191:【TRANSIT】RAAZは決して目を離さない?
前回までの「DYRA」----------
DYRAとタヌはフランチェスコへたどり着いた。長距離移動で疲れたタヌは取り敢えず休む。
朝起きて、「あの後の街」を見て回ろうと外へ出ると、西の都アニェッリの出先機関で事件が起こっているのを目撃する。
「やはりな」
「DYRAは、何がわかったの?」
「タヌ。お前はさっき『おかしい』と言った。何がおかしいと思った?」
DYRAの問いに、タヌは、もしかして何もわかっていないか、確信できないのか、どちらなのだろうかなどと思いながら答える。
「最初、男の人がふたりいた。でも、出てきたときはひとりしかいなかった」
「ああ。それだけじゃない。見ろ」
DYRAは足跡を指差す。建物へ向かう方向と出てきた方向とで、同じ足跡がひとつしかない。
「行きの3人のは、ひとりが踵の高い靴。あとのふたりは男ものだ。だが、帰りは男ものがふたつと、子ども用のそれだ。男女と子どもだったはずなのに」
DYRAからの指摘に、タヌは目を皿にして、足跡をまじまじと見直す。
「ところでタヌ。あの子どもは、お前の知り合いだったのか?」
タヌは顔を上げてハッとした。
「あっ……」
出入り時の人物が違う件に気を取られ、タヌは肝心なことを失念した。DYRAはタヌの表情を察した。
「気にするな」
「ゴメン……」
タヌの言葉は、近づいてくる軽快な蹄の音で遮られた。
行政事務所の方へ馬に乗った男が近づいてくるのを見たDYRAは誰かに見つかる前に隠れなければと思ったが、遅かった。
「あっれー!」
青鹿毛の馬がふたりの前で止まると、馬上から男の声が響いた。タヌは、聞き覚えある声にハッとした。
「あれまぁ! やっぱり! タヌさんじゃありませんかっ!」
声を掛けてきたのは、金髪をオールバックにして、黒いエプロンをした、給仕姿の中年男だった。
「ああ! マロッタの!」
見覚えある人物の登場に、タヌはパッと明るい顔になった。DYRAは状況が呑めないとばかりに戸惑いにも似た表情を浮かべる。
「いえいえっ! でも、こんなところでお会いするなんてまぁ!」
男が馬から下りてふたりの前に立つと、軽く会釈した。
「タヌ。どういうことだ?」
DYRAの質問に、タヌはすぐに答える。
「DYRAが倒れていたとき、ボク、マイヨさんとマロッタへ行っていたんだ。そのときにお世話になった食堂の店長さん。サルヴァトーレさんの知り合いだって」
サルヴァトーレの知り合い。DYRAはこの一言でピンと来る。
(RAAZの差し金、か?)
こちらから勘ぐるようなことを告げる必要はない。むしろ、RAAZの息が掛かった人間がこのタイミングで現れたなら、良い意味で利用するだけだとDYRAは割り切った。
「そう、か。その節はタヌが世話になった」
「あーあ。いえいえ。良いんですよ。良かったらお姉さんも、是非、タヌ君とサルヴァトーレさんと一緒に、お店来て下さい」
そう言ったところで、金髪の中年男の表情が真剣なそれに変わった。
「ところで、こんなところで何を? っていうか、今日はこの事務所、休みですよ?」
「休み?」
「ええ。ここの行政事務所はフランチェスコの役所じゃないんですよ」
知らなかった情報と、建物についての説明を聞き、DYRAとタヌは顔を見合わせた。
「そうなのか?」
「ええ。ここは基本、都の管轄にある行政事務所で、例えば、都からフランチェスコに来た人が困ったことがあったときとか、都から何か遣いが来たときとか、そういうとき以外は開いていないんですよ」
「待て」
DYRAは中年男を軽く睨みつける。
「少し前に、ここに扉に大きな紋章が描かれている4頭立ての馬車が来た」
「ええ?」
男は小さな荷袋から紙をくくって作った手帳を取り出し、パラパラめくった。
「えーと、今日は開いていないはずです。ここの事務所って、都から担当が巡回で来るんです。確か昨日マロッタのウチの店でお会いして、そのとき『ペッレへ明日、フランチェスコは明後日』って聞きましたけどね」
その話でいけば、本来この事務所が開くのは明日だ。DYRAとタヌは一体どういうことなのかと考えつつ、次の行動を決めた。
「中で何があったのか、様子を見てくるか」
「間違いがあっちゃいけませんから、ご一緒しますよ」
中年男の協力も得て、ふたりは早速行動に移す。
「え?」
「開いてる?」
噴水広場を抜け、正面扉の前に来たところで、タヌと中年男は互いの顔を見た。扉が開けっぱなしだったのだ。
「様子を見てくる。ここにいろ」
言い終わるや、DYRAは走って中へと入った。
「いやいや、ひとりでって、ちょっと!」
「DYRA待って!」
タヌと中年男も後を追う。
扉の向こうは真っ白い床の、広いエントランスホールだった。右隅に事務机と椅子が置かれ、「受付」の札がある。だが、3人の目を引いたものはそこではなかった。
「な……何!?」
「うわ……」
「……」
奥の床の一角に、血の跡があった。明らかに最近できたものだ。
「タヌさんたち、もしかして、大変なものを見ちゃったかも知れないで……」
「見ろ」
DYRAは中年男の言葉を遮り、床の血の跡を指差した。
「引きずられた跡がある」
この建物のどこかへ引きずられたとみて間違いないだろう。DYRAがたどろうとするが、中年男が「ちょっと」と声を出した。
「あ、あの。タヌ君やお友だちの方に何かあったら、自分がサルヴァトーレさんに叱られちゃいます。ですので、自分が見てきます。万が一があったら困りますんで、おふたりは玄関のすぐ外で待っていて下さい」
「いや。気遣い無用だ。気持ちだけで良い。タヌ。お前はここで待ってろ。誰かが来たら知らせてくれ」
DYRAは中年男へ謝意を示しつつ、きっぱり告げた。中年男が言っても止められないのだなと諦め気味の息を漏らすと、一転、厳しい表情を浮かべる。
「え、じゃあ。あの……ここで誰かが倒れたのはわかるんですけどね」
DYRAは改めて床の血の跡を見る。引きずられた跡があるが、2、3歩歩いた程度の場所から先にはもうなかった。
「簡単だ」
DYRAは中年男へ鋭い視線を向けつつ、言葉を続ける。
「恐らく流れた血はたいした量ではなく、すぐに上半身を持ち上げて運んだんだろう」
「ああー。確かに、そうでしょうね」
DYRAは次に突き当たりの方を見た。
「あの壁、何かあるんじゃないのか? 引きずった痕から方向を察するに」
中年男がDYRAの言葉を聞くなりすぐさま壁の方を指差してから走った。
「お姉さん。どうして壁の方って? 玄関から出したかも?」
「それだったら、何事もなかったように扉を閉めるだろう?」
DYRAの指摘に、中年男が言われてみればその通りだと納得する。
「そうしたら、お姉さん、壁の向こうで外へ出られると仮定して……建物の裏へ回ってもらえますかね。タヌさんと一緒に」
「わかった」
DYRAはその場から離れると、廊下を走ってタヌがいる場所まで戻る。
「DYRA! 大丈夫?」
「ああ。私もあの男も平気だ。だが、どうもこの建物には秘密の抜け道があるらしい」
そのとき、ゴゴゴゴ、と、大理石の廊下を擦るような音がふたりの耳に届いた。
「何だ?」
「あの男が言っていた。この建物の裏へ回るぞ」
「う、うん」
ふたりで建物の外へ出ると、建物の壁沿いに歩いて、裏手へと回り込む。建物は上から見て「H」状の形となっており、真裏へ回るまでに若干の時間が掛かった。玄関やくだんの廊下は「H」の横線の部分を縦に行くような感じの配置だったのだ。
「ここらへん、か」
裏庭のようになっている場所を見つけたときだった。
「あっ」
タヌが声を上げて指を差した。その先には、芝生の地面と、僅かにずれている建物の壁、そして中年男の姿があった。さらに、壁の傍の芝生には明らかに引きずられたような痕跡があるではないか。
「タヌ! 見ろ!」
続いてDYRAも何かに気づいたのか、芝生の引きずられた痕跡のさらに先を指差した。そこは植え込みの陰で、煉瓦を積み上げて作った何かが見える。
タヌは走って近寄り、確かめる。
「ああっ! DYRA、これっ!」
麻紐で縛られた手桶が転がっている。タヌは、麻紐に沿って、視線を移動する。その先には古い井戸があった。DYRAと中年男もすぐに駆け寄る。
「水を使った形跡がなくて、錆びた梯子には直近に付着した土の跡……」
中年男の呟きで、DYRAはすぐに意味するところを理解した。
「部屋で倒れた奴は、倒した奴に連れていかれ、この井戸を下りた?」
「DYRA、これって」
タヌは続きの言葉を呑み込み、DYRAを見た。ここにいるのが彼女だけなら、「まさか、この井戸の下にある道を通って誰かが」と質問できたが、今はそれを口にできない。
「あー」
中年男が困った顔をしながらDYRAとタヌを見る。
「下りて調べたいのは山々ですけど、万が一があっちゃいけませんから」
「そうだな。足でも滑らせて落ちたら面倒だ」
DYRAは本心では少しもそんなことを思っていない。
「お、仰る通りで」
「ところでお前」
話題を変えようとばかりにDYRAが改めて中年男を呼んだ。
「サルヴァトーレと連絡を取ることはできないか?」
「え、ええ。物理的に手紙とかで連絡とはいきませんが、どういうわけか、マロッタにいるときはだいたい、上手い具合にお店に来てくれるって感じですね。あの方」
「上手い具合に、か」
DYRAは次の方針を決めた。当初の予定通りマロッタへ行く。それだけのことだ。せっかく示し合わせたようにサルヴァトーレの知り合いで、かつタヌとも面識ある人物が現れたのだから。一緒に行けば確実に再合流できる。そして、この出来事を報告するのみだ。
やりとりを聞いていたタヌは、井戸の片隅で何かを見つけたのか、身を屈めた。足の小指程度の長さの、見たこともない、濁った半透明の円柱形のものだった。丸い部分には継ぎ目らしき跡もついている。
「タヌ」
「あ、うん」
DYRAに呼ばれると、タヌはそれを拾ってからすぐに立ち上がった。
「ああ、ではお姉さん。マロッタへご一緒にってことで?」
中年男が確認するように問うと、DYRAは小さく頷いた。
「かしこまりました! 馬車でもアレですし、馬貸し屋で馬を借りてすぐ移動しましょ。こんな面倒事が起こったところなんて、長居は無用です」
3人は人目を避けて建物の敷地から早々に立ち去ると、近くの馬貸し屋へと移動した。
馬貸し屋で馬を借り、さらにネト村とトルド村で馬を交換する手続も済ませる。かなりの金額を要求されたが、中年男が青鹿毛の馬を返した上で、合計6頭分と諸経費としてアウレウス金貨で50枚、即金で払った。馬貸し屋の店主が一瞬だけ目を丸くしたが、含むところを理解したのか、すぐに快諾した。店で一番しっかりした馬を用意した上、乗り継ぎ場所へ伝える伝書鳩もすぐに飛ばした。
白馬と黒鹿毛の馬が用意されると、DYRAは白馬にひとりで、タヌは中年男と共に黒鹿毛の馬に乗った。
「すまないな」
「いえ、お気になさらず。それより、今からだと2回馬を替えて相当急いでも、マロッタに着くのは夜です。急ぎましょう」
「うわ! そんなに掛かるんですか?」
「ええ。でも、あんなの見ちゃったところで『サルヴァトーレさんに会いたい』、ですからねぇ。タヌさん? 休憩は馬を交換するときだけになりますよ?」
3人は早速、出発した。このとき、馬貸し屋でちらりと見た時計の針は1時30分を指していた。
改訂の上、再掲
191:【?????】血戦の前に 2021/05/10 20:00
191:【TRANSIT】RAAZは決して目を離さない? 2023/02/07 23:10
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緊急事態宣言延長と言っても、東京はもう、施政者への不審感がMAXIMUMになりつつあるからか、少しずつ確実に「2020年3月以前の生活」モードへ戻りつつある今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
5月16日(日)、東京流通センター第一展示場で行われる予定の「第三十二回文フリ東京」へサークル参加することとなりました。
サークルスペースは「カ 10」。サークル名は「11PK」です。
新刊となります、「DYRA 8」はWeb版から大幅に加筆、再構成されたリッチな内容です。ピルロ再訪~マイヨとアントネッラの話ですね。さらに、「DYRA 2」が大幅改訂されて登場です。Web版と違い、表現などあちこちに手を入れました。結果として、164P⇒192Pへ大幅増となっております。
この機会に、単行本版の「DYRA」是非、お手にとっていただければ幸いです。
何と言っても! 神絵師と称するに相応しい、みけちくわさんの超絶美麗な表紙イラストがたまらなく魅力的です! どうぞよろしくお願いいたします!
次回の更新ですが──。
5月24日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆