175:【DeSCIGLIO】DYRAとタヌ、謎の家へ案内される!
前回までの「DYRA」----------
ようやくマイヨが目を覚ました。DYRAがいなくなったことに気づき、「悪いことをしたな」と反省しきり。それにしても彼女はどうやって入口がないも同然のここから出られたのか? その方法を突き止めたとき、マイヨはRAAZに自分の居場所がバレたことを悟る。
濁ったホワイトラブラドライトのような色に染まった曇り空の下、ペッレを出た一台の客室付馬車がデシリオへ向かう街道を走っていた。キリアンが御者をつとめ、客室にDYRAとタヌが乗っている。客室の壁越しでDYRAとキリアンが背中合わせになっている。
「オネエチャン。地下道で会ったとき一緒におった男やけど……」
切り出したのはキリアンだった。タヌは少しだけ身を乗り出して、キリアンの背中を見ながら耳を傾ける。
「オネエチャン、アイツと仲良しなんか?」
問いを聞いたとき、DYRAが伏し目がちになりながらも難しい表情をしたのをタヌは見逃さなかった。
「答えるほどじゃない」
タヌは内心、キリアンがこの話題に深入りしないでほしいと願う。自分だってたまたまDYRAと一緒にいて、かつ、父親絡みで何かあるので無事なのに過ぎない。RAAZ絡みで度を超えて深入りすればDYRAだって黙っているわけにはいかなくなる。あれこれ考えながら、タヌは窓を開いてあたりを見回した。
「うわぁ」
視界のずっと先ではあるが、青いものが広がっている。
「どうした?」
「DYRA! すごい! ずっと向こう、青いよ!」
タヌの声を聞いたDYRAは視線だけ動かして見てみる。
「海、か」
「あー。もうそろそろ着くな」
キリアンの声だった。
「ま、朝から2回ばかり休憩しつつ、ノタコラ走ったからな。時間的にはこんなもんか」
DYRAは聞きながら、懐中時計をそっと取り出して時間を見る。4時を過ぎていた。
馬車はそれからさらに30分ほど走る。そして空の色が濁ったラブライドライトのような色になった頃、ようやく停まった。
「着いた」
キリアンが客室の扉を開いて声を掛けた。
「ここは、どこ?」
「デシリオや。場所的には北東側の小高い丘の上ってとこやな。もう少し向こうまで走れば住宅と、その向こうに中心街か」
DYRAとタヌはあたりを見回した。北側に森が広がる田園地帯の一角に、ポツンと家があるだけだ。走ってきた道を見ると、北と東、それぞれの街道へ出る道と、港などがある南へ行かれるそれがある。西への道はない。
「ここな、オレの知り合いがコッソリ買った家。街じゃ『学者のおっちゃんが物置で買ったところ』ってことになっている。だから誰も来ない。最後の休憩所で食べモンや飲みモンもしこたま買い込んだし、今日は心配ない」
邸宅の玄関でキリアンが告げると、タヌはぐるりと視線をめぐらせて建物の中を見る。
「今は誰もいないんですか?」
「ああ。いない」
ここまで聞いたところで、DYRAはキリアンへ睨むような視線をぶつける。
「おい」
「何? オネエチャン」
「その『学者のおっちゃん』、そいつの名前は?」
「ん?」
問いかけを聞いたキリアンが玄関の大扉を閉めた。
「あー。ピッポさんな」
タヌの顔色が変わった。DYRAはその様子を見ると、すぐさま次の質問をぶつける。
「その人物の名前は、ピッポ、何だ?」
「ピッポ……ええっと」
キリアンが天井を見上げて記憶をたどるような仕草をしてからDYRAとタヌを見る。
「それ、知ってどうするん?」
キリアンの問いに、タヌは答える。
「ボクの、父さんかも知れないから」
タヌのすぐ後ろに立っているDYRAは、その手に青い花びらを舞わせ始める。
ふたりを見つめるキリアンの表情は、それまでふたりに見せたこともない、真剣なものに変わっていた。
「地下道の件を知っていたり、レアリ村でタヌの家だけを家捜ししたり。答え次第では……」
DYRAの言いかけた言葉は続かなかった。
「待った、待った! オレを斬るとか言うの、ナシな?」
「悪いが、答え如何では、タヌに危害が及ぶ可能性を排除しなければならないからな」
手にした、諸刃の蛇腹剣の切っ先をキリアンの顎先へ突きつけた。DYRAの振る舞いに、やり過ぎではないかとタヌは内心、ハラハラする。
「オネエチャン。お天道様に誓って最初に言っておく。オレは『錬金協会』の人間でもないし、タヌ君を攫ったり殺したりする気もない。けれど、ある人がタヌ君のことを気にしていて、その人から、タヌ君を追いかけ回すヤツが来たら『何とかしろ』って言われていたのは本当だ」
キリアンの口から飛び出したまさかの返答に、タヌは目を丸くする。対象的にDYRAは眉ひとつ動かさない。
「追いかけ回すヤツ?」
タヌが問うと、キリアンはこくこくっと、小さくであるが、頷いた。
「ああ」
それがDYRAのことなのか、タヌは聞いてみようとするが、キリアンの方が一瞬早かった。
「オネエチャン。俺もひとつ教えてほしいことがある。タヌ君を村で助けた恩人だって話だけど、そもそも、そのときどうしてあの村にいた?」
「質問をしているのは私だ。まったく」
そう前置きをしつつも、DYRAは剣の切っ先を下げることなく、話す。
「RAAZを捜すためだった」
「RAAZ?」
「ああ。素性不明と言われる、錬金協会の会長だ」
「ホントだよ。本当に、DYRAは通りすがりで、ボクも不思議な手紙を見せてもらったし」
DYRAの肩越しに、タヌは反射的に補足の言葉を告げた。
「……そっか。それ聞いて安心した」
キリアンが小さく頷きながら呟き、ゆっくりと手を腰のあたりに持っていく。ペッパーボックス式ピストルの銃身側を持って取り出すと、ふたりに胸の高さで銃を見せてから手を離し、足下に落とした。ゴトリ、と鈍い音が響く。床に落ちた銃をさらにDYRAの方へ軽く蹴った。
意味することを理解したDYRAは、足下に転がってきたピストルを踏むと、視線をキリアンから離すことなく、タヌの方へ蹴った。タヌはそれを拾うと、いったん鞄へ入れた。
「タヌを罠に嵌める気だけはないんだな?」
「オネエチャンがその追いかけ回すヤツだったら、差し違えてでもタヌ君を逃がすつもりだった。俺にしてみればそうじゃない、タヌ君の味方ってわかれば、それで良い」
「もしかして」
タヌだった。
「その、キリアンさんに頼んだ人が、ピッポさん?」
「それはオレの信用に関わるから勘弁して」
答えを聞いたところでDYRAは考える。目の前の男は何か、それもタヌの父親捜しにあたり核心的な手掛かりを握っているのではないか。だいたい、タヌの前に現れたタイミングを考えても都合が良すぎる。この男から、話を聞ける限り聞き出した方が良い。何よりタヌも彼の話を聞きたいに違いない。DYRAは手にした剣を霧散させた。
「まぁ、オレから色々聞きたいってのはわかった。いくつかは無理だけど、奥にある庭の見える食堂で話そう。こんな玄関で話すのも何だろ? タヌ君も腹減っただろうし」
DYRAは目の前にいる男との、朝からここまでのやりとりを思い返す。完全に信用して良いかはわからないが、アクが強いものの、きちんと話ができる相手だとはわかった。何より、彼は銃も自分から渡してきたのだ。ここからはできる限り、タヌの気持ちも尊重しながら進めていく方が良いかも知れない。DYRAはみだりに圧を掛けるのを控えようと判断した。
DYRAとタヌが案内されたのは、大きなシャンデリアが吊された食堂部屋だった。部屋の壁一面が窓になっている箇所があり、今は開いている。そこから見える庭は、小さな噴水池もあり、馬車が入ることもできそうだ。
「すごい、高い木がいっぱい」
タヌの目を引いたのは、庭の向こう側、ブナやヒノキの木々が広がる広大な森だった。
「あー、あっちは行っちゃダメだって話だ。あっちからこっちへ来ないようにするための人除けがあるとかって」
言いながら、キリアンが海鮮類や野菜を盛った大皿をテーブルに置いた。大きなテーブルの中央には、鉄網を敷いた、炭火の点いた小ぶりな火鉢が置かれており、それぞれの席にはワイングラスと皿、フォーク、そしてトングが置かれている。
「タヌ君。食べたいモン、どんどん焼いて食べて」
言いながら、キリアンが大ぶりな海老や野菜を次々と網の上にのせ、焼き始める。
「良いんですか?」
「おう。タヌ君は聞きたいことがいっぱいあるだろうけど、朝にしろ、さっきにしろ、話すのはオネエチャンに任せた方が良さそうだからな」
タヌは若干不本意ながらも、その通りだと思った。これだけは気になると思ったときだけ口を挟もうと決め、聞き役に回ることにした。
「整理させろ。お前は言った。この家は、巷で『学者のおっちゃん』と呼ばれる人物が手に入れたもの。その学者の名はピッポ。お前はある人物に頼まれてタヌに近づいた。だが、その人物の名を言えない」
思い出すように、DYRAはぽつりぽつりと話す。
「しかもお前はこの家の事情を知っていただけじゃない。鍵を持っていた。ならば、お前の正体について合理的な推測に基づく可能性が3つ」
DYRAはグラスに入った水を飲んだ。このとき、タヌは彼女が何を言い出すのかと、焼き上がった海老を食べようとする手を止める。
「ひとつ目は、この話は全部嘘で、お前はハーラン本人を知らずとも、錬金協会を含む、事情を知っているであろう人間とグル。ふたつ目は、お前の依頼人とやらがピッポ、さもなくば彼の失踪に積極的に手を貸す者」
タヌはDYRAをじっと見る。錬金協会と繋がる人間か、自分の父親かも知れぬ人物に頼まれているか。キリアンがどちらであれ、出会ってからここまでの流れを振り返れば十二分に有り得るのではないか。しかし、最後に残った可能性は一体どういう内容なのだろうか。タヌは固唾を呑んだ。
「最後のひとつは……」
ほんの一区切りのはずが、タヌには恐ろしいほど長い時間に感じられた。
「お前がピッポ」
「え……!」
まさかそんな言葉が飛び出すとは夢にも思わなかった。タヌは、DYRAとキリアンへ何度も視線を交互にやる。
「いや、そ、それは」
タヌは困惑の色を浮かべる。いくら何でもそれはない。キリアンがどうこう以前に、顔が違う。髪も、目の色も。姿形どころか、雰囲気すら似ていない。
「DYRA、ちょ、ちょっ……」
この状況で何と言えば良いのか。タヌは視線を泳がせながら言葉を探す。
DYRAの言葉が一区切りついたと判断したのか、キリアンが何事もなかったようにホタテ貝をふたつ、網に乗せる。続いて、焼けた獅子唐とエリンギをDYRAの皿へ盛った。
「オネエチャン。2番目は回答拒否や。最初と最後も有り得ない」
「今言ったことは、私がお前から聞いたことを整理しただけだ。お前からの回答など求めていない」
「いくら、可能性の列挙だからって、怖いこと言わんといて」
ほんの少しでも可能性がある選択肢を全部取り敢えず挙げてみただけと見破ってきた。タヌが言った通り、キリアンは頭の回転が速く、鋭いとDYRAは改めて思う。
「タヌ。話を続けるが、ここまででキリアンへ確認しておきたいことは何かあるか?」
「ううん。ボクはいったん、ちゃんと聞いてからで」
「わかった」
DYRAは、視線をキリアンへ戻す。
「キリアン。だったな」
「ん?」
「タヌの父親かも知れない、そのピッポ絡みのこと、お前の知っている限りを聞かせろ」
キリアンは何をどこから話そうか考えるように、天井や窓の外を視線をやり、考え込んだ──。
改訂の上、再掲
175:【Speciale】父さん 前編 2020/12/24 20:00
175:【DeSCIGLIO】DYRAとタヌ、謎の家へ案内される! 2023/02/07 13:56
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メリークリスマス。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
12月の大荒れ展開第三弾。
誰がこんな言葉がDYRAの口から出てくると予想したでありますか!
次回の更新ですが──。
1月4日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆