154:【Pirlo】タヌとマイヨ、ようやく合流! でも陰謀は止まってくれない
前回までの「DYRA」----------
タヌとマイヨがピルロで奔走していたころ、ネスタ山でダメージを受けたDYRAがようやく目を覚ました。RAAZは彼女の「やさしさ」が招いたこの状況に呆れつつも、自分を助けたことには感謝する。
「ええっ!」
アントネッラ拉致を知ってからここに至るまでの顛末をパルミーロの口から聞いたタヌは、耳を疑い、動揺を隠しきれずにいた。
パルミーロ曰く、アントネッラが拉致されたことを知るや、一刻も早く助け出そうと思い立ち、市庁舎から邸宅へ夜陰に紛れて忍び込んだ。が、首尾よくアントネッラがいるとおぼしき部屋の近くまでたどり着いたものの、小間使いのニセモノに見つかってしまい、追い掛け回された挙げ句、不本意ながら出直すしかなかった、と。顛末を聞いたタヌは顔色を変えた。
「ニセモノ野郎、えれぇ腕っ節だった。途中でたまたま出会った小間使いのオバチャンに助けてもらわなかったら、どうなっていたか」
「えっ! それ、どのへんですか?」
「学術機関の建物の近くだ。何でそんなところに火事騒ぎ直前に入った新入りの小間使いがいたかは良くわからねぇけど、とにかく助かった」
タヌは、パルミーロたちを助けたのはロゼッタに違いないと直感した。そして、この後、パルミーロを追うのを諦めたマイヨと同じ姿の生体端末が家捜しとばかりに学術機関へ入り、ロゼッタもすぐに追ってきた、そのとき何故か子犬も一緒に来た。こんな流れだろうとタヌは理解した。
「そう言えば、サルヴァトーレは確か、隠れている弟に『忙しくなる』って伝えるみたいなことを言っていたな」
ジャンニが思い出したように告げると、パルミーロも首を大きく二度、縦に振った。タヌは、そろそろマイヨと合流する予定の植物園へ行こうと思い立った。そして学術機関の建物がある方を目で確認する。
「そろそろ戻って大丈夫かなぁ」
「戻るなら気をつけた方が良いぞ」
「ヤバそうだったら、俺とジャンニはしばらくここらにいるから、こっち来い」
「ありがとうございます」
そこへ、ジャンニが抱いていた子犬が吠えた。
「おっとっと」
子犬がジャンニから離れてタヌの足下へ駆け寄る。
「お、一緒に行くつもりらしいぞ」
「アントネッラ様のところへ無事に戻れると良いが、お前もヤバそうだったら戻れよ」
別れ際、パルミーロとジャンニに、街へ戻る近道を教えてもらうと、タヌは丁寧に頭をぺこりと下げてから、子犬と一緒に深夜のピルロへと戻っていった。
このとき、星明かりの下でロゼッタが顛末を見届けていることに気づいた者はいなかった。
タヌは誰にも遭遇することなく、無事に街へ戻ることができた。タヌがあたりを見回して植物園への道を探しているときだった。昨晩のやりとりをきちんと覚えていたのか、子犬がタヌを案内するように先に走り出した。
「あっ」
タヌが子犬を追い掛けていると、ほどなくして植物園の近くにたどり着いた。
「ありが……」
タヌが子犬の方を見て言おうとしたが、子犬の姿は小さくなっていき、植物園の入口あたりで消えた。タヌは人影が星明かりの下で動いていないか、あたりをざっと見回してから、植物園の入口へと走った。そして、扉を潜って中へと入った。
植物園の奥で、微かにランタンらしきものの灯りが漏れているのをタヌは見つけた。記憶が正しければ、昨晩話したときにランタンを置いた場所と同じだった気がする。
(マイヨさんかな? 違ったらどうしよう)
タヌは警戒しながら、隅の方を通って忍び足で灯りの方へと近づいた。半分くらいの距離まで来たところで頭を屈める。ほぼ同時に、奥から子犬の甲高い鼻声が聞こえてきた。続いて、背の高い男の人影が見える。手に短い棒のようなものを持っている影だった。
「マ、マイヨさん?」
タヌは小声で呼んだ。すると、子犬が近寄ってきた。もし、そこにいるのがマイヨでないなら、子犬が学術機関で遭遇したときのように激しく吠えるはずだ。少なくとも、昨日アントネッラといたとき、マイヨの前で犬は吠えていない。タヌは、人影の正体が本物のマイヨだと確信した。
「タヌ君。不用心だなぁ」
物陰からマイヨが姿を見せ、鉄扇を持った手で来るように合図を送ってきた。それを漏れてくる灯り越しに見たタヌは、マイヨのいる方へ走った。
「マイヨさん。大変なことに」
タヌはそこにいるのが間違いなくマイヨとわかるなり、切り出した。
「だからさ、もう少し用心深くなろうよ」
マイヨが困った顔でタヌを見ながら告げる。タヌはその飄々とした姿に緊張の糸が切れたのか、泣き出しそうになった。
「で、でもっ」
タヌはマイヨへ話をしようとするが、頭の中で上手くまとまらず、思うように話せない。
「タヌ君。ちょっと面倒なことが起こっている」
マイヨがタヌの様子を見ながら切り出した。タヌは二度三度頷いた。
「聞きました。アントネッラさんがっ」
その言葉に、マイヨは目を見開く。
「タヌ君、誰から聞いた!? ……もう情報が漏れている?」
「ボク、ちょっと前まで部屋にいたところをマイヨさんのそっくりさんに襲われて……」
「何だって!?」
「それで、部屋にその犬が入ってきて、どさくさ紛れに逃げて、犬を追い掛けて山の方へ行ったら……助けてくれた人がいて」
「助けてくれた? 一体誰が? どんなヤツだった?」
「えっと、名前を、確かパルミーロさんって」
パルミーロの名前を聞いたとき、今度はマイヨが二度三度頷いた。
「アントネッラさんを助けに行ったけど、そっくりさんに襲われて失敗しちゃったって。それで……」
記憶の糸をたどりながら話すタヌの言葉は、最後まで続かなかった。
「タヌ君。君も何があったか話したいだろうし、俺も君に何があったのか聞きたい。けれど、今はいったん、俺の話を聞いてくれるか?」
マイヨがタヌを安心させようと、タヌの両肩に手を置いた。
「深呼吸して」
タヌは、マイヨに言われた通りに口を開く。最初のうちは浅い呼吸しかできなかったが、だんだんと息が整ってきたのか、深いそれに変わっていく。
「大丈夫?」
「はい」
「じゃ、話を始めるよ?」
タヌは大きく頷くと、その場に腰を下ろした。
「まず、俺の方から。君の言う通りで、アントネッラがハーランに拉致された。しかも、脅しは俺のところへ来た。よりによってそのやりとりをピルロの人間に見られた。今、君が言ったパルミーロとその部下だ。市庁舎で働いていた人間だそうだ」
「あのっ」
マイヨの話を聞いたタヌは、もう一度深く息をしてから切り出す。
「ボク、夕方、クリストに会って」
「クリスト?」
初めて聞く名前だとでも言いたげにマイヨから見られたタヌは、最初から説明しなければ、と気づく。
「クリストは、ペッレで初めて出会った子なんだけど、色々何て言うか……。あと、こないだマロッタで副会長さんのところを訪ねたとき」
「マイヨさん。ボク、あの子のこ……」
マイヨもマロッタで錬金協会の建物を訪ねたときのことを思い出し、タヌの言わんとすることを理解した。
「ああ、あのときか。後ろ姿をちらっと」
「そうです。あの、はちみつ色の髪の」
タヌは頷くと、クリストとはペッレで出会ったこと、彼がサルヴァトーレの弟を名乗ったこと、その一方で不審な点があることなどを打ち明けた。
(そんな名前なんだ、アレ。マロッタで俺たちと入れ違いで出て、ピルロでばったり……)
難しい表情で無言のままのマイヨに、タヌは、彼も彼なりに何か思うところがあるのだろうかと想像する。同時に、もしかしたらクリストと面識があるのだろうか、と疑問も抱く。
(都合が良すぎる? できすぎている? いや、でも、俺はアレが起きていると知らなかったから、そこでも後手か)
マイヨが一層険しい表情で天を仰ぐ。その様子を見たタヌは、クリストとマイヨとの間にも何かあるのだろうかなどと考え始めた。
「マイヨさん?」
「あ、うん。ごめんね」
「大丈夫ですか? 何か、気になるとか?」
「ああ。ちょっと、ね。けれど、いったんアントネッラを助けるのが先だ」
「あの、マイヨさん! 一つ、聞いて良いですか?」
今すぐの行動として、アントネッラを助けることは優先順位の最上位なのは至極当然だが、タヌは一つ、マロッタを出る直前から気にしていることがあった。
「何かな」
「あの、どうしてピルロへ行こうって、思ったんですか?」
タヌは、自分を助けてくれたマイヨがピルロ行きを希望したこともあり、敢えて何も聞かずに快諾した。しかし、着いてみれば待っていたのはまさかの展開だ。それを嫌だと思うことはもちろん、まして責めようなんてつもりは決してない。それでも、こんな形で巻き込まれた以上、ピルロに来た本当の目的くらいは教えてほしいと思う。
「知らなくて良いよ、と言いたいけど、そうもいかない、か」
マイヨが苦い表情で植物園の天井越しに空を見上げる。ラピスラズリ色の空にはところどころ、ブラックオニキスのような石が混じっているように見える。
「頭の良いタヌ君のことだ。何となく察していると思うけど。……俺はタヌ君のお父さんのことは全部じゃないけど、いくつかのことを知っている」
「やっぱり……」
確証はなかったが、タヌは、マイヨがフランチェスコでの母親の件を丁寧に詫びてきて以来、何かと気に掛けてくれたことや、マロッタでの錬金協会でのやりとりなどから、そうだろうと思っていた。
「お父さんは、ピルロに来ていたっぽいんだよね」
「えっ!」
マイヨが話すことはとんでもなく重要なことではないか。タヌは一言たりとも聞き漏らすまいと、耳を傾ける。
「タヌ君から見れば『証拠は?』って話になるだろうから、俺の口からあまり言いたくなかったんだけどね」
苦いとも難しいとも解釈できそうな表情のマイヨをタヌは心配そうに見つめる。
「それと。……お父さんはよりによって、俺たち全員をまとめて怒らせることをした」
俺たち全員、というくだりにタヌは、一瞬、顔色を紙のように白くした。父親がマイヨやRAAZのみならず、ハーランや果てはDYRAからも不興を買うような振る舞いなど、結末を考えるだけでも恐ろしい。
「それで、この街に?」
「その辺も含めて、確かめたいことがあったんだ」
「もしかして、ハーランさん?」
「そう。ずーっと昔、とっくに死んで、よもや生きているなんて夢にも思わなかったハーランが姿を見せた。それもこの街に。俺はヤツが何をしに、何の目的で来たのか。それを、ね」
詳しいことや込み入ったことはまったくわからない。それでもタヌは自分なりにマイヨのピルロ訪問目的を何となく理解した。同時に、ハーランが来た理由が父親のことと何か関わりがあるのか、そちらを気にする。少なくとも、マロッタで聞いた話では、父親が『文明の遺産』とまったく無関係とは思えない。それどころか、他ならぬハーラン自身もタヌの父親と面識があると仄めかしていたではないか。
「ともあれ。やることは決まっている。朝、アントネッラを助ける。夜明け前に動くよ?」
言い終えると、マイヨが扇子の要につけられている房を金具から外した。その間、タヌは子犬の姿が見えないことに気づくと、あたりを見回して姿を探す。ほどなく、一番奥の方にしゃがんでいるのを見つけた。すると、子犬はマイヨが何をしているのかわかっているとばかりに足早に近づいた。
「アントネッラに渡して。それでわかるから」
マイヨが外した房を子犬の口元へ持っていく。犬が房を口に咥えると足早に奥の方へと走り去る。タヌは一連の様子を見つめ、子犬の後ろ姿を見送った。
「アントネッラさんに?」
「ああ。今彼女に一番必要なのは、『必ず助けが来る』って希望だからね」
タヌはその通りだと思う。自分もハーランに攫われたとき心細かった。DYRAが来てくれる。きっと来てくれる。それが心の支えになっていた。今のアントネッラの状況を考えれば、自分にとってのDYRAにあたるのはマイヨに他ならない。
「じゃ、次はタヌ君の話を聞こうか」
タヌは、マイヨの言葉を合図に話を始めた。
植物園にいる間、そのすぐ外の木陰でロゼッタがそっと見ていたことを、そして彼女の姿が何処かへ消えたことをタヌは最後まで気づかなかった──。
(RAAZに頼まれてきているなら、タヌ君だけでも助けてくれたっていいのになぁ)
マイヨは今後、ロゼッタの扱いをどうしたものかと考え始めていた。
154:【Pirlo】タヌとマイヨ、ようやく合流! でも陰謀は止まってくれない2025/07/01 09:57
154:【Pirlo】起死回生の道の先に(2)2020/07/06 20:00
-----
クーラーガンガンの部屋で突然暑くなったり、うつ熱と言われる現象に巻き込まれたりして散々な毎日を過ごしております。皆様は如何お過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。
麗しいイラストでDYRAワールドを表現して下さる、みけちくわさんがYouTubeとニコニコ動画でチャンネルを開設をいたしました。
DYRAイラストのメイキング動画が紹介されておりますので、この機会に是非ご覧いただければと思います! どうぞよろしくお願いいたします。
っていうか、絶対チャンネル登録してね!
さて。実は今回のエピソードは大変でした! クリストね。単行本1~2巻で登場した、少年キャラですね。「テレサの啓示」を受けてから、扱いをどうしようか悩み続けていたキャラです。今回は半分、明かしました。残り半分は、お楽しみに、です。
そしてディミトリもピルロ到着。この街を巡るエピソードのクライマックスが近づいております。起死回生の道の先に、いよいよ、来ます。
次回の更新ですが──。
7月13日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆