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189:【TRANSIT】もう後手を取られるわけには……

前回までの「DYRA」----------

デシリオの家を家捜しした結果、見つかった1冊の本らしきもの。それは何と、タヌの父親ピッポが書き残していた日記帳だった。次へ繋がる手掛かりが手に入ったなら、DYRAもタヌも、もうこの家に用はない。


 朝方にデシリオから戻ったマイヨは仮眠中に地震に遭遇した。幸い、下の部屋にある円筒形の容器で揺れをやり過ごしたため、特に被害はない。

「あーあー。次から次へと色々起こるもんだ」

 揺れが収まったのを見計らってからマイヨは身を起こした。容器から出ると、シャワールームで汗を流す。上下とも黒の、身体のラインがハッキリ出るタイトなアンダースーツへ着替えを済ませると、|ガラス板状の薄型情報端末タブレットを手に、昇降機で上の部屋へ移動した。

 まだら模様に汚れた床や壁、奥にあるテーブルが目を引かずにいられぬ部屋へ着くと、マイヨは部屋を見回し、机の方に目をやった。

(ドクター、本当にゴメンよ。奪われた生体端末(バイオ・ターミナル)のせいとは言え、超伝送量子ネットワークシステムの起動キーの一部を奪われるわ、ヤツに好き勝手やられるわ、お詫びの言葉もない)

 マイヨは一瞬、奥の机でドクター・ミレディアが仕事をしていたときのことを思い出す。

(……守れなかった。ああ、そうだ。あなたを守れなかった。あなたは俺を守って死んだのに。本当のことを知らないRAAZは怒りにまかせて世界を壊した。そして今も心のどこかで俺を疑っている)

 記憶が鮮明になるに連れ、マイヨは伏し目がちになった。

(あなたが望んだ未来へ尽力する。RAAZを救う。俺たちの文明の、『負の遺産』を必ず何とかする。ただ、RAAZの溜飲を下げないことには……)

 祈るような気持ちに一区切りをつけ、目を開く。同時にタブレットが振動した。マイヨは画面に目をやった。

(人工地震だと?)

 タブレットの画面に現れた通知バーを読むと、マイヨは苦い表情で画面に指を滑らせ、バーを削除する。

(この文明の人たちを誤魔化せても、俺たち相手なら誤魔化す気もないってことか)

 画面いっぱいに表示された大きな波形。画面の左隅からいきなり目一杯の振り幅だ。

 自分でもRAAZでもないなら、誰がやったかは消去法で見えてくる。

アレ(・・)欲しさにそこまで……)

 マイヨがタブレットから視線を上げた。

(いや、本当にか?)

 人工地震とわかるや、マイヨはハーランを疑うが、すぐにその考えを止めた。条件反射的な先入観は間違った判断に繋がりかねない。まず考えるべきは、誰がそんなことをできるのか、やるのか、やって得をするか、だ。

(DYRAとタヌ君がいるんだから、RAAZのわけがない。この時点でRAAZの選択肢が消える。ハーランは? ヤツはDYRAやアレを狙っている。けど、現状でタヌ君を怯えさせたり、ケガをさせてもいいことなしだ。となると……)

 消去法で残るのはひとりだ。

(証拠隠滅か。徹底的だな。……そりゃ、ハーランでさえ苛つくわけだ。ったく……いや!)

 マイヨの中で何かがピタリと繋がる音が聞こえた。

(昨日の夜話したことは、予想以上に当たっているのかも知れないな)

 嫌な予感が全身を駆け抜ける。

(愚民だの俗物の徒だの、そんなことを言っている場合じゃなくなるかもな)

 次にどう動くべきか。RAAZに連絡を取りたいが、どうしたら良いのか。手近なところで当時の軍が使っていたネットワークを使えればそれが最良なのは言うまでもない。だが、ハーランに発覚するリスクを考えると、安易にはできない。生体端末とのデータ同期に対し、量子通信ジャックまでやっている相手だ。やりとりした内容もさることながら、万が一にもRAAZの寝床がバレたら面倒なことになる。

 それでも、できる限り早くRAAZと連絡を取り、DYRAとタヌの安全確保や、そしてこれから起こるかも知れない、『文明の遺産』をめぐる災厄を防ぐ手立てを講じる必要がある。動かないわけにはいかない。

 タブレット端末を操作し、マイヨはRAAZを捜した。自分と同様、その身体自体に簡単に発見されないようにする特殊処理がほどこされている故、正攻法で捜すのでは時間が掛かる。ハーランを捜したときと同じように、アナログな探し方をするしかないからだ。しかし、それでは時間効率が悪い。

(くっそっ!)

 捜しているヒマはない。では、どうすれば良いのか。

(DYRAやタヌ君に伝言を頼むか)

 デシリオのあの家にまだいるだろうか。マイヨは僅かな期待を込めて衛星からの画像を映し出す。こちらの送受信に量子通信を使っていない。それ故、運の要素こそ絡むものの、数秒程度の短い時間での利用ならハーランたちに発覚するリスクが小さい。

 タブレットの画面に、家が半分近く倒壊している様子が映るが、人が動いている様子はまったく見えない。

(もう出ちゃった後だったのかな? どうするかなぁ)

 どこに行けばRAAZに会えるのか。

「……あ! そっか!」

 褒められた方法ではないが、ひとつあるではないか。

(書き置きしたら、すぐ動こう)

 マイヨは部屋を出ると、廊下を走り出した。

(ハーランもだけど、タヌ君のお父さんも面倒のタネとはな。けど、どこに消えたんだか)

 廊下の先へ行くと、非常階段の扉を開き、潜る。B50と書かれた扉を閉めると、マイヨは駆け下りた。向かった先は、以前、DYRAが下りていった先だった。

「確か、ここらへんな」

 どれほど階段を下りたか。ほぼ視界が真っ暗になりそうなところまで近寄ったときだった。マイヨは階段の踊り場で手のひらを近づけ、反応がありそうな場所を探す。踊り場の角や真ん中など、何か所かで繰り返したときだった。

 突然、床の一角が微かに赤く光った。

「あった!」

 マイヨは不規則に何度か床を叩く。叩くたびに赤い光が点灯した。

「よし。次だ」

 叩き終えると、外出の準備をするべく、再び階段を上って来た廊下へ戻った。


「……何だ!」

 RAAZは、真っ白な空間へ戻り、着替えを済ませたところで地震に遭遇した。すぐさま震源地の割り出しを済ませると、苦い表情をした。

(DYRAたちのところへ戻るべきか)

 そのとき、突然、部屋全体の照明が真っ赤に、不規則な点滅をした。まるで、ちかちか光る赤い箱の中にいるようだ。

「地震だけじゃ飽き足らず、か。今度は何だ」

 セキュリティシステムからの警告に、RAAZは手近にあったガラス板のようなタブレットを手にし、現状を確認した。

「なっ……!」

 10秒あるかないかの間に100回近い、小刻みな警告ランプ。

「ん?」

 RAAZは不規則な点滅に不審を抱くと、点滅状況を時系列の棒線状に表示し直した。点灯の不規則な点滅に、長短ふたつの間隔しかないことに気づく。

(符号か?)

 軍で基礎的な符号の読み方は学んだが、大抵数字や規則性のない文字列の暗号で、それをさらに解読する必要がある。だが今回は違った。平文だ。

(可変長符号方式って何考えているんだ! ISLAか)

 文明が文明なら、ドアを叩いてモールス信号を打つにも等しい。

(『死に損ないの木が示す方向へ来い』?)

 わかってしまえば何ということはない。RAAZは面食らったものの、実は連絡方法として案外悪くないかも知れないとも考える。ハーランにも、タヌの父親やその背後でうごめく何かにも見つかる心配がないからだ。もっとも、こちらから同じことはできない。一方通行な手段であることが玉に瑕だ。

「急ごう」

 RAAZは上着を羽織ると、赤い花びらを舞わせながらその場から姿を消した。




 ネスタ山の中腹に獣道を装った、山の反対側への抜け道がある。それは以前、DYRAがハーランからタヌを取り返すと息巻いた際に通った場所で、1本の大木に小さな鏡を埋め込んで目印としている。

 木を挟んで、赤い花びらと黒い花びらがほぼ同時に舞い上がると、それぞれの花びらの向こうから人影が現れた。RAAZと、マイヨだ。

「何の用だ」

 先に切り出したのはRAAZだった。

「ちょっと、ハーランのヤサ、見てこようかと思ってな」

「それで、またフル装備、と」

「そういうこと」

 昨晩と同様、ステルス素材でできたボディスーツに全身を包んだマイヨに、RAAZは合点がいった。

「それなら頼みたいことがある」

「何?」

「実は昨日のうちにロゼッタを送り込んだ。まだいるようなら撤収させてくれ。深入りしすぎたら面倒になる」

「良いよ。その位ならお安い御用。状況次第じゃ、切り上げて彼女を連れて帰る」

「助かる」

「あと、地震の件だ」

 マイヨが切り出すと、RAAZはわかっていると言いたげな、苦そうな顔をした。

「RAAZ。ハーランとピッポ。両睨みが必要だぞ。人工地震を起こす施設は気象兵器の研究所。この文明の地図と重ねれば、レアリ村からさらに東の方だし」

 RAAZは木々と空とに目をやってから答える。

「私もそこを考えた。ハーランとピッポが袂をわかった理由のひとつは、それじゃないか、とな」

 マイヨは小さく頷いた。

「政府の人間だったハーランは入れない。恐らくピッポはあの施設に入れるコードを手に入れながら報告しない、もしくは渡さなかった。それで、ハーラン激怒、じゃないのか? 単純に本の1冊や2冊、知識のひとつやふたつを持って行ったくらいで執念深く追うとも思えない。けど、大箱(・・)を手に入れていたとなれば」

「東側の研究所は誰も近づかないよう、こっちへ引っ越した(・・・・・)時点で地図も潰し、オオカミを集めて放ったんだがな」

「なるほど。アンタはあそこに6つ目のオオカミさんを放っていたと」

「ただし、雑種だ。なので考えなしに行けば私やお前でも襲われる」

「何で雑種?」

「アオオオカミ除けの護符を持って入る奴がいたら面倒だろうが。ははっ」

 RAAZは種明かしをしながら笑った。マイヨはやはりと言いたげな顔で肩をすくめた。

「やっぱり錬金協会で売っている護符は気休めのインチキじゃない、判定用マイクロチップ入り、か」

 言い終えると、マイヨの表情が硬くなる。

「で、アンタこれからどうするつもりだ?」

「アニェッリへ行く。ピッポの後ろ盾はハーランと同じくらい気になるからな」

「それはそうだけど、嫌な予感がする。DYRAとタヌ君から今少し、目を離さない方が良い」

「私もしくじったと思った。あの家はピッポの後ろ盾になった者が本当の持ち主だろう。何が仕掛けてあるか、誰かが監視しているか、それで長居は無用と退散したが、裏目に出た」

 RAAZはマイヨを睨みつけた。

「ふたりの行き先は?」

「ガキはそこそこ利口だ。遠回しに、マロッタへ来るように伝えてある」

「俺もじゃ、明日には戻る。マロッタの、あのお店で良い?」

「いや、ウチに頼む。ロゼッタはあの食堂に送ってくれれば良い」

「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 黒い花びらを舞い上げると、マイヨの姿はその小さな嵐の中に消えた。

 ひとりその場に残ったRAAZは、地面に落ちた黒い花びらが金色の粉のような輝きを放って消えていったのを見届けてから、その場を去った。同じように赤い花びらを舞い上げながら。




 RAAZとマイヨが別れた頃──。

 DYRAとタヌはデシリオの中心部へ向かって出発した。DYRAは外套に身を包み、被りで顔も目立たぬよう隠している。途中、空いている辻馬車が通りかかった。ゆっくりと戻っている様子から、客を送り終えた帰り、といった風だった。

「すみません」

 タヌは素知らぬ顔をして呼び止めた。

「何だ」

 辻馬車が止まり、冴えない風体の御者が応じた。

「空いていたら、乗せてもらうコトってできますか?」

「ええ? デシリオだったら良いが?」

「あの、ボクたち、マロッタまで行きたいんです」

「今からかい!?」

 御者がギョッとした顔でタヌを見る。続いて懐から懐中時計を取り出し、時間を確認した。

「うーん。でもねぇ、今からだと、馬替えをして飛ばしてもペッレかフランチェスコまでだよ。マロッタじゃ夜中だ。街の門が閉まっている」

 街の門は開いていても確かに夜の早めの時間までだ。無理もない。タヌは振り向き、後ろで聞いているDYRAを見た。

 DYRAは小さく頷いた。

「わかりました。お願いします」

 タヌはそう言って、ぺこりと頭を下げる。

「けど、そんな急いでだと、馬替えもあるし、安くないよ?」

 遠回しにカネがないだろうと思われていることをタヌは理解した。

「この人は、サルヴァトーレさんの服を取りに行くんです」

「ええっ?」

 アニェッリの洋服屋の評判は、若くして金持ちだとあまねく知られている。御者の顔色が変わった。そこへ、タヌの後ろでやりとりを見ていたDYRAが御者の側に歩み寄ると、右手を差し出した。

「これで、良いか?」

 手には20枚のアウレウス金貨。

「へっ?」

 御者は金貨を見て驚き、DYRAを見る。

「か、かしこまりました! お客さん! どうぞどうぞっ! 乗って下さい。馬替えを二度やって、夕暮れにはフランチェスコへ!」

 タヌは安堵した。DYRAは御者が金貨へ手を伸ばそうとしたところで、すっと引っ込めてから、半分の10枚を払った。それでも決して少なくない金額だ。

「無事に着いたら、残りを払う」

「わ、わかりました」

 御者に言われ、DYRAとタヌは辻馬車の客室に乗り込んだ。辻馬車が先ほどまでのんびり走っていたときとは別のもののような速さで走り出す。

 移動中、辻馬車は脱輪するのではないかと思わせるほど結構な音を立ててガタガタ揺れた。ふたりは道中、一言も発さなかった。どうせ話しても聞こえないし、舌でも噛んだらたまったものではない。たったそれだけの理由だった。

 デシリオから北上、途中までペッレへ行く道を通って、途中から側道へ入り、フランチェスコへと走った。


改訂の上、再掲

189:【?????】動き出した男 2021/04/26 20:00

189:【TRANSIT】もう後手を取られるわけには…… 2023/02/07 23:02






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 GWを目前にしての3度目の緊急事態宣言。エビデンスないのに、映画館や書店まで休業命令とか、灯火管制とかもはや何がしたいのかわからない施政者たちを前に、それでも市井の我々は元気に強く生きるしかない日々ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!


 5月16日(日)、東京流通センター第一展示場で行われる予定の「第三十二回文フリ東京」へ(無事に開催されるのであれば)サークル参加することとなりましたので、ご報告いたします。

 サークルスペースは「カ 10」。サークル名は「11PKイレブンピーケー」です。

 新刊となります、「DYRA 8」はWeb版から大幅に加筆、再構成されたリッチな内容です。ピルロ再訪~マイヨとアントネッラの話ですね。さらに、「DYRA 2」が大幅改訂されて登場です。これまた、Web版と違い、表現などあちこちに手を入れました。164P⇒192Pへ大幅増となっております。この機会に、単行本版の「DYRA」是非、お手にとっていただければ幸いです。

 神絵師と称するに相応しい、みけちくわさんの超絶美麗な表紙イラストがたまらなく魅力的です! よろしくお願いいたします!


 次回の更新ですが──。


 5月3日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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