179:【DeSCIGLIO】キリアンに守られたタヌは、何が起きたかわからない
前回までの「DYRA」----------
DYRA、RAAZ、マイヨ、ハーランが再び一堂に会した。RAAZとマイヨが対峙し、DYRAとキリアンはタヌを守る。だが、そこへさらに乱入する者が現れる。
「ふざけるなっ!」
マイヨは呆れたとも失望したとも取れるような声を上げ、侵入した賊に詰め寄った。その表情には軽蔑とも言える色も浮かんでいた。そう。そこにいる男が見知った、いや、今後の振る舞いについて忠告までした相手──ディミトリ──だったからだ。
「アンタ、タヌ君を撃ったのか!」
「違う! 俺はあの子を撃っちゃいない!」
タヌや彼と一緒にいる人間を撃っていないと主張するディミトリ。
「じゃあ、どう説明つけるんだ!?」
「森に男が一人立っていて、俺に銃を向けて構えた。それで俺はそいつへ撃ったんだ! そうしたら何故か、あのタヌってのと一緒にいる男に当たって!」
「ああ?」
「その後、俺はもう二回、そいつに向かって撃った!」
マイヨはディミトリの言葉で何が起こったのか理解した。森のところにいる誰か。その人物がディミトリへ銃口を向けた。炎がその様子を照らし出したことで気づいたディミトリも応戦しようと銃を向ける。このとき、発砲が同時だったのだろう。二丁同時に発砲されたなら爆発にも似た音に説明がつく。そして、互いの弾同士が掠り合うか何かで弾道が変わり、どちらの弾かはともかく、それがタヌと一緒にいた男に命中したのではないか。仮にディミトリの話が事実ならば完全に不可抗力だ。タヌに命中しなかったことだけが救いだ。マイヨは楯となった人物に申し訳ないと思いつつ、タヌを守ってくれたことに内心、感謝した。だが、これで解決したわけでもないし、ディミトリの振る舞いに問題がなかったわけでもない。
「ってことは、発砲は全部で五回か」
「森の奴も、タヌと一緒の奴も皆、引き金を引いた。少なくとも、俺はそいつにしか向けていない! そいつも俺の方へ向けた!」
発砲騒ぎについて聞くことは聞いた。タヌたちに向けていないくだりが嘘かホントかは調べればわかることだ。
「それにしてもさ、どうしてアンタ、ハーランといるかな」
マイヨは事務的な口調ながらも、言葉の端々に怒りと失望を乗せて問う。
「っていうか、アンタのやりたいコトってこれなわけ?」
そう言っている先から、マイヨの脳裏をディミトリが言っていた言葉が駆け抜ける。
「俺たちの今の世界がもっと良くなるために必要なモノやコトを知っているなら、俺たちは教えてもらいたいと思っている」
自分やRAAZから見れば最悪の一語だが、新しい技術を手に入れたいばかりに、副会長のツテを頼ってでもハーランと組む。少なくとも、ピルロで聞いた言葉には偽りがないようだ。
「『自分たちの世界に役立つものを得たい』。そこに二心ナシはその通り、か」
「っ!」
ディミトリが、意外そうな表情でマイヨを見つめる。
「『どうして自分がそんな風な目で見られなければならないのか』と言いたげだな」
「マイヨさぁ。いや、会長もだけど、俺たちを見下すのは勝手だ。けど、俺たちはどんな手を使ってでも絶対に前に進む! いつまでも、俺たちを好きなようにできるなんて思わないでくれ!」
マイヨは、一体ディミトリが何を言っているのだろうと思う。少なくとも、自分はこの世界の支配者になろうなど考えたこともない。RAAZもだ。錬金協会を主宰し、『文明の遺産』の濫掘を阻止していることを除き、何かをする様子はない。
(ったく、完全に抱き込まれたのか)
ハーランと組んだなら、もはや話し合う余地などない。だが、今すぐの優先順位を考えれば先にやるべきことがある。
「取り敢えず、今すぐ立ち去るなら俺は見逃す。これ以上ここで何かをやるなら、黙っているわけにはいかない」
言い終わるなり、マイヨは手にした双剣、その一方の先端をディミトリへ向けた。
「多分ハーランのことだ。ここでRAAZと本気で殺し合うなら今頃この家は吹っ飛んでいる。そうでないってことは、トンズラしたんだろうよ。アンタもさっさと消え失せるんだな」
ディミトリが周囲を見回してから、建物の塀がある側へと走り出した。マイヨはディミトリが完全に視界から消えたのを見届けると、タヌたちがいる方へ振り返った。そのときだった。
「父さんっ!!」
マイヨの耳にタヌの声が飛び込む。一体何が起こったのかと、マイヨはタヌたちがいる方へと走り出した。
マイヨがディミトリと対峙している間、DYRAは銃を手にした男を排除しようと直列状の蛇腹剣を構えていた。
「お前が撃ったのか!」
「オネエチャン、ダメだ……」
苦しい息の下でキリアンが呟くのを聞いたDYRAは森のあたりにいる人物への警戒を怠ることなく、耳だけ傾ける。
「ピッポ、さん……タヌ君……」
ピッポさん。
その言葉を聞いた途端、DYRAはハッとした。タヌは顔を上げ、森の方に立っている人影に目を凝らす。
「今、『ピッポ』って……」
DYRAは視線をそのままにキリアンへ尋ねる。だが、彼女の言葉は続かなかった。
「DYRA……!」
タヌが叫んだ。
「どうした?」
「父さん……」
「今、何て!?」
タヌの言葉に、DYRAは剣の切っ先を僅かに下げてしまった。
「父さんっ!!」
タヌはキリアンの腕を振り解いて走り出そうとするが、できなかった。キリアンが絶対にタヌを走らせまいと、離さなかったからだ。
「キリアン! タヌを頼むっ!!」
DYRAは言うなり、剣を手に、森の方へと走り出した。
「タヌ君!」
入れ違うように、タヌたちの前にマイヨが駆け寄った。
「マイヨさん! キリアンさんが……!」
「タヌ君。さっき、『父さん』って」
「う、うん。火が点いていたから、顔が見えた。ボク、追いかけても……」
「DYRAが追ってくれている。タヌ君が後追いなんかして、森で迷子になったらそれこそ大変だ。ハーランだって、まだいるかも知れないんだよ?」
言いながらマイヨがあたりを見回す。風がほぼないことが幸いし、庭の炎は大して燃え広がっていない。加えて、たまに風が吹いても、街道のある方へ向かっているため、家や森へ延焼する心配はない。
(おいおいRAAZ。タヌ君のお父さんだってよ。ハーランをブチのめすか、しばらく足止めするかなりしてくれ)
マイヨがここで、タヌを庇った体勢を取っている男を見た。
「キリアン君、だっけ? タヌ君を守ってくれて、感謝しかない」
「ああ、まぁ、ちょっと痛いだけだから……」
キリアンが激痛を堪え、平静を装っているのがタヌやマイヨの目にも一目瞭然だった。
「タヌ君。キリアン君の上着、脱がせてあげてくれる? 手当てしないと」
「えっ、あ、あ、はい」
動揺を露わにしたままのタヌがキリアンからそっと離れると、彼の上着を脱がせる。
「タヌ君、ごめんなぁ」
「いえ。でも、キリアンさんが無事で良かったです」
タヌが上着を脱がせたところで、マイヨはキリアンのケガを確認しようとざっと上半身を見回した。肩と、背中に命中した跡がある。だが、服に血はほぼない。
「肩は掠っただけか?」
「ああ」
「背中……」
「あー、あはは……」
キリアンが痛みを堪えながら笑い出した。
「シャツの下に、テッパン入れてなかったらダメだったな。あと、致命傷のフリも時には大事ってことで……イテテテ」
意外な言葉に、マイヨとタヌは顔を見合わせる。
「『首狩り屋』なんて嫌な評判ついちまうとね、身を守るためにさ、色々ね」
マイヨがキリアンのシャツの下からちらりと見えるものに目を留めた。
「この板みたいなの、取りますよ?」
タヌが言いながら、キリアンのシャツの下から顔を出した黒い板らしきものをシャツをめくって外した。そのとき、マイヨが息を呑んだ。
(チタンとアラミド繊維製だと!? この文明で入手できるものではないぞ! しかも、この規格は、警察の仕様だ!)
タヌは見事に凹んでひしゃげた板を見ながら、マイヨをじっと見た。
(何か、マイヨさんの今日の服? の肩とか胸のあたりのやつに似ている?)
手にしたものが防弾パネルだと気づくことなく、タヌはマイヨへ手渡した。
「この板、もう凹んでいるし使えないね」
このとき、マイヨが本心で何を思っているか、タヌは知る由もなかった。
(入手経路を聞かないと。それにしても、えらく用意周到で)
「マイヨさん」
「タヌ君。寒い中で悪いんだけど、このお兄さんを早く手当てしないと。シャツ、ちょっと包帯代わりに良いかな?」
マイヨが言い終えるより早く、タヌは自分が着ているシャツをすぐさま脱いだ。その早さたるや、これでキリアンが治るなら喜んでと言わんばかりだった。
「ゴメンね」
肌着姿になったタヌに謝りながら受け取ると、マイヨがタヌのシャツを手早く破る。そして、慣れた手つきでキリアンの手当てを済ませていった。
「ああ、お手数掛けちゃって」
「いや。けど、いくつか聞きたいことができたから、答えてもらえるかな?」
キリアンがタヌへ、気休め代わりにでもなればと首に巻いていた薄手のストールを渡した。そして、苦笑まじりにマイヨへ答える。
「助けてくれたお礼もあるし、答えられることなら聞いて」
「じゃ、遠慮なく」
マイヨが鋭い視線をキリアンにぶつけながら、タヌから受け取った板を手にした。
「君のこのテッパンね。どこで手に入れた?」
「それ? ああ、それは言えないな」
タヌは目を丸くしてキリアンを見る。マイヨもにわかに信じ難いと言いたげな表情を見せる。
ここで、足音が近づいてくるのが、タヌの、いや、マイヨやキリアンの耳にも入った。三人が振り返る。
「ISLA。何が起こった?」
タヌたちの前にRAAZが現れ、足を止めた。
「ああ、話せば長いから手短に。この彼、キリアン君とタヌ君が庭へ逃げたところで、錬金協会の坊やが追ってきた。で、そのタイミングで銃が使われた」
「で、そいつが撃ったのか?」
RAAZがマイヨへ問う。
「いや。それが話が単純じゃないんだ。撃ったのはどうも、タヌ君のお父さんらしいんだ」
RAAZにとっても、耳を疑う答えだった。
「どういうことだ? ガキとコイツに聞く」
言うなり、肩の手当てを追えたキリアンに目をやった。
「お前、確かレアリ村で……」
タヌは、ここでキリアンがまずいことを言ったらどうしようとやきもきした。
「一応、錬金協会の会長とかいう怪しげな仕事をしている者だ」
「へぇ」
キリアンが納得したようなしないような顔をしているが、RAAZが構わず続ける。
「何が起こった? お前はガキを助けていたな?」
「タヌ君を逃がそうと、庭へ出た。そのときランタンの予備の油を撒いてから、とっさにランタンを落として火を点けた」
「その後は」
「派手に火を点けたおかげで森の方に人影が見えた。で、そいつがオレたちを追ってきた奴に撃った。あっちも気づいて撃ったらしい。オレは何が何だかわからないからとにかくタヌ君を庇うしかなかった」
「で、弾がアンタに当たった、と」
マイヨが補足するように言った。
「そういうこと。どっちもオレたちに向けては撃っていない。なのに、オレに当たるって、どれだけアイツら下手くそなのか」
「いや」
マイヨが自分の足下に落ちている小さなものを見つけると、それを拾った。
「両方ともそれなりに銃を使える。アンタは運が悪かっ、いや、タヌ君の運の良さに助けられただけだ」
拾ったものをマイヨがタヌとキリアン、RAAZへ見せる。潰れた鉛弾二つだ。
「潰れ弾か」
両方が撃った弾がぶつかったことを示す証拠だった。
「そしてもう一発は」
マイヨがRAAZに、キリアンが着けていた板を見せた。
「ISLA……これは」
「彼は出所を言いたがらないけど。これまでの流れから察するに、どうもタヌ君のお父さんからもらったものみたいだよ? けど、その話は後だ」
マイヨが遠回しに素材の話をするなと言ってきたので、RAAZがさっさと話題を変える。
「DYRAは?」
「追った」
答えたのはキリアンだった。聞いたRAAZは森の方へ目をやると、次にマイヨとタヌを見る。
「嫌な予感しかしない。ちょっと見てくるか。ところでガキ」
「は、はい」
「お前は顔を見たのか?」
「一瞬だけど、目が合ったから」
「そうか。……ISLA。あとは頼む。さっき言ったことを忘れるなよ?」
タヌは、RAAZが言うだけ言って、森の方へ走り出した後ろ姿を見送った。
「はやっ」
もう視界から消えている。あまりのRAAZの足の速さに声を上げたのはキリアンだった。
「夜だからすぐ見えなくなっただけでしょ」
しれっと告げたのはマイヨだった。自分やRAAZが、この文明下にいるすべての人間と比べるべくもないほどの足の速さを持っているのは別に知らなくて良いことだからだ。
「タヌ君。そのオニーサンと待っとって。心配だから、俺も追う」
「その身体で? 骨にヒビ入っていたらどうするの?」
「あ? 大丈夫だろ」
キリアンが立ち上がると、部屋へと戻った。ほどなくして、上着の着替えととび口を手にすると、森の方へと歩いて行った。
改訂の上、再掲
179:【DeSCIGLIO】キリアンに守られたタヌは、何が起きたかわからない2025/07/03 23:51
179:【DeSCIGLIO】乱入者現る! その人物はタヌの……!? 2023/02/07 14:09
179:【DeSCIGLIO】罵倒まみれの男 2021/01/25 20:00
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冬晴れの日は寒いけれど、空気が乾燥しているので布団も干せるので良いかなと思える今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
まぁそれにしてもタヌパパだ。DYRAを罵倒するなど、とんでもないことになっております。
そんなドタバタ劇の末、次回からいよいよ事情が明かされ始めるわけです。
次回の更新ですが──。
2月1日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆