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148:【Pirlo】何かがおかしい。タヌは「警戒心」の必要を学ぶ

前回までの「DYRA」----------

タヌは復興する街を見ていたとき、思わぬ再会を果たす。そこにクリストがいた。タヌは彼から話を聞けば聞くほど胸騒ぎを……

「勉強? ううん」

 タヌの質問に、クリストは笑顔のまま首を横に振った。

「そんなすごいこととか、高尚なこととかじゃなくて」

 クリストがゆっくりと話す。

「サルヴァトーレ兄様のことで」

「兄様?」

「うん。もっと子どもだった頃のことだけど、死んじゃった。ただ、ぼく、『錬金協会に殺されたかも』って噂を聞いて。それで調べられるならって」

「上手く言えないけど、大変な目に……」

 タヌはいつだったか、フランチェスコでロゼッタと激しいやりとりを盗み聞きしたときのことを思い出していた。改めて聞くと、あれは穏やかでない内容だ。

「調べてみようにも上手くいかないから、何にも進展なくって」

「気になったんだけど、その、お兄さんって、どんな人なの?」

「え? ええと、ビックリしないで下さいね」

 クリストがそんな返し方をするとは思わなかったので、タヌは一瞬、何だろうと思う。

「信じてもらえないかも知れないけれど……」

 クリストが何を言うのか。タヌは彼をじっと見る。

「兄様は、あるお金持ちのお屋敷で下働きをしていたんです」

「下働き? お金持ちのお屋敷?」

 タヌの関心が否が応でも高まっていく。それでも、興味本位で聞くのが目的ではないので、好奇心をグッと堪えた。

「はい。そのお屋敷はアニェッリにあって」

 アニェッリ。西にある都の名だ。タヌも何度かその名を聞いている。確か、サルヴァトーレについてもそこで有名な服飾仕立師だと聞いた。

「ぼくの兄は一生懸命働いていたから、お屋敷の主様から気に入られていたみたいでした。財産を少し分けてもらえる話も出ていたって」

 タヌは無言のまま、続きを促す。

「ある日、そこの主様が病に倒れてしまったんです。兄様は看病のため、ずっとお屋敷に出向いていたのですが、あるときから連絡が取れなくなって……」

 クリストの話を聞きながら、タヌも覚えている情報と内容を頭の中で突き合わせていく。

(え! もしかして……)

 クリストが話しているのは、同じ名前を名乗る別の人物のことではないのか。これはもっと踏み込んで内容を確かめた方が良い。だが、どんな質問なら適切なのか。タヌは思案する。

「あの、お兄さんってどんな見た目の人だった? やっぱりクリストとそっくりとか」

「背が高くて、髪はぼくよりちょっと赤っぽくて」

 これだけだとどちらとも言えない。もう少し何か聞き出せないものか。

「そうだ。主様からもらった首飾りをしていました。小さいけど、こんな感じの、とっても綺麗な石がついているやつです」

 クリストがそう言って、自身の両手親指の先端同士をくっつける。さらにそれぞれの手の人差し指から小指までを曲げながら関節同士を触れさせた。心臓を現す印だ。

(え……!)

 聞いた途端、タヌの脳裏をある記憶が掠めていく。


 サルヴァトーレがここで、自らのうなじのあたりに両手をやった。赤いシャツに隠れて見えなかったが、彼は填めていた革紐のチョーカーを外したのだ。ペンダントヘッドを取ってから革紐の部分だけをタヌに差し出した。


(あのとき外していたペンダントの……)

 同じような形だった気がする。

「連絡が取れなくなってから、色々探しました。だけど」

 クリストが言葉を続ける。タヌは頷きながら続きを促す仕草をしてみせる。

「結局、兄は見つからなくて。それから、随分たったある日に……」

「うん」

「ぼく、兄が働いていたお屋敷へ行ったんです。どうして行ったのかは正確に覚えていないけど」

 タヌはクリストが何を話すのか、気になった。

「そうしたら、お屋敷の主が別の人になっていたんです。それも、若くてすごい背が高い人」

「お兄さんより?」

「はい。あんな背が高い人、今のぼくが知っている限りだと、お館様しかいないかなって」

「オヤカタサマ?」

「ああ、ええ。錬金協会でぼくが副会長さんから『お世話するように』って言われている人です。何て言うか、協会で特別扱いされている人。皆、あの人には何も言えなくて。自分からは言わないけど、多分、あの人が会長さん。ただ、それだと錬金協会の会長は一〇〇〇年同じ人って前提が崩れちゃうけど」

 タヌは聞きながら、その特別扱いされている人こそがRAAZでは、と想像する。しかし、そこは今確かめるところではない。クリストに続きを促した。

「その、背の高い人が?」

「『自分がこの家を長い間切り盛りしてきたから、主から貰った』って言って。前に働いていた人へは全員、暇を出したって」

 クリストの話を聞きながら、タヌは何となく嫌な予感を抱く。

「ぼく、そのときに、その人が兄様の首飾りと同じのを付けていたのを見たんです。おまけにその人、『サルヴァトーレ』って呼ばれていて」

「お兄さんじゃない、背の高い人が?」

「はい。それで、ぼくの兄がここで働いていたことや、同じ名前だって伝えたんです。そうしたら『サルヴァトーレは昔から自分一人しかいない』って。首飾りのことも、前の主からもらったものだって」

 ここまで聞いたところで、タヌの中で、これまでのやりとりや聞いたことなど色々な情報が一気に繋がり始めた。

 思えば、何よりもまず、『クリストの兄』であるサルヴァトーレの姿や顔をタヌはまったく知らない。当初はペッレで出会ったサルヴァトーレと同一人物だと思っていた。事実、初めて出会ったとき、「弟が」と言っていた。だが、サルヴァトーレの正体がRAAZだ。つまり、クリストの兄と同じ名前なのを利用して、自分へ近づくために嘘をつき、作り話をしていた。そう考える方が妥当だろう。メレトで聞いたことも含め、彼が言ったことはまず全部嘘と見るべきだ。この前提でタヌは改めてクリストの話を吟味する。

(そっか。そういうことだったのか)

 一連の話で、「同じ名前の違う人物」であると確定だ。気がついたことはもう一つある。ディミトリから聞いていた、同じ名前の他人になりすますという背乗り疑惑についてだ。クリストの話が本当だとして、新しい主が兄と同名だったり、同じペンダントを持っていたりしていた上、屋敷を譲られた際の言い分を考えれば、本人へのなりすましかはともかく、名前や立場を乗っ取ったと考えるのも無理からぬことだ。

「た、大変だったんだね」

 タヌだけが知っている情報があるが、これはクリストに話すべきことではない。とはいえタヌは気の利いた言葉も浮かばなかった。

「一人になっちゃって、どうしたら良いかわからなくて悩む日々もありました。でも、割と最近になって、ぼくも知らなかった親戚が来てくれたんです」

「さっき、マロッタに戻る前にって話してくれた?」

「はい。その人がぼくを引き取ってくれて。そのとき言われたんです。『本当のことを知るために、錬金協会の副会長さんのところへ行くといい』って」

 錬金協会の副会長。タヌはすぐにメレトで助けられ、マロッタで再会した老人のことを思い出す。

「それで、協会に?」

「はい。そうしたら、副会長さんから、その、特別な人がいるときは身の回りのことを見て欲しいって。大きな声では言えないけど、ぼく、驚きました。髪の色とかは違うけど、雰囲気とか本当によく似ている人だったから」

「その、特別な人が?」

「はい。その、お屋敷を継いだって人にすごくよく似ていて。まさかって思って」

 タヌはここまで聞いたところで、理由はわからないが、屋敷を乗っ取ったのはRAAZだと確信する。そして、クリストも薄々勘づいているのではないかと想像する。この話をこれ以上続けると、口を滑らせて余計なことを言ってしまいそうだ。タヌは話題を変えた。

「そうだ。その、親戚の人とは、ちょくちょく会うの?」

「いえ。その人は本当にたまに、『近況を聞かせて欲しい』ってときにぼくを呼ぶくらい。ただ、今回は初めてその人も外に出たりして」

 話を聞いたタヌは、彼を引き取った親戚がどんな人物なのか気になった。その一方で、クリストについてもどういった人となりかほとんど何もわからないままだった。もっと彼について知りたかった。だいたい、フランチェスコではロゼッタがクリストから自分を引き離し、敵か何かのように扱っていたではないか。

(って!)

 タヌはロゼッタがピルロに来ていることを思い出した。となると、自分が今ここにいるのはまずいかもと気づく。彼女に心配を掛けるようなことになれば、それはそのままDYRAやRAAZを煩わせることになりかねないのだ。

「そういえばタヌさん」

 クリストが笑顔で切り出す。

「お知り合いの方といらしたって」

「うん」

 タヌは極力平静を装うように心がける。

「お友だちとかですか?」

「うーん。お友だちっていうより、知り合い。クリストと出会ったそのちょっと後で出会った人」

 知り合い──マイヨ──まわりの情報についてタヌは伏せる方を選んだ。クリストのことが一層わからなくなった以上、下手に喋らない方が良いかもと直感が働いたからだ。

 クリストが驚いたとばかりに目を丸くしてタヌを見る。

「そのくらいの間柄なのに、フランチェスコから、ピルロまで一緒に来たんですか?」

「色々ちょっと、あって」

「タヌさんも大変だったんですね」

「うん、まぁ」

 タヌは、視線を空へやった。

(すっかり真っ暗だ)

 ラピスラズリ色になってしまった空を見たタヌは、それなりに時間が経っていることを理解する。同時に、どうやって話を終わらせて、戻ろうかと考えて始めた。

「あの」

 タヌは切り出したが、下の方から聞こえてくる人の声や物音で声が届きにくい。普通ならこの高さで、賑わう声くらいで聞こえないなど考えにくい。

「何だろう?」

 タヌとクリストは顔を見合わせると、膝立ちの態勢になって、下の方を覗き見る。

「何か、下の方が騒がしいですね」

 クリストも何事かと言いたげな表情を浮かべる。

(あっ)

 タヌは反射的に、クリストから怪しまれずにこの場を去り、離れるには今しかないと思う。

「ボクちょっと、様子見てくるよ」

「タヌさん」

 止めようとするクリストの声が聞こえたときにはもう、タヌは梯子を下り始めていた。

 梯子と階段を下りたタヌは、扉をそっと開いて周囲を見た。誰の姿もないことを確認すると、扉の向こうの廊下へ出て、外へ出られる扉がある方へと忍び足ながらも早足で向かった。

(何だろう? ケンカとか?)

 ここでタヌは、外から聞こえてくる声や音が最初に聞こえたものと違うことに気づく。最初、時計台のてっぺんから聞こえたのは街の賑わいにしては大きな声や音だなといった程度だった。しかし、今、外の方から聞こえてきているのは、野次馬の声や怒号に近いそれだ。タヌは外で何か起こっているなら騒ぎに紛れて抜け出ようと思った。廊下に人の気配はなかった。クリストが来る前にと足早に移動する。外への扉までたどり着くと少しだけ開き、様子を確かめるように左右を見た。星明かりしかないためわかりにくいが、すぐそこで人の気配を感じることはなかった。

(よし)

 タヌはそっと外へ出て扉を閉めると、背中を建物の壁につけるようにして横歩きし、角から喧騒に満ちた広場の方を覗いた。

(えっ……!)

 タヌは視界に入った騒ぎの現場の光景に、自身の考えが甘かったと気づかされた。

(あれって)

 牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡を掛けたメイドと、先ほど書庫で見かけたマイヨと似た姿をしたメイド姿の人物ではないか。

(ロゼッタさん!)

 クリストに自分が戻る場所を見つかってしまうわけにはいかない。タヌは今はここから抜け出すことだけを考えることにして、喧騒の中へと入り、野次馬の中へ溶け込んでいった。


「小間使いが揉めているぞ!」

「アントネッラ様のとこの!」

「あっちは新入りの小間使いだ!」


 野次馬の中に溶け込んでクリストを撒いたのは良いが、抜け出すことができなくなってしまった。タヌは、自分に今できることが本当にないのか、もみくちゃにされながらも考えるのを止めなかった。

(どうする、ボク!)

 ここにDYRAがいたら、サルヴァトーレがいたら。彼らなら何を考え、どう動くだろうか。タヌは少しずつ落ち着きを取り戻す。

(マイヨさんを探さないと。でも、どうやっ……あれ?)

 タヌの耳に、乾いた音が立て続けに二度、聞こえてきた。遠くからのような感じではあったが、それでもそこそこ響いていたような気もする。

(何だろう? 猟銃みたいな音?)

 漠然と、タヌはピルロで何か恐ろしいことが起こっているか、これから起こるのではないかと胸騒ぎを覚えた。


148:【Pirlo】何かがおかしい。タヌは「警戒心」の必要を学ぶ2025/07/01 00:17

148:【Pirlo】激突! 復讐v.執念v.陰謀(2)2020/05/25 20:00



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 ようやく緊急事態宣言が全面解除見通しとなったものの、テレワーク継続と、NO三密が絶対条件の様子。前にも言いましたが、悪夢の第二波が来た、100年前のスペイン風邪のときと同じことにならないよう祈ることしかできない今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 C98の新刊、DYRA7巻。

 現在BOOTHで頒布しております。限定想定バージョンはあとわずかです。是非よろしくお願い致します。

 なお、6巻まででしたらメロンブックスさんでも取扱がございます。


 ピルロ再来訪編ですが、幕切れは我ながらすさまじい内容を予定しております。アントネッラはどうなってしまうのか。マイヨやタヌはどうなるのか、DYRAとRAAZはどうやってタヌの前に再登場するのか。ちょっとマジで楽しみにしていて欲しいなぁと思うのです。

 そしてハーランが求めているもの『トリプレッテ』もこのクライマックスで正体の一端を出します。

 これからも応援どうぞよろしくお願い致します。


 次回の更新ですが──。


 6月1日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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