176:【DeSCIGLIO】DYRAたちがキリアンと話す頃、RAAZとマイヨも……
前回までの「DYRA」----------
DYRAとタヌはキリアンの案内で、港町デシリオの小高い丘の上にある家へと案内される。そこはどうも、タヌの父親ピッポが使っていた場所のようだ。DYRAはキリアンを詰める。
「話すにあたって、まず、この街、デシリオについて知っておいてほしいことがある」
キリアンがグラスの発泡水を一気に飲み干してから話を始めた。
「知っていると思うけど、この街は隣のチェルチ村と揉めている。タテマエはトレゼゲ島への交易利権を巡って、だ」
DYRAとタヌはそれぞれ、先にこの話をするのは何故だろうと考えながら耳を傾ける。
「本当は、全然違う」
「どういうことだ?」
「ウラを取りたきゃ港の人間、そうだな、小舟で漁に出る奴らに聞けば良い。それこそこの街にも漁師はいる。連中に聞いてくれて結構だ」
タヌはこれからどんな話が始まるのか気になって、食事の手が止まった。その様子を見たDYRAは、せっかくのホタテ貝を焦がしてもいけないと、焼けた分をタヌの皿へと乗せた。
「沖合の方に、岩があるんだ。岩礁ってヤツ。その近くで何度か怪しい船が泊まって会合やっているのが目撃されている。実は、チェルチとのゴタゴタ話が出たのはこの頃からなんだ」
話の雲行きがいよいよ怪しくなって来るのか。タヌは気持ち前のめりになる。
「ここからトレゼゲ島へ行って帰るのに、どのくらい掛かるか知っている?」
「三日くらいですか?」
タヌがホタテ貝の中身を取り出しながら答える。
「行って帰って、下手すりゃ五〇日近く掛かる」
言いながら、キリアンが腰にベルトでつけている小物入れからメモ書きの紙を取り出す。
「岩礁に怪しい連中が来るようになってどんくらい経つかは正確にはわからん。けど、最初に目撃されてから二年は経ってない。去年の今よりは前だ。で、この話の数日後に交易船がトレゼゲから帰ってきた。そのときは特に揉めごとも面倒もなかった。交易船がまた出発して、少し経ってから、トラブルの話が降って湧いた。デシリオとチェルチがトレゼゲ島を巡って揉めてるってウワサが流れたんだ。でも、オレたち地元民は全然そんなこと知らなかった」
思いっ切り怪しい。それがタヌの率直な感想だった。上手く理由の説明ができないが、トラブルがあったなら、交易船が戻ってきた時点か出かける前に話が出る気がしたからだ。
「チェルチは漁村だが、あそこのキエーザ港は大きな船は入れない。トレゼゲに用があるなら、ここのハムシクかカジェホン、どちらかの港を通すしかない。だから、交易で揉め事なんて起こるはずがないんだ。しかも、仕入れ商売している連中から聞いても、チェルチの漁師や運び屋ともトラブルなんて起こったことがないって」
「その話が本当なら、デシリオとチェルチが争う理由がない。というより、トラブル自体がガセか、誰かが別の目的で漁村と港町を煽った?」
DYRAが呟きながら焼けたホタテ貝を、今度はキリアンの皿へ盛った。
「その通りや。実際、噂話を聞いて、誰かこの街に見に来たか? 少なくともそんな人間見たことない。他の街の奴らは興味がないんだ」
DYRAとタヌは顔を見合わせた。
「最初にペッレへ行ったとき、何か聞いたことがあるか?」
「ボクはないよ」
「私は酒場へ寄ったとき、チェルチとデシリオの話を聞いた。だが、それだけだった。見てきたとかそんな話は知らん」
ここで会話がいったん途切れた。三人はそれぞれ、今のうちに盛られたものを食べようと、無言で食事を進めた。
「んで」
皿に盛られたものを一通り食べたところでキリアンが話を再開する。
「岩礁に集まった怪しい連中の話の続き」
DYRAとタヌはそれぞれ発泡水を飲みながら、耳を貸す。
「それでオレ、最近、それらしい船が来ていたときに、何度か密航したんだ」
よもやそんな危ない橋を渡っていたとは。DYRAもさすがに驚いた。しかし、腕っ節にそこそこ自信があって面が割れてないならおかしくないか、などと思い直す。
「オレが見た一回目は最初の方で三つ編みの男と錬金協会のエラいさんっぽい人。二回目は三つ編みと板きれみたいな色眼鏡の髭面。最後は割と最近だ。そのときはまた最初の二人」
DYRAは聞きながら、錬金協会の人間以外は、マイヨの生体端末と、ハーランではないかと目星をつける。
「何を話していたんだ?」
「『盗まれたものがまだ見つからない』。あと、『ピッポが見つからない』、か。……ああ、それと」
キリアンは記憶の糸をたどりながら話す。
「髭面がいたときは、『トリプレッテの入口が見つからない』か」
「何だそれは?」
「知らん。それでも、『トリプレッテ』の『鍵』と引き替えで何か色々贈り物をするって」
「何だと」
「で、その『鍵』がないと『トリプレッテ』の入口が何とかって」
聞きながらDYRAは『トリプレッテ』とは何なのか聞きたいと思うが、わかっていれば話すはずだ。キリアンにそれを聞いても答えを期待できそうにない。
「『もともと、指輪を入れた箱に入っていた』って。けど、その箱かどうか、箱に入っていた中身か確かめる方法がもうないって」
「何故だ?」
「話の流れ的に、どうもピッポさんが中身だけ持ってきたらしい。で、問題の箱のものか確かめる方法がないんだとさ」
指輪を入れた箱、のくだりから、DYRAは宝石箱らしきものを思い浮かべる。
(まさか、ないとは思うが、まだらの壁の部屋にあった、あれか?)
仮にそうだとして、中身は今どこにあるのか。DYRAは無言で、考えごとでもするように外を見る。そんな様子を見つめるタヌも一緒になって外を見る。夜の森からは物音一つ聞こえず、本当に静かだ。
「うわー。ここって、すごい外が静かなんですね」
タヌは、何となく硬い雰囲気になってしまった場の空気を和らげようと口を開く。
「言われて見れば……」
「おかしい」
タヌの言葉に、DYRAは耳を澄ませる。キリアンも反射的に外に意識を向けると、視線だけ動かして森の方をあちこち見回した。
「どうしたんですか」
何かまずいことを言っただろうか。タヌは素朴な疑問を抱きながら、キリアンとDYRAへ代わる代わる視線をやった。
(虫の鳴き声も、動物の気配も何もない。おいおい、おかしいだろう)
(何だ。この神経質な雰囲気は?)
何かがおかしい。DYRAとキリアンは互いを見てから庭の向こうに広がる森に再度視線を注ぐ。だが、人の気配などは特に感じられない。
「まさか……」
キリアンはハッとする。
「オネーチャンとタヌ君はここで待っておって」
「待て」
DYRAは嫌な予感を抱くと、反射的にキリアンの肩を押さえる。
「私が行く。タヌを頼む」
DYRAはタヌを、彼の鞄と一緒にキリアンへ押しつけるように預けると玄関へ向かった。キリアンはタヌの肩を抱いたままランタンを用意して途中までついていき、玄関へと繋がる廊下の曲がり角のところで止まって、隠れる。ランタンの火も玄関の方を照らさぬよう自身の後ろへ置く。その間にタヌが、キリアンのピストルを鞄から取り出して返した。
玄関の大扉が静かに、少しずつ開く音が耳に入る。真っ暗な玄関に僅かずつ、細い一筋の光が入ってくる。
「タヌ君、静かにな」
キリアンが小声でタヌに念押しすると、万が一を想定し、後ろへ回り込んでタヌの口を軽く塞いだ。物陰から見つめる二人の視線の先にはDYRAの背中が見える。そして、その先に細い微かな光も。
「誰か……来る」
DYRAとタヌがキリアンの案内でデシリオの丘の上にある『学者のおっちゃん』の家に着いた頃──。
大都市マロッタの中心部にある高級料理店『アセンシオ』に、マイヨ・アレーシが姿を見せていた。手には二つ折り書類程度な大きさの、黒い小型鞄を持っている。
「はーいっ! いらっしゃいませぇっ!」
店長ながらも自ら率先して給仕として働く金髪の中年男が出迎えた。
「おや、お兄さんじゃないですか。あれ? 今日は、タヌさんご一緒じゃ?」
店長に聞かれたマイヨは笑顔を見せる。
「ら……いや、サルヴァトーレさんだっけ? 彼の女友だちと一緒」
「ええ? どの?」
店長の返しにマイヨは困惑する。
「どのって、えっ」
「だって、ねぇ。サルヴァトーレさんはお仕事柄、女性のお友だち、二〇〇人以上いるし」
マイヨは聞いた瞬間、面喰らった。同時に店長に対し、わかってくれよと思う。そして、彼がDYRAまわりの情報を持っていないことを理解した。
「あ、ああそうなんだ。それは知らなかったよ。で、彼は来てる?」
「この間来たとき以来そういえば。ま、『服のお披露目準備が』とか言ってませんでしたし、近々顔を出すと思いますけどね」
マイヨは聞いたことを新しい情報として記憶した。
(長期で留守にするときは怪しまれないようにファッションショーの準備、ね。なるほど。それで表向きの仕事にそれを選んでいたのか)
そのときだった。
「あれぇ」
背後から、聞き覚えのある声が響いてくる。マイヨは反射的に振り向いた。そこには、葡萄色のコートに身を包んだ、自分より背の高い煉瓦色の髪をハーフアップにした、今まさに話題にしていた男が立っていた。手には白い四角い鞄。
「いらっしゃいませぇ! サルヴァトーレさん。こちらのお兄さんとちょうど話していたところだったんですよ」
店長の言葉を聞いたサルヴァトーレが笑って切り出す。
「そうだったんだ。何日か来なかったからね」
「如何されます? 貸切のお部屋もすぐご用意できますよ? 今日は二階のお部屋は誰も入っていませんので」
「じゃ、お願い。このお兄さんと話したいこともあるし」
サルヴァトーレがそう言うと、マイヨに二階へ一緒に行こうと指差した。
二人が入った個室は、図らずも以前、マイヨがタヌと来たときに利用した、八人用の大きな部屋だった。天井には大きなシャンデリア。さらに壁付けシャンデリアも四つある。豪華な作りの桃花心木のテーブルも八人使ってもまだ余裕がありそうな広さながら、揃いの椅子は四脚だけ。部屋の奥の壁は一面すべてステンドグラス窓で、一階の様子を見下ろせる。
「それじゃ、何かあったら呼んで下さい」
店長がカーテンを開き、脇にまとめてから引き戸を開く。引き戸の無粋な開閉音を打ち消すような心地良い真鍮の鈴の音と共に、彼は部屋を出て行った。
「さて」
テーブルに置かれたフォアグラやキャビアを乗せた小ぶりのパンや発泡葡萄酒が注がれたグラスに目もくれずにマイヨを見つめる男は、姿形こそサルヴァトーレだが、目つきや仕草、そして声の響きはもはやそうではなかった。
「正直に言うが、私の可愛いDYRAが戻ったとき……戸惑った」
「まさか、DYRAのおかげでお互いの住まいがわかるとはね」
この言葉を聞いた瞬間、RAAZはマイヨが何を思い、言いたいのかを察した。しかし、それを敢えて口にしない。
「RAAZ。アンタは俺がわざわざマロッタまで来た理由を、もうわかっているんだろ?」
「呼び鈴を押せないからだろ?」
「一つは、その通りだ」
「他には?」
「アンタのことだ。タヌ君のお父さんがどこで何をしているのか。隠れ家がいくつ、そしてどこにあるのかもわかっているんだろ?」
「それで?」
「ハーランが海に沈んだ入口を嗅ぎつけた。しかも、錬金協会の人間もご一緒だよ」
聞きながら、RAAZは静かに頷いた。
「奴が錬金協会を取り込んで、この文明の世界で何をしたいのか、アンタももうお察しだろ?」
もう一度、静かに頷く。
「これは俺の印象だ。錬金協会、ヤバイんじゃないのか?」
RAAZは穏やかな笑みを浮かべた。
「正直、こういう展開になったなら、それはそれで、どっちでも良い」
「どういう意味だ?」
「ハーランに靡くなら、全部残らず消し飛ばす。いっそ気兼ねなくできる」
このとき、RAAZの瞳に穏やかな笑みとはまったく相容れない、刃のような輝きが放たれたのをマイヨは見逃さなかった。
改訂の上、再掲
176:【DeSCIGLIO】DYRAたちがキリアンと話す頃、RAAZとマイヨも……2025/07/03 23:24
176:【DeSCIGLIO】RAAZとマイヨ、わだかまりを解く? 2023/02/07 13:57
176:【Speciale】父さん 後編 2021/01/04 20:00
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新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
早速ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
1月は公約通りスペシャル版で、しかもRAAZとマイヨで大荒れ展開です。
そしていよいよ『真実のふたり×4』が核心へと入っていきます。
次回の更新ですが──。
1月11日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆