195:【NOTE】話す間も状況は動いていく
前回までの「DYRA」----------
マロッタで、サルヴァトーレの手配で宿屋で過ごしたDYRAとタヌ。ふたりが寝ている間、彼はそっとピッポの日記を読んだ。翌朝、タヌが目を覚ますとサルヴァトーレは目の前でRAAZと化し、日記について詳細を問う。
「ええっと。具体的な日付は書いていないです。多分これ、父さんは自分だけがわかる記録、みたいな感じで使っていたのかも」
「では、その直前と直後で、時期がわかる言葉はないか?」
サルヴァトーレから言われて、タヌは日記を読みながら耳飾りをめぐる話の時期が具体的にわかる手掛かりがないか探す。
「あっ! ……えっと、これ!」
タヌは目を通しながら声を上げた。
「ひとつ前、直前です。破れた跡はないです」
破れた跡がない。意味することを理解したサルヴァトーレが視線で続きを促した。タヌは、DYRAも聞いていると信じて読む。
『村の水車が全部壊れて騒ぎになったり散々だったが、小麦畑の種植えが終わった。 いつまでも利用されてばかりでたまるものか。
どんなに時間が掛かっても、必ず『文明の遺産』を手にするんだ。
錬金協会で出会ったあの女は資料を整理してくれたりしている。』
「『それにしても……』」
タヌが読み進めようとしたときだった。
「そこまでで良い」
サルヴァトーレが読み上げを手で合図して止めた。
「それはいつのことだ?」
「ボクが生まれて、そんなに経っていない頃です。村の『水車が全部壊れた』ことがあったのは、確かボクが本当に小さい頃だったから」
「つまり、10年、いや、もう少し前くらいか」
「だいたいその位です」
「ガキ。もうひとつ。耳飾りのことが書いてあった次で、日付が予想できるところはないか?」
タヌはページをめくって読み始めた。
『素晴らしい!
背中が寒くなりそうだ! 夏だというのに、ゾクゾクする。
天気を操り、地震や津波を起こす! 素晴らしい!
天気を操れるなら、もうこれで作物は安泰ではないか!
彼についていって、本当に素晴らしいものを手に入れた!
耳飾りの件で何だかんだ言われたときはあれだったが、使える男じゃないか。』
「時期は、10年と少し前の秋から、翌年以降どこかの夏までの間、か」
「待て」
それまで聞き役だったDYRAが気づいたことを口にする。
「私がタヌを助けたときは、概ね2か月前で、秋の刈り入れ時だ。村の種植えは」
「そうか。春先か」
サルヴァトーレが相づちを打った。
「なるほど。これで時期が絞れた」
10年と少し前頃。
DYRAとサルヴァトーレはそれぞれ、思い当たることを探して記憶の糸をたどる。
ここでDYRAは、タヌを助けに行こうとしたときにネスタ山でRAAZ、マイヨと話していたときのことを思い出した。
「俺が目を覚ましたのは10年ともうちょっと前だった」
「目を覚ました?」
「ああ。話せば長いんだけど、かいつまんで言うなら、叩き起こされたんだ」
一方、サルヴァトーレが思い出したのは、マロッタでマイヨへナノマシンをシェアしたときのやりとりだ。
「前にも言ったけど、俺が目を覚ましたのは、10年ちょっと前だった。コールドスリープの装置にトラブルがあったのか、タイマーが切れたんだかバッテリーが干上がったのか、それはわからない。けれど、直接のきっかけは、量子通信のノイズだった」
「そう言えば、マイヨが……」
「ISLAが確か……」
DYRAとサルヴァトーレが同じタイミングで口を開いた。
「えっ」
何の話をしているのかわからないタヌは、視線をDYRAとサルヴァトーレへ行ったり来たりさせる。
そのときだった。
「そうか……!」
サルヴァトーレが気持ち大きな声を上げ、拳を作った右手を左の手のひらにポン、と乗せた。そして、話が繋がったとでも言いたげな表情で視線だけ動かして天井を仰ぎ見た。
「どういうことだ」
「何かあったんですか」
DYRAとタヌがサルヴァトーレへ問うた。
「ガキ。その耳飾り、お前が持っているのはあまりにも危険すぎる」
タヌはその言葉で何となく納得した。この耳飾りが『文明の遺産』と関係があるかも知れない、と。『鍵』もそうなのだ。この耳飾りも、となれば。
「じゃ、DYRAに」
「彼女の耳を、良く見ろ」
「あっ……」
タヌはハッとした。DYRAは右耳に大粒のブルーダイヤモンドの耳飾りを填めている。反対側にこれを填めれば、どう見てもおもちゃを填めるみたいで見劣りしてしまう。
サルヴァトーレは、誰に託せば良いか考える。現状、タヌと一緒にいるDYRAへ預けても危険分散にはならないからだ。
(奴を信じるか、否か、か)
預かるにふさわしい人間で思い浮かぶのは現時点でひとりだけだ。それでも、本当に預けて良いのか、確証を持てなかった。
「ここで延々話すのも何だ。続きは場所を変えよう」
サルヴァトーレは言いながら、解いていた髪を再びハーフアップにした。
「タヌ」
DYRAだった。
「お前、それ、落としたりなくしたりしないようにしろ」
「うん。鞄の中はまずいよね」
タヌもタヌで、どうしたら良いか考えた。これをRAAZへ渡してしまえば、父親は用済み、みたいな扱いをされてしまうのではないか。だとすれば彼に安易に預けるのは得策ではない。しかし、信頼のおけない人間に預けるのは危険だ。
(DYRAとマイヨさんで片方ずつとか……)
そんなことを思いながら、タヌはふと、マイヨはどこにいるのだろうか、と思った。
時間は少し遡り、DYRAとタヌがマロッタの宿屋で眠りについた頃。
夜のピルロが騒然となった。
ドンドンと扉を叩く音が聞こえる。小間使い用の住み込み部屋で寝ていたアントネッラは目を覚ますと、すぐにベッドを出て、服を着て靴を履き、厚手の外套に身を包んだ。
「アントネッラ様! 大変です」
扉を叩く音と共にパルミーロの声が飛び込んだ。アントネッラは何事かと思うと、ランタンを手に扉の前へ行った。ベッドの足下で寝ていた白い子犬も目を覚まし、アントネッラの後を追う。
「どうしたの?」
「──マイヨが、マイヨが戻ってきたんです! アントネッラ様!」
「え!」
アントネッラは扉を開けた。外には大きなランタンを持ったパルミーロが立っていた。
「こっちです! 早く!」
パルミーロの後に続き、ランタンを持ってアントネッラも走り出した。子犬も一緒だ。
土砂をどかしたあたりの市庁舎の建物脇にふたりの男女の姿があった。頭まで被りで覆える外套に身を包んでいるが、今は被りを取っている。ふたりの周囲には10数人の男女が遠巻きに集まっており、心配そうに見つめている。
「ああ!」
アントネッラは驚きの声を上げた。ふたりとも見知った顔ではないか。
「マイヨッ! それに、えっとロゼッタさん!」
アントネッラがふたりとも名前で呼んだことに、パルミーロが驚いた。
「あ、……ああっ!」
パルミーロも思い出す。そうだ。マイヨの隣にいるブルネットの髪の、しっかりした体格の女性。いつだったか、アントネッラが町娘のフリをして食事配りをしていた際、一緒にいたではないか。
「やぁ、アントネッラ」
少し疲れた声で話すマイヨを見たアントネッラは、心底ホッとした表情を浮かべた。
「どうしてふたりが一緒に!?」
「あの山崩れ騒ぎの後、迷ってしまって気がついたら山の向こうで……。どうしたら良いかと思ったところで、こちらの方に」
マイヨ同様、疲れた声で話すロゼッタに、パルミーロが無事で良かったと言いたげに安堵の息を漏らした。
「オバチャン。本当に危なかった! 素人が山に、それも向こう側なんて。マイヨが見つけてくれて、本当に救われたなぁ」
パルミーロはマイヨの圧倒的な強さを目の当たりにしている。窮地に陥ったピルロで、貧民窟の暴漢連中をあっという間に叩きのめした。おまけに『文明の遺産』がらみで曰くありげな、髭面への対応を任せろとまで言い切った。圧巻はアントネッラを助けたときだ。凶弾から身を挺して庇ったどころか、鉄扇で受け止め、自身は無傷で賊を始末している。
「偶然見つけたんだ。それで連れて帰った。一日歩き通しだ」
パルミーロは、マイヨを見ながら、信に値する人間だと改めて確信めいた気持ちを抱いた。言葉にこそしないが、彼が髭面と同様、『文明の遺産』と何らかの関係を持つ存在なのは疑う余地がない。それでも、これと言った見返り要求もせずに街へ手を差し伸べ、おかしな干渉も決してしない。何よりアントネッラとの距離感も極めて健全だ。呼び捨てだけは玉に瑕だが、それはこの際、些末なことだ。
「マイヨ」
アントネッラは心配そうに声を掛ける。
「いきなりいなくなっちゃって、一体何が起こったのかと思ったのよ。多分、髭面を追い掛けたんだろうとは思ったけど」
「そうだよ。あいつが二度とこの街や近隣に来ないように仕留めないと、ってね」
「それで?」
「山の向こうに逃げられた。それでこっちも、装備を揃えて出直した。そうしたら、彼女が近くを困った感じで歩いていたからさ」
「仕留めるより、連れ戻す方が先、ってか?」
パルミーロの言葉に、マイヨが黙って頷いた。
「オバチャン! あの山で迷子になって、『死んだ土地』なんか入ったら生きて帰れなくなるところだった!」
「ロゼッタさん。パルミーロの言う通りだわ。マイヨが見つけてくれて本当に良かった」
パルミーロやアントネッラが心底から心配そうにロゼッタへ告げた。
(会長から行き方を聞いていたからそこは大丈夫なんだがな)
ロゼッタが白々しいほど申し訳なさそうにふたりへ頭を下げる。その様子を見るマイヨは内心、彼女がまともに聞いていないだろうな、などと思う。
(彼女も別に、RAAZに言われてハーランのアジトで家捜しをしていました、なんて言う必要ないもんな。戻る道すがら、口裏を合わせておいて良かった)
マイヨは街の人々が心配そうに自分たちを見ている様子に、内心、してやったり、などと思う。あとはマロッタへ行くだけだ。
「パルミーロ」
マイヨは心苦しげな顔で呼んだ。
「おう」
「こんな状態だからね。彼女をご実家近くまで送って、その後で奴をまた追う。それでこんな大変な中で申し訳ないけど、移動用に馬を貸してくれないか」
「わかった! すぐ移動するのか?」
マイヨは頷いた。
「橋の近くの厩舎は無事だから、構わない」
普通なら夜遅い時間に移動など、夜盗や、下手をすればアオオオカミと遭遇しかねず危険極まりない。とはいえ、そこはマイヨだ。大丈夫だろう。パルミーロはそう判断し、準備のためその場を離れた。
「アントネッラ、パルミーロ。皆、夜中なのに、本当に、ありがとう」
「マイヨ、気をつけてね」
アントネッラの言葉に呼応するように、足下にいた白い子犬がマイヨの方へ近寄り、彼のまわりをくるくると回った。マイヨは腰を落とすと、子犬の頭を軽く撫でてからアントネッラを見る。
「大丈夫だよ。子犬君。……アントネッラ。君も、街の人も、本当に気をつけて。危険が去ったわけじゃない。おまけに朝、デシリオの方で地震もあったみたいだし」
「あれね。こっちも揺れたわ。たいしたことはなかったけど、山崩れ騒ぎのあとだったから、子どもとか、怖がっていたし」
「だろうね」
「嫌な言い方かも知れないけど、髭面の足下で大地震が起これば良いのにって」
「まぁ、そうね」
マイヨは苦笑交じりに頷くと、深夜のピルロに少しだけ笑い声が響いた。
明るい雰囲気になったところで、マイヨとロゼッタは、アントネッラと街の人に丁寧に挨拶して、厩舎の方へと歩いた。
「マイヨ、オバチャンをちゃんと送ってくれよ」
厩舎から跳ね橋の近くまで馬を引いてきたパルミーロがマイヨへ告げ、ランタンを手渡した。
「ああ。それじゃ」
マイヨとロゼッタはそれぞれ馬に乗ると、街を後にした。
「じゃ、密偵さん。マロッタへ戻ろう。今から急げば朝までには間に合う」
「ええ」
ふたりが乗った馬は、マロッタへ向かって深夜の街道を走り始めた。
改訂の上、再掲
195:【?????】誰も知らない水面下 2021/06/14 20:00
195:【NOTE】話す間も状況は動いていく 2023/02/07 23:25
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遅めの梅雨入りだったり、もういくつ寝ると緊急事態宣言もおしまいだったり、そんなご時世ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
何と言いますか、RAAZって、めっちゃアレな男やもめだよなと。
あのタイミングでDYRAが目をぱちっ! と開いたらどうするつもりだったんだろうとか考えずにはいられない作者です。
一方、物語は終盤戦への材料を揃えつつあります。っていうか、次回前半でおおむね揃う予定。
次回後半から、各自走り出さないと大変な予感です。
次回の更新ですが──。
6月21日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆