174:【DeSCIGLIO】RAAZとマイヨを隔てる壁
前回までの「DYRA」----------
港町デシリオで密会中のハーランとディミトリ。船で遊覧航海しながらハーランから明かされる話を、ディミトリは前のめり気味に聞いた。彼は気がついていないが、絡め取られ、カタに填められてしまった──。
(850、ね)
階段の踊り場、「B50」と書かれた壁の前にRAAZが立っている。そう、DYRAがマイヨの居場所を立ち去ったときに通った長い階段の踊り場だ。
(ま、地下50階、想像もできないなら無理もないか)
ミレディアの研究施設の構造を思い出しながら、RAAZは苦笑していた。施設自体、偽装に偽装を重ねまくり、施設のエレベーターの中で1基だけリニアモーターを秘密採用し、搭乗者の移動距離感をごまかすほどの念の入れようだ。実際、地下10階と呼ぶ場所は現実の深度で40階分に相当する。
(ISLAの奴。まさか、ここに立て籠もっていたとはな)
RAAZは、マイヨが鍵を掛けて他の人間が入れないようにしていることに気づくと小さく舌打ちをした。
(それにしても、ミレディアとの思い出があるここに入れない理由が、奴が鍵を掛けて封鎖したから、とはな)
RAAZは扉を前に溜息をつくことしかできなかった。
(私は、どうする?)
考えごとをしながら、RAAZはゆっくり階段を下り始めた。
(ミレディアを殺したISLAと組めるのか?)
組めるわけがない。だが、両方排除するなら、どうやってもハーランが先だ。彼が後になることは有り得ない。その上でISLAも排除する道を取るなら、それにあたっていくつか確かめておきたいことも出てくる。まず、ハーランと組む可能性だ。
(ISLAが、自分をバラバラにして殺そうとした奴と手を組むか?)
嫌な選択肢がRAAZの脳裏を掠めたとき、ほぼ同時にISLAの言葉も思い出す。
「ドクターはアンタが思っているよりたくさんのものを俺にくれた」
(私を憎んでも、恨んでも、彼女へそう思っているとは、とても思えない)
「俺にとってあの人は恩人で、人並み程度の恋心は持ったりもしたけど、あの人の明るさに励まされた。おかげで辛い治療も耐えられたことへの感謝の方がずっと大きい」
RAAZは自分がISLAの立場ならどうかと考える。恩人であるミレディアの相方にどんな感情を持ち、如何なる振る舞いをするだろうか。ハーランに痛めつけられ、生死の境を彷徨っていたところを助けてくれた人物は恩人だ。仮に危害を加える旨の命令があったとして実行するだろうか。
(まともな神経を持っていれば、断れずとも時間を引っ張るなり適当な言い訳で取り繕って、のらりくらりでやり過ごすだろうな)
普通の真っ当な感性を持った人間ならそう考えるだろう。だが、相手はISLAだ。軍で最も冷静かつ冷徹な判断をするまで評判になった男。どうだろうか。RAAZはさらに検討を重ねる。
(そもそもの話で、奴が完成していないなら)
直接、間接を問わず、ミレディアに危害を加えたところで、百害あっても一利たりとも無い。では、実際にあの日に起こったことは何を意味するのか。
(私が考えているより、足りない情報が多すぎるということか!)
ISLAから聞いて確かめるべきことが予想以上に多いかも知れない。RAAZは取り急ぎなすべきことの優先順位を頭の中で決めていく。
(何より、ミレディアはどうしてISLAを選んだんだ?)
生体端末をバラまいて情報を回収する装置のためだけにミレディアが彼を選んだとは到底思えない。単なる情報収集端末なら、通信装置のついた無人偵察機から小型の盗聴マイクにいたるまで無数にばらまくなりプログラムに侵入させて、ディープラーニング機能がついたAIにでも回収し、開発していた超伝送量子ネットワークシステムで分析させればいいだけだ。何故わざわざISLAなのか。
(ミレディアは奴に……)
何か別の目的を持たせていたのではないか。そうでなければ説明がつかない。
ここで考えるのは時間の無駄とばかりに、RAAZは何階分かの階段を下りていき、その姿を消した。
「俺としたことが……」
意識を戻したマイヨは、容器の中で上半身を起こしながら、コード類を無造作に外し、容器の外側へ放った。
「DYRAに悪いことをしちゃったな」
マイヨは身体を起こして容器から出ると、奥にある扉の向こうへ姿を消した。10数分経って、着替えを済ませて出て来ると、本1冊程度の大きさをしたガラス板状の薄型情報端末──タブレット──を手に、隠し扉の向こうにある昇降機を使って上へ移動した。
「あれま」
上がった先、薄暗い部屋はがらんどうだった。それにしてもDYRAはどこへ行ったのだろう。マイヨは部屋のあちこちにざっと視線をやった。人の気配はまったくない。
改めて、マイヨはDYRAを探さなければと思い立つと、持ってきたタブレットの電源を入れる。
「あっ!」
起動画面に大きく表示された日付を見た途端、マイヨは驚きと苦さをまぜこぜにしたような表情を浮かべた。
「あちゃー……おい。俺、まるまる2日寝ていたのか」
冷静に考えれば、食事睡眠風呂、果ては用足しまでどうすれば良いのかわからない場所に2日放置されたのだ。いなくなって当たり前だ。攫われた、監禁されたなどの類でなければ普通、帰るだろう。マイヨは納得する。
(それにしても……表立ってわかる地上への入口はまったくないのに)
どうやってDYRAはここを出たのだろうか。何より、今、どこにいるのだろうか。タブレットを使い、マイヨは扉の開閉履歴や移動の痕跡などを確認する。
(はあっ!?)
画面に映し出された結果に、マイヨは憮然とした。
(良くあの階段を見つけられたなぁ)
階段のある位置でDYRAの痕跡が消失している。だが、表示された情報はそれだけではなかった。
(何だこれっ! ……って!)
もうひとつ表示されている別のタイムスタンプと痕跡情報。それは今日、ほんの少し前のものだ。しかも、DYRAではない。
(マジか! それもDYRAの痕跡が消えた場所と同じところ!?)
この文明世界に住む人間、本来所属していた文明の人間を問わず、そもそもここへ人が入ることなどできないはずだ。
目を覚ました当時、生体端末が起動していることを知った時点で、最初にマイヨが講じたのは、あの日以降、3600年以上に渡ってこの建物自体に侵入された痕跡があるか、手を付けられたものがあるかどうかの確認だった。目を覚ますより随分前に一度だけ、隠し部屋は見つからなかったものの、家捜しをされた痕跡があった。マイヨはこれを見つけた時点ですぐに、軍の利用可能なすべての施設に対して何重にも保護措置を講じた。ドクター・ミレディアが生前、万が一を想定し、軍関係者にさえも明かすことなく組んでいたまったく別の規格による、彼女自身が組んだ暗号を採用したセキュリティシステムを利用したものだ。もっとも、彼女に限って言えばそれを実際に利用する前に命を落としてしまう結果になったわけだが──。
(俺は、ドクターの遺産のひとつに守られているわけで)
マイヨはここでハッとした。
(そういうことか!)
この瞬間、マイヨは理解する。DYRAがどこへ消えたのか、そしてその後誰が来たのかも。
(RAAZの寝床は……!)
ここで、案の定とでも言いたげな表情でマイヨは舌打ちする。
(何てこった! 最下層には、さらに下があったのか!)
この建物のどこかとRAAZが本拠地としている場所への道が繋がっている。それが導き出された事実だ。しかも建物側はマイヨ、その先はRAAZがそれぞれセキュリティを掛けている。そして、その境界こそDYRAの反応が消えたその場所だったのだ。自分が行っても最下層はただの最下層だった。が、DYRAが通ったときは最下層のさらに下が現れた。マイヨはその仕掛けも概ね予想をつける。
(RAC10とナノマシン情報で判定しているんだ! ドクターは作った時点で自分と、RAAZの情報だけを『是』と設定している。俺の情報はアレを起動したときに入れる予定だった! けれど、あの時点で俺はまだ中に居っぱなしだったから)
マイヨは安堵の息を漏らした。DYRAがいなくなったなど、RAAZに発覚したら最後、責任を追求されるだけでは済まされなくなるところだったからだ。
(けど、無事に帰り着いたならよし、か)
マイヨは次に、タヌの居場所を捜そうとタブレットの画面を切り替えた。タヌの顔写真が映し出され、人工衛星で捜索中を示す案内表示が出る。数秒後、地図と、その上を動いていく光点が出た。
(馬車かなんかで移動中、かな? 行き先はデシリオ方面か)
わかればいったんそれで良いとばかりに、マイヨはタブレットの表示情報を消した。
(あとはハーランを捜したいが、これは下手に正攻法で仕掛けるとやぶ蛇になりかねない)
ケミカロイドは軍の特殊部隊にもいた。彼らはいくつかの条件が揃わなければGPS捜索で見つけることが極めて難しい。しかも、ハーランは警察がその存在すら秘匿している幽霊部隊の隊長。軍の暗号キーでもそう簡単に発見できないよう処置が施されている。
(じゃ、探し方を変えますか)
マイヨはタブレット画面に、別の人物の顔写真を呼び出す。
(彼を見つければ、何か切れっ端くらい、出てくるだろうよ)
情報を武器として扱う人間とは往々にして執念深いのだ。マイヨはそんなことを思いながら、ディミトリの顔写真を見る。
(全部デジタルしか利用しないとか思っているなら甘いってもんだ。時に枯れた技術も役に立つってね)
タブレットに、タヌを捜したときと同様の案内表示が出たのち、今度は海を示す地図上の一角に赤い光点が現れた。
(海の真ん中ね)
マイヨはその画面をさらに映像に切り替える。岩礁のすぐ側に船が泊まっているのがわかる、上空からの映像になった。画像補正された鮮明なものではなく、家庭用のカムなどで映したような、時折ブレたりボケたりするものだ。
(ん……?)
映像に一瞬だけ、金髪の男の他に、帆船の帆の影にもうひとり映った。アッシュグレーの髪の男だ。次にまったく同じ場面を最高解像度のデジタルカメラ映像で見る。今度は金髪の男ひとりしか映っていない。
(はい、見つけた)
マイヨは心底から不機嫌そうな顔をすると、そのままタブレットの画面に別の情報を呼び出す。映像に、設計図面らしきものを彷彿とさせる地図情報が重なる。さらに、2本の指をつまむようにして画面の間隔を狭め、場所を確かめる。
(この文明は海底掘削技術を持っていない。けど、ハーランがこの文明の人間とつるんで、いや、本気で抱き込んで動き出したわけだ。アイツは動き出したら早いからな)
もうこれから先、何が起こるか想像もできない。むしろ、これまで想像もしていなかった事態すら無いとは言い切れなくなる。この文明の人間たち視点で言うところの「オーバーテクノロジーの提供」でさえ普通に起こり得ると考えた方が良い。マイヨはこれから先、とてつもなく面倒なことが起こる予感を抱く。何より、今考えているレベルで収まるとも思えない。
(ハーランの出方如何では産業革命突入、どころじゃなくなるかもな。炭火から一足飛びに太陽光発電レベルだ。どうしたものかね)
今後、ハーランはもちろん、錬金協会が、この文明世界に生きる人間たちがどう動くか。それに対してどう立ち回れば良いか。それらを静かに考えたい。それだけではない。手元にある情報を検討するにあたり、いくつかの情報の内容がまだ断片的だ。マイヨはそんな風に思うが、もう時間が無いかも知れないという危機感も併せて抱く。
(ハーランは『トリプレッテ』を探している。何せRAAZが生きている上、DYRAがいるんだ。『ある』と思うのが普通だよな。でなきゃ、『鍵』を俺に要求するわけがない)
幸い。体調についてはもう心配ない。マイヨは外へ出ようと決めた。
(ここであれこれ考えても時間を無駄にするだけだ。ハーランはデシリオか。RAAZにも伝えないと。そして、タヌ君たちを……)
マイヨはさしあたって、RAAZへハーランの動きを伝えつつ、これからのことをできることなら一緒に考えたいと思う。もちろん、RAAZの側が自分に対して許しがたい感情を抱いていることなどわかりきっている。それでも、だ。
(取り急ぎ……)
マイヨはタブレットへ必要なデータを用意しつつ、出掛ける支度を始めた。RAAZと接触するために。
改訂の上、再掲
174:【DeSCIGLIO】足の下にある選択 2020/12/14 20:00
174:【DeSCIGLIO】RAAZとマイヨを隔てる壁 2023/02/07 13:24
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ひどい2020年も年末後半戦。気がつけば、あと半月で終わり。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
12月の大荒れ展開第二弾。
マイヨに選択が迫られつつあることを示す回。けれど、ラストのたった一言がすべてをぶっ飛ばした回。
なお、2020年は、次回更新がラストになります。
次回の更新ですが──。
12月24日(木)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆