169:【LEARI】やっぱりRAAZは色々知っているが、タヌへは話さない
前回までの「DYRA」----------
RAAZはタヌに、DYRAと共に父親捜しを続けるならばと、いくつかの条件を突きつける。今のタヌにその条件を拒否することはできない。理由は簡単だ。DYRAが自分で納得した上で最後までつきあうと言ってくれたからだ。
「お前のことだ。色々、いや、ほぼすべて知っているのだろう?」
「ほぼすべてかは、何とも言えん」
RAAZがぼやいてから、少しの間だけ天井を仰ぎ見る。タヌは天井を睨み付けているような彼の視線に内心、まずいことを言っただろうかなどと考える。やがてタヌは、RAAZの視線が動いていることに気づく。それは周辺を警戒しているようにも見えた。数秒ほどして、その視線がタヌの方へ戻る。
「……協会のネットワークが比較的薄いところはいくつかある。例えばこのレアリ村やここより東にある、『地図にない村』、そしてゴタゴタが起こったピルロ。あそこはレンツィとか言う奴が四代掛けて切り開き、五代目が騒ぎを起こしてくれたわけだ」
タヌはRAAZをじっと見つめて、続きを促す。
「あとは、ペッレから南にある港町デシリオやその隣の漁村チェルチか。特にデシリオはトレゼゲ島との交易目的で、西の都がカネを出して影響力を持っている。交易利権が絡む故、錬金協会は最小限の活動しかさせてもらえない。お前の親父はレアリに隠れ、ピルロにも出入りしていた。デシリオにいてもおかしくない」
「DYRA!」
「ああ」
次に何を言いたいかわかっているとばかりにDYRAが頷いた。その様子を見たRAAZがおもむろに席を立つ。
「じゃ、私はそろそろ失礼するか」
「待って下さい! あともう一つ」
タヌはRAAZに声を掛ける。
「あの、さっき、井戸の下で、キリアンさんを『首狩り屋』って」
RAAZが思い出したような顔でタヌを見た。
「あの男は港町界隈じゃ、カネさえもらえばどんなエグいことでもやると評判だ。タテマエは何でも屋だが、一番多い仕事が人殺しの依頼。ついた渾名が『首狩り屋』」
RAAZは言うだけ言うと、「DYRA、ちょっと来い」と告げて家の外へ出た。タヌは、そんなRAAZの後ろ姿を見送ると、次にDYRAを目で追う。彼女の表情も、RAAZと同じくどこか不機嫌そうだった。
DYRAとRAAZは、タヌの家の外から少し離れた、焼け落ちた家の跡あたりで話をした。
「……どういうことだ? 私はあのとき、850から入った。どうしてタヌの家の下に?」
「……だが、キミが『850』と言ったから、私は言われた通り、そうしただけだ」
DYRAは腑に落ちないと言いたげに反論する。
「マイヨの部屋から私は来た。階段をずっと下りて、踊り場のところの壁に『850』とあって、そこから落とし穴に落ちた。階段に落とし穴だぞ」
「だが、キミの言う通り、850へ行ったら、図らずもここだった」
「どういうことだ?」
マイヨの部屋からどうしてRAAZのいる空間にたどり着いたのか。どこから来たか伝えた上で、そこへ行く話になったのに、何故タヌの家の地下に出たのか。DYRAは戸惑いを隠せなかった。何がどうなっているのかわからないことが苛立ちに拍車を掛ける。
「キミにとっては悪い結果じゃないんだ。よしとしておけ」
RAAZがしれっと告げる。
「井戸のことは『たまたま通路があった』以外、他言無用だ。ガキに何か聞かれたら知らぬ存ぜぬで通せ。キミとガキをいらん面倒に巻き込みたくない」
DYRAはマイヨの部屋から何時間も掛けて移動した。どうして同じ場所へ戻れないのか。しかし、これ以上RAAZを追求しても答えを得られないだろう。よしんば答えを得ても自分の理解が追い付かないこともある。思い返せばあの、とてつもなく大きな砲金色の空間を落ちていき、いつの間にか落ちていたはずが歩いていて、扉を開けば床も壁も天井もわからないような真っ白な空間に繋がっていたのだ。
(気がつけば、そこにRAAZがいた)
とにかく頭の中が混乱した。
「キミがその、階段から落ちる前の話を確認したい。ISLAはどこにいたんだ?」
「ほとんど真っ暗でわからない。わかったのは、部屋の奥半分の壁がまだらだった。奥にある机もまだらで、何か液体が散らばって乾いたような模様だった」
先刻、真っ白な空間でRAAZと再会して話をしたとき、RAAZは難しい表情をしつつも、それ以上の追求をしてこなかった。
(正直、あの場所がどこかと聞かれたら、どこだかわからないとしか)
あのとき、RAAZと再会し、顛末を伝えた。そしてRAAZは「では、外へ出よう。キミが言うその場所から」とだけ告げて歩き出した。来た道を戻ったつもりだが、どこをどう歩いたかわからない。気がつくと、別の場所から先ほどと同じような大きな砲金色の輪に囲まれたあの場所へ移動していた。そしてさらにそこを一緒に歩いた後、「上がるぞ」と言われたのだ。
(まったく)
上がったときのことは良く覚えていない。ただ、飛び降りるときに似た、それこそ空を飛ぶにも似た感触があったのと、目を閉じるように言われたこと。あとは浮いている間、RAAZが優しく、何かを話したことくらいだ。話を聞いた記憶はあるのに、何故か具体的な内容を思い出すことはできない。そして、もう一度目を開いたときにはあの地下道だった。
(確かにここへたどり着いた。タヌに会えたのは偶然だが、良かったのは、その通りだ)
DYRAはいったん、あれこれ思い返すのを止め、RAAZに声を掛けようとするが、できなかった。村外れの方へ歩いて行ってしまったからだ。
(ん? 二人いる?)
RAAZの他に、別の人影が見えた。
(なるほど。あの女、か)
密偵を使っていたことを思い出すと、DYRAは、指示出しでもしているのだろうと、敢えて近づくのを避ける。
DYRAは改めて、RAAZがタヌに教えたことは、知っていることの中でも無難な話ばかりだろうと推察した。そして、あの密偵女の方がよほど詳しいかも知れない、とも勘ぐる。
(ようやく、RAAZが多少なりとも知っていることを話したのは良いが……)
それにしても、自分やタヌを振り回し、RAAZは結局、この世界で何をしたいのか。DYRAには想像もつかなかった。わかるとすればせいぜい──。
「私は復讐だが、奴は『正義』の名の下で殺す」
RAAZは世界を滅ぼしたいのだ。そして、何度か本当にやっている。いつ、どうやってかはわからないし、よしんば知っていたとしてもDYRAは思い出せないが。
確か、死んだ女の件──ミレディアとかいう人生の相方を殺されたこと──に端を発した復讐だったはずだ。少なくともDYRAは、自分が今こうして生きているのは、件の女と容姿が瓜二つ故に過ぎない、つまり、道具として置かれているに過ぎないことを理解していた。
「DYRAは私の大切な『兵器』だ。誰がお前なんかに渡す?」
(タヌの父親が無事に見つかったら、その後はどうなる?)
DYRAには円満解決となる未来を想像することができない。それどころか、見つかっても最悪の結末が訪れる予想しか立たない。
(本当に私を殺すための研究だろうか?)
DYRAは、タヌの父親が研究している内容自体にも疑問を抱く。
「お前の父親は、ラ・モルテと呼ばれる者が青い花びらを舞わせるたびに周囲が枯れ落ちていく現象の研究をしていた。平たく言ってやる。DYRAの不老不死を断ち切り、殺すための研究だ」
フランチェスコでマイヨと同じ姿をした存在に聞かされた言葉だ。しかし、先ほどRAAZから告げられた、タヌの父親とハーランが繋がっていたことと突き合わせると、DYRAはどうにも腑に落ちない。
(そもそも、それは事実なのか?)
本当に自分を「殺す」ためなのか。殺す相手は「自分」なのか。どちらの意味でも、だ。
(そんな程度で私を殺せるなら、とっくの昔に死ぬことができているはずだ)
現実問題、今もこうして生きている。だいたい、その話が事実なら、「大切な兵器」を破壊しに来る相手をRAAZが見過ごすとは思えない。
(だとすると)
タヌの父親がやっていた研究の内容は、違うのではないか。DYRAは異なる仮説を立てようと考えた。が、止めた。
(書類の山があったな。何か手掛かりがあるかも)
ちょうど、RAAZが戻ってくる様子が視界に入る。
「お前、今度は何をする気だ?」
DYRAはやや棘のある口調で尋ねた。RAAZがDYRAの側まで来ると、厳しい表情をしてみせる。
「さっきの首狩り屋、ガキの家の書斎をかなり細かく調べていたそうだ。気を付けろよ」
「キリアンとタヌが呼んでいたな? 村で火事場泥棒よろしく金目の物を拾うだけなら何も言わないが、タヌの家へ上がって、は確かに引っ掛かる」
「そういうことだ」
「ところであの彼女、ここから移動手段はあるのか?」
「心配するな。その辺にぬかりがない」
「そう、か」
返事をした先から、どこからともなく蹄の音が響き、遠のいていく。DYRAは納得した。
「RAAZ。お前はこれからどうする?」
「今後を考えると目眩がしそうだ。やることが多すぎる」
「そうか。ならこっちは気が楽だ」
しばらく横からゴチャゴチャ干渉されることはないのなら。そんな気持ちで返事をしたつもりだった。
「心配するな。可愛いキミから目を離すことはない」
「いつも思うが、その物言いは何とかならないのか?」
「可愛いモノは可愛い。他意はない。……ああそうだ」
思い出したように切り出すRAAZに対し、DYRAはまだ何かあるのかと言いたげな視線をぶつける。
「DYRA。キミが自力で戻ってきたときにも言ったことだが、敢えてもう一度」
DYRAの反応などお構いなしにRAAZが続ける。
「すべての状況が今までと根本から違う。それを絶対に忘れるなよ?」
「ハーラン、だな?」
「そうだ。今はハーランとの直接対決を絶対に避けろ。甘言にも、挑発にも、絶対に耳を貸すな。ヤツは卑怯と卑劣が塊になったような男だ」
絶対に、を何回も。DYRAはただならぬものを感じると、この部分についてだけはタヌを守るためにも無条件で従った方が良い気がした。同時に、聞きたいことを聞くなら今が良いのではないか、と考えた。ちょうどいい。DYRAはRAAZの言葉にすぐ切り返す。
「ハーランは結局、何をしたいんだ? 私やお前、そしてマイヨをどうしたい?」
「結果だけなら、私たち全員を排除してその地位を取って代わり、『文明の遺産』を使い、世界の支配者になる、ってところか」
世界の支配者とは大きく出たなとDYRAは思う。それにしても、RAAZはともかく、自分も同類呼ばわりは納得できない。
「私はそんなものになったつもりはない」
「私もだ。だが、向こうはそう見ていない」
RAAZの言葉を鵜呑みにするつもりはない。とは言え、タヌをあんな危険な目に遭わせた人間の懐にやみくもに飛び込んで問い質す気にもなれない。いずれ、タヌの父親を捜すためにハーランの持つ情報が確実に必要になったとき、聞き出す機会が到来するだろう。今ここでRAAZから無理に聞くこともない。DYRAはそう判断した。
「そうか」
DYRAの返事を聞いたRAAZが数歩離れる。
「可愛いDYRA。ガキの親父を捜しに行くなら、この場所に一切の手掛かりを残すな。あの部屋のものを見た奴がいつ邪魔しに来るかわからないからな」
「どういうことだ?」
「ここを出る前に、書斎のものは本も書類も、すべて燃やせ。あそこに散らばっていた書類の中身は『文明の遺産』の切れっ端だ。誰かに持って行かれて、第二のピルロを生みたくないならな」
第二のピルロ。DYRAはピルロが焼かれたときのことを思い出す。あれは今思い出しても背筋が寒くなる仕打ちだ。あそこに住んでいた人々は、この村を焼かれ、追い詰められたときのタヌと同様に恐ろしい思いをしただろうと想像に難くない。
「夜までにすべて燃やしたら、井戸の下の通路から外へ出ろ。自ずと手掛かりが現れる。ああ、畑があったあたりの馬車に食事を残してあるそうだ。ガキに喰わせてから出かけると良い。最後にあと一つ。どうやらハーランも『鍵』をガキが持ち出した可能性に気づいたようだ」
言い終わったところで、RAAZが自身の周囲に赤い花びらを舞い上がらせると、そのまま花びらの嵐に紛れて姿を消した。
DYRAは一人になっても少しの間、その場に立っていた。
(ハーランが気づいた? ということは、あの外れの小屋に踏み込んだ形跡があったのか)
意味することは一つしかない。ハーランも間違いなくこの村に足を踏み入れ、村中くまなく探索した、だ。RAAZの言う通りで、ここに何かを残してはいけない。
DYRAは足早にタヌの家へと戻った。
改訂の上、再掲
169:【LEARI】やっぱりRAAZは色々知っているが、タヌへは話さない2025/07/02 23:51
169:【LEARI】父親の闇 後編 2023/02/07 12:51
169:【DeSCIGLIO】陰謀まみれの手配書 2020/11/02 20:00
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もう、あと1年が残り60日。かなりショッキングな現実を突きつけられると共に、何だろう、今年はコロナ騒ぎで振り回されて終わりそうな予感に戦慄する日々です。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
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今回の話は、12話~22話の追体験的なところもあります。タヌの成長が大変良くわかるエピソードです。自分のことでいっぱいいっぱいだったタヌが、DYRAを気遣えるほどになる。これ、すごいことです。
そして、新しい展開アイテムとして現れた「謎の手配書」。どうやら対象は、タヌが知っている人物の様子。40代、レアリ村放火犯……まさか!
次回の更新ですが──。
11月9日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆