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015:【PELLE】そこに、彼女が、いた

前回までの「DYRA」----------

DYRAはペッレの街で破れた服を新調しつつ、この街を周辺について情報を求めた。そのとき酒場で聞いた「死んだ土地」の話に興味を持つと、早速その地へと向かった。一方、RAAZは本能的に何かを感じ取ったのか、夜の散歩へと出掛けた。そして、出掛けた先で、DYRAを見つける。

 ペッレの錬金協会は、ほんの少しだけ荒れ気味の朝を迎えていた。

「クリスト」

「はい! 御館様」

 小姓のクリストは、廊下で突然鋭い声で呼ばれて驚いた。御館様とは言うまでもなく、背の高い、銀髪銀眼のあの男だ。

「例の、邪魔してきた奴らの動向はどうなっている?」

 男は、夜更けから夜明け前に出かけていたことなどおくびにも出さない。要は、先日DYRAを襲って返り討ちにあった面々が絡む一派についての質問だ。

「はい。今は目立った動きはありません。おとなしくしているようです」

 機嫌悪そうにグラスに入った炭酸水を口にする男の姿に、クリストは一層背筋を伸ばす。

「で、後ろで糸を引いているのは誰だ?」

 面倒くさそうな態度を隠しもしない男の姿に、クリストは恐れを抱いた。

「きょ、協会の出納係ソフィアです」

 錬金協会屈指の美女として知れ渡っている女性だ。

「た、ただ、彼女はイスラ様の……その……」

 イスラとは齢一〇〇歳以上とまことしやかに囁かれる、錬金協会の最年長会員にして、副会長だ。協会内で虎視眈々と会長の座を狙う一方、魔術から自然科学、それこそ不老不死から雷の仕組みに至るまで多くのことを研究している人物である。よもやソフィアが副会長の『愛人』だなど会長の前では言えないクリストは口ごもった。

「ああ。あいつか。会長の座が欲しいなら。言えばくれてやるのに」

 耄碌な爺のフリをしつつ多くの研究をすることで資金まわりを押さえたつもりなのか。男は呆れ果てた。男にとって会長などという肩書きはせいぜい、市井の人々が勝手に傅くレッテル以上の価値がない。欲しいならくれてやるというのは、表舞台で口にすることはないものの、紛れもない本心だった。

「御館様。ですが、イスラ様の動きは御館様が例の方を探すようになってから顕著です」

 忠告するような物言いのクリストに、男は興味なさそうに話題を変える。

「ところで昨日お前が会ったという旅のガキ。素性はわかったのか?」

「はい」

 視線で続きを促す。

「レアリ村に住んでいた唯一の未成年者です。あの村には、協会関係者が二人いました。それも、以前『鍵』を盗んだ学者と、イスラ様が『被験体』で持っていった女。しかも夫婦です。その、旅のガキは同じ家に住んでいたとの話も出ていて」

 ここでもまたその同じ名前を聞くことになるとは。男は内心苛立つが、顔には出さない。

「同じ家? 親子ってことか? で、関係者? それも『鍵』を盗んだ学者? ところでその二人はその後どうなった?」

「結論から言えば、鍵泥棒は行方知れず。思い返せば何年か前、被験体を捜すために乗り込んできた際、一度は捕らえましたが、そのとき持っていた『鍵』は偽物。その後、脱走。今回、あの女が襲撃したところ取り逃がしてしまい」

 男はいよいよ我慢の限界に来たのか、苛立ちを露わにする。

「そんなことは私がいちばんよく知っているつもりだがな? だいたい、誰が『鍵泥棒を捕まえて取り返せ』と命令した? ん?」

「イスラ様です」

 たかだか『鍵』一本で自分を差し置いて、組織を挙げて動くよう号令を出すとは一体どういうつもりなのか。呆れて物も言えないとばかりに、わざとらしく芝居じみた溜息を漏らす。

「ったく! 余計なことを。イスラに渡すくらいなら、『親からのもの』とやらでガキに持たせておく方がよっぽどマシだ。それからクリスト」

 質問や口答えは許さないとばかりに男は続ける。

「お前、ソフィアを誑し込め」

「えっ。そ、それはっ……‼」

 クリストは反射的に大きな声を出す。が、ハッとしてすぐに口をつぐんだ。

「昨日、『二、三、私の頼みごとを聞け』と言ったはずだぞ? ん?」

 確かにその通りだ。反論の余地などどこにもない。クリストに断る選択肢はなかった。

「準備したらすぐペッレを出てマロッタへ行け。私が使った馬車で移動して構わん」

「は、はい」

 クリストは一礼すると、部屋を出た。

 男は一人になると、再び不機嫌そうな表情をする。クリストには告げていないが、昨日聞き取りという名目で折檻した女の口から、一連の顛末を聞き出している。レアリ村に火を放ち、ピアツァの町の外でDYRAを襲った挙げ句、町を火薬で吹っ飛ばした、と。確かに錬金協会が仕組んだという「誰にでもわかる」証拠こそない。それでも、鬼畜外道とでも言うべき振る舞いは目に余る。

(愚民共め。戯れが過ぎる)

 すでに女からソフィアが絡んでいることも聞き出している。男は、DYRAをめぐる一連の件の本当の首魁が誰かを漠然とながら察知する。

 それにしても、自分より先にどうやって彼女を見つけて監視下に置いたのか。後手に回っていたことに気づいた以上、男はここから先、どんな手を使ってでも先手を打たねばと思う。

(そうか)

 先手を打つのに絶好の突破口が今、あるではないか。あとは行動あるのみだ。

(私のDYRAに触れて、ただで済むとは思うなよ?)

 勝手につきまとっただけでも不愉快だ。まして触れるとはどういうつもりだ。この件に加担した者は頃合いを見てまとめて死んでもらうのみだ。男はハッキリと心に決めた。


 そして。

 ネスタ山も同じように、朝を迎えていた。

「……っ」

 太陽の光に瞼の裏を刺激されて目を覚ましたDYRAは、周囲に大量の青い花びらが散っていることに戸惑った。

(何が、起こった?)

 しかし、青い花びらに混じって別のものが落ちていることにすぐ気づく。

(赤い……?)

 落ちている赤いものを摘まむ。花びらだった。

 またしても自分が意識を失っていたときにRAAZが現れていたのか。DYRAは苦い表情で舌打ちした。と、そのとき。

「あ?」

 片方の耳で何かが揺れた。重量感や金属の感触も伝わる。DYRAは自分の右耳に手をやった。身に覚えのない耳飾りが填められている。RAAZが填めていったのかと反射的に外そうとするが、途中で手がピタリと止まった。理由はわからない。だが、いつもそこにあるもので、外す方が違和感があることに気づいたからだ。

(一体、どういうことだ?)

 ブランケットのように掛けられていた赤い外套に気づくと、DYRAは戸惑った。

(そういえば)

 昨晩自身に襲いかかったあの疼きはもうない。それどころか、今までが嘘のように体力も漲っている。これまでの完全回復状態とは比べものにならない。今ならRAAZと戦える。森での再会時と違って、今後は思うように動けず不覚を取ることは起こらないはずだ。その一方で、大きな疑問がわき上がる。

(私は、RAAZを殺すために追っている。なのに)

 自分を助けているのは他ならぬ、そのRAAZではないか。一度ならず二度までも。恐らく、彼には彼の思惑があるのだろう。それにしても、である。

(何故、私はRAAZを追っている? 何故、殺そうと? 何故……?)

 わざわざ『死んだ土地』と言われる場所まで出向いた理由の一つは、その疑問の答えを探したかったからだ。もっとも、結局わからないままだ。それどころか、思い出そうとしたときに身体に異変が起きた。このまま「助けるのは向こうの勝手」とRAAZを追い続けるばかりで本当にいいのか。本質的なところで答えを深く追求しなければならないところではないか。

 明るくなる地平線の向こう側にDYRAは改めて目をやった。

 と、ここでDYRAは、それまで意識から外に追いやっていたある大事なことを思い出す。

(しまった)

 朝になったらタヌと合流する約束をしていたではないか。何を思ったのか自分についてくる少年だ。切り捨てても特に問題はない。だが、一応約束は約束だ。それに自分自身の記憶のことを考えるのはもう、ここでなくても構わない。DYRAは灯りが消えたランタンを手にすると、下山するべく一直線に走り出した。昨晩までとは別人のように身体が軽い。山小屋のところまで戻ると、繋いだ馬も襲われることなく無事に朝を迎えていた。DYRAは縄を解いて馬に飛び乗ると、街へと走り出した。


改訂の上、再掲

015:【PELLE】そこに、彼女が、いた2024/07/23 22:29

015:【PELLE】そこに、彼女が、いた2023/01/04 19:45

015:【PELLE】もうひとつの顔(2)2018/09/09 12:41

CHAPTER 16 不機嫌な朝2017/01/30 23:00

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