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019:【PELLE】ランチタイムのハプニング

前回までの「DYRA」----------

サルヴァトーレと名乗って現れた人物はDYRAを宿屋の一部屋へ連れ込むと、「タヌが錬金協会から狙われている」と伝えてきた。さらに、「ある取引」を持ちかける。DYRAは条件を守れば誰にも何もデメリットがないことに気づくと、いったん承諾した。

「まいった、な……」

 囲まれたことに対し、サルヴァトーレはやれやれと言いたげな顔をしてみせた。三人組は全員、被りで顔を隠している上、短剣を手にしている。

「下がっていろ」

 DYRAが一歩前に出ようとしたときだった。

「自分が何とかします。タヌ君、お姉様を」

「え」

 タヌは首を横に振った。DYRAのひとかたならぬ強さを知っているからこそ、むしろ彼女に任せた方がいいのではと思う。

「サルヴァトーレさん。DYRAに任せた方が」

「は?」

 サルヴァトーレが真っ向から否定する。

「どんな理由であれ、『女を守れない男』扱いされかねない振る舞いは自分の性に合わないんだよ。それにケンカは強いよ?」

 言い終えるより早く、三人組のうち一番隅にいる一人に距離を詰めて蹴りを入れ、体勢を崩してしまうとすぐさま後ろにまわりこんで短剣を奪い取る。サルヴァトーレは最初の男を楯にして隣の二人目へ、奪った短剣を投げつける。その狙いは正確で、二人目の胸の下あたりに突き刺さり、男は倒れて骸になった。背中を取っていた最初の一人目もそのまま首を締め落とす。あっという間に残りは一人だ。

 三人目は仲間の死に狼狽えると、そのまま逃げ出してしまった。

「うわぁ」

 サルヴァトーレの少しも無駄のない華麗な動きと圧倒的な強さとに、タヌは感動にも似た声を漏らした。

「……ったく」

 骸の一つを踏みつけてから、サルヴァトーレは二人の外套を手早く剥いだ。いずれも若い男で、鍵の形をした金のペンダントをしている。つまり、錬金協会に関わりのある人間だ。

「誰に用があったんだか」

 毒づくように呟いたときのサルヴァトーレの、忌々しいとでも言いたげな表情にタヌは気づかなかった。それよりかねてから恐れていたことが起こってしまうのではないか。タヌは心配そうにDYRAを見る。

「サルヴァトーレさん」

 DYRAがタヌを止めようとするが、彼の切り出しの方が一瞬、早かった。

「ん?」

「この街、危ないかも」

 藪から棒に何を言っているのか。そう言いたげにサルヴァトーレがタヌを見た。

「あの、ボクたち、実はその」

 タヌは言いかけたが、サルヴァトーレが言葉を被せてきたことで続かなかった。

「ふぅん。死体の前で話すのは何だし、場所を変えよう」

 やがて街を警備する番兵らしき兵士たちがやってくる。何かあったのかとばかりに宿屋のまわりに野次馬の輪ができていく。集まったうちの何人かが目撃していたのか、顛末を簡単に説明し始めた。だがその頃にはもう、現場に三人の姿はなかった。


 三人は街の北門近くにあるバールへと移動した。といっても中で優雅に食事、ではなく、店のすぐ外にあるテラス席を陣取る。敷地内には花が咲いている鉢植えがいくつも配置されており、店全体の雰囲気を明るくしていた。

 物々しい場所を離れ、一息つくと、タヌは美味しそうに肉と野菜がたっぷり入ったパニーニを頬張り、DYRAは野菜スープを口にした。サルヴァトーレはエスプレッソの香りを楽しんでいる。

「事情は、まぁ、わかった」

 タヌからペッレに着くまでの経緯を聞いたサルヴァトーレは、取り立てて驚くこともなく、笑顔で頷いた。

「つまり、火を放たれたレアリ村から逃げてきて、ピアツァは火薬で爆発。キミたちは自分のせいじゃないかと思っている、と?」

 DYRAは敢えて何も言わない。話すのはもっぱらタヌだ。

「アオオオカミに襲われて、もうダメかもって思ったとき、ボクはDYRAに助けてもらったんです。それが縁で」

「あれあれ? 『お姉様』じゃなかったんだ」

 助けてくれた、こんなに強い人に嘘をついてもしょうがない。タヌは頷くしかなかった。

「はは。じゃ、自分とキミは、恋敵になるかもね」

 冗談を言ってサルヴァトーレは場を和ませる。

「それはさておき、大丈夫だよ。この街は襲われたり爆発したり、なんてないよ」

 そう言ってから、サルヴァトーレはおもむろに銀貨数枚をタヌに手渡した。

「そうだ、タヌ君。キミが食べていた鴨肉パニーニ、美味しそうだね。自分にも買ってきてくれない? キミの分の飲み物とか、食べたいものとかあるなら買っていいよ」

「あ、ありがとうございます」

 自分を外させるための言葉だろうなと空気を読んだタヌは、頷いて店内へと買いに行く。

 二人だけになったときだった。

「なるほど。こちらも少し、見えてきた」

 この言葉で、DYRAは目の前にいるのがサルヴァトーレなる仮初めの姿ではない、あまりにもよく知る男だと気づく。

「どういうことだ? 何が見えたって」

「さっきキミが知っていることを教えてくれなかったから、私も秘密にする」

 上から目線で尊大な態度に、DYRAは不快感を隠さない。

「ああ、ついでに」

 男がDYRAの耳元に顔を近づける。

「もっと栄養を取れ。いくらキミの身体でも、再生が追い付かなくなる。肉が嫌なら大豆かチーズを口にしろ。最低でも、今の三倍、いや四倍でもいい」

「お前に言われたくはない」

 ぼそっと返したDYRAに、男はプッと笑い出す。

「私を倒したいんだろう? なら、身体をちゃんと作れ」

 囁いてから、男はDYRAの耳輪沿いにそっと舌を這わせた。

 突然すぎる出来事に、DYRAは身体を仰け反らせる。しかし、男が背中から腰にしっかりと手を回していたことで身体が動かなかった。

「ホントにキミは可愛いよ。そういう、無表情で感情なさそうにしている割には意外と子どもっぽいところとかね」

 知らない人間たちから見れば口説いているようにしか見えないのか、側を通って店に出入りする人たちは皆、一様に微笑ましいと言いたげな表情で二人をちらりと見ていた。

 ちょうどそのとき、タヌが店からコーヒーの入ったマグカップとパニーニを載せたトレイを手に出てきた姿が二人の視界に入った。

「サルヴァトーレさん。ありがとうございます」

「いいよ。こちらこそありがとう」

 そこでサルヴァトーレは、タヌが食べていたものと違い、パニーニが食べやすいように四つに切ってあることに気づいた。

「だって、サルヴァトーレさんがかぶりつくように見えなかったから」

「気がきくね、タヌ君は」

 サルヴァトーレはおもむろに一切れを手に取るとDYRAの口元にやる。

「お姉様も」

 実の姉ではないとバレた今となっては、タヌにはもはやサルヴァトーレがDYRAをからかっているようにしか聞こえない。

 DYRAは少しだけムッとしたが、先ほどの指摘に返す言葉がない。「ああ」と返事をしてから口元に突きつけられたパニーニを手に取り、食べ始めた。

「つまんないなぁ」

 サルヴァトーレは子どものように少しだけ頬を膨らましてから自分の分を取り、口にする。

 そんな様子を傍目で見る限り、タヌは二人が似ている気がした。それどころか、恋人だと言われたら美男美女ということも相まってさぞかしお似合いに違いない。そんな妄想をしながらコーヒーを飲み始めたときだった。

「──ぎゃあああ!」

「──あああああ‼」

 突然、少し離れたところから、悲鳴と怒号が響き渡った。それも、一人や二人の声ではない。北門のあたりから街の中心部へ向かって逃げ惑う人々と入れ替わるように、番兵が走って行く。彼らの手には槍や剣が握られている。

「な、何⁉」

 タヌは気づいていないが、DYRAは微かな匂いと気配で察した。

「アオオオカミ、か」

 その一言に、タヌは「え!」と声を出し、驚く。DYRAはパニーニを食べてしまうと、門の方へと目をやった。


改訂の上、再掲

019:【PELLE】ランチタイムのハプニング2024/07/23 22:34

019:【PELLE】ランチタイムのハプニング2023/01/04 21:31

019:【PELLE】蔑まれる死神(1)2018/09/09 13:24

CHAPTER 18-b 襲撃と猿芝居と2018/03/07 01:00

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