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188:【TRANSIT】もう、この家に長居は無用

前回までの「DYRA」----------

デシリオの家で朝を迎えたDYRAたち。マイヨが退散した後、キリアンが言い残した言葉に従って、家捜しを始めた。すると、1冊の本ともノートとも取れる何かが見つかった。


 デシリオの邸宅で家捜しが終わったのはほぼ昼頃だった。

「で、手掛かりらしい手掛かりはこれだけか?」

 居間に集まったDYRAとタヌ、サルヴァトーレは、テーブルに置いた1冊の日記に注目した。

「お前たちが何も見つけていないとなると、そうなるな」

 DYRAはそう言いながら窓際へ行くと、庭へ出られる大きな窓を開いた。そして、スカートやブラウスについてしまった埃を払い落とす。

「物置みたいにしていた部屋にあったのは、医学書と、何か、錆びた鉄があっただけ。その隣は寝室で、使った形跡がなくて、引き出しとか箪笥にもリネンとかあっただけで、特に目につくものはなかったんだ」

「他には?」

「隠し扉とかそれらしきものを探した。あったのは台所の床を外して保存用の食料庫。でも中には何も入っていない。勝手口の側にあった井戸は本当に普通の井戸だった」

 タヌとサルヴァトーレの答えは、何もない、だ。DYRAは、黙って窓を閉める。

「サルヴァトーレ。本当に、抜け道とかはなかったのか?」

「ぜーんぜん。本当にここは、物置兼仮住まいって感じの場所だった」

「DYRA。この日記、父さんのものなら、中を見ても良い?」

「むしろ、お前が目を通すべきだ。父親が書いたものなら、尚更だ」

 DYRAの言葉を聞くと、タヌはソファに腰を下ろし、日記を手に取ると早速開いた。

「父さんの字だ」

 タヌは書かれた文字を見て、間違いなく父親によって書かれたものだと確信した。

「すっごい、汚い字。父さんきっとこれ、慌ただしく書いたんだろうな」

「もとからそんな字なのか?」

 DYRAがタヌの後ろに回り込んで覗き見た。タヌは質問に対し、首を横に振る。

「ううん。父さんは確かに綺麗な字とは言えない。でも、几帳面な感じの字を書くときと走り書きするときの差が激しいんだ」

「移動中に書いた字かな?」

 サルヴァトーレも覗き込んだ。

「何が書いてあるか、わかるか?」

「ゆっくり読めば……多分」

 タヌが答えると、サルヴァトーレが指を鳴らす。

「ここじゃまた困った来客があってもアレだし、場所を変えるのが良いかもね」

「そうだな。だが、どこへ行けば?」

 サルヴァトーレの言葉に、DYRAはどこへ移動すれば良いか考える。

(ペッレか。フランチェスコか。それとも……どこへ行けば良い?)

 DYRAは考えるが、何も浮かばない。

(いったん、タヌが静かに日記を読める場所へ行かれれば良いと割り切るか)

 そのときだった。

「シニョーラ。タヌ君。そうしたら自分はそろそろおいとま(・・・・)するよ。いったん帰る。そうだ。もし良かったら馬車、一緒に呼ぶよ?」

 サルヴァトーレの言葉を聞いて、DYRAとタヌはハッとした。

「あっ、そっか」

 DYRAたちはキリアンの馬車でここへ来たのだ。さらにサルヴァトーレ(RAAZ)に至っては──。タヌは今の自分たちに移動手段がないことに気づいた。

「いや」

 DYRAが止める。

「どこからどう情報がハーランたちへ流れるかわからないんだろう? なら、私たちは自分で馬車を見つける」

「それじゃ。待っているから」

 サルヴァトーレは言いながらポケットから真鍮の、切れっ端のような板を取り出し、DYRAへ渡した。勘合の半片だった。

「デシリオは港町だ。両替商くらいあるだろう。馬車代くらいは引き出せるから」

「いや……」

 その位のカネならお前から預かっている分だけで充分に足りる。──DYRAはそう言おうとしたが、言葉に出なかった。サルヴァトーレがおもむろに窓から庭へと出てしまったからだ。このとき、彼の最後の言葉を聞き逃さなかった。

「まったく。やることが多すぎる」

 風に乗って、赤い花びらが1枚、居間へと舞い込んだ。

 サルヴァトーレの姿はすでにどこにもなかった。

 残ったDYRAとタヌは、一度互いの顔を見てから、話を再開する。

「DYRA。ボクたち、どうしよう。どこへ行こう?」

「ああ。だが、考えなしに適当に動くのは得策じゃない」

「うん。でも、ここはデシリオだよね?」

 タヌは言いながら、居間の片隅に持ってきておいた鞄から地図を出し、テーブルに広げた。

「ねぇ。前に行った、あの、お金持ちそうなメレトは近いんじゃない?」

 DYRAも地図を覗き見る。地図によると、海沿いに西へ進めばメレトへたどり着ける。

「そうだな。だが、あそこは街と言っても別荘街だ。サルヴァトーレが一緒じゃないんだ。家の鍵を持っていない我々がどうしろと? 食堂や宿屋、それらしいのを見た覚えがない」

「そうだった。そしたら……」

 タヌが言いかけたときだった。

「さっき、あの男は『待っているから』と言ったな」

 DYRAがそう言うと、タヌはハッとしてポンと拳で手のひらを打った。

「マロッタ!」

 DYRAはまだ行ったことのない場所だ。

「マロッタ? お前、土地勘はあるのか?」

「マイヨさんと一緒に行ったんだ。サルヴァトーレさんの家があるし。それに、食堂のおじさんがすごく良い人で、サルヴァトーレさんの知り合いっぽかったし」

 家もあり、かつ、RAAZとの連絡伝手に心配ない。このことは確かに、不確定要素やリスクが色々とある現状ではプラスに考えて良い。そしてRAAZ、マイヨ両名が把握していることはタヌにとっても安心できる。DYRAはしばし天井を仰ぎ見、考えた。

「……そう、だな。タヌ。では、マロッタへ行こう」

「うん」

 タヌが笑顔で、DYRAが口角を僅かに上げて互いの顔を見たときだった。

 それ(・・)は突然の出来事だった。

「なっ! 何だ!?」

「わっ、わわっ!」

 地響きの音と共に、地面が、家が、あちこちが大きく揺れる。あまりの揺れにタヌは狼狽え、しゃがみ込んだ。DYRAは反射的にタヌを庇うような体勢になって身を屈めると、タヌをテーブルの下に押し込んだ。その間、棚が倒れたり、天井からシャンデリアが派手な音を立てて床に落ちる。他にも何かが割れたり砕けたりしたのか、甲高い音や鈍い音が入り交じってふたりの聴覚を襲った。

 ほんの数十秒かそこらの揺れだった。だが、ふたりは何時間も続いているような気がした。

 どれくらいか経って、ようやく揺れが収まった。聞こえるはずのない轟音や不協和音が聞こえなくなり、静かになったところで、タヌはテーブルの下からおそるおそる顔を出す。

「な、何?」

「地震、か」

 DYRAはゆっくりと立ち上がり、あたりを見る。ガラスは割れ、シャンデリアは無残に落ち、ろうそくもその辺に散らばっている。日が昇っている時間帯故、火を使っていなかったことが不幸中の幸いだ。もし夜だったら、シャンデリアの灯がカーテンや絨毯などに燃え移り、大変なことになっていたかも知れなかった。

「じ、地震?」

「ああ。どうしてこんなことが起こるのかは皆目わからない。だが、大地の怒りとか、色んな説がある」

 大地の怒り。タヌは何を言っているのだろうと言いたげにDYRAを見た。考えようによっては草木を、時には土も川すらも枯らすDYRAの能力の方がよほど怖いと思うからだ。

「それにしても、ひどいとっちらかり(・・・・・・)ようだ」

「どうしよう。DYRA、シャンデリアとかは元に戻せないよ」

「そうだな。悪いとは思うが……敢えてこのままにするのも()かも知れないな」

 DYRAは口角を少し上げた。タヌはその様子に一瞬、RAAZのようだと思う。

「え!」

「考えてもみろ。この状態にして出れば、家捜しをした痕跡が消える。後から誰かが来ても、気づかれにくい。錬金協会の人間や、最悪、それこそハーランがもう一度来たとしても、我々が家捜しをしたか、しなかったかわからない」

 まさか真面目そうなDYRAがそんなことを言うとは思わなかったので、タヌは驚いた。

「じゃ……」

「ああ。台所に置いた食器類を処分したら出発だ」

 DYRAはそう言ってから台所へ移動した。タヌも手伝えることはないかと、追うように廊下へ出て台所へ向かった。

 だが、タヌは食堂までは行ったものの、そこで足を止めた。台所へ行く前に、ガチャン! と甲高い音が立て続けに響き渡ったからだ。その音が、手伝えることは何もないと告げた。

 ほどなくして、DYRAが台所から出てきた。

「さ、行こう」

「うん」

 ふたりは玄関へと廊下を歩き出した。

「RAAZさんやマイヨさん、さっき揺れた、地震? 大丈夫だったかなぁ」

「心配ないだろう? ふたりが潰れるとでも思ったか?」

 思わない。DYRAの問いに、タヌは何となく納得した。


改訂の上、再掲

188:【DeSCIGLIO】それでも。 2021/04/19 20:00

188:【TRANSIT】もう、この家に長居は無用 2023/02/07 22:58






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 4月も半ばに入りました。昼夜の寒暖の差が非常に大きい日々が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!


 5月16日(日)、東京流通センター第一展示場で行われる予定の「第三十二回文フリ東京」へ(無事に開催されるのであれば)サークル参加することとなりましたので、ご報告いたします。

 サークルスペースは「カ 10」。サークル名は「11PKイレブンピーケー」です。

 新刊となります、「DYRA 8」はWeb版から大幅に加筆、再構成されたリッチな内容です。ピルロ再訪~マイヨとアントネッラの話ですね。さらに、「DYRA 2」が大幅改訂されて登場です。これまた、Web版と違い、表現などあちこちに手を入れました。164P⇒192Pへ大幅増となっております。この機会に、単行本版の「DYRA」是非、お手にとっていただければ幸いです。

 神絵師と称するに相応しい、みけちくわさんの超絶美麗な表紙イラストがたまらなく魅力的です! よろしくお願いいたします!


 次回の更新ですが──。


 4月26日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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