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190:【TRANSIT】フランチェスコで事件は起こる

前回までの「DYRA」----------

DYRAとタヌがデシリオから出発した頃、RAAZはマイヨからまさかの方法で呼び出され、ネスタ山の中腹へ。フル装備で登場したマイヨは何と、「ハーランのヤサ」を見にいくと言い出した。

 辻馬車が飛ばしに飛ばしてくれたこともあり、DYRAとタヌは、夜の帳が下りた頃にフランチェスコ東門に着いた。

 街へ入ったふたりは、こぢんまりとした小さな宿を見つけると、そこに泊まった。

 風呂と軽い食事とを済ませると、部屋でようやく寛いだ。

「タヌ。明日の朝、出発しよう」

「そうだね。今日は馬車がすごい揺れたからだと思うけど、疲れちゃった」

「眠いか?」

「ううん。お風呂とご飯のおかげで、少しだけ楽になったよ」

「それは良かった」

 DYRAはタヌがしっかり返事したことに安堵すると、テーブルに置いてあった紅茶セットを利用し、ふたり分を淹れた。

「タヌ。今のうちに日記を読んでみたらどうだ」

「そうだね」

 タヌはDYRAに言われるまま、持ち出した日記を鞄から取り出すと、適当なページを開いて目を通す。

「うーん。何か、字が汚いんだけど、『こんなすごい世界がひどい世界だったなんて。あの女はそこまで残虐だったのか』みたいなことが書いてある」

 タヌが問題のページを、紅茶を淹れたカップをテーブルに置いたDYRAへ見せる。タヌから受け取ったDYRAは、示されたページを見てから前のページを何ページかめくった。

「あっ」

 DYRAは声を出すと、テーブルに日記を開いたままで置いた。

「どうしたの?」

「タヌ。良く見ろ。この日記……」

 DYRAは最初から数えて数ページほどで、何枚か破られた跡を見つけ、そこを指差した。根元から丁寧に切ってあった。普通なら、ビリビリと無造作に破りそうなものだが、これは違う。意識しなければ見落としてしまいそうなほど細かい跡だった。

「すごい丁寧に破ってあるから、DYRAに言われなかったらボク、気づかなかったよ」

 タヌは着席すると、まじまじと指差された箇所を見ながら、次のページをめくる。

「何これ……」

 汚い字を指でなぞりながら読み進めていたタヌは、表情を硬くした。

「どうした?」

 DYRAも覗き込んで目を通す。



 一体何なんだ! 「鍵を半分しか持ってこなかった。箱がない」と怒ってきた。何を言っているんだ? だいたいこんなものが鍵のわけないだろうに。たかだかこんな安物の耳飾りで何なんだ。愚か者か、あの世界の奴らが頭がおかしいのか?



「耳飾りが鍵?」

「うん。そう書いてある。もしかして……」

 タヌは席を立つと、ベッドの片隅に置いた鞄の中に手を入れてごそごそと探す。すぐに何かを取り出すと、鞄を持って、席へ戻った。

「これのことかな」

 タヌは鞄から何かを取り出すと、それをDYRAへ見せた。

「何だ、これは」

 それは、針のような形の耳飾りだった。

「どこから持ってきたとか、何か書いてある箇所を探してみるんだ」

「う、うん」

 タヌは早速、ページをパラパラとめくった。

 日記はところどころ、痕跡を極力残さぬよう丁寧に、だがまとまったページ数が切り取られていた。それでも手掛かりはあるはずだ。そう思いながら、タヌは日記に目を通した。

「『あの女は人間じゃない』」

 タヌが読み上げたとき、DYRAは一瞬、自分のことが日記に書かれているのかと顔を引きつらせる。

「『あの女は、最初からこれが目的だったんだ。殺せるものなら、今からでも殺してしまいたい。あの女は、奴の回し者だったんだ』」

 回し者。DYRAは、この言葉で日記に書かれた対象が自分についてではないと気づいた。

「何、これ……」

 タヌは視線を上げてDYRAの方を見る。

 DYRAはタヌの表情が強ばっているのを見逃さなかった。タヌの視線が日記に戻らないところから、よほど内容的に読みにくい、または読みたくないものがあったのではないか。それでもDYRAは、敢えてそれを直接口にしない。

「読みづらいのか?」

「っていうか」

「ん?」

「言いにくいんだけど、母さんのこと、何か無茶苦茶に書いてあって」

 片方の親がもう片方を悪し様に評しているなど、子どもからすれば知りたくもないことだ。DYRAは合点がいった。恐らく、タヌの父親ピッポが妻に対して表に出せぬ感情を紙の上に爆発させていたのだろう。

「他のところを見てみたらどうだ?」

「うん。そうする」

 タヌは、DYRAに視線を向けたまま、1ページだけめくった。その後、視線を戻してからまた、日記を斜め読みした。

 日記の字はお世辞にも綺麗とは言い難かった。むしろ、かなり読みづらい。それでも、DYRAはタヌがページをめくるペースに合わせ、ざっと文字を追った。



『信じられない!

何と言うことだ!

私たちが住んでいるこの世界は、はるか昔の方が優れている。嗚呼、彼の言葉は本当だったんだ!

錬金協会の会長は何を考えているのだ。

どうしてこれらの技術をすべて解放しないのだ。』



(『彼』?)

 記憶にある限り、RAAZもハーランも、タヌの父親と面識がある様子だった。ここでの『彼』は一体誰に、何をしたのか。それにまつわる話が恐らく次への手掛かりになるはずだ。DYRAとタヌはそれぞれ、そんなことを思いながら読み進める。



『こんなすごい世界がひどい世界だったなんて。あの女はそこまで残虐だったのか。

どうして俺はあんな女といるのか。信じられない。

もっと早く知りたかった。世界の正体も、彼のことも。

一刻も早く、離れなければ。だが、どうして、何のために。

あの女はきっと、自分の腹から落とした子も喰うに違いない。

恐ろしい。

だが、今、あからさまに動けば、彼に発覚する。

今更あの男に相談することもできはしない。

俺も死神とヤッて同じ力を手にしたい。そうすればきっと』



 次のページには切った跡があった。文章もここで切れている。

(私のことも漏れなく書いてあって、罵倒の対象、か)

 自分の悪口は面白くない。それでもDYRAは意識して無視し、次を読もうと先のページを見る。



ラ・モルテ(死神)の正体がトロイア(売女)だったとは。

彼が教えてくれた情報の中でもっとも有益だった。

取るに足りない女がどうしてラ・モルテ(死神)なんだ。

あの男はいったい彼女にいくら積んだんだ。』



 読めば読むほど胸クソ悪い。どうしてこんなことを書けるのか。これだけを読めば、ピッポという人間は本当にあのとき会った通りで、人間性に問題があるとしか思えない。それでも、DYRAはピッポがこんな風になった手掛かりが、どこかに書いてあるのではと思う。

 DYRAはページをめくってほしいとタヌを見る。

「タヌ?」

 タヌはテーブルに突っ伏して眠っていた。

 DYRAはタヌを横抱きすると、ベッドへ運び、毛布を被せた。




 朝。

 DYRAとタヌは宿屋を出ると、乗合馬車を使って、フランチェスコの中心街へ移動した。ふたりは他の客が皆降りた後、最後に下車する。

 タヌはあたりをぐるりと見回した。そして、DYRAがいなくなったとき、彼女を捜して街を走ったときのことを思い出した。夜立ち寄った、錬金協会の建物も見える。広い敷地に、大きな建物と平屋の図書館、どれも見覚えがある。

 DYRAは乗合馬車の停留所を示す案内棒の上にある、2枚の横長の方向表示板に目を留めた。2枚のうち、道に沿った方には「錬金協会」、少しずらした方には「行政事務所」と記されている。

(行政事務所?)

 フランチェスコのど真ん中に、ピルロのような市庁舎みたいなものがあるのだろうか。DYRAは想像した。

「DYRA。たしかこの近くで……」

 タヌが声を掛けたときだった。

「あれ、リマ様じゃ?」

「扉の紋章! あれ、アニェッリから来た馬車だろう」

 街行く人々が足を止め、皆同じ方を見ながら声を上げる。奇しくも、「行政事務所」と書かれた表示板が示す先だった。

 平屋の建物がある敷地前、門の側に4頭立ての豪華な馬車が停まった。御者が客室の扉を開くと、ふたりの屈強そうな男性と、続いて、白い洒落たワンピース姿の女性が姿を現した。DYRAとタヌも野次馬のように集まりつつある人々に紛れて様子を見る。

 女性は背が高いのにヒール靴を履き、最初に下りてきた男性と同じくらいの背丈だ。さらに、髪をところどころ金髪に染めた、長い黒髪。まるで金色と黒でストライプのようだ。肌は日焼けしているような小麦色。目鼻立ちはハッキリしており、ガーネットを思わせる暗く赤い瞳は、見る者に威圧感すら与える強い何かを持っている。

「こちらへどうぞ」

 一緒に下りてきた男が女を敷地内の平屋の建物へと案内した。もうひとりが彼女の背中を守るため、後から続く。敷地を囲む塀は低いものの、すぐ内側に植えられた木はかなり高く、こちらが事実上の天然の塀だ。塀の一角には立派な門がある。門脇には、《フランチェスコ 行政事務所》と彫られた金看板。

「ここで、待っていて」

「いえ、ですが、大公様!」

 ふたりの男に告げると、女がひとりで敷地の中へと入る。ふたり組も、追うように続いた。野次馬よろしく集まった人々はここまでを見届けたところで、三々五々散った。DYRAとタヌはもう少し見たいと思うと、不審者と思われない程度の距離を取り、他愛もない会話をするフリをしてちらりちらりと見続ける。

 女たちが敷地に入ってアプローチをまっすぐ歩いた先に、ちょうど建物の前にあたる愚民共に小さな噴水があった。

「おい、見ろ?」

 DYRAがタヌに小声で告げたとき、建物から出てきた小柄な人物が噴水の外周伝いに女たちへと近づくと、ぺこりと頭を下げたのを見た。

「あれ……?」

 タヌが怪訝な表情でじっと見つめた。

「どうした?」

「うーん……。いや、そんなことないと思うけど、ちょっと、前に会った人に似ていたような気がしたから」

 タヌが記憶をたどっている間、少年に案内された女たちは建物へと入っていく。

「タヌ? お前、知っているのか?」

「遠いから良くわからないけど、似ている気がして」

「ちょうど人通りの流れも止まっている。見てみるか?」

「え? う、うん」

 DYRAは周囲を見回し、誰も自分たちを見ている様子がないのを確かめてから、足早に門を潜り、中へ入った。

「タヌ、目立ってはまずい」

「あ、ごめん」

 ふたりは塀沿いの木々に目を留めると、そこに身を潜め、忍び足で建物へと近づいた。

 近づいていくうち、ふたりは建物からゴトゴトという物音を聞いた。悲鳴の類は聞こえない。その後はないも聞こえなかった。

「あの音、話し合いって雰囲気の音じゃないよね?」

 タヌは小声でDYRAへ問うた。DYRAは黙って頷いた。ふたりは意識して今まで以上にゆっくり移動しつつ、ようやく車停め沿いまでたどり着く。同時に扉が開く音が耳に飛び込んだ。DYRAはとっさに木陰に身を隠す。さらに背後からタヌの口を塞いだ上で、しゃがませる。

 建物から、ふたり組のうちひとりの男と、先ほどタヌが見かけたとおぼしき小柄な人物、そして先ほどの背の高い女性が出てくる。

「さ、行きましょう。次は錬金協会のディミトリって子のところよ」

 背の高い女性が素っ気なくそう告げると、3人は足早に門の外へ出た。御者が客室に乗り込む女性の足下を不思議そうな顔で見てから、御者台へ乗り込むと、扉が閉まる音と共に馬車を走らせた。

 DYRAとタヌは隠れるのを止め、建物の扉まで走った。

「見たか、タヌ?」

「見た。おかしいよ。だって、男の人、もうひとりいなかった?」

 ふたりは彼らが歩いた場所に目をやった。

「それだけじゃない」

 DYRAはそう言って、視線だけアプローチに残った足跡を追いつつ、端を歩いて門へ向かった。タヌは真似をして同じように端を歩いてついていく。

 去って行った馬車の姿を見つめてからもう一度、DYRAは足下を見る。


改訂の上、再掲

190:【?????】始まりは、歓喜の声で 2021/05/03 20:00

190:【TRANSIT】フランチェスコで事件は起こる 2023/02/07 23:05







 ゴールデンウィーク後半戦です。緊急事態宣言下、二度目のGWとも言います。エアコミケ3まっただなかですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!


 5月16日(日)、東京流通センター第一展示場で行われる予定の「第三十二回文フリ東京」へ(無事に開催されるのであれば)サークル参加することとなりましたので、ご報告いたします。

 サークルスペースは「カ 10」。サークル名は「11PKイレブンピーケー」です。

 新刊となります、「DYRA 8」はWeb版から大幅に加筆、再構成されたリッチな内容です。ピルロ再訪~マイヨとアントネッラの話ですね。さらに、「DYRA 2」が大幅改訂されて登場です。これまた、Web版と違い、表現などあちこちに手を入れました。164P⇒192Pへ大幅増となっております。この機会に、単行本版の「DYRA」是非、お手にとっていただければ幸いです。

 神絵師と称するに相応しい、みけちくわさんの超絶美麗な表紙イラストがたまらなく魅力的です! よろしくお願いいたします!


 次回の更新ですが──。


 5月10日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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