194:【NOTE】悪口と愚痴だらけの日記帳
前回までの「DYRA」----------
食堂の店長から助力で無事にマロッタまでたどり着いたDYRAとタヌ。サルヴァトーレと合流すると、ここまで起こった出来事を話す。ふたりの話を聞き、サルヴァトーレはいくつか、気になることが出た。
サルヴァトーレは、DYRAをタヌとは別の寝室にあるベッドへ寝かせた。
(回復を掛けながら移動をすれば良かったものを、どうして)
回復させながら移動をすれば、体力の消耗幅を抑えつつ、周囲を砂にするほど枯らすこともないだろうに。どうしてそうまで彼女は自分の持てる能力を上手く使おうとしないのか。サルヴァトーレ、もとい、RAAZはDYRAの寝顔を見ながら考える。
(ピルロで回復するときはギリギリまで絞ったじゃないか。おまけにガキの父親を捕まえるときは上手いこと周囲の木だけ倒した。なのに、ったく)
困ったものだ。そんなことを思いながら、もう一度DYRAの寝顔を見る。子どもが安心しきって眠っているような安らかなそれだった。
(頼むから、無防備なのは私がいるときだけにしてくれ)
サルヴァトーレはDYRAが眠るベッドの片隅に腰を下ろすと、彼女の頭をそっと撫で、ダイヤモンドの耳飾りをつけた右耳にキスした。
「ねぇ……うん……」
寝息に混じって微かに聞こえたDYRAの優しい声。サルヴァトーレは少しだけ目尻を下げ、懐かしいものでも見るような視線を彼女へ向ける。
(……昔からキミは、仕事しすぎては寝落ちしていたな)
少しの間、じっと寝顔を見つめてから、サルヴァトーレはゆっくりと腰を上げて立ち上がった。
(いい夢を)
サルヴァトーレは自身が持ってきた白い四角い鞄を開き、彼女が眠るベッドの足下へ置いてから部屋を出た。居間を通り抜け、タヌが寝ている寝室へ移動する。
タヌもぐっすりと眠っている。サルヴァトーレは窓の外からの星明かりだけを頼りに、迷うことなくタヌの肩掛け鞄を見つけると、中を見た。すぐに1冊の本らしきものを見つけると、それだけ抜き取る。
(悪いが、読ませてもらう)
居間へ戻ると、サルヴァトーレは手元用の明かりを用意してから長ソファに腰を下ろし、日記を読み始めた。
(……)
速読か何かのようにパラパラとめくってサルヴァトーレは目を通す。だが、読み進むにつれ、眉間に皺が寄り始めた。
『信じられない!
何と言うことだ!
私たちが住んでいるこの世界は、はるか昔の方が優れている。嗚呼、彼の言葉は本当だったんだ!
錬金協会の会長は何を考えているのだ。
どうしてこれらの技術をすべて解放しないのだ。』
(愚民共へ考えなしに解放したら、事故しか起こさないだろうが。それにしてもハーランめ。余計なことを相当色々教えたらしいな)
読んでいる間、ところどころ破れているページを見つけては、サルヴァトーレは何が書いてあったのか想像する。
(恐らく、破ったページは書き損じじゃない。ほとんどがまとめて破っている)
事実、固有名詞こそ出していないものの、妻ソフィアやタヌ、そしてDYRAへの罵詈雑言は枚挙にいとまがない。だとすれば、破ったページに書かれていたのは感情的な中傷誹謗の類ではないだろう。サルヴァトーレは合理的な推測を立てる。
(恐らく、この日記が奪われることを想定してどこかに隠したか、意図的に捨てたか)
だが、捨てた箇所の内容を断定するまでには情報が足りない。
(できれば奴をもう一度、今度こそとっ捕まえたいところだがな)
もっと参考になる情報がないか、サルヴァトーレは読み進めながら探す。
『村の東側から回り込んだところに、こんなものがあったのか!
昔の人間は地震すらも起こせたなんて!
嗚呼、遺産を独占できれば世界を支配できる!
まずはここを私のものにすることだ!
私が彼を利用する。断じて彼が私を利用するのではない。』
(まるでアジテーションかシュプレヒコール……そうか。そういうこと、か)
サルヴァトーレはこの後、風呂を済ませてから、ひたすら日記に目を通した。
ふと、顔を上げると、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。
徹夜で日記に目を通したことに気づいたサルヴァトーレは立ち上がると遮光カーテンのみを開き、レースのカーテンをそのままにした。
そのときだった。
「おはようございます。あの、ボク、昨日寝ちゃってごめんなさい」
寝室からタヌが姿を現し、サルヴァトーレへ頭を下げた。
「おはようタヌ君。疲れていたんだから仕方がないよ? それより、良く眠れた?」
「はい。おかげさまで」
「良かった。お風呂へ入って着替えてくると良いよ」
「ありがとうございます」
タヌが寝室へ着替えを取りに戻った頃、反対側の寝室から近い浴室で水音が聞こえた。
風呂で汗を流し、着替えを済ませたタヌは、肩掛け鞄を寝室から回収し、居間へと戻った。
「あっ」
居間へ入ると、DYRAがブラウスの上にレースの刺繍が美しいストールを羽織ってソファへ腰を下ろしていた。
「おはよう。タヌ。眠れたか?」
「あ、うん。ありがとう。DYRAも眠れた?」
「ああ」
そこへ、マグカップふたつを手にサルヴァトーレがキッチンから現れ、居間のテーブルへ置いた。ココアだった。
「タヌ君」
長ソファに腰を下ろしたタヌはテーブルを見て、あれ、と言いたげな顔をした。テーブルに、デシリオで持ち出した日記が置いてあるではないか。
「サルヴァトーレさん」
タヌはサルヴァトーレと日記とに視線を行ったり来たりさせる。
「日記、もしかして……」
「ごめんね。時間がもったいないから、鞄は開きっぱなしだったし、見せてもらったんだ」
サルヴァトーレの謝罪に、タヌは首を横に振った。
「ボク、父さんのこととか聞きたいことがいっぱいあって、読んでもらおうと思っていたので」
「いっぱいある、か」
サルヴァトーレがキッチンの入口前でクスッと笑った。
「私もわからないことだらけだ。この先どうするかを考えるにあたってもな」
RAAZ相手なら知っていることを全部教えろと迫れるが、サルヴァトーレなる表向きの姿をされてはそうもいかない。半ば正体がわかっているのと、そのこと自体を積極的に開示して良いかは別だからだ。DYRAは感情を抑制しながら、告げた。
「うーん。わかることだったら、教えられるけど?」
「お願いします」
タヌは頭をぺこりと下げてから、ココアに砂糖を入れて一口飲んだ。
サルヴァトーレが部屋の外へ出られる扉が施錠されているのを二度ばかり確認すると、キッチンへ消えた。DYRAとタヌは、自分の分のコーヒーを淹れにいったのだろうなどと思いながらその背中を見送った。
DYRAがテーブルのマグカップに手を伸ばそうとしたときだった。
「では、始めようか?」
突然、威圧感のある声が居間に響いた。
(えっ!)
声を発したのは、居間とキッチンを分ける扉枠を背もたれにして立っている男だった。ハーフアップにした髪は解かれている。
タヌは、その声と共に部屋の空気ががらりと変わったことに気づいた。
(赤い髪の、RAAZさん……!)
普段の感覚でサルヴァトーレと話すように声を掛けたら何を言われるかわからない。いや、自分の父親がやらかしていることを考えれば、罵倒のひとつやふたつ飛んできそうだ。タヌは気持ちを引き締めようと、だが目立たぬように深呼吸をする。
「話すにはその方が都合が良い、か」
DYRAが呆れ気味の声で告げた。
「ああ。大真面目な話だから、な」
サルヴァトーレの言葉に、DYRAはそれ以上は何も言わなかった。無駄口を叩いている時間などないからだ。
部屋が水を打ったような静けさに包まれたところで、サルヴァトーレが鋭い視線でDYRAとタヌをまっすぐ見つめる。
「親父のことだったな?」
「あ、はい……」
「まず、お前の親父が本当にやっていたのは、DYRAを殺す研究とか、そんな目先の話じゃない」
タヌは自分の父親がDYRAを殺そうとすることありきで何かしているのではないと聞き、安心した。
「正確に、かつ、端的に言えば、お前の親父がやっていたのは『文明の遺産』の全解析だ。目的はすべての遺産を使える状態にすること」
「えっ!」
「ひとつずつ、振り返るのも兼ねて順番に話す」
タヌは黙って頷いた。DYRAもサルヴァトーレをじっと見る。
「私とDYRAも100年ほど前、ちょっと色々あってな。その後、私が目を覚ましたのが70年ばかり過ぎたあたりだった」
「前に、話してくれた……」
「お前の親父はちょうど同じ頃、錬金協会の人間と『文明の遺産』探しに奔走していた」
ここで、サルヴァトーレが呆れ顔をし、一瞬、小さく両肩を上げた。
「で、お前の親父は、よりによってそのときからずっと、ハーランと繋がっていた」
「やっぱり……」
「お父さんは、俺と一緒にいて、この世界の役に立つものを色々学んでいった。一緒に、20年以上! お嬢さんや、彼女につきまとうRAAZより、よっぽど俺はお父さんのことを知っている!」
タヌは、デシリオでハーランが言い放った言葉を思い出し、気が重くなった。
「この日記に書いてあったのは、ハーランと行動していたときの記録と見て良いだろう」
何となくそんな気はした。だが、こうまでハッキリ言い切られると、タヌはやりきれないとも申し訳ないとも表現し難い複雑な気分に陥る。
「森でお前の親父と会ったときの話だ。お前の親父はハーランと共にあるものを盗み出した。それがよりによって、私の妻の部屋にあったものだ」
「ごめんなさい」
「ん? どうした。ガキ?」
「それ、あの、日記に『安物の耳飾り』ってあったやつですよね?」
「そうだ」
「てっきり、父さんが母さんに用意したものだと……。あの、まさかその、奥さんのものだなんて知らなくて、おまけに父さんが盗んだって」
そう言うと、タヌは足下に置いた鞄を膝の上にのせ、中をガサゴソと探す。マッチ箱ほどの小さな入れ物を取り出した。
「父さんの部屋の、引き出しの奧に引っ掛かるように入っていて」
タヌは箱を開き、中を見えるようにしてからサルヴァトーレへ見せた。
「あっ!」
サルヴァトーレが低い、小さな声を上げた。
「キリアンさんが、多分これのことで妙なことを言っていた」
「聞かせろ」
タヌはキリアンから聞いた言葉をそのまま告げた。
『もともと、指輪を入れた箱に入っていて、箱と中身が両方必要だが、中身がないと箱も回収できない』
「あの、多分これが、日記に書いてあったことに繋がってくるんですよね?」
『「鍵を半分しか持ってこなかった。箱がない」と怒ってきた。だいたいこんなものが鍵のわけない。こんな安物の耳飾り。奴は愚か者か、あの世界の奴らが頭がおかしいのか。』
サルヴァトーレは何となく思い出す。
「日記ではいつの話だ? 日付を見ろ」
タヌは、サルヴァトーレに言われると、日記をパラパラめくって、問題の文章が書いてある箇所を探した。
改訂の上、再掲
194:【?????】陰謀から逃げろ! 2021/06/07 20:00
194:【NOTE】悪口と愚痴だらけの日記帳 2023/02/07 23:22
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緊急事態宣言ファイナル延長とのことですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
5月16日の文フリ東京、6月6日(日)のコミティア136、ご来場下さいました皆様、本当にありがとうございます。引き続き、BOOTHでは通販をやっておりますので、まだお求めでない皆様、是非ご検討下さいませ。
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次回の更新ですが──。
6月14日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆