183:【DeSCIGLIO】これからどうする?
前回までの「DYRA」----------
DYRAとRAAZが身柄を確保したピッポ。だが、キリアンが割って入り、ピッポを連れていってしまった。彼はやはり、関わりを持っていた。RAAZたちは、ピッポの背後には予想以上に大きな勢力が付いている予感を抱いた。
デシリオの邸宅。庭で森の方を心配そうに見つめていたタヌは、星明かりの下、森から出てくるふたつの人影を見つけた。傍らにいるマイヨもふたりに気づいた。
「DYRA! RAAZさん!」
安堵の表情でタヌはふたりの前まで駆け寄った。
「父さんは……父さんは?」
タヌの問いに、DYRAは苦い表情のまま、何も答えない。
「あのお兄さん、か」
「ISLA。察しが良いな。だが、手ぶらで戻ったつもりはない」
マイヨの呟きを聞いたRAAZは苦笑を浮かべながら、話す。
「それに、ガキの父親について諦める必要もない。それにここから先はもう、徒手空拳で捜さなくて済むようになるかも知れないからな」
「次に繋がる手掛かり、か」
「そういうことだ」
RAAZとマイヨのやりとりを聞いたタヌは、黙して語らぬDYRAの様子に、何かあったのではと勘づく。だが、彼女の周囲に渦巻くただならぬ空気に、質問できなかった。
「まずはDYRAを休ませたい」
「何? タヌ君のお父さんと何かあったの?」
マイヨの問いが耳に入ると、タヌはRAAZたちをじっと見る。
「ガキの父親でないならあの場で殺していた! だが、彼女が身を挺してあのクズを」
苦々しい表情でRAAZが言ったときだった。
「あっ!」
タヌだった。マイヨも彼女の背中を見る。DYRAが着ているブラウスの背中が裂けている。
「アンタ、斬ろうとしたのか。よっぽどのことがあったと?」
「ガキの前で言えるか。口にするのも、思い出すのもおぞましい」
RAAZがそんな言葉を発するとは。タヌは困惑の色を浮かべる。
「あの、父さんがDYRAにひどいことを」
言いにくそうに、だが、現実から目を背けてはいけないとばかりにタヌは問う。対して、RAAZは不機嫌な口調で、吐き捨てるように呟く。
「ひどい? そんな言葉さえ陳腐だ」
「取り敢えず、彼女を休ませよう」
「ああ。首狩り屋もここを使って問題ない風に言っていた」
室内に足を踏み入れたときだった。
「あとさ、RAAZ。悪いけど、ずっとこの格好ってのもどうかと思うんだ」
そう言ってマイヨは自身とRAAZが身につけている、身体のラインがハッキリと出ている格好を指した。この文明では存在しない、CRT製のボディスーツだ。マイヨは艶のない黒、RAAZは赤。
「私もだ。こんな悪目立ちする格好を愚民共にみだりに見られたくはない。それでもハーランがいつ来るかわからない以上、防護スキンだけは着用するがな」
「じゃ、話は着替えてからで。アンタが今すぐいったん戻って、彼女の着替えとか持ってくる。で、俺は話を聞いたところで退散」
「決まりだ。ではガキ、今のうちに風呂でも入っておけ」
RAAZは邸宅の作りやら戸締まり、盗聴器などの有無を確認してから、庭へ出た。
直後、赤い花びらが舞ったのをタヌは窓越しに見た。
それから小一時間ほどの時間が経ち、時計の針が10時を告げた頃。デシリオの邸宅の居間に3人の男が揃った。DYRAは暖炉の近くへ動かした長椅子で眠っている。
タヌは水と葡萄酒が入った瓶とグラスをキッチンから持ってきて、テーブルへ置いた。その様子を見ながらマイヨが話し始める。
「サクッと話して、終わりにしよっか」
「そうだね」
サルヴァトーレが上着を脱ぎながら答えた。
「どうせ4人しかいない。悪いけど今は『サルヴァトーレさん』なんて呼ばないよ? 世間体とか気遣う余裕がないからね。で、アンタが言う、次に繋がる手掛かりって何?」
「ああ。ではこちらも気を遣わない」
椅子にどっかりと腰を下ろしたサルヴァトーレが水の瓶を手にすると、流し込んで喉を潤してから答える。ふたりのやりとりに、タヌは、サルヴァトーレがRAAZなのだと実感する。
「首狩り屋が言うには、この家には例のピッポを捜すのに役立ちそうなものが出てくるそうだ」
「どこに何があるって?」
「いや、それについて向こうは触れなかった。こっちで家捜しして良いって感じだ」
「あの、今、ボク捜して良いですか?」
「話を終えてからで良いかな」
サルヴァトーレの返事を聞いたタヌは内心、彼なりに気遣ってくれているのだと察した。同時に、いつ誰がやってくるか、どこで見られるかわからないことを警戒しているのだとも。
「わかりました」
タヌが返事をすると、マイヨは席を立ち、テーブルの端から端へと歩きまわりながら話す。
「RAAZ。どうも気になる」
「自分も、気になることがある」
奇しくもサルヴァトーレとマイヨが同時に切り出したが、顔を見合わせた後、マイヨが先に話す。
「あのさ。タヌ君のお父さん、ピッポだっけ? とても単独行動での逃避行とは思えない」
「自分も同じことを言おうとした。だいたいあの首狩り屋、度胸が良いだけじゃない。観察力もあるし、ココも良い」
自分の頭を指で軽く叩きながらサルヴァトーレはさらに話す。
「錬金協会を出し抜いて、姿をくらましただけじゃない。こんな家や、仕事がデキる用心棒。少なくとも、手を貸す連中にはかなりの組織力と資金力があると見て良い」
「そこだよ。アンタに聞きたかったのは。錬金協会から守れるほどのネットワークを持った組織ってあるのか? 事実、ピッポはハーランからも身を隠せている」
マイヨの言葉に、サルヴァトーレは少しの間、言葉を発することなく考えた。その様子をタヌは心配そうとも気がかりとも取れる視線で見る。
やがて。
「それを目的とした団体、と定義するのはどうかと思うけど」
サルヴァトーレは言いかけた言葉を一度止め、またしても水を飲んだ。
「『錬金協会』みたいな組織の体と違うってこと?」
マイヨの問いに、サルヴァトーレは頷いた。
「西の都アニェッリの連中だよ」
「アニェッリのナントカ組織とかじゃなく、ズバリ、アニェッリの上層部が、ってことか」
「資金力的に考えれば、合点がいく」
「まずい連中なのか?」
サルヴァトーレは天井を仰ぎ見てから答える。
「あの女か。まさに政治家だよ」
「女?」
「ああ。頭も切れるし、女で都の大公だ。その手腕は侮り難い」
「名前とか、見た目とか」
マイヨが問う。このとき、彼の金色と銀色の瞳がおよそ人間とは思えぬ輝きを放ったのをサルヴァトーレは見逃さない。
「名前は、アンジェリカ・リマ。金髪混じりの黒髪ストレートロング。目はガーネット色。肌の色は日焼けした感じだ。背はシニョーラとそう変わらない。でも、踵の高い靴を履いているからそれ以上に見えるかも」
説明を聞き終えたところでマイヨは首を横に振った。もう、瞳からあの輝きは消えている。
「生体端末からの記録を拾えている分だけのチェックだけど、接触した感じはなし、か。その人、上手く隠れているの?」
「表に出てこないからだろうね。彼女は錬金協会とも必要最低限、それも、副会長さんくらいしか接さないし」
「あの爺さん?」
「ああ。それに、普段は形式的な事務処理かカネの話だから、都の連中にしても、事務方の木っ端役人しか出てこない」
「あっそう。んで、アンタは話したりしたことないのか?」
「RAAZは儀礼的なこととかだけだ。が、サルヴァトーレは彼女のお気に入りだ」
「なるほど。大抵のことは、サルヴァトーレさん経由ってことか」
「そういうことだ」
サルヴァトーレはニヤリと笑った。マイヨはそれを見てひとつ、思いつく。
「リマ大公だっけ? 彼女は味方になりそう? それとも」
「政治家だからな。実利が取れる方につく、としか。『文明の遺産』が欲しいなら、言わなくてもお察しだけど」
「ピッポを匿う動機はありすぎるほどある、か。とは言っても、こういう展開になった以上、是非お会いしてみたい気もするね」
聞きながら、タヌも父親捜しに繋がるなら会いたいと思った。
「ここからなら、西へずっと行けばアニェッリへの道へ繋がる。だが……」
「だが?」
マイヨだけではない。タヌもサルヴァトーレをじっと見る。
「ここはデシリオだ。チェルチの奴らとゴチャッていてな」
「あの」
タヌが小さく手を上げて声を出す。
「何?」
「その、デシリオとチェルチがって話のことですけど」
サルヴァトーレがタヌを見る。マイヨはタヌを見たあと、テーブルにある飲み物を渡そうとした。タヌの前に飲み物が置かれていなかったからだ。だが、水はすでにない。マイヨはサルヴァトーレを手で軽く制してから、まだ口をつけていない自分の分をタヌの前に置いた。
「ありがとうございます」
「じゃ、聞かせてくれるかな」
マイヨが促すと、タヌは水を一口だけ飲んでから話す。
「そのことで、キリアンさんが気になることを言っていたんです」
「気になる?」
「気になることだと?」
サルヴァトーレとマイヨはじっとタヌを見る。
「はい。デシリオとチェルチがトレゼゲ島の利権をめぐって揉めているって話。肝心な港自体では実際にケンカをしていないって。むしろ、誰かが煽っているんじゃないかって」
「つまり」
先に口を開いたのはマイヨだった。
「煽られた連中がどっかで適当にケンカをしているけど、肝心のその、港で生活する人々には特に何も起こっていない、と?」
タヌとマイヨ、両方の言葉を吟味してからサルヴァトーレは言葉を紡ぐ。
「考えられるのは、地元民以外には覗き見に来てほしくない、だな。他に何か聞いている?」
「えっと、沖合にある岩礁に、怪しい船が来るようになってからこの話が降って湧いたって。肝心の地元民はそんなこと知らなかった。そう言っていました。実際、この噂を聞きつけてデシリオへ来た人を地元の人は見たことないって」
怪しい船。サルヴァトーレとマイヨは互いの顔を見て、納得したと言いたげな表情をした。
「RAAZ。俺がハーランをトレースしたとき、デシリオの沖合で見つけた」
「決まりだな」
煽ったのは恐らくハーランではないか。自分が直接動いていることを部外者の口から広がってほしくなかったからだろう。マイヨはそんな推測をした。
「それにしても」
マイヨが言葉を選びながら、ゆっくりと話す。
「ハーランは何をしたいんだ? と言っても、そこについてはハーランがこれまでやったことと予想される次手からイメージするしか俺たちにはないけどさ」
「『トリプレッテ』を欲しがった時点で、まともなことを考えているとは思うか? と言っても、ハッキリしているのは私を消したいことと、DYRAの略取くらいか」
「明確なのはアンタの言う通りで、そこだけだ。あとのことは……本人に聞けない以上、可能性の選択肢を出しておきたい。動き方が見えれば、だんだん絞れると思うから」
そのときだった。
「あ、あのっ」
タヌが再び小さく手を上げた。
「もしかして、何か聞いているのかな?」
サルヴァトーレがタヌを見ながら質問する。マイヨもここでハッとする。
「そうだ。タヌ君。俺たちはタヌ君がハーランに攫われたときの顛末を詳しく聞いていない。DYRAの脚があんなことになったりしたからね」
改訂の上、再掲
183:【DeSCIGLIO】これからどうする? 2021/03/01 20:00
183:【DeSCIGLIO】これからどうする? 2023/02/07 15:42
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3月になりました。もう、1年の16.5%以上が過ぎていっています、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
この気まずい雰囲気。マイヨは重い雰囲気になることがわかっていたから逃げたのか? とか勘ぐりたくなりますね。
それにしても、手詰まり感をタヌが自分で打開しようとするとはまた、成長の証なのかも知れません。
次回の更新ですが──。
3月22日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆