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180:【DeSCIGLIO】DYRA、正体不明の乱入者を追い詰めたら、何故か罵倒されてしまう

前回までの「DYRA」----------

デシリオにある一軒家を舞台にDYRA、RAAZとマイヨ、ハーランが一触即発となる中、庭で騒ぎが起こった。マイヨはそこにディミトリがいるのを見つける。だが、姿見せぬ誰かがいるとわかったとき、タヌを庇って、キリアンが撃たれてしまう。


 森に逃げた人影を追って走るDYRAは、森の夜陰に紛れて逃げ切られてなるものかと必死に走った。タヌの父親と聞いた以上、取り逃がすわけにはいかない。

(こんな暗い森でも足を取られたり迷ったりしないとは、恐らく、知り尽くしている)

 夜の森でなく昼間の平地なら、全速力で走れば簡単に追い付く相手のはずだ。しかし、木々が生い茂り、視界が悪いにも拘わらず、逃げる人影はまるで迷路の答えや罠の位置をすべて知っているかのように素早く、足を止める仕草も見せずに走り続ける。どうしたら、追い付けるだろう。DYRAは走り続けながら、良い方法がないか考える。と、そのときだった。


「これ以上、愚民に情を移すな。キミと私とガキ以外への不利益は、躊躇しなくて良い」


 RAAZが告げた言葉が脳裏を掠めた。

(そう、か!)

 DYRAはこの状況を打開する手段を思いつくと、背に腹は代えられないと、すぐに実行へ移す。

 木々の間を縫うように走るDYRAの周囲に、青い花びらの嵐が舞い上がる。花びらを舞わせながら、手元に顕現した蛇腹剣を逃げる人影の方へと振るった。剣身がバラバラになって鞭のようにしなり、人影の前方にある木に蛇腹剣の刃の先端が刺さる。

「うわあっ」

 悲鳴にも似た声とバキバキという乾いた音が響くと、人影の動きが止まった。DYRAはそれを目にするや、一気に距離を詰めた。DYRAと人影との距離が詰まっていく間、もう二度ばかり、乾いた音が響き渡る。ほどなく、立て続けに三回、ドスンと響く音がした。

「まだ、逃げるか?」

 倒れた大木に囲まれ、身動きが取れなくなった人影を見ながら、DYRAが声を掛ける。

「まだ逃げるなら、火を放つ。意味することは、わかるな?」

「お、お前も死……ひっ」

 男の声だった。だが、その言葉が途中で途切れ、何とも表現し難い奇声で短い悲鳴に変わる。だが、DYRAは構わず、剣で直接斬りつけることができる距離まで人影の方へ近づいた。

 そこへ、突然、銃声が鳴り響いた。

「互いの姿が見えないと、何が起きたかわからない、か」

 DYRAの素っ気ない声が聞こえる。少し経って、その場が明るく照らし出される。DYRAが折れた木の枝を拾うと、それを手に直列にした剣身を軽くこすることで、自らの能力をもって枯らした木々の一つと静電気を利用し、火を点したのだ。

「ひいいい!」

 周囲の様子が見えるようになると、悲鳴を上げた男が照らし出される。茶色の髪と瞳を持つ、中肉中背か、それよりやや長身気味くらい。震える手で銃を持っている。

「ひっ……ま、おまっ……あっ!」

 男の顔色が恐怖に呑まれ、紙のように白くなる。唇をわなわなと震わせ、その場で膝を震わせる。DYRAはそんな怯える男を氷のような鋭い視線で見つめた。

「ほ、ほ、本当に、本当に……ああっ!」

 だが、男の表情が見る見るうちに変わっていく。それまでの恐怖に怯えた様子が嘘のように頬を紅潮させ、口角を上げているのだ。

「あ、あっ……ああ、青い、花? 花びら……」

 記憶にある限り、自分の姿を見た人々の反応は大抵、恐れ戦くか、怯えて竦むか、軽蔑するか、これらのどれかだ。DYRAは今までにない反応をしてくる目の前の男に、表情にこそ出さなかったものの、内心、どう対応すれば良いかすぐに浮かばなかった。好奇と好色を露わにした視線で見てくる。今にも舌舐めずりさえ始めそうではないか。

 それでもDYRAは、まず本人確認をしなければと思い直した。

「お前、ピッポだな?」

 聞いていないのか、答える気がないのか、男が視線でDYRAを舐め回す。だが、それが何だとばかりに気にも留めず、質問を続ける。

「それとも、フィリッポ・クラウディージョと言うべきか?」

「青い……花が……! う、うわあ、ホンモノ……! ホンモノだっ……! あははは」

 何も情報を持っていない人間がもしこの光景を目にしたら、異様そのものだろう。男の気がおかしくなったか、さもなくば人間のフリをした獣か何かと思う者もいるかも知れない。DYRAは僅かだが眉間にしわを寄せた。

「ひ、久し振りだねぇ。俺のこと、覚えてる?」

 藪から棒に何を言い出すのだ。男の言葉に、DYRAは戸惑う。

「な、何の話だ?」

「本当に、ラ・モルテだったんだ!」

「お、おい。お前、本当に大丈夫か?」

 口調の端々から奇妙な笑みを漏らし、一歩一歩、DYRAへにじり寄ってくる。少し前まで怯えていた男の姿はもうどこにもない。

「ずっと前、初めて見たとき、話には聞いていたけど、声も掛けられなかったからなぁ」

 男が何を話しているのか、DYRAはまったく理解できなかった。

「何年も前の話だし。覚えていないかぁ。確か、東の果てにある屋敷にいたよね? あの男と」

「おい。誰かと間違えていないか?」

 DYRAはそう言うのが精一杯だった。

(むしろ、本当にこの男がタヌの父親なのか?)

 今にも飛びかかってきそうな視線で見つめてくる男。タヌの父親でないことが明らかなら、多少、痛めつけていたかも知れない。だが、タヌのあの様子から限りなくクロとなると、安易にその選択肢を採るわけにもいかない。DYRAは内心、苛立った。

「もう一度聞く。お前がピッポ、いや、フィリッポ・クラウディージョだな?」

 DYRAは男をじっと見る。髪と瞳の色がタヌと同じだ。顔立ちも何となくタヌと似ている気がする。やはり、捜していたタヌの父親に九分九厘間違いないだろう。それにしても、良くも悪くも存在感があるとは言い難かった。仮に今までこの男からずっと尾行されたり見張られたりしていたとしても、気づいていないと思う。それどころか、RAAZであってもこの男が街の人々や群衆の中に溶け込んでいたなら見抜くことは困難だったのではないかとすら思う。

「会えて、嬉しいよ」

 ニタニタと笑みを浮かべて近寄る男。気がつけばDYRAとの距離がほぼなくなっていた。

「お願いだ。俺の願いを、俺の願いを聞いてくれよ!」

「は?」

 こちらの質問に答える気を微塵も見せない上、一方的に自分の言いたいことを言ってくる。おまけに願いを聞いてくれとは何事か。DYRAはこの、不気味さすら感じる男を前に呆れ果てた。

「お前。そもそも私の質問を聞いているか?」

「ラ・モルテ! お前のことはたくさん調べたよ! 世界の誰よりもお前のことを知っている。お前が人間だったときのことも!」

 自分のことを知っていると言われて気にならないと言えば嘘になる。それでもDYRAは、主導権を向こうに渡してはいけないと、意図的にその気持ちを心の奥底に沈めた。

「さっきから私の話を聞こうともせず、一方的に願いを聞いてくれとか、失礼な男だな」

「俺が誰かとか、お前がくだらない質問をするからだよ」

 もはやこの調子ではまともな会話を期待できない。DYRAは二、三発殴るのもやむなしと考えを変えると、手にした蛇腹剣を青い花びらを舞わせながら霧散させた。

「ああっ! 本当に綺麗だ……綺麗だぁ!」

 男が言うなり、DYRAへ抱きつくような勢いで飛び掛かった。

「おいっ!」

 DYRAは振り解こうとしたが、男の信じられないほどの速さと強さに、動きを封じられた。両肘を掴まれて押し倒された上、彼女の下腹部の上に馬乗りになったのだ。

「何のつもりだっ!」

 これにはDYRAもさすがに焦った。タヌの父親だからと心のどこかで気を遣っていたことが完全に裏目に出た形だった。よもや、RAAZ以外でこんなことをやる輩が出てくるとは夢にも思わなかった。

 そのとき、森の木々がざわめく。DYRAは本能的に嫌な予感を抱いた。

「お前みたいなトロイアがどうしてお客様の俺が誰かとか気にする? トロイアは相手のことを一切聞かず、男の身体を喜んで受け容れる! それが掟だろう?」

 トロイア。まさか「売女」呼ばわりされるとは。

「ジリッツァのキミとヤレばどんな願いでも叶う。それで不老長寿になったのがあの、錬金協会のクソ会長だろうが!」

 ジリッツァ。初めて聞く言葉だ。一体何なのか。しかし、DYRAはそこまでに考えが及ばなかった。心の中で何かがブツリと音を立てて切れたからだ。

「何だとっ」

 DYRAは渾身の力で左肘を押さえ込む男の手を振り解こうともがいた。上半身を押さえようと男の体勢が身を乗り出すようなそれになったときだった。

「てぇっ!」

 馬乗りの体勢が緩んだ瞬間をDYRAは逃さなかった。下半身の自由を取り戻すとすぐさま膝で男の臀部を蹴ってバランスを崩した。驚きで今度は男の腕から力が抜ける。DYRAはさっと体勢を入れ替え、立ち上がった。

「いい加減にしろ」

 DYRAは足下で立ち上がろうとした男の顎を遠慮なく蹴った。

「ぐぁ!」

 転がって倒れた男の胸ぐらを掴む。DYRAは男の上半身を力ずくで起こすと、拳を作ってその頬を殴りつけた。

「タヌが、お前の息子が、お前がいなくなったときからどんな目に遭ったかわかるか? どれほどの思いでお前を捜していたか、わかるか?」

 男が顔を上げ、DYRAを、彼女のある一点をじぃっと見つめる。男の視線の先を察したDYRAはすかさずもう一度殴ろうと拳を上げたときだった。

「うあ……あ……赤い、花び……」

 小声で呟いた男の表情は、怯えたそれに戻っていた。DYRAは男がじっと見つめていた先、自身の胸元へ視線をやる。赤い花びらが一枚、付着していた。

「──!」

 それが意味することにDYRAが気づいたとき、胸ぐらを掴んで起こした男の姿は彼女の手から離れていた。

「ぐはぁっ!」

 男の悲鳴にも似た声が聞こえると同時に、赤い壁がDYRAの視界を遮った。




「私の可愛いDYRAをトロイア呼ばわりとはな。そんなお前はクズ以外の何者でもない」

 声を聞くや、何が起こったのかDYRAはすぐに把握した。

「RAAZ。お前、いつの間に」

「そのクズがキミをニヤついた顔で見たあたりからだ。ただ、声を掛けるタイミングを見つけられなくてな」

 RAAZの表情を見ることはできない。だが、その背中から怒りのオーラがあふれ出そうなのを堪えているのをDYRAは察した。

「RAAZ。本当に、この男がタヌの父親なのか?」

 RAAZがゆっくりと男の方へと歩き出す。DYRAも動いて、RAAZと男、両方が視界に入る位置へと移動した。

 大木を背にしゃがみ込んでいる男の顎を掴んでRAAZが持ち上げる。男の足が地面から浮いた。

「ああ。ピッポこと、フィリッポ・クラウディージョ。随分前、私から『鍵』を盗んだヤツだ。……久し振りだな。この数か月、コソコソ逃げ回っていた気分はどうだった?」

「離せ!」

「ったく。私の可愛いDYRAがお前の息子に振り回されたんだ。ようやく見つけたと思ったらクズ丸出し、穢らわしい手でDYRAに触れるとはな」

 RAAZが言い終わるや、男、もとい、ピッポが後頭部から大木に叩きつけられる。

「私を追い落とそうとしていた連中と組んでいただけなら笑って許したが、ハーランと組んでいたんだからなぁ。ガキの父親でないなら、今ここで殺処分しているところだ」

 そう言ったRAAZの瞳に、怒りの色が浮かび上がっているのがDYRAにもわかる。同時に、この後の対応如何では、今すぐピッポを殺すかも知れないとも。

「その女とヤッたから今があるだけの馬の骨がっ! 俺の方がお前よりもっと『文明の遺産』を広められる! この世界が『必要』としているのはお前じゃない! 俺だ!」

「ったく。取るに足りないお前を良い意味で放置してやっていたのに、これまでだな」

 RAAZが赤い花びらの嵐を起こしながら、その手に諸刃の大剣を顕現させた。それを見たDYRAはハッとする。

「悪いが私はそこまで寛大じゃない。お前の息子の命を助けた上に面倒まで見てやったDYRAへ、クズそのものの振る舞いをしたんだ」

 RAAZが言い終わるなり間髪を入れず、大木を背に膝を落としているピッポへ剣を振り下ろした。


改訂の上、再掲

180:【DeSCIGLIO】DYRA、正体不明の乱入者を追い詰めたら、何故か罵倒されてしまう2025/07/03 23:59

180:【DeSCIGLIO】この変態がタヌの父親だって? 2023/02/07 14:11

180:【DeSCIGLIO】罪悪感のなさ 2021/02/01 20:00



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 あっという間に1月が終わってしまいました。明日からは節入りで本当の意味で暦が変わります。皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!



 こちらで読んでいただいている皆様にはアレなのですが、実は、早出ししているpixivの方で更新が遅れてしまいました。理由ですか? ちょっと、疲れが吹き出てしまって、体調が芳しくないことからとなります。人間はやはり、頭を使うとものすごい体力消耗するんですね。


 次回の更新ですが──。


 2月8日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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