177:【DeSCIGLIO】RAAZとマイヨの確執はほんの少しだが溶けていく
前回までの「DYRA」----------
DYRAに詰められ、キリアンは少しずつだが話し始める。だが、そこへ誰かの気配が──。
同じ頃、RAAZとマイヨがマロッタの食堂で相対していた。復讐の貫徹を主張するRAAZに対し、マイヨは真っ向から反対する
「今、消し飛ばすって……アンタまさか、プロトン弾を使うつもりか? この惑星の半分と、同じ運命に……!?」
「プロトン弾? 何の話だ? そんなものはないぞ」
穏やかな笑みを浮かべたまま、RAAZがマイヨへ尋ねた。
「アンタの住まいがわかったんだ。そこからの合理的な結論だ」
「私も、お前の寝床がわかった」
RAAZの口元から穏やかそうな笑みが消えていく。
「ミレディアを犯して、殺して、隠れてやりすごしたお前がここに来て味方ヅラだけでは飽き足らず、善人ヅラまでするつもりか?」
RAAZの瞳の輝きに、ただならぬ異様な雰囲気をマイヨが感じ取ると、両手を胸の高さに上げて、RAAZを真っ直ぐ見つめて手のひらを広げる。
「その件は、俺はやってないって言っているだろ?」
重い言葉とは思えぬ、どこか醒めた、まるで自分自身の問題としてではなく他人の問題としているような奇妙な距離感。マイヨの言葉と口調の不思議なギャップにRAAZは僅かながらも何とも居心地の悪いものを感じる。
「けど、アンタにそれを言葉で言っても信じてもらえないし、頼みの証拠をパッと出せないのも何とも心苦しいけれどね」
マイヨがそこまで言ったところで、持ってきた小型鞄からタブレットを取り出して電源を入れる。
「エアロディスプレイのヤツを持ってきたかったが、アイツはネットワーク切れないから。この文明世界でネットワークを使うほどバカじゃない」
「当たり前だ。人工衛星を使うから、居場所が一発バレだ」
RAAZも持ち込んだ白い四角い鞄から同じようにタブレットを取り出した。
「アンタが何をやるにしろ、ハーランを何とかしないといけない」
RAAZは聞きながら、発泡葡萄酒のグラスに口をつける。
「奴なら今デシリオだ。ガキも、DYRAも」
「ああ。けどさ、ハーランは今、錬金協会の人間といるんだけど?」
難しい顔をするマイヨを見ながら、RAAZは言葉を発する。
「……可愛いDYRAへは今の時点で必要なことを一通り話してある。今更お前にゴチャゴチャ言われることじゃない」
「ハーランとタヌ君たちが鉢合わせたらどうするんだ? おまけにタヌ君やDYRAの近くに誰だか知らない、見知らぬ変なのがいるぞ?」
ここでマイヨも発泡葡萄酒を口に含む。
「変なの? ……ああ、デシリオの『首狩り屋』か」
「知っているのか!? あの、変な奴。っていうか、アイツは何者なんだ?」
RAAZは知っていて当然と言いたげな顔でマイヨを見る。
「名前は覚えていないが、アレの目と髪、それに身体能力は覚えている。腕っ節も度胸も良い。印象的だった」
RAAZは発泡葡萄酒を一気に飲み干した。
「引き籠もりだったお前のことだ。暇つぶしも兼ねて、生体端末の情報を回収していて良いはずだが、どうやら一〇〇%は汲み上げ切っていないか?」
「一〇〇%汲むには時間がいるし、量子通信ジャックされている以上、必要なときにいつでも便利に拾える状況じゃない。で、そいつは敵なのか? 味方なのか?」
これだけはハッキリ聞いておきたいとばかりに質問するマイヨに、RAAZは何事もなかったように答える。
「あれはハーランも含め、恐らく私たち全員にとって『味方』とは言い難い。だが、ハーランの真意を知れば、恐らく我々とは『中立』くらいまでにはなるだろうよ?」
「タヌ君にとっては!?」
「ガキには味方と言えば味方だ。それでもDYRAが一緒にいる以上、どういう距離を取るかは気になるところだな」
「ってことはタヌ君のことを知っているのか?」
マイヨが問うと、RAAZはあっさりと首を横に振った。
「いや。知らない。知っているとすればむしろ、ガキの父親だ」
ガキの父親。この一言で流れが変わった。
「RAAZ。いい機会だから聞きたい。タヌ君の父親はどうして突然、姿を消したんだ?」
問いに対し、RAAZはタブレットに何か入力して、その画面をマイヨへ向けた。
「マジか」
その画面に書かれた言葉を読んで、マイヨが表情を硬くした。どこで誰が聞いているかわからない。口にしたくないのも無理はないと納得もする。
「可能性は二つか。怖くなったのか、それとも……」
「どっちだろうな」
RAAZはそう言ってから、食卓のパンに手を伸ばした。
「アンタがその決断を下す気持ちが何となく、わかった。それでも俺は言う。アンタがそれをやりたくても、俺がいる限り、それはできないし、気持ちの面でもあまりさせたくない」
「止めるなら、容赦はしないぞ?」
「RAAZ。肝心なことをもう一つ。……俺を殺せば確実にアンタは切り札を失う。しかもそれはアンタが得たものじゃない。ドクターがアンタのために残した、未来と希望そのものだ。ま、ハーランと対決しないならいらないかな?」
RAAZは一瞬、眦を上げ、不快感をチラつかせる。マイヨが自分を煽ってきていることがわかったからだ。
「それに、何度でも言うけど、恨む相手を間違えて、本当のことを何も知らないまま、とんでもなく長い時間を生きることを選択するのは精神衛生上、オススメしない」
「お前は、何を知っている?」
「アンタにわかるように言うなら、『ドクターの遺産の正しい開封方法』かな」
マイヨの言葉を聞くと、RAAZはタブレットをテーブルに置いて席を立ち、マイヨの傍へ行く。
「何故ミレディアが残したもののことをお前が!?」
そう言って、RAAZはマイヨの胸ぐらを一気に掴み上げた。
「当然でしょ。俺にRAC10が採用されている時点で、そういうことだよ?」
マイヨが笑みを浮かべ、胸ぐらを掴むRAAZの手をそっと握る。
「これから言うことは、あんまり言いたくなかったし、永遠に黙っていたかったが……」
マイヨがあからさまにわざとらしく大きな溜息を漏らすと、小さく肩を竦める。次の瞬間、金色と銀色の瞳が、RAAZの銀色の瞳を真っ直ぐ捉えた。
「アンタのために身体も魂も売れとドクター・ミレディアに言われて、俺はその通りにした。それだけだ」
普通に聞けばマイヨの言い分は支離滅裂にも等しい。仮に彼女へ好意を多少なりとも持っているとして、違う男のために自分のすべてを差し出せと言われて、言われるがままに差し出す愚かな人間が一体この世のどこにいるのだ。だが、この言葉以上にRAAZを驚かせたのは、ほんの僅かたりとも冷静さを失わぬマイヨの視線だ。
「ISLA。お前は何を言っている……?」
マイヨはRAAZの手を退けた。白い上着の胸元にしわがくっきりとついてしまったが、意にも介さない。
「RAAZ。俺はマイヨ・アレーシだ。ISLAじゃない」
戯けた口調で答えるマイヨに、RAAZは一体どういうことなのだと言いたげな表情を隠しきれなかった。
「俺は死にたくなかった。だから、ドクターに言われるまま、身体も魂も売り飛ばした。その見返りで今、こうしてマイヨ・アレーシは生きている」
「何を言いたい?」
「ハーランの件もある。客観的証拠を示せずこういうことを言いたくはなかった。けど、もう時間がないかも知れない」
マイヨもタブレットをテーブルに置いて立ち上がった。懐から鉄扇を取り出すと、畳んだままRAAZへ向ける。
「ったく。アンタの言う、俺がドクターを殺したって言い分が状況証拠からズタボロだって今、立証してやる」
客観的証拠がないのにどうやって証明するつもりなのだ。マイヨが言うに事欠いて無茶苦茶な主張をするつもりなら、この場で処分するしかない。RAAZは、マイヨの意識を奪ってオロカーボンのカプセルに閉じ込めた上、カプセルごと窒素のプールに沈めてやろうかなどと考えながら耳を傾ける。
「俺が仮に殺したとしよう。ならばどうやって隠れる?」
さらに畳みかけるようにマイヨが続ける。
「ドクターはどうやって殺されていた!? 凶器は何だ!? 俺がいつ、どうやってそれを外から持ち込める!? ドクターの部屋にはもともと、そんなものはなかった!」
RAAZの脳裏を、思い出したくもない忌まわしい瞬間が走馬灯のように駆け抜けていく。
「だいたい、俺は収容された時点からずっとオロカーボン漬けだ。しかも、四肢を再生させつつ、RAC10を馴染ませるため! 当然、外へなんて出られるか! 俺の四肢がすごい状態だったのは、アンタも見ただろう!?」
ここまで言ったところで、マイヨが苦々しい表情で扇子を少しだけ広げると、鼻の頭から口元あたりを隠して、それまでとは一転、小声で話を結ぶ。
「俺があの中でくたばっていたとき、これ見よがしにオロカーボンカプセルの外でドクターとちちくりあってイチャコラしていたアンタが、一番わかっているだろ。ったく……!」
マイヨの言い分をすべて聞き終えたところで、RAAZは呆れたとも、こっ恥ずかしいとも何とも言えぬ表情で天井を仰ぎ見た。
「RAAZ。アンタそろそろ、ホントのことから目を背けない方が良い。その上でこの星にいるすべての人間を殺したいのか、もう一度考えてもまだ間に合う。それで納得した上でやるなら、俺には止められない」
「なら、どうすると?」
「ハーランを殺した上で、ドクターがアンタに残した希望の切り札を使えなくする」
吐き捨てるような口調で告げたマイヨを、RAAZは睨み付けた。
「じゃあお前は、ミレディアを殺した奴のことを」
「証拠をすぐに出せない段階で俺の口から軽率に明かすことじゃない。むしろ、真実くらい、自分で突き止めろ。と言っても、アンタが俺への変な逆恨みを捨てるなら、協力することはやぶさかじゃない」
真実、いや、真相に向き合う必要がある。ISLAと再会して以来、RAAZ自身も薄々感じてはいた。ただ、向き合ったところで結局やることが変わらないのに、時間を割く必要があるのか。これまではそんな風に考え、向かい合うことを避けてきた。しかし、ここに来てISLAが自らの身の潔白を状況証拠を元に説明してきた。真犯人が誰かは別として、彼が凶行に及んだことを証明不可能にする程度には十分な説得力があった。この程度も考えられなかったのだ。どれだけ自分があの事件を忌避していたのかを改めて思い知らされる。
「それでも、私が復讐することには、変わらない……」
「ドクターはアンタに時間という名の希望を残している。心を摩耗しない復讐ができるなら、そっちの方が俺は生産的だと思うけど?」
マイヨの言葉に、RAAZは何も答えなかった。
「RAAZ。そこはまた改めて。今はタヌ君たちだ。万が一、ハーランと鉢合わせになったらたまったもんじゃない。今すぐ行かないか?」
「そうだ、な」
「決まり。じゃ、俺は先に行って、マーカーを点ける。追えるだろ?」
「マーカーがあれば誤差がなくなるから助かる」
「じゃ、決まり」
マイヨはタブレットを小型鞄へ収めると、「それじゃ」と言い残して足早に部屋を出て行った。
改訂の上、再掲
177:【DeSCIGLIO】RAAZとマイヨの確執はほんの少しだが溶けていく2025/07/03 23:36
177:【DeSCIGLIO】キリアン、ようやく重い口を開く 2023/02/07 14:05
177:【DeSCIGLIO】炎の向こう側 2021/01/11 20:00
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新年早々、首都圏は緊急事態宣言。全国に適用範囲が広がるのも時間の問題ではないかと思います。一方、アメリカでは一体何が起こっているのかさっぱりわかりません。そんな中、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
今回は『真実のふたり×4』入りのスタートエピソードです。
誰もが思わぬ形で、登場のサプライズは……タヌの、ええ。そうですね。
ここから先はドバーッと行きたいところです。
次回の更新ですが──。
1月18日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆