168:【LEARI】DYRAは自分で納得してタヌと行動を共にする
前回までの「DYRA」----------
タヌの家の井戸の下にいたのは、DYRAとRAAZだった! RAAZにとってはこれから話すことにキリアンは邪魔者。命こそ取らなかったが、彼を物理的に排除してしまう。
その後、井戸を出た三人は、タヌの家へと入った。
「あの、お茶とか何にも出せなくてごめんなさい」
タヌは、何と言って良いのかわからないことに加え、DYRAとRAAZが家にいるという、まったく考えられなかった状況を前に、的外れなことを言ってしまった。
「ガキ。そこ気にするところか?」
食卓の椅子に勝手に座ったRAAZが不思議そうな顔をすると、書斎の方へ振り返り、見回す。タヌはその様子を見ながら、まだ何か探すものがあるのだろうか、などと考える。
「DYRA。さっさとやろう」
RAAZから声を掛けられたDYRAが立ったまま、視線でタヌに座るように促す。タヌはRAAZの隣に椅子を持っていってから座った。
「お前の父親を捜す件だ」
感情を交えずに話すDYRAを見ながら、タヌは小さく頷いた。
「ここから先も、お前は父親を捜すんだな?」
「うん」
「では、私は自分の意思で、最後までお前につきあう」
DYRAの言葉はタヌにとって、思わぬものだった。これまでDYRAが一緒にいたのは、たまたまタヌと出会ったことがきっかけで、半ば成り行きのフシもあった。しかし、たった今、DYRAが彼女の意思で最後までつきあうと明言したからだ。
「あ、あ、ありがとう……ありがとう!」
タヌは席を立つと、DYRAにぺこりと頭を下げた。
「ただしガキ。今後DYRAと動くなら、二つ条件がある」
タヌの隣に座っているRAAZが立ち上がった。親子共々死ね、などと言われない限り、厳しい条件であっても聞く。それはタヌ自身、父親を捜すと腹をくくった時点で心に決めていたことなので、RAAZからの言葉に少しも動じなかった。
「『文明の遺産』から見つけたものは、残らず返してもらう」
「い、今すぐですか?」
「お前の親父が盗んだいくつかのものは、私の妻のものだ」
言いながら、RAAZがタヌを睨んだ。自分の父親がどういう経緯でRAAZの奥さんのものを盗んだのか、タヌにはわからない。それでも、今ここで折れてはいけないとばかりに、声を震わせながら返す。
「と、父さんを見つけるまでは、待って下さい」
「なくしたり、すり替えられたりした場合は即刻お前を始末する。親父も例外ではない」
RAAZが言い終わったときだった。
「痛っ!」
突然、RAAZが席を立ち、タヌのシャツに手を入れる。そして首から提げているチョーカーを引っ張り、千切った。いきなりの出来事に、タヌは激しく狼狽えた。
「良くハーランに捕まりながら見つからなかったな。どこまでも運の良いガキだ」
RAAZは言いながら、空いている方の手で外套の内側の懐から何かを取り出す。それは真新しいチョーカーの紐だった。慣れた手つきでペンダントヘッド状になっている『鍵』を新しい紐へ付け替えると、突きつけるようにタヌに渡してきた。
「今みたいなことがあった場合、簡単に外れては困るからな」
RAAZが出してきた新しいチョーカーの紐は、見た目こそ今までと同じ革製のようだが、実際はアラミド繊維──ある文明では「ケブラー」などと呼ばれるもの──を混ぜて作ったもので、留め金やアジャスターパーツもチタン製だ。しかし、受け取って首から提げ直したタヌは知る由もない。
「では、もう一つの条件だ」
「はい」
「DYRAを見捨てるなよ?」
タヌは即、頷くだけだった。DYRAと一緒にいるためのでまかせなどではない。父親がDYRA絡みの、それも彼女を殺す研究をしているかも知れないと聞いているのだ。命の恩人の彼女を父親が殺そうとする場面を絶対に実現させてはならない。そんな思いからだった。
「本当のところ、ハーランが現れさえしなければ、いずれ返ってくるだろうし、如何様にも取り戻せると意識しないでいた。だが、こちらの状況も今までと明らかに変わってしまってな」
RAAZはどっかりと椅子に腰を下ろすと、背もたれに背中を預ける。
「そうだ。いい機会だから教えてやる。信じるか信じないかはガキ、お前の勝手だ」
そう言って、RAAZは昔語りを始めた。
一〇〇年前、ネスタ山の一角でDYRAとRAAZは直接対決をした。その際、地震が発生して二人して奈落の底へと落ちていった。
二人ともどうにか無事だった。しかし、身体を修復して意識を戻すまでに長い時間を必要とした。DYRAに至っては七〇年以上が必要だった。あるとき、RAAZは眠っている彼女をこの文明世界下のとある町の小さな屋敷へ移した。彼女を休ませつつ、外の空気に身体を馴染ませることも兼ねて、だ。しばらく後、DYRAは目を覚ました。それでも最初の数か月は寝たきりよりましなだけの状態だった。
それから随分時間が経ったある日。その小さな町に一人の来訪者が姿を見せた。近隣の歴史文化資料を保存してある倉庫に連日入り浸ったと評判の人物だった。RAAZにしてみれば、ただ入り浸り、偶然、顔を見ただけの関係なら記憶に留める必要さえなかった。だが、違った。どういう経緯で自分たちの存在を知ったのか、この人物は自分と彼女の正体を漠然とながら勘づいている風だった。
「それが……ボクの父さん?」
「ああ」
RAAZはさらに話を続ける。
即刻殺すことも考えたが、無用な悪目立ちを極力避けたい。そこで、この人物をいったん泳がせることにした。問題の人物は時折、DYRA見たさからか、屋敷の庭へ近づくことはあっても、それ以上は何かをする風ではなかった。
異変が起こったのは、数か月後だった。突然、倉庫へ錬金協会の人間を名乗る男が押し入り、この人物を捜しに来たのだ。だが、問題の人物はその騒ぎが起こる直前、まるで追っ手をすり抜けるように姿を消していた。昨日まで屋敷に近寄ったり、倉庫に入り浸ったりしていたのが嘘のようだった。このとき、押し入った男はハッキリ言った。「『鍵』を捜せ。奴を捜せ」と。
「驚いたさ。どこでどうやって侵入し、私から見事に盗み出したんだか。こっちも八方手を尽くした。だが、こういうときはジタバタしても見つからない。敢えて寝かせておいた。いずれ表舞台に出る。そのとき何らかの方法で取り戻せるだろうと思ったからだ」
タヌはRAAZの言葉を聞いて口をぽかんと開けてしまう。どこかの蔵にでも収められたらどうするつもりだったのだろう、と疑問も浮かぶ。それでも、この男なら人ヅテや資金力を武器に見つける自信があったのだろうとタヌは思い直した。
「『鍵』の価値に錬金協会で気づいたヤツがいたとわかった私は、模様眺めに徹した。騒いだら私を追い落とそうとする連中を喜ばせるだけだからな」
ここまで話したところで、RAAZが立ち上がって書斎へ足を踏み入れる。
「それにしても、こんなド田舎に隠れていたとは思わなかった」
どうせこの村はド田舎ですよ。タヌは言いそうになったが、声にはしなかった。
「ちょうど、ここを見つけた奴らがガチャガチャ盛り上がり始めたタイミングで私は一計を案じた。連中の後ろで糸を引いているヤツがいると思い、DYRAに私を殺せと暗示を掛け、ネスタ山の麓にある地下墓地に放り出した。案の定、彼女を利用しようと群がる連中が現れた」
聞いていたDYRAは、ここで自分が覚えている限りの最初に繋がるのかと納得する。
「そういうことだったのか」
「ああ。で、ガキ。お前はこの村に来たDYRAに偶然助けられた、と」
RAAZは書斎の机の方へ行き、整理されて積まれた書類の山に目をやりながら話す。タヌはその様子をじっと見た。
「あの、質問して良いですか?」
タヌは小さく手を上げて、RAAZに尋ねる。
「宿屋へ着くたびに届いたりした、DYRAの鞄なんですけど」
街の宿屋へ着くたびに届けられた、着替えと活動資金が入った鞄のことだ。
「私がやったものは少ないぞ?」
「RAAZ。お前が渡した鞄は、手紙のカードがやたら良いものだったときじゃ?」
「ご明察。別のヤツは錬金協会にいた、連中の内通者がやったものだ。もっとも、一度だけ『黒い』鞄が出てきた場面があっただろう?」
RAAZが言うと、DYRAとタヌはハッとした。最初にフランチェスコの街へ着いた翌日、そう、DYRAが行方不明になる寸前のことだ。
「あそこで糸を引いているヤツが現れたとわかった」
「あれは、間違えたとかじゃないんですか? お店の人は『間違えた』って言っていましたけど?」
タヌが思い出しながら話すと、RAAZは首を横に振った。
「オヤジが何を思ったか知らんが、結果だけなら正解だったんだ」
どちらも正解。タヌは一体どういう意味なのだろうと考える。
「あれは私の手の者が調べて確認した。『黒』も『白』も、DYRA宛だった。今だから言えるが、先に預かった『黒』い方を彼女へ渡し、あらかじめ念押しされていた『白』を思い出して、お前へ渡した」
「でも、カードには確か『フランチェスコへようこそ』って」
「ああ。私じゃないからな」
「おい」
DYRAがタヌを見る。
「お前、カードを見たのか?」
DYRAの問いに、タヌはただただ申し訳ないと言いたげな表情をする。
「ごめんなさい。約束してたのに。でも、DYRAがいなくなっちゃったとき、ボクすごい、動揺しちゃって」
DYRAが苦い表情で天井を見上げた。タヌは彼女の様子に、怒るのも無理はないと思う。そもそも行動を共にするにあたり、『詮索禁止』が条件に入っていたからだ。
「……あれは、やむを得まい、か」
その言葉に、タヌはホッとした。
「ただし、二度とやるな。もう一度ここで約束しろ」
「うん」
ここでRAAZは引き出しに目をやると、一つずつ開けていき、中を確認する。
「ガキ。まぁそういうことだ」
RAAZの言葉に、タヌは小さく頷くことしかできなかった。
「改めて。私の妻から盗んだものを返すこと、盗んだヤツを引き渡すこと。その約束と引き換えで、親父のことをいくつか教えてやる」
RAAZが引き出しを閉めてから、続ける。
「当初、お前の親父はISLAとつるんでいると思っていたが、違った。寄りによってハーランだ。そして、ヤツからもあるものを盗み、姿を消した」
RAAZからのみならず、ハーランからも盗んだとはどういうことなのか。タヌは自分の背中に冷たいものが走るのを感じ取る。
「正確には、あの男が私の妻から奪ったものを、盗んだ、だな」
父親が泥棒呼ばわりされて気分が良いわけがない。しかしそれは事実なのだろう。それにしても、RAAZとハーラン、両方から大事なものを盗んだとなれば、父親を発見できても、命の保証など望めないのではないか。タヌからすると、父親が無事に見つかる確率は恐ろしいほど低い気がしてならなかった。
「でな、錬金協会の追っ手も逃れるほどだ。『誰』かの確証はないが、お前の親父には逃走を手助けする後ろ盾があるんだろう。特にカネの面でな」
「確かに。逃走資金や、場面によっては、追っ手を逃れるための手助けも必要だ」
タヌは、DYRAの指摘に、言われて見ればその通りだと思う。
「あの、でも、どうして……。ボクが知る限り、父さんと母さんとは上手くいっていたし」
この時点でどうしても拭えない、できることなら、納得できる答えが欲しいと思っての質問だった。
「お前の親父が、母親をモグラだと見破ったからだろうな」
「モグラ?」
「モグラって?」
「あの女は錬金協会でそれなりの地位だった。親父にしてみれば錬金協会の動向を聞き出せる存在だ。だが若さと美しさを維持するのと引き換えに、ISLAの生体端末に抱き込まれた」
RAAZの言葉を、はいそうですか、とは呑めない。
「待って下さい。そうだとして、先にいなくなったのは母さんです。今の話だと、父さんの方から先にいなくなるのが自然な流れじゃ」
「母親の側が『もうそこにいる必要がなくなった』、でなければ身の危険も含め、『今すぐ離れなければならない何かが起こった』んだろう。そして『この村を焼く』命令へと繋がる」
「でもでも、それだと母さんと父さんは仲が悪かったみたいな言い方じゃ……」
「仲の良い悪いじゃない。互いの情報が必要だから仲が良いように装っていたんだ」
母親と父親がいなくなった理由が些細なケンカと言ってくれた方がどんなに幸せだっただろう。タヌは落ち込みそうになるが、今はそんな場合ではない。DYRAを見て心を立て直す。
「あの、RAAZさん。もしそれがそうだとして、父さんは母さんを捜しに出たんじゃ」
「ないな」
あっさりと否定したRAAZに、タヌはそういう答えだろうと覚悟していたものの、こうまで言い切られてしまうと何とも言葉にできぬ、やるせない気持ちになった。
「お前の母親が先に動いたから、親父が身の危険を感じて逃げた。そう考えた方がこれまでの事実の積み重ねから、合点がいく」
母親がこの村を焼けと命令したなど未だに信じたくない。だが、それを覆す証拠もない。真実を聞きたくとも、もうこの世にいない人間から聞き出すこともできない。こうなったら父親から何が起こったのか聞き出すしかない。だから、絶対に見つけなければ。
「RAAZさん」
タヌが意を決して切り出した。
「父さんは今、どこにいるんですか?」
「知るか」
「じゃ、RAAZさんが知っている範囲のこと、教えて下さい!」
タヌは真っ直ぐRAAZを見つめ、椅子から身を乗り出し気味に頼み込む。その様子に、RAAZが一瞬だけ、目を丸くした。
改訂の上、再掲
168:【LEARI】DYRAは自分で納得してタヌと行動を共にする2025/07/02 23:09
168:【LEARI】父親の闇 前編 2023/02/07 12:45
168:【DeSCIGLIO】地下道からの再出発 2020/10/19 20:00
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10月半ばになるともう夜はヒーターがいるのかって、これどういう意味ですか? って感じの寒い日々です。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者はとても喜びます。多分踊り出します!
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-*-*-*-*-* 宣 伝 *-*-*-*-*-
BOOTHで頒布中の単行本は、何と言ってもフル校正は入っているものなので、webで文章を綺麗にまとめきれなかった場所など含めスッキリ状態! 是非、お求め下さいませ!
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ご縁ございました折には是非よろしくお願いいたします。
また、ピクトスクエアさんで開催の一次創作オンライン即売会の参加予定は以下の通りとなります。
【オン】 10月26日(水) 月夜咄会#04
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新章開幕! DYRA、空白の時間に何があったのでしょう? これも漏れなく描いていきますが、まずは、タヌとまた一緒に行動するようになったのだから、喜ぶところです。そして、タヌは随分しっかりした子に成長したなぁと。
それにしても新キャラのキリアンは本当に、一筋縄ではいかなさそうです。ただの「何でも屋」じゃなさそうなことだけはわかった! って感じで!
最後にもうひとつ。
年末に「DYRA 8」登場予定です。
素晴らしいことに、ピルロ再訪編、内容は同じはずなのに、半分以上が書き下ろしで、7巻から続く「タヌ&マイヨの大冒険」(笑)完結!
もうね、是非是非是非、ご期待下さい!
表紙イラストはもちろん、みけちくわさん描き下ろしです。
次回の更新ですが──。
11月2日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆