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165:【LEARI】タヌ、懐かしの我が家へ。キリアンの観察眼恐るべし

前回までの「DYRA」----------

 ピルロからひとりでレアリ村へと移動したタヌ。道中通ったペッレで、何でも屋キリアンと出逢い、彼が道中護衛してくれることになった。

「着いたぞー」

 タヌを乗せた辻馬車はかなりの速さで走った上、ルガーニ村で馬を交換したこともあり、レアリ村への入口があった場所に着いたのは昼過ぎだった。

「あの、無理を聞いてくれて、ありがとうございました」

 周囲に広がる枯れた畑、そして廃墟同然の村。それらを見回すキリアンへタヌは馬車を下りると丁寧に礼を言った。

「決めた!」

 突然、キリアンが張りのある声を出した。

「面白そうだから、オレ、ついていく!」

「え、で、でもっ!」

 どうしてそういう話になるのか。タヌは目をぱちくりさせる。

「決まり決まり! だいたいこんなところに子どもひとりを残して涼しい顔で戻るとか、どう考えてもヤバイだろ」

 笑顔で自信ありげに言い切ったキリアンを前に、これは断っても一緒に来るだろうと思ったタヌは、同行を断る言葉が浮かばなかった。

「そうだ! 名前聞いてなかったな」

「あ……ボク、タヌです」

 キリアンが興味深そうにタヌを見たが、すぐに笑顔に戻る。

「タヌ君か。そっか! オレのことはキリアン、呼び捨てでいいぞ!」

「いえ、キリアンさん……」

「堅いことは抜き! 抜き抜き!」

 タヌはキリアンに背中を押されながら、村への入口を潜った。

「あ?」

 村へ3歩ばかり足を踏み入れるなり、キリアンが声を上げる。

「おかしくないか?」

「え?」

 タヌは、キリアンの表情ががらりと変わるのを見た。それまでの自信たっぷりの笑顔から一転、警戒心を露わにした、別人のように厳しいそれに変わっている。

「この村って、確か1か月ちょっと前、焼き討ちに遭ったんだよな?」

「はい」

 タヌはキリアンの言葉を聞いて、何がどうおかしいか探そうと、村をじっと見回す。

 あの日。村が襲撃された。村人はことごとく焼き殺されるか、アオオオカミに襲われるかで惨劇の舞台になったはずだった。

「ちょっと待て」

「うわっ!」

 タヌは後ろからキリアンに肩を強く掴まれた。

「そこの村の入口、柵の脇にちょっと立っとって」

 言うなりキリアンが長いストールを外す。そしてタヌと一緒に村の入口まで戻ると、村の中へ入っていく道筋を確かめる。道筋のちょうど隅にあたる位置と平行になるようにキリアンが自身の身を屈めた。そして、視線を村側に向け、地面に這いつくばる体勢になる。タヌは、いきなりうつぶせに寝そべるキリアンが何をしているのかわからず、彼の背中を見ることしかできなかった。腰の高さに小物入れのようなものをつけているのが目に留まる。サルヴァトーレみたいに仕事道具を入れているのだろうかなどとタヌは想像する。

「あの……」

 タヌが質問をするより、キリアンが言葉を発する方が早かった。

「おい、この村、最近人が結構来とるぞ?」

 キリアンが言いながら首だけ少し動かし、あちこちを見てから立ち上がった。

「何が見えたんですか?」

 タヌはキリアンが何を見たのか気になったのでそれを言葉にした。襲われて村人もいなくなった村へ人が来たとはどういうことなのか。

「順番に説明するから。ちょっと来い」

 タヌはキリアンの言葉を聞くなり、馬車の方へと腕を引かれた。

「えっ、えっ」

「一緒に行くって言って、良かった」

 馬車へ戻るなり、キリアンが客室を開き、椅子の腰掛け板を開いた。椅子の下が隠し棚になっていた。タヌはキリアンの様子をじっと見ている。彼は椅子の下からペッパーボックス式のピストルと、予備の銃弾、それにとび口(・・・)を取り出した。

「あのな」

 キリアンが話を始める。

「オレが地面で見たのは、土に跡があるか、だった」

 それはタヌにとって、意外な内容だった。

「焼き討ち後、誰も入っていないなら、靴跡なんかあるわけがない。それに何日か前、雨も降った。なのに靴跡。それも見たことないような変な溝がついた跡だ。他にもごく普通の跡。ああ、それだけじゃない。女物もだ」

 タヌは、キリアンの視力の良さ、もとい、観察眼と慧眼さに驚いた。

「女物は確実に最近。溝のは2、3日経っている。タヌ君。お前の家はこっから見えるか?」

「奥の方で、あっち」

 キリアンからの問いに、タヌは、家のある方を指差した。

「変な靴跡も女物も、そっちに向かっていた。それにさ……」

 キリアンが話を続ける。

「村は焼き討ちに遭ったんだよな? 死体はどこ行った? 骨1本転がっていないぜ?」

 指摘にタヌはハッとする。言われてみればその通りだ。

「足跡を見る限り、ここ最近、3人以上が確実に入ったんだ。気をつけた方が良いかもな」

 レアリ村に何が起こっているのか。タヌはとにかくそれが気になった。

「オレが先に行く。ついてきな」

 キリアンがとび口を手に改めて村へと入った。タヌは、時折後ろを振り返りながら続いた。村へ入ると、タヌの家へ向かう。足跡を土に極力つけないよう、ふたりは枯れ草の上を歩いた。

「ワケわからねぇ。普通、火事場泥棒するなら、根こそぎ持っていくんだけどな」

 タヌは、キリアンが言わんとすることを何となく理解する。死体がひとつもないのに、宝石や金貨などが散乱したままで、どれもこれも無事だった物に手を付けた形跡がほとんどない。

「タヌ君。オレへの報酬は、ここらへんのもん拾って適当に見繕うわ、ってことで。お前の家のモン以外な」

 タヌは死んだ人のものを勝手に持っていくのはどうなんだろうと考える。一方、換金さえできれば気にしないのか、キリアンに悪びれた様子はない。タヌは周囲を見ながら改めて、不気味というか、変な思いがこみ上がる。溜息が漏れそうになったとき、タヌは自宅の前で足を止めた。周囲の家は皆焼け落ちているが、ここだけは延焼すらもなく、唯一被害を免れていた。

「ここです。ボクの家」

「お前の家!? ……じゃ、お前やっぱり、焼き討ち騒ぎから逃れたってことか」

「はい。ボクはたまたま……」

 タヌは、家の扉の前に立った。扉は閉まっている。キリアンが先に扉の取っ手にそっと触れると、少しだけ、だがゆっくりと扉を押し開ける。

「開いてやがる」

 キリアンが扉の隙間から罠などがないかを確認してから奥まで開く。家の中が見えるようになると、タヌはキリアンの肩越しに中を覗いた。

「えっ!」

「どうした?」

 タヌは信じられないといった面持ちで部屋の中を見ると、キリアンの脇から前へ出て、扉を潜った。

「ボクが最後にこの家を出たとき、書斎は……」

「書斎が、何だって?」

 キリアンがタヌを見て、視線の先を確かめてから同じ方向を見る。

「上がっていっか?」

 キリアンが家の中をざっと見回す。もう一度、今度は部屋の中に罠や不審物の類がないか探す。タヌも一緒になって見た。入ってすぐに見える台所や食事をする場所、寝室への扉、洗面所への扉、書斎以外はどこも、これと言っておかしいものやあるはずのない(・・・・・・・)ものはない。キリアンが指さし確認で念押しをしたところで、タヌは家の中へと入った。

 タヌは父親が使っていた書斎の入口まで走ると、書斎の中をじっと見た。タヌは表情を引きつらせながらも、自分がここを出たときのことを併せて思い出す。

「何かこの部屋、おかしいん?」

「ボクが最後にここを出たとき、こんなに散らかってなかった」

 書斎の床に散乱した書類が足の踏み場もないほど散らばっている。

 キリアンが村の入口を通ろうとしたときと同じように、タヌの肩を後ろから掴んで自分の後ろに下げた。そしてまたしても身を屈めると、視線を床と平行になるくらいまで下げ、書類が散乱している床に目を凝らす。

「さっきみたいに、靴の跡とかですか?」

「ああ」

 手前に落ちている書類の何枚かを時々そっとめくっては床を見るキリアンの言葉を聞きながら、タヌも書斎を目を皿にして見回す。床に散らばっているのは書類だけではない。羽根ペンや鉄尺なども落ちている。

「金目の物目当てじゃないのか。台所とか全っ然手を付けてない。この書斎にある何か(・・)、だ」

 この部屋にあるもの、それも金目の物ではないものを盗む目的で来たのではと聞かされ、タヌはキリアンの観察力を前に、心臓がバクバクしそうになる。タヌは探しているものがここにあったことを悟られないよう、平静を装い、キリアンの言葉に耳を傾ける。「着いたぞー」

 タヌを乗せた辻馬車はかなりの速さで走った上、ルガーニ村で馬を交換したこともあり、レアリ村への入口があった場所に着いたのは昼過ぎだった。

「あの、無理を聞いてくれて、ありがとうございました」

 馬車を下りると、周囲に広がる枯れた畑、そして廃墟同然の村。それらを見回すキリアンへ、タヌは丁寧に礼を言った。

「決めた!」

 突然、キリアンが張りのある声を出した。

「面白そうだから、オレ、ついていく!」

「え、で、でもっ!」

 どうしてそういう話になるのか。タヌは目をぱちくりさせる。

「決まり決まり! だいたいこんなところに子ども一人を残して涼しい顔で戻るとか、どう考えてもヤバイだろ。御代はいらない、最初に決めた馬車代だけでいいよ」

 笑顔で自信ありげに言い切ったキリアンを前に、これは断っても一緒に来るだろうと思ったタヌは、同行を断る言葉が浮かばなかった。

「そうだ! 名前聞いてなかったな」

「あ……ボク、タヌです」

 名前を聞いたキリアンは興味深そうにタヌを見たが、すぐに笑顔に戻る。

「タヌ君か。そっか! オレのことはキリアン、呼び捨てでいいぞ!」

「いえ、キリアンさん……」

「堅いことは抜き! 抜き抜き!」

 タヌはキリアンに背中を押されながら、村への入口を潜った。

「あ?」

 村へ三歩ばかり足を踏み入れるなり、キリアンが声を上げる。

「おかしくないか?」

「え?」

 タヌは、キリアンの表情ががらりと変わるのを見た。それまでの自信たっぷりの笑顔から一転、警戒心を露わにした、別人のように厳しいそれに変わっている。

「この村って、確か一か月ちょっと前、焼き討ちに遭ったんだよな?」

「はい」

 タヌはキリアンの言葉を聞いて、何がどうおかしいか探そうと、村をじっと見回す。

 あの日。村が襲撃された。村人はことごとく焼き殺されるか、アオオオカミに襲われるかで惨劇の舞台になったはずだった。

「待った!」

「うわっ!」

 タヌは後ろからキリアンに肩を強く掴まれた。

「そこの村の入口、柵の脇にちょっと立っとって」

 言うなりキリアンが長いストールを外す。そしてタヌと一緒に村の入口まで戻ると、村の中へ入っていく道筋を確かめる。道筋のちょうど隅にあたる位置と平行になるようにキリアンが自身の身を屈めた。そして、視線を村側に向け、地面に這いつくばる体勢になる。タヌは、いきなりうつぶせに寝そべるキリアンが何をしているのかわからず、彼の背中を見ることしかできなかった。腰のあたりに小物入れをつけているのが目に留まる。サルヴァトーレみたいに仕事道具を入れているのだろうかなどとタヌは想像する。

「あの……」

 タヌが質問をするより、キリアンが言葉を発する方が早かった。

「おい、この村、最近人が結構来とるぞ?」

 キリアンが言いながら首だけ少し動かし、あちこちを見てから立ち上がった。

「何が見えたんですか?」

 タヌはキリアンが何を見たのか気になったのでそれを言葉にした。襲われて村人もいなくなった村へ人が来たとはどういうことなのか。

「順番に説明するから。ちょっと来い」

 タヌはキリアンの言葉を聞くなり、馬車の方へと腕を引かれた。

「えっ、えっ」

「一緒に行くって決めて、良かった」

 馬車へ戻るなり、キリアンが客室を開き、椅子の腰掛け板を開いた。椅子の下が隠し棚になっていた。タヌはキリアンの様子をじっと見る。彼は椅子の下からペッパーボックス式のピストルと、予備の銃弾、それにとび口を取り出した。

「あのな」

 キリアンが話を始める。

「オレが地面で見たのは、土に跡があるか、だった」

 それはタヌにとって、意外な内容だった。

「焼き討ち後、誰も入っていないなら、靴跡なんかあるわけがない。それに何日か前、雨も降った。なのに靴跡。それも見たことないような変な溝がついた跡だ。他にもごく普通の跡。ああ、それだけじゃない。女物もだ」

 タヌは、キリアンの視力の良さ、もとい、観察眼に驚いた。さらに慧眼でもある。

「女物は確実に最近。溝のは二、三日経っている。タヌ君。お前の家はこっから見えるか?」

「奥の方で、あっち」

 聞かれたタヌは、家のある方を指差した。

「変な靴跡も女物も、そっちに向かっている。それにさ……」

 キリアンが話を続ける。

「村は焼き討ちに遭ったんだよな? 死体はどこ行った? 骨一本転がっていないぜ?」

 指摘にタヌはハッとした。言われてみればその通りだ。

「足跡を見る限り、ここ最近、三人以上が確実に入ったんだ。気をつけた方が良いかもな」

 レアリ村に何が起こっているのか。タヌはとにかくそれが気になった。

「オレが先に行く。ついてきな」

 キリアンがとび口を手に、村へと入った。タヌは時折後ろを振り返りながら続いた。村へ入ると、タヌの家へ向かう。足跡を土に極力つけないよう、二人は枯れ草の上を歩いた。

「ワケわからねぇ。普通、火事場泥棒するなら、根こそぎ持っていくんだけどな」

 タヌは、キリアンが言わんとすることを何となく理解する。死体が一つもないのに、宝石や金貨などが散乱したままで、どれもこれも無事だった物に手を付けた形跡がほとんどない。

「ああそうだ、タヌ君。馬車代の件だけど、お財布開かなくて良いよ。ここらへんの散らかっているモン拾って適当に見繕うから」

 タヌは死んだ人のものを勝手に持ち去ってしまうのはどうなんだろうと考える。一方、換金さえできれば気にしないのか、キリアンに悪びれた様子はない。タヌは周囲を見ながら改めて、不気味というか、変な思いがこみ上がる。溜息が漏れそうになったとき、二人は自宅の前で足を止めた。周囲の家は皆焼け落ちているが、ここだけは延焼すらもなく、唯一被害を免れていた。

「ここです。ボクの家」

「お前の家!? ……じゃ、お前やっぱり、焼き討ち騒ぎから逃れたってことか」

「はい。ボクはたまたま……」

 タヌは、家の扉の前に立った。扉は閉まっている。キリアンが先に扉の取っ手にそっと触れると、少しだけ、だがゆっくりと扉を押し開ける。

「開いてやがる」

 キリアンが扉の隙間から罠などがないかを確認してから奥まで開く。家の中が見えるようになると、タヌはキリアンの肩越しに中を覗いた。

「えっ!」

「どうした?」

 タヌは信じられないといった面持ちで部屋の中を見ると、キリアンの脇から前へ出て、扉を潜った。

「ボクが最後にこの家を出たとき、書斎は……」

「書斎が、何だって?」

 キリアンがタヌを見て、視線の先を確かめてから同じ方向を見る。

「上がっていっか?」

 キリアンが家の中をざっと見回す。もう一度、今度は部屋の中に罠や不審物の類がないか探す。タヌも一緒になって見た。入ってすぐに見える台所や食事をする場所、寝室への扉、洗面所への扉、書斎以外はどこも、これと言っておかしいものやあるはずのないものはない。キリアンが指差し確認で念押しをしたところで、タヌは家の中へと入った。

 タヌは父親が使っていた書斎の入口まで走ると、書斎の中をじっと見た。タヌは表情を引きつらせながらも、自分がここを出たときのことを併せて思い出す。

「何かこの部屋、おかしいん?」

「ボクが最後にここを出たとき、こんなに散らかってなかった」

 書斎の床には、書類が足の踏み場もないほど散らばっている。

 キリアンが村の入口を通ろうとしたときと同じように、タヌの肩を後ろから掴んで自分の後ろに下げた。そしてまたしても身を屈めると、視線を床と平行になるくらいまで下げ、書類が散乱している床に目を凝らす。

「さっきみたいに、靴の跡とかですか?」

「ああ」

 手前に落ちている書類の何枚かを時々そっとめくっては床を見るキリアンの言葉を聞きながら、タヌも書斎を目を皿にして見回す。床に散らばっているのは書類だけではない。羽根ペンや鉄尺なども落ちている。

「金目の物目当てじゃないな。寝室とか全っ然手を付けてない。この書斎にある何か、だ」

 タヌはキリアンの観察力を前に、心臓がバクバクしそうになる。タヌは探しているものがここにあったことを悟られないよう、平静を装い、キリアンの言葉に耳を傾ける。

「この部屋な、どう少なく見積もっても、一人や二人じゃない。三人、いやそれ以上、足を踏み入れてる」

 聞いた途端、タヌは「えっ!」と叫びにも似た声を上げた。

「さっき見た変な靴跡とか女物みたいな跡の他に、書類の下に別の跡がいくつもあった」

「えっと、つまり」

 キリアンは村の入口のところで靴跡があると言ったが、あの時はここまでたくさんあるとまでは言わなかった。一体どういうことなのだろうかとタヌは疑問を抱く。しかし、それを上手く言葉にできなかった。わかるように話してほしいと言いたげにキリアンを見つめる。一方、キリアンは、話す順番をあれこれ考えながら口を開いた。

「流れとしてはこうだ。最初、焼き討ち騒ぎの後、何人かでやって来て、この部屋を探した。多分そいつらは目的が明確だったのと、どこに何があるか、ある程度知っていたんだろうな。だから部屋を乱暴に荒らす必要がなかった」

「どうして、言い切れるんですか?」

「簡単だ。焼き討ち騒ぎに乗じてか、すぐ後で入ったなら、灰とかがそれなりに家に流れ込んできていて良いはずだ。けど、それがない。ってことは、灰がある程度風で飛ばされてしまってから来たってことだ」

 村の入口で靴跡を見抜いたときは、タヌはキリアンの観察眼に驚いた。だが、今は違う。問題の日、この家に賊が来ていないことを知っているからこそ、キリアンの鋭さに恐怖にも似た感情がわき上がっていた。

 そんなタヌに気づいているのかいないのか、キリアンが話を続ける。

「ここに入った奴ら、探しものを見つけたのか、ダメだったのかそれはわからない。けど、そいつらはただの物盗りのせいに見せるために帰り際に書類を散らかして退散した。村でそれなりの数の靴跡が見つからなかった理由は簡単だ。雨が降るより前に来たんだ」

 もしかしたら、キリアンはサルヴァトーレやマイヨ並に頭が切れるのかも知れない。けれども、DYRAとRAAZと面識があるわけでもない。助けてくれるのは嬉しいと思いつつも、多くを話したり、本音で接したりするのは止めた方が良いとタヌは考えた。話せば確実に巻き込んでしまう。タヌの中でそんな直感が働いた。

「タヌ君。ホントにこの部屋にお宝とかないの?」

「うちはカネ持ちじゃないし、そんなすごいものはないですよ。この村だってもともと農家しかない田舎の村だから。何か、そんな、宝石とか村の人が持っていたんだってことにも、ビックリしたくらいだし」

 タヌはキッパリ言い切った。しかし、キリアンは首を小さく横に振った。

「田舎の村でも特産品がある農家なら、貧乏とは限らない。っと、それはともかく。話には続きがある。雨が上がってから、恐らく今度は一人、別のヤツが来た。これが村の入口あたりで見つけた靴のヤツだろう。こいつは書斎に入ってもここには来ていない。来ていたら紙の上に跡があるはずだ。もし来たとしても、タヌ君が立っているところまでで、書斎には踏み込んでいない。あれば紙の上に靴跡がある」

「その人が散らかしていったとかは?」

「それなら明らかに残り方の違う靴跡が紙の下の床にあるはずだ。けれど、なかった。そして……」

 キリアンは不敵な笑みを浮かべて続ける。

「変な溝の足跡のヤツが来た。恐らくこれは外の靴跡の残り方からして、今日を含めてこの二、三日以内。もう少し、って言われてもせいぜい四日。その後に来た女物に至っては一番新しいし、ハッキリしていた。最悪、今、この村にいるかもって」

 この村に自分たち以外の誰かがいる。本当にそんなことがあるのだろうかと、タヌは腰を抜かしそうになるほど驚いた。だいたい、誰が何のためにこんな焼き討ちされた村に来るのか。少なくとも、タヌの記憶にある限り、あの日は自分の両親を除き皆、村にいた。小さな村だ。村の外どころか、小麦畑であっても出かければすぐにわかる。だが、村の外へ誰も出かけていなかった。キリアンの話と組み合わせれば、今いるかも知れない人物は、村の外の人間で決まりだ。村人の誰かの親戚などだろうか。けれど、それならこの書斎に上がり込む理由がない。

「ちょっと、村ン中の様子見てみるか」

 キリアンの提案に、タヌは頷くことしかできなかった。

「靴跡のことが気になるし、タヌ君、少し、待っとってくれっか」

「いえっ! ボク、案内します」

 タヌは、もやもやしたままでじっとしていることに耐えられないのか、条件反射的に答えた。

「んじゃ、だいたいの案内を頼めるか。危ないと思ったらそこはナシで」

「はい」

 タヌはキリアンを先導する形で家を出た。


改訂の上、再掲

165:【LEARI】タヌ、懐かしの我が家へ。キリアンの観察眼恐るべし2025/07/02 20:56

165:【LEARI】懐かしの我が家へ 2023/02/07 12:28

165:【LEARI】家捜しの目的 2020/09/28 20:00



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 9月の連休を越えたらいきなり涼しくなって過ごしやすい日々です。皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり、感想とかいただけると作者は多分とても喜びます。


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-*-*-*-*-* 宣 伝 *-*-*-*-*-


 BOOTHで頒布中の単行本は、何と言ってもフル校正は入っているものなので、webで文章を綺麗にまとめきれなかった場所など含めスッキリ状態! 是非、お求め下さいませ!



 即売会イベント類ですが、当面の参加予定は以下の通りです。


 【委託】 10月11日(日) 北海道コミティア13

 【直接】 11月22日(日) 文フリ東京

 【直接】 11月23日(月) コミティア134


 こちらへ参加予定です。

 ご縁ございました折には是非よろしくお願いいたします。


 また、ピクトスクエアさんで開催の一次創作オンライン即売会へも年内はそこそこ参加しております。併せてよろしくお願いいたします。


 【オン】 09月30日(水) 月夜咄会#03

 【オン】 10月02日(金) 月燈マルシェ 第五夜

 【オン】 10月26日(水) 月夜咄会#04



-*-*-*-*-* こ こ ま で *-*-*-*-*-

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 キリアン、お前、火事場泥棒かよ(笑)ってな始まりですが、賊を見事に見つけ出したり、井戸のナゾに迫ったり、やっぱり仕事ができる。ところで、この「賊」ってもしかして……? お楽しみです。

 そしてDYRAは、マイヨの寝床を立ち去ったのに、階段から落ちてシリンダー状の空間へ行ってしまったりで散々です。けれど、たどり着いた場所から考えるに、次回はようやく、物語が先に進んでくれる感じです。



 次回の更新ですが──。


 10月5日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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