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182:【DeSCIGLIO】DYRAは自身の過去を気にするが、RAAZは兵器の彼女を労る

前回までの「DYRA」----------

森で捕まえた男こそ、タヌの父親ピッポなのか!? DYRAを売女呼ばわりした挙げ句、身体の関係を要求してきたことにRAAZが怒りを露わにする。そんな二人からピッポを守るように何かが投げ込まれた。


「オネエチャン。頼む。今日のところは、黙ってピッポさん見逃したってな」

 ピッポが森の奥へと走り出し、その影が小さくなっていく間、DYRAへそう告げたのはキリアンだった。

「どういうことだ。説明してもら……」

 DYRAはキリアンへ詰め寄ろうとするが、できなかった。RAAZが二の腕を掴み、がっちり押さえたからだ。

「首狩り屋。お前はあの男の差し金で動いていたのか? ん?」

「ああ? 会長サンだっけ? 残念だけど、違う。俺の後ろに誰がいるか。それについて話せることは『さっき家に乱入してきたヤツじゃない』ってことくらいだ」

「ピッポに与する誰かが別にいる、ということか」

 DYRAは答えを期待していないからか、独り言のような口振りで質問を投げた。

「それも言えない。けど、オレからオネエチャンへ伝えたいことはある。これはピッポさんからの伝言とかじゃなくて、俺個人からだ」

「聞いてやる」

「お願いだ。タヌ君を守ってほしい。ピッポさんを捜しているさっきのヤローとか、絶対にタヌ君を狙ってくるだろうから」

「あいにくだが、もうとっくに狙われ、一度は攫われた。取り返しにネスタ山の向こうまで行ったほどだ」

「お前如きに言われる筋合いはない。私の可愛いDYRAはあのガキを助けるために、左脚を一度失っている」

「動き出し、やっぱり早いな」

 キリアンがRAAZを睨み、呟いた。

「ったく、どいつもこいつも身の程もわきまえずに『文明の遺産』に相応しいなどと」

「あのさぁ会長サン。ピッポさんはさ、アンタのその独善を嫌がっているんだ。それで、何て言うか、そのせいで、研究だってもう、無茶苦茶なところにまで手を出している。今はいったん、それだけわかってくれれば良いよ」

 そう言ってからキリアンが再びDYRAへ話す。

「そうだ。オネエチャン。あの家、色々捜すとピッポさん絡みで、タヌ君に役に立つモノが出てくると思う」

「お前は、あの男を守るために動きつつ、タヌを気にしていたってことか?」

「子どもにツケを回す親ってのは、ちょっとね。……ま、近いうち、また会えるよ。それじゃ!」

 キリアンが言い終わるや、焚き火の炎を中心に、夜が昼になったような明るい光が一瞬だけその場を照らし、同時に激しい煙が広がった。反射的に、RAAZがDYRAを守るように彼女の背中から覆い被さった。

 煙が晴れていき、星明かりだけが照らす暗い森へと戻っていく。焚き火の炎は消えていた。

「……発煙弾、か」

「何だ、あれは」

「我々の文明で、戦闘中にその場から逃げるときに目眩ましとして使うものだ」

 そんなものをどうしてキリアンが持っているのか。考えられる理由は一つしかない。ピッポからもらったのではないか。そして、ピッポはRAAZと違う、場合によってはハーランとも異なるルートで『文明の遺産』の一部を手にしているのではないか。DYRAはまずいかも知れないと苦々しく思う。

(このままでは『文明の遺産』をめぐって、人間単位ではなく、街とか大きな単位で殺し合いが始まるんじゃないのか?)

 DYRAはあれこれ考え始めそうになるが、すぐに止めた。今、ここにRAAZがいるのだ。今聞けることを聞かなければならない。一人でできることは後でやれば良い。

 DYRAはRAAZから離れ、深い息をゆっくりと漏らしてから近くの倒木に腰を下ろした。

「……それにしても」

 おもむろにRAAZが切り出した。

「ずいぶん器用になったな。枯らせる木を絞って倒し、あの男に追い付いたとは」

「ああ。初めて、自分が持っている力が少しくらい何かの役に立った気がする」

「そうか」

 RAAZが隣に腰を下ろし、眦を僅かに下げてDYRAを見る。

「ラ・モルテなんて言われてばかりで散々だったのにな」

 言いながら、DYRAはRAAZが自分を見ていることなど気にも留めず、森の上に広がる夜空を見上げた。

「RAAZ」

「ん?」

「人生でまさか、トロイアと言われるとは思わなかった。正直、ラ・モルテより堪えた」

「ラ・モルテには畏怖もあるが、トロイアには侮辱と軽蔑しかないからな」

「ああ」

 DYRAは、悲しげに呟いた。




「なぁ」

 しばらく沈黙していたDYRAがゆっくりと口を開く。

「ん?」

「私は本当に、トロイアだったのか?」

「まさか、あんな男の世迷い言を真に受けるのか?」

「記憶がない。だから、嘘だとも流せない。誰かのせいで」

「私のせいじゃないぞ? キミが何も思い出せない理由なんて、簡単なことだ」

 RAAZが覗き込むようにDYRAの顔をじっと見た。

「ちょうど良い機会だ。理由をわかりやすく説明してやる」

 DYRAはRAAZを見ながら、小さく頷いた。

「ひどい喩えだとは思うが、……仮にキミの目の前であのガキが文字通りバラバラにされて殺されたとする」

「本当にひどい喩えだ」

「まぁ、そう言うな。仮にそうなったとき、キミはその瞬間をわざわざ思い出したいか? 何年経っても、昨日のことのように、指の骨を折られる音や、泣き叫ぶ声を、思い出したいか?」

 DYRAは反射的に首を横に振ると、RAAZを睨み付ける。

「……で、怒ったキミはそんな仕打ちをしたヤツへ仕返しをする」

「当たり前だ」

「そうだな。だが……仕返しをした後でも、当時のことを思い出したいか?」

「いや……」

「嫌だろう? 何かの弾みでも思い出したくないはずだ」

「ああ」

「そういうことだ。犬に噛まれたことのある人間が犬を見たら逃げ出すのも、鋭い尖端が嫌で、針を見た途端に卒倒して意識を失うのも、痛みや、当時の記憶を思い出したくないからだ。ちなみに物理的な痛みだけじゃない。精神的なショックでも同じだ」

「そう、か」

「そういうことだ。思い出したくもないのに無理に掘り返す必要などない」

 何となくわかった気がしたDYRAは、RAAZへもう一つの質問をぶつける。

「あと、ジリッツァとは何だ? あれは、初めて聞く言葉だ」

「託宣を受けたり、占いをしたりで未来を告げる役を持つ者だ。大物になると、街や世界の運命を左右するようなことを告げたりもする」

 ある文明では巫女と、別の文明ではシャーマンなどと呼ばれる存在。だが、その概念自体を理解できないDYRAにはまったくイメージが浮かばなかった。

「残念だが、私にそんなことはできない。予言者じゃあるまいし」

「当然だ」

「なら、人違い、ってことか」

「それ以上に、そんなものは悪質なまやかしだ」

 DYRAの肩に、RAAZが回した手が触れる。その手に少しだけ力が入ると、DYRAの身体がRAAZに抱き寄せられた。

「……こんなに腹が立って怒りが沸いたのは久し振りだった。キミがああまで侮辱されたとき、自分への罵倒より許し難かった。ガキの件でキミがあそこまで庇い立てなければ殺処分していた。キミが庇い続けたことも、無性に苛立った」

 今にも爆発しそうな感情を堪えるように話すRAAZへ、DYRAは醒めた視線を注ぐ。

「お前が大切にしている、死んだ女が侮辱されたように感じたんだな」

 DYRAは、彼女なりにRAAZが怒ったことは当然だと理解した。だが、それが自分のことでないこともわかっていた。気持ちを尊重するが、面白くない。相反する感情からわき上がった言葉は、自分でも辛辣だと猛反省したくなるほど冷たい口調だった。

「いや。本当にキミを、DYRAをああも言われたことで腹が立った。怒った」

「変な気遣いは不要だ。それに、お前に気遣われるなんて薄気味悪いし、それこそ空から星が砂のように降ってきそうだ」

「呆れてくれて構わないし、多少軽蔑されても仕方がないことくらい、わかっている」

 DYRAの肩に置かれていたRAAZの手が、彼女の耳のあたりから頭部にそっと触れた。

「お……」

「DYRA。言わせてくれ」

「どうしたんだ?」

 DYRAは自分の後頭部がRAAZの胸に触れたことに気づいた。

「ミレディアのことは、キミの優しさに縋るしかない。そうだな。許してくれると私も少し気が楽になる」

「年寄りみたいな言い方だな?」

「ああ。キミの二倍半以上、そう、三七〇〇年近く生きているんだ」

 言われて見ればそうだ。そんな自分も一三〇〇年を優に超えて生きているのだ。DYRAはその突っ込みは無駄だったと納得した。

「それにお前、私を兵器と言い放っておきながら、モノの機嫌を取るのか?」

 棒読みさながらの口調でDYRAは問うた。

「戦う者にとって、兵器は自分を守るための楯でもあり、矛だ。そしてそれ以上に、安心と拠り所を与えてくれるもの。その機嫌が悪ければ、持つ側とて、気が気じゃないんだぞ」

 RAAZがほんの少し、困ったなとでも言いたげな笑みを漏らした。

「DYRA。あんな男が言った言葉を一々気にするな。私たちがこんな身体なのは、いつだかネスタ山でISLAと話した通りだ。この文明の愚民共に理解できるわけもない。馬鹿げた勘違いが出るのも仕方がないことだ」

「気にならないわけ、ないだろう。ただでさえ、自分が何者かもわからないんだ。わかるのは、ただ死神と恐れられ、軽蔑されてきたこと。そこへ来て今度は売女だ何だと真顔で言ってくる人間が現れたんだ。泰然自若でなんていられるものか」

「悪いが、ガキの父親を殺処分する件、キミがどんなに言っても私は譲らないからな? でなければ、示しが付かない」

 RAAZが譲らないと言ったら絶対に譲らないだろう。それこそ「ハーランを助けてくれ」と同じくらい無茶苦茶な要求に違いない。

(これは、どうしようもないな)

 DYRAはRAAZの怒りの本質を何となく理解した。絶対的な信を寄せる愛用の武器に対して「ポンコツ」、「なまくら」と言われたような感覚で、示しをつける相手は他の誰でもない、自分自身に対してだ。これはRAAZの、自身を信じ抜くためのある種のけじめなのだ。そうとわかってしまえば、もうタヌの父親を助ける道はないと覚悟をした方が良いかも知れない。

(だが、それでは)

 それでもDYRAは折り合いを、落としどころがないかを考える。

(だめだ)

 今は、何も浮かばない。

 DYRAはいったん、棚上げにしようと思い直した。今、この状況が永遠に変わらないとは思えない。むしろ、ふとしたことがきっかけでがらりと変わることが有り得る。事実、RAAZとマイヨの関係もそうだ。初めて直接対面したときは、殺意を全力でぶつけていたが、ハーランの出現が変化を起こしている。

「ところでRAAZ」

「ん?」

「いつまでそうやって、くっついているつもりだ?」

 気持ちを切り替えると、自分の長い髪をずっと撫でているRAAZを、DYRAは睨んでいるとも呆れかえっているとも解釈できそうな視線で見上げた。

「もう少し、このままでいさせてくれ」

「冗談だろう?」

「そう言うな。……悔しいんだ。『文明の遺産』を横取りすることしか考えていない愚民如きがキミを見下すこの現状を、変えられなかったことが」

「お前の言った言葉をそっくり返すが、この文明の人間たちに理解が及ばないことから来るんだろう? ならば、お前こそ些末なことを一々気にしないで良いん……」

 DYRAはここでハッとした。RAAZの表情に、どこか思い詰めている感があったからだ。

「お前、今、変えられなかったって、言ったな?」

 RAAZがDYRAの髪を撫でる手を止めた。

「別に私は、変えてほしいとも思っていない。そんなことで悩むなら、死んだ女の思い出を大事にしてお……っ、あっ……!」

「悔しいんだ。あの日、ミレディアを守れなかった。自分の不甲斐なさが許し難い。この上……」

 言い終えたとき、DYRAはRAAZの腕の中だった。

 背中に回された手に込められた力の強さに、DYRAは、RAAZがこのことでどれほど悩んでいるのか、漠然とではあるが察した。

「私からミレディアを奪った世界は、それだけでは飽き足らず、か……! 愚民如きがキミを罵倒し、嘲り、隙あらば欲望のはけ口にしようとする!」

 これまでDYRAは、RAAZへ同情することはあっても、それ以上の感情は何もなかった。良く良く考えてみれば、この男とて瓜二つの容姿を持った自分を、感情を吐き出す先にしているではないか。

(欲か感情かの違いはあれ、ピッポもRAAZも……いや、『マッマ』と呼んできたハーランですら、か)

 結局のところ、誰もかもが自分を欲望や感情の体の良い掃きだめにしているだけだった。その現実を叩きつけられたDYRAは、自分の中に恐ろしい勢いでこの世界そのものへの失望感が広がっていることに気づいた。

 それでも、RAAZは自身の中でまだ折り合いのつかない感情について、許しを請うてきた。それだけでもかなりマシな方だ。

(失望したところで「見限る」選択肢もない、か。あるならきっと、私はずっと昔に見捨てていたはずだ)

 一三四〇年の付き合い。良いのか悪いのかも含め、大半の内容を思い出すことはできない。だが、少なくともそれだけの長い時間を何だかんだで共に、もしくは近くで過ごした関係なのだ。腐れ縁などと安っぽい言い回しで切り捨てるのは違うのではないか。むしろ、見捨てていない、即ち、何かしら良い関係でもあった気がしてならない。何も思い出せないので、詳しいことはわからない。だが、絶対に捨ててはいけない何かがある気もする。

 それにしても、だ。圧倒的な力を誇示する男のはずが、自分へこんな姿を見せるとは。

(許してくれと言った上で、死んだ女になお縋る……)

 そのときだった。突然、DYRAの脳裏にハーランが言った言葉が蘇る。


「マッマが殺された腹いせに世界を焼き払って大量殺戮を実行したわけだ。これがマトモな人間のやることか?」


 そうだった。RAAZは自らの手で文字通り、世界を破壊したのだ。よほどの何かがあったのではないか。DYRAはミレディアなる女性の死に方、もとい、殺され方が想像を絶するそれだったのではないかと思う。そう。他人がその悲しみを受け止め、一緒に泣くことすらできぬほど苛烈な何かがあったのに違いない。

(そう、か)

 普通の人間なら、自分の手で自分が今いる世界を自ら破壊するなど絶対にしない。だが、RAAZはそれをやってのけた。いや、それだけでは飽き足らず、瓜二つの容姿を持つ自分を「兵器」とした。それは、気が済んでいないからではないか。

(何があったんだ? 一体?)

 RAAZが抱え込んでいるものは自分が思っているよりずっとずっと深く、暗い。死んだ女への愛情も相当なものだったに違いないからこそだ。

(お前、本当は何をしたいんだ? お前ほどの男なら、死んだ女が戻ってこないことくらい知っているはずだ)

 DYRAの中で失望感は消え、憐れみが芽生えていた。

改訂の上、再掲

182:【DeSCIGLIO】DYRAは自身の過去を気にするが、RAAZは兵器の彼女を労る2025/07/04 00:11

182:【DeSCIGLIO】息子よりも研究が大事だから 2023/02/07 14:16

182:【DeSCIGLIO】息子よりも…… 2021/02/22 20:00



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 何だろう。2月下旬。ここにきて、最高気温が10℃⇒20℃とか、それは三寒四温でもどうなのよ状態ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!



 ここに来て、タヌのお父さんがとんでもないクソ親父(笑)であることが発覚。

 そして、DYRAとRAAZの関係が微妙に動き始める合図が出ました。

 そしてタヌだけど、ホント、この後どうする状態です。


 次回の更新ですが──。


 3月1日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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