167:【LEARI】井戸の下にあったのは、秘密と、そして……
前回までの「DYRA」----------
タヌはキリアンの恐るべき観察眼に内心驚いた。小さいながらも少しずつだが手掛かりの欠片が出てくる。次に、家の外にある井戸に目を留めた。この井戸、どうやら何かあるようだ。
「キリアンさーん!」
しばらく待っても反応がなかったので、梯子を伝い井戸の底へと下りたキリアンを案じ、井戸を覗き込むような体勢でタヌは声を掛けた。
「ボクも下りた方が良いかなぁ」
タヌが見かねて梯子に手を掛けようとしたときだった。
「タヌ君は絶対下りちゃダメだ! 梯子、危ないからなぁ!」
奥の方からキリアンの声が響いてくる。
「でもっ」
「今、底に着いたー! ちょっと待っとってな!」
キリアンの声が聞こえてくる。タヌは、もしこれが父の研究と関係あることだったらと不安になる。もしそうだったらキリアンを巻き込むことになるし、キリアンに何か勘づかれるのもまずい。やはり下りた方が良いかも知れないと思い始めた。タヌは手を伸ばし、井戸の底に向かっている梯子の踏ざんに触れる。
「大丈夫そうだけど……」
ガシガシと何度か揺らしても軋む気配がない。タヌが大丈夫だろうと判断し、井戸の梯子を下りようと身を乗り出したときだった。カタン、とも、タンタン、とも聞こえる音が井戸の底の方から響いてくる。
(何だろう?)
続いて、声が聞こえる。わかるのは人の声で、複数いることだ。キリアン以外に誰かいるのか。この井戸を伝って先に誰か下りていたのか。タヌはあれこれ気になると、居ても立ってもいられなくなった。
タヌはシャツで手のひらを拭いてから、意を決し、井戸に足を踏み入れ、梯子を下り始めた。
「深っ!」
井戸の脇に置いてあった桶に結ばれた紐の長さより、この井戸は絶対に深い。タヌはそう思いながらも、手足を止めずに下り続ける。梯子を下りる間、タヌの耳に入るのは人の声ではなく、金属らしきものがこすれる、またはぶつかり合って響くそれに似た音だった。
「タヌ君! 来るなっ! ラ・モルテがおるっ!!」
「えっ……!」
キリアンの叫び声を聞いた途端、タヌは頭が真っ白になった。今、キリアンはラ・モルテと言わなかったか? この世界でラ・モルテを現す存在など、ただ一人だ。次の瞬間、タヌは自分の心臓が高鳴り、手に脂汗が浮き始めたのがわかった。今はとにかく下りなくては。タヌは意識を集中した。
足の裏に触れた感触が丸い踏ざんではなく、堅い地べただとわかると、タヌは梯子から手を離し、周囲を見回した。水の音もほとんど聞こえないし、足下も濡れていない。ここは単なる涸れ井戸ではないようだ。
金属がぶつかったりこすれたりするような音が一層大きく、ハッキリ聞こえてきた。二、三歩ばかり歩いた先から左右に広がるところが通路になっており、左側から灯りが漏れている。キリアンは下りるときランタンを持っていなかったはずだ。タヌは灯りが漏れてきた方を覗き見る。
(あれ?)
灯りがふわりと舞った一枚の花びらを照らし出した。橙色の光に照らされているのでハッキリとした色はわからないが、ラ・モルテだと聞いた以上、考えられるのは──。タヌの思考はここで途切れた。キリアンがタヌの足下近くまでもんどり打って倒れてきたからだ。
「キリアンさん!!」
タヌはキリアンを助け起こすべく身を屈めようとしたが、できなかった。キリアンを倒したであろう影が近づいてくるのがわかったからだ。
「えっ……」
タヌはその影の正体を見たとき、改めて驚きを露わにする。
「やっぱり……」
タヌが声を上げたとき、キリアンが身体を後ろに回転させながら立ち上がる。時を同じく、近づいてきた人影が足を止めた。
「その声は……」
女の声だった。タヌは声を聞いた瞬間、確信した。
「何? ラ・モルテだぞ?」
立ち上がったキリアンが手にしたとび口を構えながら告げた。タヌは反射的にキリアンの前に立った。
「キリアンさん待って! この人はボクを助けてくれた……恩人なんだってば!」
キリアンが目を丸くして叫ぶ。
「え? お、恩人だぁ!?」
「村が焼かれたとき、ボクを助けてくれたのはこの人なんです!」
タヌはこのとき、キリアンの瞳をじっと見た。躑躅色の瞳が捉えているのはタヌではなく、その後ろにいる、太い諸刃の剣を持った女だった。時折、ひらひらと舞い上がる細かい光のようなものも映りこむ。
「ああ、その通りだ。首狩り屋」
突然響き渡ったのは、これまたタヌには聞き覚えある男の声だった。
「おいちょっと待てや。女の後ろに隠れて何エラソーなクチ利いてンだよ? ぁ?」
キリアンの言葉を聞いた途端、タヌは、それはまずいと彼を制そうとするが、できなかった。
「ったく」
毒づいた後、キリアンの顔つきが少し変わった。それまで見せたこともないような不敵な笑みを浮かべているではないか。
「ま、今日は出直すさ。待った甲斐もあったしな」
キリアンが言ったときだった。
「タヌッ!!」
突然、タヌは自分の後ろにいた女に肩を掴まれた。女が回り込み、庇うように自らを楯にする。ほぼ同時にボンという音が上がった。周囲には水煙も上がっている。
「心配するな」
自分を守ってくれた女の肩越しに、キリアンの姿が視界からなくなっていることに気づくと同時に、これまた知った男の声がタヌの耳に入った。
「マグネシウムと水を混ぜた化学反応で起こる音だ。爆弾じゃない」
タヌは聞いたところで、改めて自分を守った女の姿を見つめ直した。
「DYRA……」
周囲に青い花びらをひらひらと舞わせながら立っているのは、金色の瞳を持った若く美しい中性的な雰囲気の女性だった。もちろんそれは、タヌが良く知っている相手だ。
「ホントに……DYRA! DYRA! 足、治ってる! 良かったっ! 良かったっ!!」
タヌは、瞳に涙を溜めて喜びを爆発させた。
「もっと時間掛かるって聞いていたから! ……ボクッ」
「随分、心配を掛けたかも知れないな」
DYRAの言葉を聞いたとき、タヌは、彼女の雰囲気が何となく変わったように感じた。一体何が前と違うのだろうと、DYRAをまじまじと見る。見た目云々ではない。目には見えない何かだ。けれども、タヌは言葉にできない頼もしさにも似た何かをを感じる。
「こんな薄暗いところで話すのは何だ。上がるぞ」
男の声に、タヌは確かめるように振り返った。赤い外套に身を包み、左耳に美しい耳飾りを填めた、背の高い、くせ毛の銀髪と銀眼の男が立っていた。
(RAAZさんだ。やっぱり)
このときタヌは、二人の耳元を見て、かつての出来事を思い出した。
「受け取れ」
DYRAは左手に持っているものをタヌがいるであろう真後ろに軽く放った。タヌはすぐさまそれを受け取る。DYRAがいつの間にか右耳につけているようになっていた耳飾りだった。
(あのときの……あれ、お揃いだったんだ)
DYRAは右耳、RAAZは左耳にそれぞれ耳飾りを填めていることはわかっていたが、間近で見て、一対だったことをタヌは知った。
(やっぱり、DYRAとRAAZさんは)
タヌは今までのことを思い返しながら、改めて確信する。二人は、ただならぬ関係だ、と。DYRAを守るために自身が憎まれることも含め、一切手段を選ばないRAAZ。自覚こそないものの、RAAZを一番近しい存在と無意識で仄めかすDYRA。
「ガキ。ボケッとするな、行くぞ」
何かを考え始めたタヌに対し、RAAZが以前と変わらぬ声で告げた。
改訂の上、再掲
167:【LEARI】井戸の下にあったのは、秘密と、そして……2025/07/02 22:33
167:【LEARI】再会は、井戸の下 2023/02/07 12:35
167:【LEARI】父さんの闇(2) 2020/10/12 20:00
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10月に入って、クーラーからいきなりヒーターな日々かよと唖然としている日々です。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者は多分とても喜びます。
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-*-*-*-*-* 宣 伝 *-*-*-*-*-
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RAAZは思わせ振りな言葉を残して立ち去り、DYRAとタヌはいよいよ次回から父親捜しリブートです。それにしても、「港町」でのひそひそ話、怖いですね。
新章開幕!
次回の更新ですが──。
10月19日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆