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173:【DeSCIGLIO】ハーランはかつての文明でのRAAZの悪行を暴露する

前回までの「DYRA」----------

 DYRAとタヌがレアリ村から再出発し、キリアンと道中を共にするはめになった頃。錬金協会で副会長から『文明の遺産』絡みの曰くありげな話を聞いたディミトリはついにハーランとサシで話す機会を。


「錬金協会は、基本、何でも研究するところ。分野は問わない。役に立てば何でも良いって感じ。それこそ、占いや魔術をやるヤツだっている。一応、生活に繋がっているのは、医療施設と教育まわり。読み書きと四則計算あたり子どもに教えたりとか」

「キミは何をしているの?」

「地理まわり。それとシュミも兼ねて雷の研究」

 雷と聞いた途端、ハーランが口角を上げたのをディミトリは見逃さなかった。

「キミには色んなことをたくさん教えてあげられそうだ」

 美味しそうに二杯目のコーヒーを飲んで、ハーランが続ける。

「オニーサンはイスラ君とは近いの? 私は知り合いだけど、直接会った回数は意外と少なくてね」

 副会長をそんな風に呼ぶとは。見た目はともかくとして、どうみても副会長の方が年上だろう、などと思いつつ、ディミトリは答える。

「割と。自慢みたいに聞こえるから言いたくないけど、一応俺も『幹部』ってヤツだから」

「そう。じゃ、話しやすいな」

 ハーランがしばし、岩礁へ視線をやる。ディミトリは、一体何を聞かされるのだろうと思いながらハーランを見つめる。

「私のことは、多少、聞いているんだろう?」

「え、まぁ」

「そっか。……核心の話題から話そうか。キミたちが『会長』と呼んでいる彼、そう、RAAZな。ヤツはとんでもなく長い時間を生きている」

 マイヨから聞いたりで何となくわかっていたが、やはり驚かずにはいられない。

「そしてキミたちが『文明の遺産』と呼ぶものがそこら中に転がるきっかけを作ったのは、他の誰でもない。あの男だ」

 何を話そうとしているのか。聞き漏らしてはいけない。ディミトリは意識を集中させた。

「ここからは、イスラ君にも直接知らせていないことだ」

「そうなん?」

「今は他言無用だよ? 喋ったら、色々教えることはナシだ」

 ディミトリは少しの間、考えた。胸にしまいきれなかったら、役に立つことを教えてもらえなくなるだけで済むとは思えない。ハーランは一見、気さくそうだが、副会長に対して敬意を示す風もない。もし、副会長が副会長という立場はもちろんのこと、年齢より若い見た目を手に入れているなど、諸々の理由がもし、この男にあるのなら──。

(多分、イスラ様より自分の方が『立場が上』って考えている可能性も……)

 約束を違えれば最後だと思った方が良いだろう。ディミトリはここから先の話を聞く覚悟を固めてから、頷いた。

「心の準備ができたって、顔だなぁ」

 表情を引きつらせるディミトリを見ながら、笑みを漏らすハーラン。

「あっ」

 ディミトリは、心の内を見られないようにとばかりに、コーヒーをごくごくと流し込むように飲んだ。やがて、頃合いを見て、ハーランが口を開く。

「ヤツの元の名前はラファエル・アザール。私たちのいた文明の世界で最強だった男」

「最強?」

「そう。最強。ただ腕っ節が強いだけじゃない。知力と胆力も持ち合わせている」

 ハーランにこうまで言わせるとは。RAAZはやはり人間離れした存在だった。ディミトリは改めて納得した。だが、どうしてそんな存在なのか。質問が口から出そうになる。それでも、ハーランの話を一通り聞いてからまとめて問う方が良いだろうと、いったん思い止まった。

「俺も正確かつ完全に把握できているわけじゃない。あくまで推測だが、身体を構成するたんぱく質や、核DNAやらtRNAへ何らかの処理が施され、結果、ベニクラゲみたいな自己再生能力を持っている。今の時点でハッキリわかることで、かつ、キミたちにもわかるように言えば、身体の構造から記憶に至るまですべてをバックアップする能力まで持ち合わせた、不老不死の、文字通りの化け物だってことだ」

 一体、何を言っているのだ? 最後まで聞いても、ディミトリは目の前の男が語った言葉をまったく理解できなかった。

「よ、良くわかんねぇけど、不老で不死で、何も喰わなくても生きていける?」

 ディミトリの出した喩えが面白かったからか、ハーランが苦笑まじりに頷く。

「はははは。似たようなもんだ。話を進めるために、その見立てでいったん良いよ」

「お、おう。オッサン、あの」

「ん?」

「ベニクラゲって不死身なのか?」

「え? そっちか。そう言われているよ。誰かに研究させれば良い」

 脱線した話を戻すようにハーランが本題を続ける。

「……ヤツは、女を殺された腹いせで世界を滅ぼしたんだ」

 いきなり腰を折るような言葉に、ディミトリは何度か瞬きをしてしまう。しかし、その言葉の意味を理解するにつれ、寒気にも似たものを感じる。


「私の妻を殺したお前が、妻の名を軽々しく口にするな……!」


 ディミトリの記憶を駆け抜けたのは、フランチェスコで聞こえたRAAZの言葉だった。そう。マイヨへ言い放ったあの言葉──。

「ちょっちょっ! ちょっと待った」

 ディミトリは思わず紙コップを持った手を振りながら声を出した。

「ん?」

「オッサン! その話! あのマイヨってヤツのせいでRAAZが世界を滅ぼしたのか? たった一人でどうやって? 殺していくだけでもとんでもない人数だし、現実的じゃない」

「ああ」

 文明のレベルが違うからわからないのも当然かと言いたげにハーランは答えた。

「私たちの時代には、たった一発撃つだけで、キミたちがネスタ山と呼ぶ一帯のさらに向こう側からこのあたりまで一瞬で灰にできるくらいの兵器があった。兵器だけじゃない。正しく使えば皆が快適に生活できる力となるが、間違えると何百年も毒を撒き散らし続けて『死んだ土地』に変えてしまう設備とかね」

 『死んだ土地』と聞いてディミトリはハッとする。しかし、その表情を見たハーランが首を小さく横に振る。

「キミが今考えたのはネスタ山とやらの南東側の一角だろうが、あんなもんじゃない。俺に言わせれば、あれは死んだうちにも入らない。水と肥料をやれば元に戻る」

 あの土地が死んでいない? まさかそんな言葉が出てくるとは。ディミトリは返す言葉が浮かばない。

「話を戻すが、それにしてもキミ、マイヨ・アレーシも知っていたのか?」

「知っているも何も!」

 ディミトリは反射的に声を上げた。

「同じ顔のヤツがいて、俺たちは振り回されて……!」

「アレーシ坊やになぁ。確かにあの男は人当たりも良いし、優しい面構えをしているからなぁ」

「えっ。オッサンも知っているのか?」

「良く知っているよ。アレは見た目と違って、とんでもない悪党だからな」

 ハーランがしれっと坊や呼ばわりしたこと、それに加え、言い放ったのは思いも寄らぬ内容。ディミトリは一瞬ではあるが、眉間にしわを寄せた。

「あ、悪党?」

「私たちの文明の時代、何十年続いたかわからない、生きる人々すべてを疲弊させた戦争が続いていた。それを終わらせようとする人々がいたんだが、邪魔するために暗躍したのがあの坊やだ。私たち警察からしたら、公共の敵そのものだ」

「コーキョーの敵?」

 ディミトリにとってそれは初めて聞く表現だった。

「そう。共同体、つまり街や村で普通に暮らし、平凡に生きている、男女も年齢も職業もすべて問わず全員にとって共通の敵、って意味だ」

 ハーランの言葉を聞きながら、ディミトリはピルロでマイヨとやりとりしたときのことを思い出す。


「『誰かの幸せは別の誰かの犠牲の上に成り立つ』し、『誰かにとっての絶望が別の誰かにとって希望である』、とは考えないんだ」


 ディミトリはあのとき、人当たりの良さからでは想像できないマイヨの冷酷な一面を垣間見た気がした。仮に、彼が歩んだ人生がそうさせたであろうことを斟酌してもなお、優しさとか思いやりの欠落を想像させる言葉だったからだ。

「だから……アイツは」

「覚えがあるのかな?」

「まぁね。オッサンたちの世界で、そんなひどいヤツって話だったら、誰かどうにかしようって思わなかったのかよ?」

 ハーランが紙コップに残った冷めかけたコーヒーを飲み干してから頷いた。

「あの二人は存在そのものが一握りの戦争好きな連中たちだけの秘密だったからな」

「マジか」

「皆もう、戦争なんかウンザリで、平和を求めていた。私の仕事はもともと公共の敵を仕留めること。当然、坊やを絞めにもいったさ。どうにかこうにかで半殺しにするところまで行ったが、RAAZのカミサンがお人好しにも助けちまった」

「え? 何? 会長の奥さん、医者とかだったの?」

「ちょっと違うけど、似たようなもんだ。私も彼女に面倒見てもらっていたことあるし」

「ちょっと待ってくれよ。その話の流れだと」

「ご想像にお任せ、だ」

 ディミトリは顔にこそ出さないが、内心ゾッとした。この話で行けば、マイヨは自身を助けた人間を殺し、それが原因でRAAZが世界を滅ぼしたことになるではないか。RAAZとマイヨ。方向性は違えど、その冷酷非情さは尋常ならざるものだ。

(少なくとも)

 あの二人が今住んでいるこの世界の幸せを少しでも考えているとはとても思えない。それどころか、一歩間違えて二人が殺し合いを始めれば、この世界はどうなってしまうのだろう。考えるだけで戦慄が走る。

 ここでディミトリはハッとした。RAAZとマイヨもだが、今この世界で暮らすすべての人々にとってもっと危険で、もっと厄介な存在があるではないか。

「そうだ! なぁ! オッサン、会長もマイヨも知っているなら、あのラ・モルテ、DYRAとかいう女も同じアレなのか?」

「いや。彼女は違う。キミたちとも私たちとも違う文明の出身。ただ、キミたちから見れば、同じなのか。キミたちが彼女のことで大層困っているのは私なりに理解しているつもりだ」

「正直、俺たちにとっては会長やマイヨより、あの女の方が厄介だ。何せ畑や森が枯れる、下手したら川まで涸れちまう。言いたくないけど、畑に来るイナゴの方がよっぽどマシだ」

 口をついて飛び出した言葉に、ディミトリは質問を整理していなかったと気づいたが、遅きに失した。

「女の子を害虫呼ばわりはひどいなぁ」

「けどっ」

「じゃ、こうしようか。キミたちは彼女がいなくなれば都合が良い。……私は探しものをしているんだが、手伝ってくれるなら、私が彼女を『引き取る』でどうかな?」

 ハーランからの提案は、ディミトリにとって渡りに船そのものだった。

「ホ、ホントに?」

「ああ。言っただろう? 私は公共の敵を仕留めるのが仕事だったって。オニーサンや、この世界の皆が困っているなら、これから世話になる以上、協力するよ。キミたちの文明の生活が良くなることなら、私にできる限りのすべてで協力を惜しまない」

 笑顔での快諾。ディミトリは声にこそしなかったものの、叫びたくなるほど喜んだ。誰一人、ラ・モルテをどうにかすることができなかった。幼い頃、会長ですらできなかったのかとも考えたことがあった。だが、真実は違った。会長はあのときラ・モルテを兵器と呼んだ。あの瞬間、彼女が会長にとっての銃や剣どころか、考えようによっては権力維持、恐怖の源泉の一つだとわかった。それを排除できるのだ。もしかしたら、錬金協会という組織を改革させる一歩目、いや、一歩目のきっかけにすることができるかも知れない。

「オニーサン。けど、何とかするにしても、段取りは必要だ。いくつか協力してもらうことが出てくるだろうし、場合によっては、錬金協会という組織にも動いてもらいたいんだが」

「わかった! オッサンの頼みだ。俺の権限でできることなら、何でもやる!」

「ありがとう。オニーサン。キミとは色々、上手くやっていけそうだ」

 ディミトリは心から安堵したとばかりの表情を浮かべた。この先の未来で人々がどれほど喜ぶだろう。自分が皆の幸せに一つ寄与できる。それが嬉しくてたまらなかった。

「そうそう。私の探しもののことだ」

 ハーランが切り出すと、ディミトリは思い出したような表情を見せる。

「あ、そうだ。オッサンの探しものって、何だ?」

「うーん。まぁ、大きな箱だよ。案外、ラ・モルテを収める棺桶代わりと思えばちょうど良いかも知れないよ?」

 それはまさに一石二鳥だ。ハーランの探しものに協力しない理由がない。

「そっか。じゃ、オッサン。俺のできる限りでそれ、手伝うよ」

「そうかそうか。嬉しいよ。何せ探すのに苦労していたんだ」

「それってもしかして、イスラ様が言っていた、探しものの話と同じかな」

「何て、言っていた?」

「確か……」


「ピッポがいなくなったきっかけは、ある名前を聞いてからだった。しかし、それが何を意味するのか、どういうものなのか、それが皆目わからないのだ」

「つまり、人の名前か、物の名前か、地名か、概念か、それすらわからない、ってことですか?」

 質問に対し、しっかりと頷く老人の様子がディミトリの目に入る。

「その通りだ」


 ディミトリは、ハーランへ、マロッタで副会長とやりとりしたときのことをそのまま伝えた。

「ああ。そうだね。ピッポが裏切って、独り占めしようとしているものだ」

「それ、昔、イスラ様の前から姿を消したって人だよな?」

「私は彼と行動を共にしていたんだ。RAAZの目があるから大勢に姿を見せたくなくてね。イスラ君との繋ぎ役をピッポが担っていたんだよ」

 ハーランの話を聞いて、ディミトリにも何となく人間関係が見えてくる。

「それが、オッサンの探している『大きな箱』みたいなものってことか?」

 ハーランが静かに頷いた。

「そう。『トリプレッテ』だ。……あれはね、RAAZだけが在処を知っている。そしてキミたちが『マイヨ』と呼ぶアレーシ坊やには絶対に渡しちゃダメだ。何せ、RAAZのカミサンを殺した証拠も出てくるからな」

「そんなっ」

 聞けば聞くほど、ディミトリはハーランの探しものを渡してはいけない。その気持ちを強くしていった。

「そうだ。オニーサン。だいぶ暗くなってしまった。船が戻ると夜だけど、もう少しだけ、時間あるかな?」

「構わないぜ? オッサンのために時間使うつもりだったから」

「せっかくだから、戻るついでだ。話のタネも兼ねて寄り道していかないか?」

「え? どこ?」

 ハーランが口角を少し上げてから、答える。

「オジサンとしては実に恥ずかしい話だけどね」

 恥ずかしいとはどういうことか。ディミトリは一瞬、女遊びでもしたいのかと考えそうになるが、話の流れ的にそれはないと思い直した。

「探している大きな箱の鍵な。あろうことかピッポが持って行ってしまったんだ」

 これにはディミトリは声を出して驚きを露わにする。

「オッサン! それ、『持って行った』とかじゃない! 『パクられた』って言わないか!?」

「そう、だね」

「で、そのパクったヤツのとこ行くのか!?」

「まさか。隠れているって噂が流れていた場所をちょっと下見に行くだけだよ。この街って噂を聞いたからね。本当に乗り込むなら準備をしてから行かないと」

「行こう! 行って、居合わせたら取り返せば良いだけだ」

 盗んだ相手から盗まれたものを取り返しに行く。そのための下見なら、何の気兼ねもいらない。ディミトリは快諾した。

 ホワイトラブラドライトの輝きが水平線の彼方へと少しずつ消えていく。空にはうっすらとアメジスト色の幕がおり始めていた。


改訂の上、再掲

173:【DeSCIGLIO】ハーランはかつての文明でのRAAZの悪行を暴露する2025/07/03 11:03

173:【DeSCIGLIO】オジサン、RAAZの本名を明かす 2023/02/07 13:22

173:【DeSCIGLIO】オジサンとオニーサン 2020/12/07 20:00



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 師走。そう。師匠すらも走り出すほど忙しいと言われて久しい年末に投入しました。皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!



 12月の大荒れ展開第一弾。

 人間関係の勢力地図が変わり始めます。今月は大変な回ばかりの予感です。



 次回の更新ですが──。


 12月14日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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