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017:【PELLE】その男、サルヴァトーレ!

前回までの「DYRA」----------

ペッレの宿屋で朝を迎えたタヌは、DYRAが必ず戻ると信じ、街の出入口にあたる門で待つ。彼女は昼前になったが、約束通り、戻ってきた。タヌは安堵した。そして世話になった宿屋へ挨拶をしようと戻ってみると、ひとりの来客が現れた。

 宿屋の老婆に言われてタヌを見たのは、背の高い、若い男だった。赤いシャツに黒の細身のパンツ姿。ハーフアップにした煉瓦色のくせ毛とルビー色の瞳、薄い唇、白い磁器を彷彿とさせる明るく白い肌。この人物を一言で言い表すなら「美形」だ。しかし、タヌに強烈な印象を与えたのは見た目ではない。DYRAと極めて酷似した、独特の存在感だ。

「昨日クリスト君が連れてきたの、この子ですよ」

 老婆の言葉で、タヌは昨日出会った少年の名前がクリストであると改めてわかった。が、今、何が起こっているのかがまったくわからない。

「タヌ君。この人ね、クリスト君のお兄さんのサルヴァトーレさん」

 若い男がタヌの方を見ると、鞄を置いて、にこやかに切り出す。

「弟から聞いたよ。昨日、仲良くしてくれたって。それで、会ってお礼を言えればと思ってね。もう会えないかと思ったけど、良かった」

 満面の笑顔で切り出してきた若い男に、タヌは「あ、はい」と言ってぺこりと頭を下げた。その様子は体格差も相まって、まるで大人と小さな子どものやりとりだ。老婆も心底から嬉しそうな笑顔で見つめた。

「どうした?」

 そこへDYRAが入る。

 入るなり視界に飛び込んできた背の高い男を前に、DYRAは内心、驚愕した。

(なっ……‼)

 息苦しくなるほどのプレッシャーを与える存在感。DYRAは、この男をそもそも知らない者や正体に気づかぬ者を、ある意味幸せだと思う。知っているならそうはいかない。

 DYRAが構えようとしたときだった。

「あらあら、タヌ君の」

 老婆の優しげな声が今にも殺気立ちそうな空気を和らげる。そこへさらに声がかぶる。

「タヌ君。彼女は、恋人?」

 サルヴァトーレが笑顔で尋ねた。タヌはしどろもどろになると、頭を大きく横に振って狼狽えた。そんな姿を見た老婆がコロコロと笑って答える。

「お姉さんだそうですよ。サルヴァトーレさん、こんな子どもを冷やかしちゃいけませんよぉ」

 老婆からの助け船にタヌは小さくなって頷いた。一方、DYRAは穏やかな老婆に拍子抜けしつつも、警戒を怠らない。

ノンナ(おばあさん)、冷やかしてはいませんよ」

 老婆に丁寧に告げたサルヴァトーレはDYRAをじっと見つめて切り出す。

「初めまして。シニョリーナ」

「シニョリーナと言われるほど、若くはない」

 お前にだけは言われたくない。そんな気持ちを込め、いつもの素っ気なさに加え、今にも場の空気を凍らせそうな冷たい口調で告げた。彼女の言葉とは裏腹の鋭い視線に、タヌはすぐさまただならぬものを感じ取る。けれど、どうしてこんな刺々しい空気になるのかわからない。おかしいと思うがどうしようもできず、困り果てたときだった。

「お嬢さん」

 老婆だった。

「サルヴァトーレさんは見ての通り綺麗な人だから、緊張するのはわかるけど、美人さんなんだから、笑顔で、ね」

 この男の正体をわかって言っているのか。あまりに長閑な言葉に、DYRAは老婆に対し、殺されても知ったことではないと思う。

 (まなじり)を下げぬDYRAに、サルヴァトーレは意にも介さず切り返す。

「ではシニョーラ。これでよろしいか?」

 ふざけているのか。喉のところまでその言葉が込み上がったが、DYRAは老婆に免じ、声にしなかった。

「……許す」

「自分はサルヴァトーレ。以後、お見知りおきを」

 長身の男は形ばかりの自己紹介をすると、DYRAの右手を取って彼女の手の甲にキスした。

 森で再会したときのことが記憶を駆け抜けていく。戯れにしては質が悪すぎる。DYRAはこめかみのあたりを僅かに震わせながら、ただひたすら耐えた。

「DYRA、だ」

 挨拶を済ませたサルヴァトーレは再びタヌを見た。

「美しいお姉様だね」

「あ、はい」

 頷いてから、タヌは思い出したように問いかける。

「あの、ボクに挨拶するためだけに? えっと、あの子は?」

 タヌの言葉に、サルヴァトーレも「そうだった」と言って指をパチンと鳴らす。

「急用で都の方へ行くことになってね」

 サルヴァトーレから切り出された言葉に、タヌは先ほどの馬車を思い出す。

「え! そうなんですか。さっき、赤いすごい馬車で移動していたけど、やっぱり」

 タヌが呟くような声で言うと、サルヴァトーレは気づいたのかと言いたげな顔をする。

「クリストから聞いていたの?」

「いえ、何も。そうだとわかっていたら、朝、会っておけば良かった」

 タヌは少しだけ残念そうな顔をした。その表情を見たサルヴァトーレが提案を持ちかける。

「そうだったの。それは残念。それなら、自分でよければ昼食、一緒にどう?」

「あらあら。いいじゃないですか」

 老婆が後押しする。

「サルヴァトーレさんは、この街の美味しいお店を全部知っているんですよ」

 さらに続ける。

「ああ、そうそうサルヴァトーレさん。せっかくだからお嬢さんの、旅のお洋服を選んであげなさいな。あなた都でいちばんの仕立屋さんなんでしょ?」

 タヌは驚く。老婆がまさかそんなことを言ってくるとは。

「ああ、いや、まぁ、そうですけど」

 困ったと言いたげな笑顔を浮かべるサルヴァトーレへ、老婆が畳みかける。

「だって、若いお嬢さんなのに何か服装が地味だし、そんな黒い外套じゃまるで、時々その辺を歩いている錬金協会の怖い人たちみたいじゃないですか。目が悪くても、わかりますよそのくらいなら」

 錬金協会という単語が飛び出したことに、DYRAの表情が僅かに動く。老婆を問い詰めたい衝動に駆られたものの、場の空気故、聞くことはできなかった。

 タヌはタヌで、黒い外套姿という言葉に反応した。彼にとってその身なりの怖い人間とは、村の人々を殺して回り、火を放って故郷を奪った上、通ってきた町さえも火薬で吹っ飛ばした存在に他ならないからだ。

ノンナ(おばあさん)

 サルヴァトーレが何かひらめいたとばかりに切り出す。

「うーん。彼女の服、自分が作ります。彼女は背が高いから出来合いのものじゃサイズが合わない。今、簡単に採寸しますから、少しだけ部屋、いいですか?」

「そういうことなら、どうぞ」

 老婆が満面の笑みで一番手前の部屋を使っていいと告げるなり、サルヴァトーレは慣れた手つきでDYRAの腰に手を回し、そのまま部屋へと入った。その様子を見ていたタヌは、そのあまりにも鮮やかと言うか、洗練された振る舞いに目を丸くした。しかし、扉の向こうで起こっている出来事までは想像できなかった。

 サルヴァトーレは手早く鍵を掛けてDYRAを背中から壁へ軽く突き飛ばすなり、すぐさま彼女の口元を右手で塞ぎ、左手の人差し指を自身の口元に持ってきて静粛を要求する仕草をしてみせる。まさに一瞬の出来事だった。

「声を出すな。抵抗するな」

 そう切り出した目の前の男は、ほんの数秒前までサルヴァトーレを名乗っていたそれではなかった。ある意味、DYRAがもっともよく知る男そのものだった。男はそのまま、DYRAの耳元に顔を寄せる。

「あのガキのことで、大事なことを伝えに来た」

 それはDYRAにとって、思いも寄らぬ切り出しだった。


改訂の上、再掲

017:【PELLE】その男、サルヴァトーレ!2024/07/23 22:31

017:【PELLE】その男、サルヴァトーレ!2023/01/04 20:28

017:【PELLE】もうひとつの顔(4)2018/09/09 13:16

CHAPTER 17 その男、2017/02/02 23:00

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