187:【TRANSIT】日記の中身
前回までの「DYRA」----------
DYRAとRAAZから逃れたキリアンとピッポもまた、デシリオの海辺で話していた。どうしてもタヌを排除したいピッポへ、キリアンは女性や子どもに手を下すことを良しとしない何でも屋の良心が咎めることを伝える。
DYRAとRAAZがピッポと遭遇した翌朝。
「おはよう」
空が明るくなったあたりで目を覚ましたタヌは、着替えてから食堂部屋へと足を運んだ。着席するや、サルヴァトーレがキッチンから出てきて、用意した朝食を置いた。メニューはレタスと薄く切った豚肉を幾重にも挟んだライ麦パンとココアだ。
「昨日、タヌ君やシニョーラを連れてきてくれたお兄さん、色々と食材を置いてくれていたから助かったよ」
昨晩は結局、深夜まで話が続いた。話が一通り終わったところで、マイヨは「DYRAによろしく」と言い残して何処かへと姿を消した。残った3人は邸宅に泊まって夜を明かした。
「おはようございます。サルヴァトーレさん。あの、DYRAは?」
「そろそろお風呂上がると思うよ?」
話している矢先、タヌは廊下の方から聞こえる足音を耳にした。
「タヌ」
声が聞こえると、タヌはすぐに振り向いた。
「DYRA!」
「昨日はすまなかった」
食堂部屋へ入ってきたDYRAがそう言いながら、タヌの方へスタスタと近寄った。タヌの前に立つと、少しではあるものの、頭を下げた。
「2、3発殴ってでも、お前の父親を連れてくるべきだった」
「ううん。DYRAとRAAZさんが実際に父さんと話をした。それって、DYRAと一緒に父さんを捜して、確実に追いついているってわかったから大丈夫。きっと会える」
タヌは笑顔でDYRAを労った。半分は紛れもない本心だが、もう半分は違った。
(RAAZさん、本心はカンカンだろうな)
「ガキの前で言えるか。口にするのも、思い出すのもおぞましい」
父親はよほどのことを言ってDYRAを傷つけたに違いない。タヌはDYRAに謝りたいと思う。とはいえ、本当のところ何が起こったかもわかっていないのに想像だけを理由に謝ってはかえっておかしな話になってしまう。
「タヌ。この家はお前の父親が使っていたって」
「昨日のキリアンさんの話とか、夜、戻ってからRAAZさんが話しているのをちょっとだけ聞いたけど、そうだったよね」
「食事をしたら、手掛かりが残っていないか、この家を徹底的に捜そう」
心のどこかでDYRAが父親へ後ろ向きな感情を引きずっていたらどうしようと心配したタヌは、杞憂だったとホッとした。
「うん!」
安心したところで、タヌは朝食を美味しそうに食べ始めた。
「シニョーラも少し、食べないと」
キッチンに戻りながら、サルヴァトーレがDYRAに着席するよう促した。DYRAは仕方なさそうに座る。
「はい」
ほどなくサルヴァトーレがふたり分の朝食を持ってくると、テーブルへ置いた。タヌのそれと違い、ハムと目玉焼き、それにサラダとライ麦入りのスープ。飲み物はリンゴをすりおろして作ったジュースだ。
「お父さんを捜す手掛かりを見つける作業だけど、自分も手伝う。早めに食べて、始めよう」
この後、3人はいつもより気持ち早く、食事を済ませる。
食事を終えると、DYRAとタヌ、それにサルヴァトーレは食堂部屋から、昨晩マイヨも入れて話をした居間へと集まった。
「タヌ君は、この部屋の隣の部屋から順番に回って、机や棚、引き出しとかを中心に捜して。シニョーラは一番奥にある書斎を集中的に。自分はタヌ君が捜した場所を追う感じで隠し部屋とか隠し棚の有無を確認していく」
「わかった」
DYRAは返事をするとすぐに居間を出て、書斎へと続く気持ち長めの廊下を歩いた。彼女の後ろ姿を見送ったところでタヌも居間を出て、すぐ隣の部屋へと入った。
「あっ」
そこはカーテンで遮光された物置のような狭い部屋だった。いくつかの木箱や埃を被った本の山が床に置かれている。本棚やクローゼットなどは見当たらない。木箱も積み置きなどされていなかったので、タヌは早速、部屋の奥にある箱を開けた。
(何だろう? がらくたかなぁ?)
中に入っていたのは、錆びた鉄の塊に見えるものだった。何に使うものか、タヌには皆目見当がつかない。
(あとで、サルヴァトーレさんが来たときにすぐ見えるようにしておこう)
タヌは箱の蓋を部屋の壁に立てかけて、中身を見えるようにしてから、隣の箱を同じように開いた。
(これも……)
出てきたのは、錆びた鉄の塊だ。タヌは次々と箱を開く。そのどれも中身は同じような鉄の塊だった。
タヌはここからは何も見つけられないと判断すると、次に本の山を調べる。
(うーん……)
シャツの裾で手のひらを軽く拭いてから何冊か手に取る。どの本も恐ろしく古びており、下手にめくったら破れてしまいそうだ。タヌは本を開くのをためらうと、そっと戻した。
(ボク、全然役に立たないかも)
役立たず、という意味ではない。何かをしたくても、裏目に出ることが火を見るより明らかな気がしたのだ。
タヌは他にできることはないか考えた。取り敢えず、本と本の間に何か挟まっていないかとか、無造作にあれこれが置かれた部屋で何か落ちているものがないかを調べた。だが、これと言っておかしなものは見当たらなかった。
「タヌ君」
タヌは振り返った。開け放した部屋の入口にサルヴァトーレが立っている。手には埃落としのはたき。
「はい」
「埃っぽいでしょ?」
サルヴァトーレが部屋へ入ると、カーテンを開いて窓を開き、本の山を軽くはたきで叩いた。
「埃っぽいより、本が古くて下手に開けないことが」
「あー」
サルヴァトーレが埃を払った本の1冊を手に取った。
「これ、見た感じ医学書みたいだね」
「医学書?」
「そう。病気やケガを治したりする研究の本」
「じゃ、大事な本なんですね?」
遠回しに、レアリ村の家でやったように処分しなくて良いのか尋ねた。
「ん……そうかもね」
サルヴァトーレのらしくない、煮え切らない返事。だが、今はそこを掘り下げて質問するところではない。
「タヌ君。本に気を遣っちゃって探しにくいようなら、隣の部屋を見てきてくれるかな。この埃っぽい部屋は自分が見ておくよ」
「わかりました。あんまり役に立てていなくてごめんなさい」
「いや、しょうがないよ。慣れていないものだったらなおさらね」
タヌはサルヴァトーレの言葉に少しだけ救われた。
「そういえば、DYRAの方は捗っているんでしょうか」
「うーん。自分が見たときは、淡々と探している、って感じだったね」
タヌとサルヴァトーレが話していた頃、DYRAは机の周囲や机の角、裏などを身を屈めて念入りに罠の有無などを確かめながら、書斎を捜索した。
怪しげな糸や針金などが見つからないとわかった時点で、そっと天板下の引き出しを開く。
(これは?)
中に入っていたのは小さな鍵だった。他には紙切れ1枚たりとも入っていない。鍵と言っても、タヌが首から提げているようなものではなく、軸が円筒状にできている、ありふれた平凡な真鍮製だ。あたりを見回すと、本棚の一角にウォード錠らしき鍵穴が見えた。DYRAはその鍵穴に鍵を差し込んだ。
ガチャリ、と聞こえ、本棚の別の一角から本が1冊、押し出されるように飛び出した。DYRAは出てきた本を手に取ると、早速開いた。
それは、本ではなかった。
(日記か何かか?)
パラパラとめくってざっと目を通す。読み進めるに連れ、DYRAの中で何とも言葉に言い表せぬ感情がわき上がった。喜びや楽しいと言った前向きなものではない。敢えて近いものをあげるなら、憤りと失望だろうか。否。それらすらすべて唾棄に値するであろう苦く、忌々しい感情だ。
(これをタヌに見せるのは心苦しいな。だが、手掛かりだ。そうも言ってはいられない)
日記を目につきやすい場所へ置くと、DYRAは再び、部屋の中を探しものでもするかのようにあちこち見始めた。
改訂の上、再掲
187:【DeSCIGLIO】日記の中身 2021/04/12 20:00
187:【TRANSIT】日記の中身 2023/02/07 22:57
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4月に入って緊急事態宣言ならぬ「まん防」なる不思議な何かが言われるようになりました。世間的には「緊急事態宣言」と何が変わるのか、東京の場合はどっちにしろ都知事がまた言葉遊びではしゃぐだけの印象になってしまった今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
5月16日(日)、東京流通センター第一展示場で行われる予定の「第三十二回文フリ東京」へ(無事に開催されるのであれば)サークル参加することとなりましたので、ご報告いたします。
サークルスペースは「カ 10」。サークル名は「11PK」です。
新刊となります、「DYRA 8」はWeb版から大幅に加筆、再構成されたリッチな内容です。ピルロ再訪~マイヨとアントネッラの話ですね。さらに、「DYRA 2」が大幅改訂されて登場です。これまた、Web版と違い、表現などあちこちに手を入れました。164P⇒192Pへ大幅増となっております。この機会に、単行本版の「DYRA」是非、お手にとっていただければ幸いです。
神絵師と称するに相応しい、みけちくわさんの超絶美麗な表紙イラストがたまらなく魅力的です! よろしくお願いいたします!
次回の更新ですが──。
4月19日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆