長のジイサンからも話を聞いている。タヌ君のお父さんと一緒にそこへ行き、そして、生体端末のカプセルを開いて、驚いて逃げ回った挙げ句、最下層まで行っちまって……」
タヌは目を見開いた。
「扉の向こうは、人がふたりか3人しか入らない、小さな部屋だった。入ってみたら急に扉が閉まって、私たちはそこに閉じ込められると、部屋ごと下に落ちていったんだ」
「ずっとずっと下の方まで落ちていったら止まって、扉が開いたんだ」
「そこも、寒い部屋だった。そしてそこには、先ほど見かけたものと同じようなガラスの入れ物があったよ。たくさん、ね」
タヌはここでようやく話が見えた。そして、もうひとつ、タヌの脳裏にある言葉が蘇った。
「俺はね、地下深くで冬眠していたから、難を逃れたんだ」
この瞬間、タヌはカチリと恐ろしい音を聞いた気がした。今日ここで話すことは、今まで聞いた話とすべて繋がるのだ、と合図するように。
ここでの話がタヌにとって、それなり以上に重要な何かだろう。DYRAは漠然とながらも察する。
「確認させろ」
RAAZだった。
「ガキが捕まっていた場所がハーランのヤサ。つまり死刑囚収監所。だが、その実態は前に聞いた要人を匿う施設だった」
「そう」
「で、実は監視施設でもあった。それだけじゃない、お前はまだ最悪な報告があると言っていたな」
「ああ。……俺の生体端末のケースが4基、あった」
聞いた瞬間、RAAZがいっそう厳しい表情を浮かべた。
「ここで仮説がふたつできる。ひとつは、俺が目を覚ます直前まで掛けて生体端末をタヌ君のお父さんと錬金協会のジイサンがハーランとつるんで持ち出した可能性」
言い終わるや、マイヨが首を横に振った。
「けど、それは違う。錬金協会のジイサンは俺に会った、って言っていたからな。なので、この説は一発破綻だ」
「もうひとつは?」
「これが最適解に近いだろう。アンタにはちょっと酷な話だが、あの事件が起こった直後の持ち出しだ」
マイヨがRAAZに視線をやって、一呼吸置いてから続ける。
「となると、物理的に持ち出したのは政府の連中だ。けど、あの施設はとてつもなく複雑な構造でルートがわからないヤツがパパッと入って手際良く、なんて無理だ。おまけに、あそこが死刑囚の収監所でカモフラージュした監視小屋なら、構えた連中は警察、それも……」
「待て!」
RAAZがにわかに信じ難いものの、それでも情報を整理しようとする。その様子にDYRAとタヌは、気がかりな表情をする。
「ISLA。その話で行くと、政府の連中は、最初からそのつもりだった、ということか?」
「待った。『そのつもり』って言葉のどこにどう掛かるのかわからないことには、何とも」
マイヨは暗に、認識の齟齬を避けるために指示語を避けてほしいと伝えた。
改訂の上、再掲
196:【?????】始まりは、欲にまみれて 前編 2021/06/21 20:00
196:【NOTE】あのとき、何が起こった? 前編 2023/02/07 23:27
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気がつけば緊急事態宣言もおしまい。けれど、不安だらけの五輪とか色々ナンダカナァな感じは相変わらずなご時世ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
さて、今回で終盤戦への材料をで揃えるはずが、かなりのボリュームになりました。ので、よって、前後編へ。
それにしても、タヌの父親と、RAAZの奥さんってのは、なかなか困った存在ですな。
次回の更新ですが──。
6月28日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆