016:【PELLE】無事に再会! そして宿屋に戻ってみると……
前回までの「DYRA」----------
RAAZが壊れた耳飾りを持ち出し、「死んだ土地」へ向かったとき、DYRAのみならず、砂埃と乾いた土とに埋もれていた、壊れた耳飾りの留め金を見つけた。持ってきたものを組み合わせて修繕すると、それは図らずもRAAZの左耳に填められたそれと同じだった。DYRAとRAAZ。二人にはどうやらただならぬ因縁があるようだ。
縁あった少年から紹介された宿屋で一夜を過ごしたタヌもまた、無事に朝を迎えていた。
宿代を支払うと、タヌは昨晩通った、街の東門へ向かった。人の流れに乗って移動すると、すんなりたどり着く。門の前で、全身を黒い外套で覆った存在とすれ違ったが、タヌは気にも留めなかった。すれ違ったのは三人。一人は白く四角い鞄を持っていた。
タヌは門をくぐって街の外へ出ると、街道の端に立ってDYRAを待つ。時折、郵便馬車や乗合馬車、辻馬車などが門を入ったり、出たりしていく。
どのくらい待っただろうか。気がついたときには門のところにある大きな時計が一〇時三〇分過ぎを示している。その間、何度かDYRAではと思わせる黒い外套姿の人物ともすれ違ったが、いずれも人違いだった。
(何か、あったのかな)
時折、タヌはあたりをきょろきょろと見回した。DYRAの姿は見えないし、現れる気配もない。さらに待ち続けるうち、一二時が迫ってくる。
遠くの方から馬の蹄の音が聞こえてくる。それは、それまで何度も聞いた、荷馬車の類ではない。かなりの速さだ。やがてタヌの視界にも入ってきた。猛烈な勢いで迫ってくる栗色の毛の馬。タヌは何か急ぎかなと視線で追う。頭からすっぽり外套に身を包んだ人物が乗ったその馬はタヌの方へ近づくにつれ、今度は少しずつ速度を落とす。
(何だろう)
馬がタヌのすぐそばで止まった。タヌは誰が乗っているのだろう、何の用だろうなどと思いながら馬を見た。
「待たせた」
聞き覚えある声に、タヌはそれまでのどこか沈んだ顔からパッと笑顔を浮かべる。
「DYRA!」
「頼みがある」
「な、何?」
DYRAは馬を降りるなり、再会を喜ぶ時間も惜しいとばかりに切り出す。
「馬を返しておいてくれないか。ここをしばらく北へ歩いたところにある馬貸し屋だ」
言いながらDYRAはアウレウス金貨五枚を出すと、タヌに手渡した。
「『馬を酷使したから、追加料金だ』と言って、渡しておいてくれ。釣りはいらないと」
「え……もちろんいいけど、でも、一緒に行かないの?」
「少し、一人で考えたいことがある。すまない。ここにいる」
本来なら自分で返しにいくのが筋だ。それでもDYRAは自分の中で、山へ行ったとき何が起こったのかなど、少しでも考えをまとめた上で、気持ちを切り替える時間が欲しかった。そしてもう一つ。昨晩の出来事から、RAAZが極めて近くにいることが明らかな以上、自分の動向を把握される危険を冒したくなかった。この街には錬金協会の施設があるとも聞いている。
「う、うん。じゃ、ここで待ってて」
タヌは馬を引いて、東門から街へと入った。昨夜は暗く、今朝は人通りの多さで気づかなかったが、あちこちに花壇があり、花が咲いている。綺麗な街並みだ。やがて、北門のほど近くに馬貸し屋の看板を見つけると、タヌは足を止めた。
「すみませーん」
タヌが声を掛けると、奥からエプロンをした女性が姿を現した。タヌより大柄で筋肉質、かなりの力仕事をしていることがひと目でわかる。
「はい」
「あの、昨日借りた馬を返しに来ました」
タヌに引いてこられた馬を見た女性はすぐわかったのか、頷いて、馬を繋いだ。
「あの、こちらもしかして、女性のお客さまが借りられた馬でございますね」
「はい。それで、その……姉が『酷使したから』って言って」
アウレウス金貨五枚を差し出す。「姉が」と言ったのは、関係を追求されることを避けるため、とっさに口から出た嘘だった。
「確かに」
馬の様子を見ながら女性が納得する。疲れているのがひと目でわかる。
「ちょっとこれは……。そうですね、追加料金として、金貨一枚と銀貨五枚でお願いします」
女性は差し出された金貨五枚のうち、二枚だけ受け取ると、エプロンから五枚の銀貨を出してタヌに渡そうとした。
「あ、いえ。姉は、『ご迷惑をおかけしてごめんなさい。お釣りはいりません』、って」
「そ、そうですか。わ、わかりました。それでは、『ご利用ありがとうございました』とお姉さんへ伝えておいて下さい」
「はい」
精算を済ませて馬貸し屋を後にすると、タヌは東門へ向かって早足で歩き出した。そのときちょうど、噴水広場の方から西へ向かって、四頭立ての豪華な馬車が走って行くのが見えた。真っ赤なキャビンがとても豪華だ。
「すごい馬車……」
タヌは馬車をひと目見ようと、駆け足で近寄る。
「うわあ」
今まで見たどの馬車よりも豪華だ。だが、それ以上にタヌが驚いたのは、乗っている人物だった。昨日、タヌを歓待し、宿屋を紹介してくれたあの少年ではないか。
「えっ……」
昨日見た、あどけない笑顔の少年の面影はまったくなかった。ひょっとして、彼はどこかの坊ちゃんではなく、もしかしたら錬金協会でもそれなりの高い立場だったのか。タヌは目をぱちくりさせながら、去って行く馬車の後ろ姿を見送った。
「そういえば」
確か宿屋のおばあさんは彼を「クリスト君」と呼んでいた気がする。彼の名前をちゃんと聞けば良かったとタヌは少し後悔した。馬車が完全に視界から消えると、気持ちを切り替え、東門へと向かった。
東門の片隅、門番の目につきにくい位置にDYRAがいた。
「DYRA。馬、返してきたよ」
「手間を掛けた。感謝する」
「ねぇ、DYRA、どこか行っていたの?」
先ほど、DYRAは馬を酷使したと言っていた。馬貸し屋にも安くない追加料金を払った。少なくとも、朝ちょっとそこまで、といった風ではない。何より、朝、合流するという話だったのに、今はもう昼だ。タヌは気になり、口にした。
「私がこの街にいることで面倒が起こるのは嫌だったからな。ギリギリまで様子を見ていた」
本当のことを言う必要はない。DYRAは一番それらしい答えをタヌに告げた。
「え? じゃ、まさか一晩中ずっと街の外にいたってこと?」
「そうだ」
タヌはDYRAが無事で良かったと思う。その一方で、気になることも頭に浮かぶ。昨日の朝、DYRAはピアツァの北側の森でRAAZに会ったと仄めかしていたはずだ。
「また、会えたの?」
夜中に馬でどこかへ遠出をし、RAAZを捜したのだろうか。タヌはあれこれ想像しながら、何となく気になる、程度のニュアンスで質問をした。
(あっ!)
DYRAが鋭い視線でタヌを見ている。彼女の身体全体からは殺気が漲っていた。タヌは質問を詮索と見做されたのかと気づく。
(まずい質問だったのかなぁ)
それでも、DYRAがまとっているオーラはタヌを咎めてるという類ではない。アオオオカミと対峙していたときでさえ、ここまで殺気だったものではなかった。
「タヌ。『詮索をするな』と言ったはずだ。それに、奴とは『会えたから良かった』という関係ではない」
殺気を隠さず告げたことで、タヌは、DYRAがRAAZを追う理由を何となく察する。
(もしかして……!)
タヌは口にできなかった。口にすれば最後、DYRAと行動を共にできなくなるのは明白だ。最悪、この場で殺されるかも知れない。
タヌはこれ以上、DYRAにこの件で食い下がるのを止めた。
「聞いちゃって、ごめん」
タヌからDYRAへの質問が発端で、二人の間には気まずい空気が流れた。タヌはこの重く息苦しい空気を何とかしたいと思いつつも、気の利いた話題が浮かばない。
視線が泳いでいるタヌの様子に、DYRAは、自分がRAAZを捜す理由を勘づいたのかも知れないと思う。これ以上、RAAZ絡みの質問をされたくないと思うと、話題を変える。
「お前、食事を済ませたか?」
重苦しい空気を払うようなDYRAからの切り出しだった。
「あ。……まだ。一緒に、って思ったから。ボク、DYRAに話したいこともできたし」
一人でいると昨晩からの一連のことに思考を奪われる。気分転換にちょうど良いと、DYRAはタヌの話を聞くことにする。
「そうか。ただ……」
RAAZに動向を知られたら面倒なので人目につくところは避けたい。それ以上に自分が街に入ればアオオオカミに襲われたり、何か被害が出たりするのではないか。一抹の不安も拭えない。さりとて、タヌの願いを無碍に断りたくもない。DYRAは何と答えればいいか悩む。
「大丈夫だよ。ここは大きい街だし、ほら」
言いながら門のまわりを指す。街を覆うように壁がある。だが、DYRAの心配もわかる。
「でも……そうだね。ご飯食べたら、すぐにこの街を出た方がいいかな」
「できれば、そうして欲しい」
DYRAの返事を聞くと、タヌは彼女の手を軽く引いて走り出した。タヌが案内した先は、彼が泊まった宿屋だった。
「ここの宿屋さん。色々良くしてくれて。昨日別れたあと、出会った男の子が紹介してくれたんだ。ボク、おばあさんに挨拶しておかなきゃ」
言いながら、タヌが先に宿屋へ入ったときだった。
「ああ、あの子ですよ」
宿屋に入ってすぐの帳場から老婆の声がした。白い四角い鞄を手にした若い男に、入ってきたタヌを差しながらしわがれた声で告げていた。
「え?」
入った瞬間、指名される形となったタヌはビックリした。
「え? あの、ボク、何か?」
改訂の上、再掲
016:【PELLE】無事に再会! そして宿屋に戻ってみると……2024/07/23 22:31
016:【PELLE】無事に再会! そして宿屋に戻ってみると……2023/01/04 19:56
016:【PELLE】もうひとつの顔(3)2018/09/09 13:14
CHAPTER 17 その男、2017/02/02 23:00