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147:【Pirlo】タヌ、ここで思わぬ再会を果たすけど

前回までの「DYRA」----------

街を舞台に陰謀が進んでいようとも、ピルロの市井の人々は街の復興にいそしむ。そんな街で、マイヨは市役所の人々と知り合う。

 タヌは昼前に起きてからずっと、学術機関の建物にある隠し部屋で過ごしていた。机の左右には本の山が二つ、築かれている。片方の低い山は整然としているが、右側のそれは無造作だ。

「マイヨさんは一体どこで何をしているんだろう?」

 ふと、時計を見る。四時を指していた。

 タヌは読み終わった本を返して、新しい本を借りようと思い立つと、早速、読み終わった数冊の本を手に隠し部屋の扉を開いた。そして顔を少しだけ出してあたりに人がいないか確認してから部屋を出た。足音を立てないように階段を下りると、早足で歩いた。夜中にあんな会話を聞いてしまったのだ。どこに誰がいるかわからない。用心深く振る舞う必要がある。そんな風に思いながら、書庫へと入った。

 タヌが手早く本を順番に戻し、手元に最後の一冊だけとなったときだった。

(しまった。これ)

 棚の一番高い位置から取った本だった。タヌは本棚の隅にあった梯子を登り始め、一番上、天井近くの高さの本棚に本を戻した。

 梯子を下りようとしたときだった。反対側にもう一つある書庫の出入口付近から足音が聞こえてきた。

(え!)

 誰かに見つかると面倒だ。タヌは上がったときより気持ち早めに下りた。そして反対側の入口から見つかりにくい棚を探すと、中腰になり、頭を下げて移動した。時折、タヌは本棚の陰から音のした方向をそっと覗き見る。

 タヌの視線が捉えたのは、長い髪をまとめて三つ編みにしたメイド服に身を包んだ人物だった。メイド姿と言えば女性だが、かなり背が高い。女性と断言していいのか考えてしまう。

(どっかで見たような)

 タヌは記憶の糸をたどっていく。

(あっ……)


(DYRAより、背が高い?)

 タヌが見つめるその人物は、空を見上げたまま動く気配を見せることがなかった。もちろん、タヌに気づいた様子もない。

 タヌは何かあるのだろうかと期待しながら、その人物と同じように空を見上げる。空は確かに雲一つなく綺麗だが、鳥はおろか、小さな虫さえ飛んでいない。


(そうだ! 最初にピルロに来たときに、公園あたりで見かけた三つ編みをまとめた……!)

 同時に、タヌの背筋に冷たいものが走った。


 視線の先には、背の高いメイド姿の人物がいた。いた、と言っても立っているわけではなく、腹部を撃ち抜かれて倒れている。倒れて呻いていたり、血を流して苦しんだりといった様子がまったくない。それ以上にDYRAとタヌが驚いたのは、その人物が、命中した場所から身体が砂のようになって消えていく最中だからだった。


(そうだ! あのとき、地下室で! ハーランさんが来たあのとき!)

 タヌは入ってきたのが何者か理解した。

(マイヨさんとそっくりの、セータイタンマツさん!)

 見つかってしまえば面倒だ。タヌは中腰のまま、件の人物の死角になる位置へ移動した。

(マイヨさんたちに知らせないと!)

 今、二人はどこにいるのだ。夜まで待ってはいられない。けれども、どうしたらいいのだろう。そもそも、マイヨやアントネッラはもう知っているだろうか。知らなかったら大変なことになるのではないか。身を潜めるタヌの頭の中で考えがあれこれと駆け巡る。

(どうしよう! どうやって知らせよう! ロゼッタさんはマイヨさんやアントネッラさんのこと知らないだろうし……)

 タヌはメイド姿の人物が歩いて行く方をちらちら見ながら少しずつ移動する。しかし、この人物も用心深く振る舞っているのか、タヌは思うように出入口の方へたどり着けなかった。一刻も早く抜け出したいと思うが、下手に動いて見つかってはまずい。タヌの中で、進むと止まるが互いにせめぎ合うような焦りが広がっていく。

 どれほどの時間が流れただろう。入ったときより、書庫が暗くなっているような気がした。

(何か、誰かを捜している?)

 緊張で気がついていないが、タヌは迷路をぐるぐる回るように中腰のまま、書庫を何周もしていた。

(とにかくまずは、出なきゃ!)

 そろそろ灯りが必要になるほど暗くなったとき、ようやくタヌは最初にここへ入ってきた場所と違う、メイド姿の人物が入ってきた方の出入口にたどり着いた。もう、出入口の場所を選んでなどいられない。タヌはここから書庫を抜け出すと、走って学術機関の建物の外へ出た。

「ふう」

 すっかり空は暗くなり始めており、カーネリアン色の空高くに、僅かずつではあるものの、アメジスト色のカーテンが見え始めている。

 タヌは身を隠すため、広場の方へと走った。時計台の近くに集まっている人々の中へ紛れ込むためだ。時計台の近くへ着くと、夕食の炊き出しが行われていた。食事のために集まっていたのだとタヌは理解する。ついでだから食事をもらおうと後ろに並んだときだった。

「タヌさん?」

 突然、タヌは後ろから声を掛けられた。

「え?」

 呼ばれるなどとは夢にも思っていなかったタヌは、反射的に声のした方に振り返る。

「え……あ」

「タヌさん。ぼくです」

 パンの入った小さな籠を持った、はちみつ色の髪とエメラルド色の瞳が印象的な少年がにこやかな笑顔でタヌに話しかけた。

「ク、クリス……ト?」

 クリスト。タヌがDYRAと共にペッレへ寄ったとき、宿探しをしようと街を一人で歩いていたときに出会った。その後、一度はフランチェスコで再会するも、すぐに別れてしまい、それっきりになっていた少年だった。

「やっぱり! やっぱりタヌさん!」

 喜びを露わにするクリストと対照的に、タヌは戸惑いにも似た感情が浮かび上がってくるばかりで、素直に喜ぶことができなかった。理由は単純だ。以前フランチェスコで出会ったとき、ロゼッタと敵対していることを知った。加えて、サルヴァトーレからは「弟」と言われていたものの、本当のこととは到底思えない。とどのつまり、クリストが何者かタヌにはわからないからだ。

「タヌさん。本当に、無事で良かったです」

「あ、う、うん」

 タヌは小さく二度頷いた。

「まさか、こんなところでお会いできるなんて」

 クリストが駆け寄ってタヌの手を握った。

「でも、どうしてピルロに? ここ、見ての通り、被災地ですよ」

 タヌはクリストの質問を聞いて、無難に返せそうな言葉を探す。

「それを言ったら、クリストも」

 クリストが笑顔を見せた。

「今、ここに親戚が来ているんです。こんなひどいことになってしまったこの街を助けるために」

 タヌは一瞬、耳を疑った。

「親戚? ピルロに?」

「はい。それにこの街はちょっと色々事情があるみたいで」

 クリストが周囲を見回す。その様子をタヌはじっと見る。

「そうだ。もうすぐここ暗くなっちゃうから、こっちで話しませんか」

 言い終わるや否やタヌの手を引き、クリストが時計台の方へと走り出した。タヌは、引っ張られるままについていくことしかできなかった。その場に、走って行く二人を気にする者はいなかった。


 タヌはクリストに連れられ、時計台の中へと入った。

「タヌさん。こっちです」

 クリストは集会場の裏側出入口を指した。そこは昨晩、マイヨと共にここへ入ったときに利用した場所だった。タヌは何も知らないといった風の表情でクリストの後に続く。

 中へ入ると、細長い廊下を通って突き当たりまで歩く。突き当たりの一角に、人一人が通れる程度の小さな木の扉があった。タヌは昨晩見落としていたな、などと思う。

「ここです」

 クリストが扉を開いた。

「この奥に階段があるんです」

 二人は時計台の最上部へ上がった。階段を上り、途中からは梯子を登って。

 最上階から見える景色は山河が美しい。頬に当たる外の風も気持ち良い。アメジスト色の帳が空におり始めているのも良く見える。タヌは少しの間だけ、絶景に心震わせた。

「うわぁ」

「空、綺麗ですよねー」

 しばらく並んで空を見つめた後、おもむろにタヌが口を開く。

「そうだ。クリスト。今、何しているの? さっき『親戚と来ている』って」

「どう言ったらいいんだろう。ぼくもくわしいことは良くわからないんです」

 タヌは、仕事をしているとか、家に帰っていたとか、簡単な答えが来るであろう質問をしたつもりだった。それだけに、意外な答えに返す言葉が浮かばない。そこで、いったんクリストの話を一通り聞くことにした。クリストは持ってきた籠からパンを出すと、タヌに一つわけながら話を始める。

「一緒に来た親戚が何か探し物をしているみたいで、この近くにあるみたいなことを言っていたんです。けど、この街、こんなだから」

「探し物? 確かに何かがあるって感じには見えないよね」

 タヌは話を聞きながら、もらったパンをかじった。

「そう言えば、タヌさんはずっとこの街にいたんですか?」

「ううん」

 タヌは首を小さく横に振った。

「実はボクも昨日この街に来たんだ。知り合いと一緒にマロッタから」

「え? マロッタ?」

 クリストがパンを千切ろうとする手を止めた。

「ぼくも少し前までマロッタにいたんですよ」

 タヌは、知っていると言いそうになったが、その言葉を二口目のパンと一緒に呑み込んだ。

「そ、そ、そうなんだ」

「はい。タヌさんとフランチェスコで離れちゃったすぐ後、マロッタへ。その後は親戚に呼ばれてしばらくそっちへ行っていました。最近マロッタへ戻ってきて、今はここへ」

 二人はランタンの灯りに照らされるようになっても話を続けた。

「親戚って、錬金協会の人とか?」

「違います。そういうのは、入らない人」

「そうなんだ」

「だって、別に錬金協会は『入らないと生きていけない』みたいな組織じゃないですし」

 タヌは勧誘されたときのことを思い出す。言われてみればその通りだ。錬金協会は入会することで得られる利益が多いが、入らないことでの不利益は特に聞いていない。実際、入っていないことを理由に施設の利用を断られたなどの話を耳にしたこともない。確かに、錬金協会との関係を拒否したピルロは炎に包まれたが、原因はそれではない。

「それに、今となってはぼくも、もう協会にいなきゃいけないわけでもないし」

 今しかない。タヌは抱いていた疑問を直接ぶつけようと決めた。サルヴァトーレがRAAZと知った今となっては、メレトで受けた説明はどう考えても適当なハッタリだ。それでも、過去にクリストもサルヴァトーレの名を出している以上、クリストの言い分も聞いてみたいと思う気持ちが勝った。

「そうなの? 勉強したいとか、そういうのじゃなくて?」


147:【Pirlo】タヌ、ここで思わぬ再会を果たすけど2025/07/01 00:12

147:【Pirlo】激突! 復讐v.執念v.陰謀(1)2020/05/18 20:00



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 ついに一部で緊急事態宣言が解除されたというより、東京など一部だけが残ったと言うべきなのでしょうか。なのに実際は、東京でももう、解除ムード。100年前のスペイン風邪のときと同じことにならないよう祈ることしかできない今日この頃ですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 C98の新刊、DYRA7巻。

 現在BOOTHで頒布しております。限定想定バージョンはあとわずかです。是非よろしくお願い致します。

 なお、6巻まででしたらメロンブックスさんでも取扱がございます。


 復讐・執念・陰謀の激突が始まるピルロ編。RAAZの復讐、ディミトリの執念、そして陰謀でバーサスなのですが、次回の終盤から話が一気に動き出し、DYRA姉さんが戻るまでかなりアレな状態になる予定です。

 それにしても、実は脳内(笑)では既に、そのすぐ後から始まる新章「4人の『真実のふたり』」編を走らせているので、う、うーんな感じですね。


 これからも応援どうぞよろしくお願い致します。


 次回の更新ですが──。


 5月25日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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